第1091話。才能の片鱗を見せる筆頭文官。
本日2話目の投稿です。
【クリスタル・ウォール】中央神殿の広間。
「ところで、アマンディーヌ。【クリスタル・ウォール】の商工業と観光の振興策について話し合っていたところなのですが、あなたも何かアイデアを出しなさい」
カプタ(ミネルヴァ)がアマンディーヌに言いました。
「えっ?唐突ですね?私は民間人なのですが?」
アマンディーヌは困惑します。
「いいえ。もう、ミネルヴァ付きの側近という扱いです」
「商工業と観光振興ですか……。あ〜、なら、とりあえず【ピラミッド】を民間に完全解放して、【クリスタル・ウォール】に冒険者認可組合を創設してみては、どうでしょうか?現在【秘跡】関係は、各都市首長に申請をして許可証を交付して貰わなければいけませんが、それを【ピラミッド】に関しては撤廃して届出制にします。【ピラミッド】を解放すれば、好戦的な魔物は喜んで挑戦するでしょう。【ピラミッド】挑戦に際する生死は基本的に自己責任として、遭難しても公的な捜索隊は派遣しません。家族などの捜索依頼があれば、費用有償負担で【クリスタル・ウォール】の認可組合が所属する冒険者に【秘跡】を発給して捜索を行わせる形にします。ここ【クリスタル・ウォール】は【ピラミッド】最寄の比較的大きな自治体ですし、交戦禁止領域として安全です。なので、【ピラミッド】挑戦者の大半は、ここで宿泊し糧食や装備品やアイテム関係を整えて【ピラミッド】に向かい、【ピラミッド】から戻れば戦利品を認可組合に売却する筈です。また、【ピラミッド】の案内役や遭難者捜索などの【緊急秘跡】の受給を目当てで認可組合に多数の冒険者が待機して、彼らも街にお金を落とします」
アマンディーヌは言いました。
「なるほど。チーフ……」
カプタ(ミネルヴァ)が私の顔を見ます。
「【ドゥーム】の内政はカプタ(ミネルヴァ)に一任しますよ」
「わかりました」
冒険者認可組合とは、所謂冒険者ギルドと同じ役割の組織でした。
冒険者ギルドが各国政府から完全に独立した民間組織なのに対して、認可組合は国や自治体や半官半民、あるいは個人やコミュニティの住民がお金を出し合うなどして運営する冒険者の管理組織です。
冒険者ギルドは純然たる営利組織なので、辺境など儲からない場所には支部や出張所などを開設しない事があり、そういう地域でも地元冒険者を管理し仕事を斡旋する必要がある場合などには認可組合が設立されました。
「あとは……冒険者向けの素泊り出来るような安宿や、安くて量が多い食事や酒を提供する酒場などもあった方が良いですね。【クリスタル・ウォール】のホテルや飲食店は、どちらかと言うと高所得層の家族旅行者向けで、冒険者にとっては多少割高です。それから私が経営していたような魔道具屋、それから武器屋や装備を修理・メンテナンスする鍛冶屋も必要ですね。【クリスタル・ウォール】は交戦禁止領域ですから流れ者の冒険者が集まって、街の治安が悪くなる心配もありませんし、冒険者が武器などを携帯して街中を歩いても交戦禁止ギミックがあるので安全です」
「アマンディーヌ。やはり、あなたは素晴らしい。早速、予算を承認して認可組合を設立しましょう」
「あっ、カプタ(ミネルヴァ)様が予算を振り出すのではなく、【クリスタル・ウォール】の商工会や商店街でシンジケートを組み認可組合を運営させ、カプタ(ミネルヴァ)様は認可組合に補助金や税制優遇を与える方式にして下さい。形式上の話でしかありませんが、その方が認可組合の運営状況や収支関係が地元住民に明らかになって、街にやって来る冒険者が地元にお金を落としてくれる事が住民達にも周知されます。【クリスタル・ウォール】にやって来る冒険者が素性不明な流れ者ではなく、地元にお金を落としてくれるお客として認識されるので、地元住民と冒険者の間に誤解や偏見に基づく無用な摩擦や軋轢が起きる問題も減り、双方にとって有益です」
「採用しましょう」
「【タブレット】はありますか?」
アマンディーヌは訊ねます。
「これを……」
カプタ(ミネルヴァ)が【収納】から【タブレット】を取り出してアマンディーヌに渡しました。
「え〜と、推定収支は概算でこんなモノでしょうね。認可組合は十分に利益がでますよ。補助金は必要ないかもしれません。経済波及効果は、このくらいですかね?まあ、こっちは【クリスタル・ウォール】の住民が、どの程度本気で冒険者相手の商売に力を入れるのかという意欲次第ですが……」
アマンディーヌは、【タブレット】で計算を行い、それをカプタ(ミネルヴァ)に見せます。
アマンディーヌは、やって来て早々に即効性がある【クリスタル・ウォール】の商工業と観光振興策を披歴しました。
それも単に漠然としたアイデアではなく、実施に際する具体的なプランと数値付きで……。
彼女は只者ではありません。
カプタ(ミネルヴァ)がアマンディーヌに執心する理由がわかりました。
「なるほど。この規模だと、認可組合の用地は広い区画を確保しなければいけませんね」
カプタ(ミネルヴァ)は思案します。
「私の店だった物件を認可組合にすれば良いですよ。あそこはアクセスが便利な街の中央にあり、広さも設備も問題ありません。あの物件の権利を持つ今のオーナーは、まだ利用するのか転売するのか迷っているみたいでしたから、今連絡すれば確保出来る筈です」
アマンディーヌは言いました。
「わかりました。そうしましょう」
「それから……」
「まだ何かありますか?」
「象徴的な話として、ソフィア様のお名前をお借り出来ないかと思いまして……」
「ん?我か?」
ソフィアが訊ねます。
「はい。【クリスタル・ウォール】がソフィア様によって築かれた街だという事は、【クリスタル・ウォール】の住民達には周知の事実です。もちろん、【クリスタル・ウォール】の住民もカプタ(ミネルヴァ)様に対する忠誠はありますが、この街はカプタ(ミネルヴァ)様が開発した後に入植者が移り住んだのではなく、カプタ(ミネルヴァ)様が開発を後回しにしていた時点で住民達が勝手に集まって勝手に住居や別荘を建ててしまった後で、カプタ(ミネルヴァ)様が既存住民に居住権や別荘の所有権の追認を与えたという歴史的経緯があります。なので、他の自治体に比べて【クリスタル・ウォール】の古くからの住民は、この街に対して……おらが街……という感覚を持ち、比較的独立心が強いのです。カプタ(ミネルヴァ)様が行う政策も何処か……お上のなさる事……というような他人事的なドライな受け止め方をしているフシがあります。なので、【クリスタル・ウォール】の建設神たるソフィア様が、例えば……名誉庇護者……というような形で、カプタ(ミネルヴァ)様と並んで当地に君臨なさり、行政や司法などの実権は全てカプタ(ミネルヴァ)様に委任しているという体裁にすれば、【クリスタル・ウォール】の住民達の忠誠も、より確固たるモノになり、街の運営や政策にも協力を得易くなるだろうと思います。事実として噴水広場のソフィア様達のパーティの像には、ノヒト様とカプタ(ミネルヴァ)様とトリニティ様の像と同じか、それ以上に供物と祈りを捧げる住民が多いのです」
アマンディーヌは言いました。
なるほど。
アマンディーヌの着眼点に私は思い至りませんでしたね。
おそらくカプタ(ミネルヴァ)もそうでしょう。
こういう目に見えない集団心理は、統治における人心掌握にとって存外に馬鹿に出来ない影響を及ぼします。
アマンディーヌ……恐るべしですね。
「ふむ。我は別に名前くらい貸してやっても構わぬが、ノヒトとカプタ(ミネルヴァ)はどうなのじゃ?」
ソフィアは訊ねました。
「アマンディーヌの説明を聞くと、ソフィアの権威を利用させてもらいたいところですね」
「ソフィアさんの名前を借りられたらありがたいです」
カプタ(ミネルヴァ)は言います。
「ならば名前くらい貸してやるのじゃ」
「「ありがとう」ございます」
「じゃが、その条件として【クリスタル・ウォール】に我の別荘を建ててくれ。いつでも我が遊びに来れるようにの」
ソフィアは交換条件を持ち出しました。
「チーフ?」
カプタ(ミネルヴァ)が私に了解を求めます。
「カプタ(ミネルヴァ)。【ドゥーム】の庇護者はあなたですので任せます」
「わかりました。ならば、この【クリスタル・ウォール】中央神殿の所有権をソフィアさんに譲渡します。神殿職員の【自動人形】・シグニチャー・エディションや、備品の類は撤収しますが、神殿の建物は以後ソフィアさんの別荘として好きなように使って下さい」
カプタ(ミネルヴァ)は言いました。
「神殿を丸ごとか?我の取り分が多いようじゃが、良いのか?」
ソフィアは驚きます。
「はい。その代わり、フェリシテをカルネディアの従者にした事を含めて、ソフィアさんがチーフに譲った物事の借りは、【クリスタル・ウォール】神殿譲渡を以って現時点までで一旦全て清算という形にして下さい」
カプタ(ミネルヴァ)も条件を出しました。
「【ペガサス】や【古代・グリフォン】や、我のプライベート艦隊や、プライベート潜水艦隊を含めて、既にノヒトが我にくれると約束しておる事柄の扱いはどうなる?」
「それらは、もちろん約束通りに履行されます。【クリスタル・ウォール】神殿の対価は、フェリシテの件を含めた、未だ具体的な約束が結ばれていない、現時点までの貸し借りの清算という事になります」
「ちょっとだけ待て。オラクル、カプタ(ミネルヴァ)は、ああ言っておるが?」
ソフィアはオラクルに訊ねます。
「カプタ(ミネルヴァ)様。その条件は、【ドラゴニーア】とゲームマスター本部との未清算の貸し借りの扱いはどうなりますか?」
オラクルは訊ねました。
「それは別問題です。この取引きは、チーフとソフィアさんの間の個人的な貸し借りに限った話です」
「わかりました。ソフィア様、個人としての現時点までの清算ならば、特に問題はないかと」
オラクルは、ソフィアに向かって頷きます。
「うむ。カプタ(ミネルヴァ)よ、良かろう。その条件で妥結じゃ」
ソフィアはカプタ(ミネルヴァ)に向き直って言いました。
「では、【クリスタル・ウォール】神殿は差し上げます」
カプタ(ミネルヴァ)は言います。
「うむ。ならば、今から【クリスタル・ウォール】中央神殿は、【神竜神殿】の【クリスタル・ウォール】支神殿に改名する」
ソフィアは宣言しました。
以前からミネルヴァとソフィアは、私が伺い知れない所で、ちょくちょく取引きをしている様子が見受けられましたが、こんな感じで毎回交渉が行われていたのですね……。
その後、私達は、少しだけ会議を続けます。
アマンディーヌが相変わらず才気走った施策案をズバズバ提案しました。
中には、過激過ぎたり、先駆的過ぎたりで、私とカプタ(ミネルヴァ)の判断で現時点では導入を保留したモノもありましたが、それを含めてアマンディーヌ・アポリネールの能力は本物です。
私とミネルヴァにとってゲームマスター本部の部下では、トリニティが筆頭格ですが彼女のスペックは武官寄りでした。
アマンディーヌは文官としての筆頭格になり得ますね。
アマンディーヌは能力的に、何となくアルフォンシーナさんのような雰囲気を感じます。
私の個人的な評価では、現時点では数段アルフォンシーナさんがアマンディーヌを上回りますが、アマンディーヌは寿命を持たない種類の【魔人】である【メリュジーヌ】でした。
長い目で見れば、将来的にはアルフォンシーナさんが衰え、やがて寿命を迎える事に対して、未だアマンディーヌは現役バリバリという逆転の構図になるでしょう。
これは、ゲームマスター本部は逸材を手に入れてしまったのかもしれません。
・・・
「話は尽きませんが、そろそろお開きにしますか?随分と時間も押してしまいましたので」
「そうですね。5時間程スケジュールを超過しましたね」
カプタ(ミネルヴァ)は言いました。
【ドゥーム】は、もう朝です。
時間が過ぎるのを忘れるくらい会議が白熱しました。
それもこれもアマンディーヌが加わってからの方が、会議が回り始めたからです。
それはもう、エンジン・フル回転と言った様相でした。
ソフィアとウルスラは随分前から晩餐会場のど真ん中に【避難小屋】を取り出して勝手に仮眠を取っています。
まったく、フリーダムな連中ですね。
略式儀礼だとはいえ、一応この催しは公式晩餐会だというのに……。
まあ、【オーバー・ワールド】に戻ったら、あちらは早朝で、睡眠を取らず直ぐに活動しなければならないので、ソフィア達には丁度良かったかもしれませんけれどね。
さてと、ソフィア達を起こさなければいけません。
コンコン。
私はソフィア達がいる【避難小屋】の扉をノックしました。
「【オーバー・ワールド】に帰還なさいますか?」
扉を開けたオラクルが訊ねます。
「はい。お待たせしました。帰ります」
「畏まりました。今ソフィア様達を起こしますので、数分お待ち下さいませ」
「お願いします」
オラクルは【避難小屋】内に戻りました。
しばらくして、ソフィア達が起床します。
「帰るのか?はわぁ〜……」
ソフィアは顎が外れるのではないかという欠伸をしました。
「はい」
「うむ」
ソフィアは【避難小屋】を【収納】に回収します。
私達は、それぞれ別れの挨拶をしました。
この場に集まった者達の中で寿命を持つ種族とは、これで最後になるかもしれません。
そう考えると一種独特の感慨があり、今日初めて出会っただけだというのに、何だか寂寥感が漂う別離の挨拶となりました。
まあ、寿命がある者が亡くなるのは当たり前の自然の摂理です。
私には、どうする事も出来ませんし、又するべきでもありません。
「では、カプタ(ミネルヴァ)。次に来るのはいつかわかりませんが、その時まで【ドゥーム】の事を頼みます」
「お任せ下さい」
カプタ(ミネルヴァ)が微笑んで頷きます。
カプタ(ミネルヴァ)と【クリスタル・ウォール】の管理者ザーグと妻ジア、それから地元財界の有力者達を残して、私とトリニティとフェリシテとアマンディーヌと人化した魔物11個体のゲームマスター本部【オーバー・ワールド】組と、ソフィア達【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】は【オーバー・ワールド】に【転移】しました。
お読み頂き、ありがとうございます。
もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。
活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。