第1090話。ハー・セイクリッドネス?
【クリスタル・ウォール】中央神殿に面した広場の一角。
私は【古代妖精】に、この場にいる一同を紹介しました。
【古代妖精】は、【妖精女王】のウルスラを紹介され驚きましたが、【神竜】のソフィアの従者であると聞き納得します。
「……で、彼女がトリニティです。ゲームマスター代理であり、あなたが従者となる予定の娘のカルネディアの保護者を私と共同で務めています」
「トリニティ様は、【神格者】様ではないのですか?」
【古代妖精】は訊ねました。
どうやら【古代妖精】は、トリニティが保有する強大な魔力量などから彼女を【神格者】であると誤解していたようです。
「はい。魔力などは【神格者】に比肩しますが、【神格者】ではありません」
「畏まりました」
【古代妖精】は頷きました。
「では、【古代妖精】。あなたと【盟約】を結ぶ前に、私とトリニティの娘であるカルネディアについて伝えておかなくてはならない事があります。カルネディアは【魔人】の【ゴルゴーン】です。【妖精】族は【魔人】とは対立する関係性ですが、その点に関して問題はありませんか?」
この世界では、【妖精】や【精霊】や【天使】と、【魔人】や【悪霊】や魔物は、相互に対立し合う事が基本的な構図として【創造主】(ゲーム会社)によって位置付けられています。
また、個別には【天使】と【巨人】が種族的な対立関係になっていました。
まあ、トリニティが【魔人】の【エキドナ】である時点で今更かもしれませんが……。
「全く問題ありません」
【古代妖精】は了解します。
まあ、そうでしょう。
ゲーム時代には【妖精】を従者とするユーザーと、【魔人】のキャラ・メイクをしたユーザーがパーティを組んで活動する事も珍しくはありませんでした。
【妖精】と【魔人】が対立するというのは、言わば、お約束みたいなモノなのです。
「では、この場では私が【盟約】を結びますが、後で娘のカルネディアに【盟約】を移します。良いですね?」
「畏まりました」
「【盟約】。【古代妖精】、あなたの名前はフェリシテです。祝福とか幸福というくらいの意味になります。あなたは、私の【超神位……祝福】によって生命を得たので、この名前にしました」
「フェリシテ……素晴らしい名前です。私フェリシテは、マイ・マスターたるノヒト様とハー・セイクリッドネスたるトリニティ様の御息女様で在らせられるマイ・ハイネスたるカルネディア様の従者として終生お仕え申し上げます」
【古代妖精】、改めフェリシテは空中で恭しくカーテーシーを執って宣誓ました。
まあ、この宣誓が実際の効力を発揮するのは、私がカルネディアに、フェリシテのマスター権限を移譲してからになりますけれどね。
ん?
ハー・セイクリッドネス?
マイ・ハイネス?
カルネディアにマスター権限を移譲するまでは、一応私がフェリシテの【盟約】の主人なので、フェリシテが私を……マイ・マスター……と呼ぶのは理解出来ます。
そして、フェリシテがカルネディアの代名詞として使用した……マイ・ハイネス……は、英国などで女性王族に呼び掛ける際に用いられる敬称で、日本語では殿下の訳が当てられていました。
カルネディアは別に王族ではありませんが、まあ、これはギリギリ良いでしょう。
しかし、フェリシテがトリニティの敬称として用いた……ハー・セイクリッドネス……とやらは一体何でしょうか?
地球には、そんな敬称はありません。
いや……何処かで聞いた事があるような?
思い出せませんね。
似たような響きの言葉に……ハー・マジェスティ……というモノがあります。
これは女王や、女性の皇帝や、皇后に用いられる敬称でした。
日本語としては陛下の訳が当てられています。
保護者のトリニティが陛下であるなら、その娘カルネディアが殿下という事になるのは、何となく整合しますけれど……。
セイクリッドネスは……神聖、聖性、不可侵……などの意味ですから、つまりハー・セイクリッドネスは……神聖陛下……というくらいの意味合いでしょうか?
「フェリシテ。私の愛娘カルネディアの事を頼みます」
トリニティがフェリシテに声を掛けます。
「畏まりました。ユア・セイクリッドネス」
フェリシテは空中でホバリングしながらトリニティに跪く姿勢を執りました。
やはり、フェリシテはトリニティを……セイクリッドネス……と呼んでいますね?
ユア・セイクリッドネスは二人称で、ハー・セイクリッドネスは三人称という使い分けなのでしょう。
「フェリシテ。そのセイクリッドネスという呼称は何ですか?」
絶妙に厨二病臭いのですが?
「はい。トリニティ様は【神格者】ではないとの事ですので、【神格者】たるノヒト様のお妃様であるという意味合いで、この敬称を申し上げましたが、ご無礼でしたか?」
「あ、いや、トリニティは別に私の配偶者という訳では……」
「許可しますっ!」
突然トリニティが大声を出します。
び、びっくりした……。
「トリニティ?」
「フェリシテ。私は、その敬称が、とても気に入りました。私に対して……セイクリッドネス……の敬称を用いる事を許可します。今後は常にその敬称で呼びなさいっ!」
トリニティは、私の言葉を遮ってキッパリと言いました。
「畏まりました。ユア・セイクリッドネス」
フェリシテは言います。
あ、そう。
何故かトリニティが……セイクリッドネス……とかいう厨二病的センスを気に入ってしまったようなので、なし崩し的にフェリシテがトリニティを呼ぶ際の敬称となってしまいました。
ゲーム時代にも、従者や【使い魔】などの味方ユニットに……マイ・ロード……とか……マイ・ハイネス……などと呼ばせていたユーザー達が結構いましたね。
厨二病の沼は深いので、うっかり若気の至りでそっち系に足を踏み入れると、後で正気に戻った際に色々と痛い事になるのですが……。
グレモリー・グリモワール(私)も、そっち系の黒歴史を、幾つ忘却の彼方に封印して来た事か……。
フェリシテは私とトリニティが夫婦だと勘違いしているようですが、カルネディアの保護者として私とトリニティを紹介したので、そういう勘違いをしたのでしょう。
まあ、勘違いは後で訂正するとして、フェリシテがトリニティを呼ぶ際の敬称については当人同士がそれで良いなら、私は別に何でも構いません。
後で我に返って悶絶する羽目になっても、それは自己責任でお願いします。
私は敬称とかに興味はありませんが、こういう、如何にもな厨二っぽさが大好物なタイプもいますからね。
トリニティが、そうだったのは少し意外でしたが……。
こうしてフェリシテをカルネディアの従者(予定)として迎えた私達は晩餐会場に戻りました。
・・・
【クリスタル・ウォール】中央神殿の広間。
私は、カプタ(ミネルヴァ)など晩餐会場に残っていたメンバーに、死にかけの【妖精】を救命して【盟約】を結びフェリシテと【名付け】してカルネディアの従者(予定)とした事の顛末を説明します。
改めてカプタ(ミネルヴァ)達とフェリシテを双方に紹介しました。
「カプタ(ミネルヴァ)様。マイ・マスターたるノヒト様とハー・セイクリッドネスたるトリニティ様の御息女……マイ・ハイネスたるカルネディア様の従者(予定)となりましたフェリシテでございます。何卒宜しくお願い致します」
フェリシテがカプタ(ミネルヴァ)に挨拶します。
「ハー・セイクリッドネス?その呼称は【慈愛の女神】の尊称ですね?」
カプタ(ミネルヴァ)が言いました。
あっ、思い出した。
公式設定に、そんな記述がありましたね。
思い出せてスッキリしましたよ。
「【慈愛の女神】様?そんな【神格者】いたっけ?」
ウルスラが首を捻ります。
「陛下。その御方は【創造主】様の母神様で在らせられます。そのような大切な神話を【妖精女王】たる陛下がお忘れになってはいけません」
キアラがウルスラに言いました。
「えへへ、忘れちゃってた」
ウルスラは苦笑します。
「うむ。【創造主】は父神たる【聡明の神】と、母神たる【慈愛の女神】の子供じゃ。忘れるでないぞ」
ソフィアが偉そうに言いました。
いや、確かソフィアも、その設定を知らなかった筈です。
以前にソフィア達と【遺跡】に挑んだ際、【宝箱】から【神蜜】が出て、その話題になりました。
【神蜜】の原料として設定されているのが【慈愛の女神の涙】なのです。
もちろん、あくまでも……そういう設定になっている……という意味ですけれどね。
【創造主】の両親である父神【聡明の神】と母神【慈愛の女神】は、子供の【創造主】に能力の全てを委ねて消滅したという設定になっていました。
なので、現在【聡明の神】と【慈愛の女神】の2柱は【創造主】の中にその能力を遺すだけで存在しません。
そして、【聡明の神】の尊称がヒズ・セイクリッドで、【慈愛の女神】の尊称がハー・セイクリッドネスでした。
「カプタ(ミネルヴァ)。トリニティが【慈愛の女神】に対する固有の尊称を使っても問題ありませんか?不敬になるとか何とか……」
「チーフ自身は、それを問題視しますか?」
「私は、どうでも良いですね。尊称や敬称の使用を強要して身分階層を固定化しようとする権威主義の類を、私は個人的に好みませんが、伝統文化の範疇として多くの人達から受け入れられている儀礼格式を敢えて止めさせる気もありません。別に【世界の理】に違反する訳でもありませんし、そういう世界観として【ストーリア】を創ったのは【創造主】ですしね」
「ならば何も問題ないでしょう。定義的にも【慈愛の女神】も【聡明の神】も既に【創造主】に神性が完全に合一され宇宙にも亜空間にも存在しませんので、不敬となる対象がいません」
カプタ(ミネルヴァ)が問題ないなら大丈夫ですね。
「あ、そう。なら、トリニティも、その敬称が気に入っているようなのでOKという事で」
「了解です」
「それで、【クリスタル・ウォール】の商工業と観光の振興策ですが、何か進展がありましたか?」
「なかなか難しいですね。とりあえず幾つかの施策を試してみる事にしました。まずは私からの配給を、一部物品に関しては止めて、貨幣で生活費を振り込む方式にしました。これは【クリスタル・ウォール】だけでなく【ドゥーム】全体の施策となります。必要な生活必需品は買ってもらう事で、経済を回すという意図です。他は設備投資や従業員の賃金などのコストを、実質的な納税として認め税制優遇を行ったり、投資の利益を一定額までは非課税にする試案などです。試行してみて何か問題が生じれば、その都度改善をします」
「わかりました。やれる事を1つ1つやっつけて行きましょう」
「はい」
最適解は自由放任なのですが、カプタ(ミネルヴァ)が庇護下にある【魔人】と魔物と【知性体】の生活の面倒を看なければならない【契約】がある以上、今すぐに被庇護民を放っぽり出す訳にもいきません。
その時……。
「いや〜、遅くなりました」
晩餐会場に誰かが現れました。
アマンディーヌ・アポリネールです。
彼女は【ドゥーム】から【オーバー・ワールド】に転属してミネルヴァ付きのスタッフに転属する事になりました。
しかし、それは現在経営する魔道具と【錬金術】素材を扱う【アマンディーヌの店】などの債務関係を整理してからという話です。
「アマンディーヌ。どうしたのですか?」
「店や何かを処分しまして身軽になりました。もう、ミネルヴァ様の元に転属出来ます。改めて皆様どうぞ宜しくお願いします」
アマンディーヌは頭を下げました。
「店を処分って、随分早く片付きましたね?」
「はい。抵当権を持っていた債権者に話して登記書類を揃えて役所に提出。店の商品や何かは、同業者に言い値で売り払いました」
「今は夜中ですが、役所が開いているのですか?」
「【ドゥーム】の官公庁や役所は24時間営業ですが、【オーバー・ワールド】は違うのですか?」
「【オーバー・ワールド】は概ね朝6時から夕方6時の営業時間を採用している国が多いようです。こっちは24時間なのですか?」
「官公庁や役場の窓口は【自動人形】・シグニチャー・エディションなので24時間対応にしています」
カプタ(ミネルヴァ)が説明します。
「それは便利ですね」
「【ドラゴニーア】も官公庁や役所は24時間対応じゃぞ」
ソフィアが自慢気に言いました。
あ、そう。
「【ドラゴニーア】は世界最大の経済大国で国家予算が潤沢ですので例外です。公務員の人件費を考えたら、利用者が少ない夜間の窓口業務は休止せざるを得ません」
「ふむ。まあ、そうじゃろうな。我の【ドラゴニーア】は特別じゃ。我が頑張って導いたからこそ、今の【ドラゴニーア】の繁栄があるという事じゃ」
ソフィアは踏ん反り返って言います。
ソフィアの話は確かに事実ですが、調子に乗っているソフィアを褒めるのは何だかムカ付くのでスルーする事にしました。
「アマンディーヌ。つまり、あなたは、もう【ワールド・コア・ルーム】に移っても差し支えないのですね?」
カプタ(ミネルヴァ)が訊ねます。
「はい」
「では、チーフ。帰還の際には、アマンディーヌを一緒に連れて行って下さい。アマンディーヌの住居など諸々の雑事は、全てミネルヴァが準備しています」
カプタ(ミネルヴァ)が言いました。
「わかりました。アマンディーヌは引越しの荷物などはないのですか?」
「家財道具一式売り払いました。最低限の着替えなどは【収納】に入っています。カプタ(ミネルヴァ)様より……【ワールド・コア・ルーム】には何でもある……と伺っておりますので、必要なモノは現地で買い揃えます」
アマンディーヌは言います。
「あ、そう」
こうしてアマンディーヌ・アポリネールが私達の一行に加わりました。
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