第109話。パラディーゾ南端の街ダイアモンドブルク。
本日、2話目の投稿です。
夜。
私達は、【パラディーゾ】南端の街【ダイアモンドブルク】に到着しました。
城壁の上空を飛び越え、入街します。
時間的には夜ですが、周囲は、まだ薄暮という程度の明るさを残していました。
【ダイアモンドブルク】も、他の都市と同様の酷い状態。
つまり廃墟でした。
ファヴは、唇を結んで無表情。
拳を硬く握り締めていました。
「あいつらは、許さない」
ファヴは、呟きます。
あいつら、とは、ファヴが900年前に戦った魔物。
特に、魔物の群を率いていた4体のダンジョンボスの事でした。
ファヴに聞いた話によると。
900年前の英雄大消失の数年後。
サウス大陸の4つのダンジョンは、全てスタンピードを起こしました。
当時の聖職者は、迷わず、自らの生命を触媒にして、【儀式魔法】を発動。
ファヴこと【ファヴニール】を顕現させました。
ファヴは、9日間、現世に留まる事が出来るようになり、津波のように押し寄せて来る魔物の群れを迎撃。
【パラディーゾ】に浸入した魔物を、ほぼ駆逐しました。
しかし、ファヴは、違和感を感じます。
何故なら、スタンピードが起きればダンジョンからは、全ての魔物が溢れ出すはずなのに、肝心のダンジョンボスの姿が見えなかったからでした。
ダンジョンボスは、好戦的。
本来なら、魔物の群を率いて、先頭をきって攻撃を仕掛けて来てもおかしくなかったからです。
ともかく、ファヴは、サウス大陸の各都市を救援しに向かいました。
活動限界は9日間。
時間が限られています。
陽動。
サウス大陸の4つの遺跡のダンジョンボスは、あろう事か、協力関係を築いていたのです。
東西南北の都市国家に居座り、住民を愉しむように、なぶり殺しにしながら、ファヴを挑発。
激昂したファヴが東に攻めると、東のダンジョンボスは逃げ、西から別のダンジョンボスが首都【パラディーゾ】に攻め込む。
ファヴが【パラディーゾ】の救援に向かうと、ダンジョンボスは逃げ……。
また、別の場所で、住民を半ば見せしめのように虐殺する、という事を、繰り返したそうです。
ダンジョンボス達は、サウス大陸の住民達を囮として、ファヴを翻弄。
やがて、ファヴは、活動限界を迎えてしまったそうです。
サウス大陸の守護竜【ファヴニール】の活動限界である9日間を、卑劣な方法で遅滞戦闘を仕掛けて消費させる事。
これがダンジョンボスらの狙いでした。
極めて狡猾なやり口です。
その時のダンジョンボスが今も生き延びている可能性は低いでしょう。
仮に、生き延びていたとしても、4体の内、3体は、私とソフィアが殺してしまいました。
後は【アペプ】が、寿命的には、900年前から生き延びている可能性は、あり得ますが、どうでしょうか……。
ダンジョンボスは、守護竜とは違い、ダンジョンで復活する時に、記憶を引き継ぎません。
復活した個体は遺伝子的には同一ですが、記憶の面から言えば以前とは別個体なのです。
「僕の民を、よくも……」
ファヴは、怒りを押し殺して言いました。
「ファヴよ。我なら、民の犠牲を無視して、4体のダンジョンボスを各個撃破し、余勢を駆って、ダンジョンの攻略をしたのじゃ。9日間では、ファヴの力では、全てのダンジョンの攻略は、難しいかもしれぬが、一箇所でもスタンピードを止めれば、人種の助けとなったはずじゃ。民を見殺しにするのは、庇護者、守護竜としては辛いじゃろうが、それが最適解だったのじゃ」
「はい。今ならば、理解出来ます。当時の僕は、狡猾なダンジョンボスの策略に、まんまと乗せられてしまいました。でも、あの時は、民を虐殺され、怒りで冷静さを失ってしまったのです……。僕は、今、卑劣なダンジョンボスらの振る舞いに怒ると同時に、自分自身の愚かさも呪っています。次に出会った時は、冷徹に殺してやりますよ」
「うむ。八裂きにしてやれば良いのじゃ」
「はい」
出来れば、素材の価値が下がらないように、二つ裂き、くらいに留めて欲しいのですが……。
それを言うほど、私は空気が読めない訳では、ありません。
私達は、【ダイアモンドブルク】の中央塔に昇り、転移座標を設置しました。
もちろん、ソフィアやファヴも転移座標を設置します。
「では、【アトランティーデ海洋国】に向かいます。ファヴの使徒達や、【パラディーゾ】国民の子孫も、たくさんいますよ」
「はい。会えるのが楽しみです」
「うむ。生き延びた使徒や民達に、姿を良く見せてやるのじゃ。喜ぶぞ」
「そうですね。守護竜形態で行った方が良いのですね?」
「うむ。我は、人化した姿は、使徒や公職者や一部ギルドの他、私的に信用する者の前でしか見せておらぬし、正体を知る者には、それを守秘するように、と【誓約】や【契約】させておる。正体を秘匿するメリットは、色々とあるのじゃ」
「はい。市井に暮らす民の営みを直接、身近に見る事が出来るからですね?正体が知られていたら、普段の様子はわからないでしょうから。僕も、ソフィアお姉様に倣って、人化した姿では、正体を秘匿します」
「ん?う、うむ。まあ、そういう事じゃ」
ソフィアは、何かを誤魔化しました。
ソフィアから促され、私は、魔力反応を【認識阻害】する指輪を、ファヴにも渡します。
因みに、オラクルは、メイン・コアに私が【認識阻害】プログラムを書き加えてあるので、指輪は必要ありません。
ソフィアがファヴに言いたかった、正体を秘匿するメリットは、おそらく、街中で自由に買い食いしたり、牛丼屋で気兼ねなく食事をしたり、という事でしょう。
しかし、ファヴから返って来た答えは、極めて優等生的なモノ。
ソフィアは、バツが悪そうに押し黙ってしまいました。
ソフィア……私は、あなたの考えに同意しますよ。
私達は、まず千年要塞の転移座標部屋に【転移】。
その場にファヴが自分の転移座標を設置します。
その上で、ファヴは、守護竜形態に現身し、主塔の上層階のテラスから多少窮屈そうに飛び立ち、広場の上空に姿を現しました。
守護竜サイズには造られてはいないので、窓枠が壁ごと完全に壊れましたが、些細な事です。
私は【修復】で壁を直しました。
・・・
「我らが偉大なる守護竜様。現世への降臨、お祝い申し上げます」
「「「「「お祝い申し上げます」」」」」
旧【パラディーゾ】の聖職者に連なる者達が、額ずいて祈りを捧げています。
「うむ。忠実なる使徒達よ、苦境に耐え、よく命脈を保った。今後は、共に、【パラディーゾ】の復興を成し遂げようぞ」
ファヴこと【ファヴニール】が言います。
居並ぶ、聖職者、公職者、軍人、ギルド職員、企業関係者、住民、冒険者……。
この中の何人かは、王城で、【神竜】形態のソフィアを目にしていますが、ほとんどの者達にとっては、初めて目にする守護竜の姿でした。
彼らは、守護竜【ファヴニール】の大きさと圧倒的な存在感に度肝を抜かれています。
ファヴは、守護竜姿に現身すると、全長45mほどの大きさ(尻尾は除く)。
50m(尻尾は除く)の【神竜】と、40m級(尻尾は除く)のダンジョンボスの間くらいの大きさです。
因みに、【古代竜】は30m(尻尾は除く)ほどで、【竜】は10m(尻尾は除く)ほどの大きさでした。
やはり、守護竜は、デカイ。
比較対象に25mプールや50mプールをイメージしてもらえば、その大きさがわかると思います。
ファヴは、一通り、聖職者達に挨拶した後……サウス大陸解放後、いずれ、【パラディーゾ】で会おう……と宣言して星が瞬く夜空高くに舞い上がり、眩い光を発して、虚空に消えました。
人々の上に祝福を授ける光の粒子が降っています。
幻想的な光景でした。
【ファヴニール】を信仰する人々は、いつまでも空を見上げて、祈りを捧げています。
住民の中には感涙に咽ぶ者も……。
しばらくして、人化したファヴが、千年要塞の主塔から降りて来ました。
ファヴは、千年要塞上空から、千年要塞の転移座標に【転移】し、人化して来たのです。
・・・
さてと。
色々とやるべき事があります。
まず、私達は、冒険者ギルドに向かいました。
ファヴの冒険者登録と、パーティ登録をします。
ファヴは、ファミリアーレのメンバーになりました。
冒険者ギルドのグランド・ギルド・マスターの剣聖から冒険者ギルドに事情が伝わっているので、問題なく手続きは完了。
次に、私達が、今日狩った獲物の買取依頼をします。
私……【超位】の魔物15頭。
ソフィア……【超位】の魔物73頭。
オラクル……【超位】の魔物23頭。
ファヴ……【超位】の魔物56頭。
中々の成果。
私は、今日、後方支援に徹しましたので、少ないのは致し方ないでしょう。
昨日の買取代金は、今朝入金してしまいました。
冒険者ギルドから、オラクルの冒険者クラスが、革から、銅に昇級した事が告げられます。
まあ、これだけの戦果ですから、当然でしょう。
因みに、【ドラゴニーア】に留守番をしているファミリアーレのメンバーは、最近、昇級したばかりなので、今回は、まだクラスは据え置きです。
オラクルには、ドラゴン・スレイヤーの称号が付くことが内定しました。
オラクルの国籍は仮の扱いなので、【ドラゴニーア】に戻り国籍授与が行われた段で、オラクルは、正式にドラゴン・スレイヤーの称号持ちとなります。
因みに、【調停者】や、守護竜であるソフィアとファヴは、冒険者クラスも、称号も関係がありません。
私達は、人種に称号を授ける側であって、受ける側ではないのです。
私達は、冒険者ギルド・千年要塞支部を後にしました。
・・・
私達は、銀行ギルドの出張所に向かいます。
ファミリアーレのメンバーになったファヴが、ファミリアーレのパーティ・メンバー積み立てに参加する、と言ったからでした。
必要ない、とも思うのですが、ファヴは、億万長者です。
パーティ・メンバーの積み立て金などはした金でしょう。
銀行ギルド出張所は、今日も、私達だけの為に時間外営業をしてくれました。
ゴトフリード王から、私達には、最大限の便宜を図るように、と厳命が下されているのだそうです。
まあ、それ以前に、私達4人は、【神格者】が3人と、ドラゴン・スレイヤーが1体のパーティですから……断れないのかもしれません。
・・・
私達は、千年要塞の転移座標部屋に戻ります。
ファヴは、再度、守護竜形態に現身。
私達は、王都【アトランティーデ】の謁見の間に【転移】しました。
今日は、ソフィアは人化したまま。
正体を隠し、【調停者】である私の従者という体裁を執ります。
私達は、高台の玉座がある壇上に立ち、ゴトフリード王以下百官が、謁見の間の低い場所に跪いていました。
「サウス大陸の守護竜にして、【パラディーゾ】の庇護者……【ファヴニール】様、ご復活、お喜び申し上げます」
ゴトフリード王が、良く通る声で、朗々と言います。
「「「「「お喜び申し上げます」」」」」
文武百官達が、王に続いて唱和しました。
「【アトランティーデ海洋国】の者よ、また、サウス大陸各地から避難して来た民の子孫達よ。再び相見えた事を嬉しく思う。留守の間は苦労をかけた……許せよ。この【ファヴニール】が復活したからには、必ずや、サウス大陸を魔物の手から奪還してみせよう。友邦セントラル大陸よりサウス大陸解放の為に参じてくれた守護竜ソフィア殿、そして、この【ファヴニール】を復活させてくれた【調停者】ノヒト殿には、この場を借りて、深く深く感謝致す。者共、ソフィア殿とノヒト殿は、サウス大陸の救世の恩人である。その感謝の念、末代まで語り継がせよ」
ファヴは、強大な魔力をダダ漏れにしながら、訓示します。
「「「「「ははーーっ!」」」」」
一同は跪いて言いました。
・・・
ファヴは、謁見の間から退出すると、すぐ人化します。
私達は、廊下で待っていた王女のジュリエットさんに迎えられました。
「お帰りなさいませ、ソフィア様、ノヒト様。お初にお目にかかります、【ファヴニール】様。【アトランティーデ海洋国】王、ゴトフリードの娘、ジュリエットでございます。王城にいらっしゃる間、皆さまの身の回りの、お世話をさせて頂いております」
ジュリエットさんは、恭しく礼を執ります。
「ジュリエット。よろしく頼みます。僕の事は、公式の場以外では、ファヴと呼んで下さい」
ファヴは、言いました。
「畏まりました。ファヴ様」
ジュリエットさんは、言います。
ジュリエットさんによって、私とソフィアが使うゲストルームには、新しいベッドなどが運び込まれていました。
儀礼上、本来なら、別の部屋を用意するべきなのだそうですが、ソフィアとファヴが、同じ部屋が良いと依頼したのです。
・・・
夕食。
今日は、少し帰還が遅い時間になりましたが、王家の面々は、夕食を食べずに待っていたようです。
王家の面々に、2人の聖職者を紹介されました。
「この方は、【パラディーゾ】の【大巫女】ローズマリー様。こちらは、巫女長のスカーレット女史です」
ゴトフリード王が、聖職者達を紹介します。
大巫女は、【ドラゴニーア】で言えば、大神官アルフォンシーナさんと同格の役職……巫女長は、神官長のエズメラルダさんと同格の役職なのでしょう。
2人とも、出発の見送りの時などに、何度か見かけていました。
「ソフィア様、ノヒト様、初めまして、ローズマリーでございます」
ローズマリーさんは、深く頭を下げます。
「よろしくなのじゃ」
「よろしく、お願いします」
「【ファヴニール】様……お声と同じく麗しい、お姿……。現世で、こうして、お会い出来るだなんて、これ以上の幸せはありません」
ローズマリーさんは、涙を流して言いました。
「ローズマリー。これから、国を建て直さなくてはならないのです。泣いている暇は、ありませんよ」
ファヴは、優しい声で言います。
「はい。もう、泣きません。どうぞ、私達を、お導き下さい」
「政は、あなた達の手で行うのです。ゴトフリード王や、【ドラゴニーア】の大神官殿の助言を、よく聴き。民の為に働いて下さい。僕も、助言はしますので」
「畏まりました」
・・・
夕食後。
ソフィア、ファヴと順番に入浴。
ファヴは、ソフィアに指導されて、腰に手を当てながら牛乳を一気飲み。
「ぷは〜っ!この一杯の為に働いておるのじゃ」
「はい」
うん、姉弟の息はピッタリのようです。
ソフィアは、オラクルのバックアップコアに記憶を上書きし、すぐに寝てしまいました。
ファヴの方は、まだベッドに入らず、机に向かい何やら紙に書き留めています。
ファヴのメモは、大巫女のローズマリーさん宛てに、今後の方策について助言する目的なのだそう。
偉い。
ソフィアも、ファヴを見習うべきです。
ソフィアは、ここ数日、ソフィア財団の寄付者への礼状書きもサボっていますからね。
その内、説教してやらなくてはいけません。
私は、内職を始めました。
オラクルが手伝ってくれます。
今日の進撃行程は、非常に早く進捗しました。
首都【パラディーゾ】から南端の街【ダイアモンドブルク】までの4千kmあまりが、僅か7時間です。
【パラディーゾ】領内北端の街【ベルベトリア】から、首都【パラディーゾ】までは、約13時間でした。
等距離であるはずなのに、この時間短縮。
やはりファヴの加入は、大きいですね。
【パラディーゾ】の【神位結界】の効果を変えられるファヴによって、私達は、強力なホーム・アドバンテージが得られています。
おかげで、オラクルが【超位】の魔物を23頭倒す、という大戦果を上げました。
【神位結界】の外で、まともに戦えばオラクルは、【超位】の魔物には、とてもではありませんが太刀打ち出来ません。
それほど、ファヴの【神位結界】の効果は絶大でした。
しかし、明日からは、また【大密林】に入ります。
【大密林】は、魔物が濃い上に、ファヴの【神位結界】の範囲外。
私達が進軍して来た、【大密林】の北側は、人種の牙城【アトランティーデ海洋国】が接していましたが、明日から進軍する【大密林】の南側は、魔物の支配領域【ムームー】に接しています。
【ムームー】は、未だスタンピードを継続する2つの遺跡に挟まれた土地。
これは、油断出来ません。
明日も頑張りましょう。
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