第1087話。滞留する会議。
【クリスタル・ウォール】中央神殿の広間。
私達は、【クリスタル・ウォール】の市長に相当する管理者ザーグと妻のジア、それから【クリスタル・ウォール】商工会議所のベレンガリア会頭、同じく商店街振興組合のコンコルディア組合長、同観光振興協会のドルミータ会長を交えて、自由商業特区【クリスタル・ウォール】の商工業と観光の振興政策について話し合っていました。
現在は話の流れ的に【クリスタル・ウォール】への観光客誘致策が議題になっています。
【クリスタル・ウォール】の商工業と観光産業の代表者が集まっていますが、やや会議は滞留気味。
アイデア出しの為に、【クリスタル・ウォール】財界の名士や大物も、私達の立ち会議に参加を許可されています。
新たに会議に加わったのは、地元で商家や会社を経営するオーナーの【魔人】が数人、同じく小型の魔物が数匹、そして【自動人形】・オーセンティック・エディションなどの【ドロイド】が数体。
【自動人形】・オーセンティック・エディションは【クリスタル・ウォール】の資本家の秘書代わりで晩餐会に遣わされていて、【ドロイド】達は自走式の【スマホ】的な役割を果たしています、
いずれも外部にいる主人とリモート通話を繋いでいました。
リモート参加の理由は、巨大な魔物で晩餐会場に入れなかったからです。
「そうじゃ。フロンやノノ達は、仕事以外では何が楽しみなのじゃ?」
ソフィアが訊ねました。
フロンやノノ達は人化を取れるようになっているものの現身すれば、元は【古代・グリフォン】と【古代竜】です。
【クリスタル・ウォール】の消費者も【魔人】と魔物が主なので、ソフィアは魔物の消費者代表としてフロンやノノ達に趣味趣向を訊ねました。
身近な市場調査という訳です。
「狩と食べる事と【秘跡】」
「戦いと食べ物と【ピラミッド】」
フロンとノノが答えました。
「狩と戦いは観光とは縁遠いの。ノノが言う【ピラミッド】も【秘跡】か。つまり、【秘跡】攻略じゃな?しかし、フロンやノノのような強力な個体でなければ、【秘跡】は危険じゃ。観光で挑むような場所ではない。それ以外では食べ物か?やはり、最初の問題提起に戻ってしまったのじゃ」
ソフィアは言います。
ソフィアは……【クリスタル・ウォール】には観光客を誘致出来るような訴求が高い観光資源が少ない……と考えていました。
また観光の楽しみである食も、【オーバー・ワールド】の有名観光地のような名物や名産品を使った美味しいご当地料理がないという不満もあるのでしょう。
とはいえ【ドゥーム】の歴史は、高々20年余りしかありません。
【クリスタル・ウォール】名物などは、これから作って行けば良いのです。
問題は【ドゥーム】の住民である【魔人】や魔物や【知性体】に、それをやらせるという事。
【魔人】や魔物や【知性体】は、人種に比べて器用さが低いですし、商売の才腕も高い訳ではありません。
「狩と戦い……。【闘技場】のように安全な競技として戦闘が行える場所があれば、良いのですけれど……」
トリニティが言いました。
「【ドゥーム】に【闘技場】はないのじゃ」
「そもそも【クリスタル・ウォール】は街中が交戦禁止領域に指定されていますしね」
ソフィアとトリニティが何故か私の顔を見ます。
何かアイデアはないか?……という事なのでしょうね。
今の私は【クリスタル・ウォール】の民間経済発展策について……自由放任……という最適解に帰結してしまっていて次善の代替案が思い浮かばず、頭が空っぽ状態なのでアイデアを求められても困ります。
異世界転移後の私はゲームマスターとしての高スペックな知能に加え、【共有アクセス権】でミネルヴァの演算能力を使用出来るので、1から100を思考するのは簡単ですが、0から1を閃くのは人間だった時の能力と基本的には変わりません。
「こういう金儲けの話は、人種の商人や企業の担当者を連れて来てやらせれば手っ取り早いのでしょうけれどね……」
私は、こんな愚にもつかない事しか言えませんでした。
それが出来ないから、どうするか?……という話になっているのです。
「【ドゥーム】に連れて来て問題がない寿命を持たない人種といえば、ルシフェルら【改造知的生命体】じゃのう」
ソフィアが言いました。
「【魔界】平定戦が片付いたら、寿命がない【改造知的生命体】達を【ドゥーム】に連れて来て働かせる計画は既にありますよ」
「【魔界】平定戦の後ではなく、前倒しに出来ぬのか?【魔界】平定戦が片付いた頃には、ここにおる寿命がある者達は皆死んでおるのじゃ。【ドゥーム】は【時間加速装置】じゃからして、寿命がない【改造知的生命体】を【魔界】平定戦の始まる前に【ドゥーム】に送り込んで働かせても問題なかろう?【時間加速装置】の【ドゥーム】なら、【改造知的生命体】らが仕事を完遂した後も【オーバー・ワールド】では大して時間は経過しておらぬ。その後で【魔界】平定戦に参加させても間に合う筈じゃ」
「ソフィアが言う通り、【魔界】平定戦の前でも時間的には問題ありませんが、【改造知的生命体】やクローン【天使】など天軍に【ドゥーム】での労役を科す場合、それは刑罰という位置付けになります。そうなると必然的に【ドゥーム】で働いた【改造知的生命体】は刑期の短縮が認められます。【シエーロ】や北米サーバー(【魔界】)で【知の回廊の人工知能】とルシフェルが主導した虐殺への関与が薄く比較的責任が軽い末端の【改造知的生命体】は、その刑期短縮で刑期満了になり釈放される個体も相応の人数で出るでしょう。そうなると必然的に釈放された【改造知的生命体】は【魔界】平定戦に動員出来なくなります。正直な話クローン【天使】の中でも特にスペックが高い【改造知的生命体】達は【魔界】平定戦の動員戦力として頭数に計算しているので、【ドゥーム】で労役を科して刑期短縮させるのは【魔界】平定戦後にしたいのですよね。まあ、これは私の都合ですが……」
「そうか。中々こちらの思い通りには、ならぬのう」
「そうですね。まあ、現状観光産業が拙いのは【ドゥーム】全体の問題で、競合相手も同じ条件です。相対評価で【クリスタル・ウォール】だけが不利になるという事はありません。実際、私達【オーバー・ワールド】の娯楽やエンターテインメントを知っている客が観て、正直……イマイチ……だと感じた【カーバンクル劇団】が、こちらの観客から、それなりにウケていたのですから。むしろ、【クリスタル・ウォール】には他の地域にはない抗戦禁止ギミックがあり安全で平和なので、【ドゥーム】の他の地域との比較では圧倒的に優利です」
「そうじゃ。悲観するような状況ではないのう」
議論は停滞します。
「マイ・マスター。【クリスタル・ウォール】に造る魔物向けの観光の呼び物という事ならば、【古代竜】のような巨大な魔物を収容可能な巨大な図書館を建造してみては如何でしょうか?先程来マイ・マスターや皆さんのお話を聴いて思い出したのです。私が【遺跡】で暮らしていた時に、長く生きた【ダンジョン・ボス】は概して話好きで質問好きでした。時々私は、彼らに頼まれて【遺跡】に侵入した人種を捕らえて、【ダンジョン・ボス】部屋に連れて行った事もあります。私は人種を餌にするのだと思っていたのですが、【ダンジョン・ボス】は囚われた人種に様々な質問をして知識を得る事を趣味としていました。話が面白い人種や、幅広い知識を持つ人種は、食糧などを与えて長く生かされてさえいたのです。【カーバンクル】のアルレッキーノもそうだったように知性が高い魔物は好奇心や知識欲が高く、例えそれが自らの暮らしには役に立たないモノであっても新たな知識を得る事を喜びとしていたのです。ならば【クリスタル・ウォール】に知性が高い魔物の知識欲や好奇心を満足させられる知識の殿堂たる図書館を造れば、それを目的として【クリスタル・ウォール】に観光客の魔物を誘致出来るのではありませんか?しかし図書館が人種や【魔人】用のサイズでは、人化能力を獲得しない限り【古代竜】などの巨大な魔物は図書館を利用出来ません。ですので、【クリスタル・ウォール】に【古代竜】でも余裕を持って利用可能で、彼らの知識欲を満たすに足る蔵書を誇る巨大な図書館を造れば良いのではないかと愚考致しました」
先程から考え混んでいたトリニティが発言しました。
「巨大な図書館ですか……。確かにアルレッキーノのように知性が高い魔物は、旺盛な知識欲や好奇心を持ちますね。であれば、知識の殿堂としての図書館は需要がありそうです。先程カプタ(ミネルヴァ)が住民達が利用する公共施設として図書館を各自治体に建築する事を決めましたが、巨大な魔物でも利用出来る図書館を建てるという想定はしていませんでした。言うまでもなく、【ドゥーム】のカプタ(ミネルヴァ)陣営で最大の消費者は魔物です。魔物の訴求と需要を取り込めれば観光客の誘致にも繋がります。【クリスタル・ウォール】に巨大な魔物でも快適に利用可能な巨大な図書館があれば、観光資源としてハマるかもしれません。とすると、本のサイズも相応に大きく……いや、【呪文】を空間に投影するギミックがあれば良いですね。あるいは大きなスクリーンに本の内容を映すとか?思念波で直接魔物の脳に情報を送り込む方法もあります。とにかく巨大な図書館は一考の余地がありそうです。トリニティ、良いアイデアだと思います」
「ありがとうございます」
「【古代竜】サイズの巨大図書館ですね。取り急ぎ図面を引いて模型を製作してみましょう」
カプタ(ミネルヴァ)が言います。
とはいえ、観光客誘致政策が図書館では、やや弱いのですよね……。
ただし、何に投資するか?と考える場合、数撃ちゃ当たるで10個仕掛けた内1個当たって、そこから20のリターンを得れば良いという考えで手広くやった方が良いのです。
図書館に開発予算を全て注ぎ込む……というなら反対しますが、数ある試作の1つならば、図書館なんかと排除する必要はありません。
まあ、【クリスタル・ウォール】はフロネシスの暴走による抗戦禁止領域指定によって安全と治安が完璧に担保されているので、観光客誘致や別荘購入は放っておいても伸びると思いますよ。
むしろ問題は、商工業の発展政策の方ですよね……。
【クリスタル・ウォール】経済だけが発展すれば良いなら、観光産業だけに振り切って他は捨てるという選択肢もリソースの集中という意味ではアリだと思います。
しかし、カプタ(ミネルヴァ)は、自由商業特区の【クリスタル・ウォール】を、将来的に【ドゥーム】全体を自由経済市場に移行する為のモデル事業と位置付けているので、商工業の伸長も目指さなければいけません。
【魔人】や魔物は商才や職人技能で、明らかに人種より劣ります。
地球の歴史では手工業から工場生産に移行しましたが、【ドゥーム】では丸っきり逆。
【プロトコル】制御による自動工場と【ドロイド】による作業が先で、自営業者による家内工業が後なのです。
つまり、地球の産業史の教訓を、そのまま【ドゥーム】には使えません。
ダメだ。
いよいよ頭が回転しなくなって来ました。
「気分転換をしたいですね。少し外の空気を吸って来ます」
「うむ。我も分厚いステーキでも食べて気分転換をしようかの」
ソフィアが言います。
ここで一旦、一服休憩となりました。
「マイ・マスター。お供致します」
トリニティが私に付いて来ます。
「ありがとう」
・・・
私とトリニティは、神殿の広間からテラスに出ました。
気分転換に外の新鮮な空気でも吸って……と。
風が気持ち良……くない。
蒸し暑い……。
あ〜、【ドゥーム】は常夏の熱帯気候でした……。
むしろ空調が効いた室内にいる方が快適です。
せっかく屋外に出たのですから致し方ありません。
我慢しましょう。
すぐ室内に戻ったら、熱帯の外気が酷く蒸し暑い事に思い至らなかった馬鹿だと思われます。
まあ、私人である私個人としては誰に何と思われたって全く構わないのですが、公人(公神?)であるゲームマスターのノヒト・ナカとしては神性のイメージを多少は守らなくてはいけません。
【ドゥーム】はゲームマスター本部直轄地であり、ゲームマスター本部責任者の私は、【ドゥーム】の住民にとって事実上の主祭神なのですから。
「【冷温】、【微風】。これなら涼しいですね」
私は魔法で無理矢理、外気を快適に変えました。
【魔導空調機】とやっている事が同じなので、これなら室内にいるのと変わりません。
まあ、良いでしょう。
「マイ・マスター。疑問に思った事があります」
トリニティが言いました。
「疑問とは?」
「カプタ(ミネルヴァ)様は、【クリスタル・ウォール】を始めとする【ドゥーム】経済の自由市場化について、何を急いでおられるのでしょうか?いつも冷静沈着で泰然自若としたミネルヴァ様らしくないと思いました」
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