第1093話。ミネルヴァの情報。
ゲームマスター本部ノヒト・ナカ執務室。
「おかしな事?一体どんな事になっているのですか?まさか、また秘密結社やカルト教団になっているとかではありませんよね?」
私は、ミネルヴァからゲーム時代に存在したユーザー・クラン【ラ・リベルタ】が現在もNPCの手によって存続している事実と……【ラ・リベルタ】が、おかしな事になっている……という報告を聞き少し身構えました。
ゲーム時代には良心的なユーザー・サークルであった【黒の結社】が、現在ではカルト教団に変わってしまったという良くない前例もあります。
「現在【ラ・リベルタ】は登記上、学校法人になっています。【ラ・リベルタ】が運営する私立大学と大学院及び研究所があり、大学の名称は【自由の大学】です。法学や政治哲学など社会科学系や、文学など人文科学系では【ドラゴニーア大学】に次ぐランクで、世界中から優秀な学生を集めています。【ドラゴニーア】の大判事ハインリク・ロベンクランツも同大と大学院の出身で、【ドラゴニーア】元老院議員の中にも同大の卒業生が数多くいます」
「大学?ユーザーによる冒険者クランだった【ラ・リベルタ】が何故そのようなモノに?」
「歴史的経緯や事実関係は良くわかりませんが、現在の大学が標榜している大学の設立理念は、900年前【ラ・リベルタ】のリーダーで創設メンバーの1人であったライナー・ノーツが掲げた……自由を守る為には、自由を脅かす者に立ち向かえる力を持たなくてはならない……という言葉だそうです。その為に学生達に法律や政治哲学などを学ばせ、自由を守る旗手として世界に送り出す事を目的としているそうです」
自由を守る為には、自由を脅かす者に立ち向かえる力を持たなくてはならない……というのは確かにライナー・ノーツさんの言葉でした。
しかし、その意味は……法律や政治哲学を学ばせて、自由を守る旗手として世界に送り出す……などという小難しいロジックではなく、極めてシンプルなゲームのタワー・ディフェンス的な思考に基づいています。
つまりは……自分達が自由にゲームを楽しむには、自分達を攻撃しに来るユーザーやNPCから、クランのメンバーや拠点を守れる強大な戦闘力を持たなければならない……という事。
【ラ・リベルタ】が設立したゲーム発売当時、このゲームが……エニシング・ゴーズ……という概念を打ち出した事を悪意を持って曲解した悪質なユーザーによる不法行為が横行しました。
もちろん、ゲーム会社は利用規約の中で禁止行為や、そのペナルティを明確に提示していたのですが……お前らが何でありって言ったんじゃねーか……という子供みたいな屁理屈で荒らし行為が横行し、違法なチートMODやチート・ツールを使用する程度の悪い違反ユーザー達が、他のユーザーやNPC達を見境なくプレイヤー・キルしたり都市やユーザーの拠点を破壊しまくるなどして暴れ回る修羅の国のような酷い状態となり、運営側の必死の取締りが全く追い付かない惨状を呈していたのです。
その世紀末的ゲーム世界に現れたのが、ユーザーによる冒険者パーティ【ラ・リベルタ】でした。
おそらく【ラ・リベルタ】は、このゲーム史上初の……ユーザー自治……を掲げるパーティです。
【ラ・リベルタ】は……【世界の理】で認められた範囲内で最大限の自由を謳歌する……という信条を掲げ、その為には荒らしやチーターに対抗する武力が必要だとして【ドラゴニーア】南方に巨大な城砦【自由の牙城】を築き、いずれも上位世界ランカーであったオリジナル・メンバー9人で立て篭り、荒らしやチーター達に対して……私らの拠点を攻め滅ぼしみろやっ!や〜い、バーカ、バーカ……と挑発し宣戦布告しました。
当然、荒らしやチーター達は【ラ・リベルタ】が篭城する【自由の牙城】に対して、羽虫が群がるように集まり連日連夜の猛攻撃を敢行したのです。
チートを使う大軍に対して、【ラ・リベルタ】は【世界の理】を守る寡兵。
誰もが、この無謀な戦いを【ラ・リベルタ】の無意味な玉砕に終わると考えました。
しかし、9日間に渡る24時間ノン・ストップの総攻撃でも、終ぞ【自由の牙城】は陥落せず、【ラ・リベルタ】は無数の荒らしやチーター達を撃退し続けたのです。
この【ラ・リベルタ】による篭城戦は……奇跡の9日間……として伝説となり、ゲームの公式設定集にも……9人の勇者達による輝かしい勝利……として歴史に記されました。
やがて、荒らしやチーターが1か所に集まった事で、運営による荒らしやチーター達のアカウント特定が捗り、荒らしとチーター達に対する永久アカウント停止措置が実行されたのです。
一説には、【ラ・リベルタ】による篭城戦は、この運営によるアカウント特定に協力する意図があったとか、そもそも運営からの依頼があったとか、という都市伝説がありますが、それらの真相は謎。
というか、グレモリー・グリモワール(私)は、あの篭城戦に関して運営と申し合わせなどをしていません。
あれは純然たるプライベートでした。
まあ、【ラ・リベルタ】のオリジナル・メンバーであったグレモリー・グリモワールの中の人が偶然ゲーム会社のチーフ・プログラマーでチーフ・ゲームマスターでもあった事で、この篭城戦の推移を運営とゲーム会社が注視していたのは事実ですけれどね。
史上最悪のデスマーチの末、ゲームが完成し無事に発売に漕ぎ着けたので、私は上司のケイン・フジサカと約束していた有給休暇を2週間纏めて取ったのです。
まあ、有給休暇の半分以上は、あの9日間24時間体制で行われた篭城戦でなくなりましたが……。
後悔は、あまりしていません。
その後、【ラ・リベルタ】はメンバーが増え、良心的なユーザー自治を体現する伝説的なクランとして、多くのユーザー達から敬意を払われる存在となりました。
しかし私は、そういう周囲からの過剰な称賛に何となく居心地が悪くなったのです。
ライナー・ノーツさんを始め、他の【ラ・リベルタ】の仲間達は……今後は評価に恥じない正しい行動をしよう……なんて格好良い事を言い出す始末……。
そんな事をしたら、私らが自由にゲームを楽しめなくなるじゃんか……。
グレモリー・グリモワール(私)は、ムカつく荒らしやチーター連中に喧嘩を売って片端からブッ飛ばしていただけなのに、見ず知らずのユーザー達から、カリスマだの神だのと褒めそやされるのが居た堪れなくなって、結局【ラ・リベルタ】を脱退したのです。
因みに、ゲーム会社によってアカウントが特定された荒らしやチーター達に対するペナルティは、MMOゲーム運営による対応の常識から言うと異例な程に苛烈でした。
荒らしやチーター達は全員世界中に氏名が公開され、ゲーム【ストーリア】はもちろんゲーム会社のプラット・フォームと繋がる全てのコンテンツの永久利用禁止措置が科されたのです。
このゲーム会社が保有する巨大なプラット・フォームは、ネットを通じて他社のプラット・フォームや世界中の行政サービスや企業や金融機関やカード会社などと提携していました。
即ち、このゲーム会社のプラット・フォームから永久アカウント停止された荒らしやチーター達は、それらのネット・サービスも全て受けられなくなります。
もちろんネットを介さず自ら店舗や窓口に直接出向けばサービスを受けられますが、現代社会ではネットでの取引や決済が全く出来なければ不便極まりありません。
一部の荒らしやチーターは……それは不当だ……と各国で訴訟を起こしましたが、ゲーム会社は最強の弁護団を組織して、荒らしやチーター達に天文学的な賠償金を要求する逆提訴に踏み切りました。
ゲーム会社は、世論や、あらゆるマスメディアを味方に付け徹底交戦。
最終的には……全ての裁判費用と弁護士費用を全額原告(荒らしとチーター)側が負担する事で双方共に訴訟を取り下げる……という事実上ゲーム会社勝利の和解が成立しました。
この和解にはゲーム会社が保有するプラット・フォームと提携する世界中のネット・サービスの利用禁止の解除は含まれないので、荒らしやチーター達は現在もそれらのサービスを一切利用出来ません。
この一連の騒動により、ゲーム【ストーリア】の運営とゲーム会社は……怒らせるとヤバい……という常識が世界中のユーザーに周知され、荒らしやチーターの数は激減したのです。
まあ、一応当該ゲーム会社の社員ではあるものの、1プログラマー・1ゲームマスターでしかない私には、裁判だの何だのという面倒臭い話は全く関係ありませんけれどね。
「その【自由の大学】とやらは選民思想のような危ない考えを学生に教え込んでいる訳ではないのですね?」
私は懸念を訊ねました。
「はい、私がサーベイランスした限り問題ありません。かつての旧【ウトピーア法皇国】では全ての教育機関で選民思想教育が行われていましたし、【ザナドゥ】では現在もそうですが、それらに比べて【自由の大学】は極めて穏当で良識的な教育をしています」
ミネルヴァは答えます。
それは重畳。
また私の仕事が増えるかもしれなかったので、問題ないなら何よりですよ。
「それで、【ガストロノミア】と【ラ・リベルタ】の登記情報を【ドラゴニーア】に調査して貰って、グレモリーに報告した対価として頼み事を聞いてもらったとの事ですが……単なる情報ですよね?グレモリーが自分で調べれば、いずれ【ガストロノミア】や【ラ・リベルタ】の現状はわかったでしょう?」
「私はグレモリーさんに対価を要求したりしていませんので、彼女が私の頼み事を聞いてくれたのは単なるお礼の範疇だと思います。そして、今回の情報はグレモリーさんにとって大変有益でしたので、彼女が自発的にであれ情報提供者の私に対価を支払う理由は一応ありました」
「それは何ですか?」
「【ガストロノミア】のルクレツィア一族は、一族の中興の祖であるクリツィア・ルクレツィアが遺した家訓により、グレモリーさんを半ば……ローカル神……として信仰しています。ルクレツィア一族の邸宅や、グループのホテル・レストランには、グレモリーさんの肖像画がイコンとして祀られ、一族やホテル・レストランの全従業員は毎日そのイコンに祈りを捧げています。900年前にグレモリーさんが出資してくれなければ、【ガストロノミア】の【アルバロンガ】本店は確実に倒産・廃業していました。また、現在【ルクレツィア・グループ】が提供する料理のレシピやサービス、また経営ノウハウなどは900年前にグレモリーさんが指導したモノが基礎になっているのだとか。なので【ルクレツィア・グループ】は一族の恩人であるグレモリーさんからの依頼で【サンタ・グレモリア】にホテルとレストランを複数出店します。【ルクレツィア・グループ】の最高グレードのレストラン【ガストロノミア】と、【ホテル・ドラゴニーア】など最高グレードの幾つかホテルは、【航路ギルド】が選定するレストラン・ガイドとホテル・ガイドにおいて別格にして唯一無二の……最高基準……の最高評価を受けています。つまり、【サンタ・グレモリア】に高賃金の雇用を生み、世界中から観光客を誘致出来る【ルクレツィア・グループ】のレストランとホテルの進出はグレモリーさんと【サンタ・グレモリア】にとって大きな利益がある話です」
「最高基準?何ですか、それは?」
「【航路ギルド】が毎年発行するレストラン・ガイドとホテル・ガイドによると星の数によって評価が行われています。1つ星は、その分野で特に素晴らしい。2つ星は、極めて素晴らしく遠回りをしてでも訪れる価値がある。最高評価の3つ星は、そのホテルやレストランを訪れる為だけに旅行する価値がある……という3段階の評価ですが、【ルクレツィア・グループ】の最高グレードのレストランである【ガストロノミア】と、最高グレードのホテルである【ホテル・ドラゴニーア】などは……そのレストランで食事する事、そのホテルで宿泊する事が人生の目的になり得る……と称され、【航路ギルド】のガイド・ブックの評価では殿堂入りとして名誉除外されています。【ガストロノミア】や【ホテル・ドラゴニーア】などは、もはや頂点なので【航路ギルド】が評価をする事が、そもそも烏滸がましいという事なのだとか。従って、【ルクレツィア・グループ】が経営する【ガストロノミア】や【ホテル・ドラゴニーア】などの一流ホテルは……世界中のレストランやホテルが目標にするべき最高基準である……という事なのだそうです」
「なるほど。とにかくグレモリーは【ルクレツィア・グループ】の【サンタ・グレモリア】進出で利益を得るので、その情報を教えてくれたミネルヴァに、お礼として頼み事を聞いてくれた、と?」
「そうです」
「では、【ラ・リベルタ】は?」
「状況は、ほぼ同じです。学校法人【ラ・リベルタ】も、900年前に冒険者クラン【ラ・リベルタ】の創設メンバーの1人であったグレモリーさんを偉大な先達として敬意を払っていました。そのグレモリーさんからの依頼で、【ラ・リベルタ】は【サンタ・グレモリア】に私立大学と大学院と研究所を設立する事になりました。建設費はグレモリーさんの負担のようですが、教授陣や研究者は【ラ・リベルタ】が雇用し学生の募集も行います。これも学生が世界中から集まるので、【サンタ・グレモリア】の消費が増え経済的メリットがあります」
「あ、そう。それにしてもクリツィアの子孫の方達も、【ラ・リベルタ】の後継法人の方達も、900年前にグレモリー(私)がやった些細な事を理由に、900年後にグレモリーに便宜を図ってくれるとは律儀な事ですね?」
「チーフが行なった……いいえ、グレモリーさんが行った事は、決して……些細な事……などではありませんよ」
すると、私が頼んだカプチーノと、フェリシテが注文したケーキとジュースの出前が運ばれて来ました。
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