第1086話。【クリスタル・ウォール】歓迎晩餐会。
本日2話目の投稿です。
【クリスタル・ウォール劇場】
「ノヒトよ。骨使いに相応しい名前を考えてくれ」
ソフィアは、さも当然のように言いました。
面倒事を私に投げっ放しにしましたね。
「何故、私が考えるのですか?ソフィアは自分で骨使いの【カーバンクル】に【名付け】をしてあげると言ったのではありませんか?」
「うむ。じゃが、な〜んにも思い浮かばぬ」
「私もですよ」
「適当で良いのじゃ。【カーバンクル】じゃから、カバ男とかで良いじゃろう?」
「じゃあ、それで」
「いやいや。そういう名前は御勘弁を……」
骨使いの【カーバンクル】は必死になって拒否します。
「え〜と、なら、アルレッキーノではどうですか?」
「おおっ!カバ男よりはマシというか、普通に何か良いっぽい」
「どういう由来じゃ?」
「地球のイタリアという国のコンメディア・デッラルテという即興喜劇に登場する道化のキャラクターで、所謂トリック・スターですよ」
「確かイタリアという国の道化は、プルチネッラというのではなかったか?」
「プルチネッラもコンメディア・デッラルテに登場する道化の1人ですね。アルレッキーノは、狡猾なペテン師ですが根っからの悪人という訳ではなく快活で機知があり洒落が利いた人気者という役柄がお約束となっています。日本の演芸で云う、ツッコミという役柄ですね。プルチネッラは、騙され易くアルレッキーノなどに翻弄されて七転八倒する役柄です。日本の演芸では、ボケに相当します」
「わかった。骨使いよ、其方の名は、アルレッキーノで良いか?」
ソフィアは訊ねました。
「はい。素晴らしい名です」
骨使いの【カーバンクル】は了承します。
「では、其方は、今からアルレッキーノじゃ」
「おおっ!魔力が上がったのがわかりますぞ。これは凄い」
骨使いの【カーバンクル】、改めアルレッキーノは言いました。
「アルレッキーノ。今後とも精進して皆を楽しませてくれ」
「ははっ!ソフィア様より頂いた名に恥じぬよう努力致します」
「うむうむ」
「ところで、ノヒト様。そのコンメディア・デッラルテなる即興喜劇について、ご教示頂きたいのですが?今後の参考になるかもしれませんので」
アルレッキーノは言います。
「早速、向学心を発揮しておるな?良い心掛けじゃ」
ソフィアがアルレッキーノを褒めました。
「ありがとうございます。ノヒト様、コンメディア・デッラルテとは、どのような演目なのですか?」
アルレッキーノは改めて訊ねます。
「コンメディア・デッラルテは即興演劇のスタイルで行われる芝居で、演目は一様ではありません。基本的な構成としては喜劇であり、俳優達は……ストック・キャラクター……という類型化された役柄を演じます。それぞれのキャラクターには予め決められた名前と衣装と仮面が当てがわれていて、観客はキャラクターの姿を見れば、一目で、そのキャラクターが誰で、どんな性格の役柄なのかがわかります。例えば、先程説明したアルレッキーノが舞台に登場すれば、観客は既に……狡猾なペテン師だが根っからの悪人という訳ではなく快活で機知があり洒落が利いた人気者……というキャラクター設定を知っているので、そういう役柄として観る訳です。このキャラクター設定は、どんな物語を演じても踏襲されるので俳優は役作りに苦労せず、劇中で長々とキャラクターの個性を説明する必要がなく、観客も直ぐに物語の状況を理解します」
こういう演劇的キャラクター設定のお約束は、日本の能狂言や歌舞伎や落語、中国の京劇、手塚治虫の漫画などでも使われていますね。
「なるほど。特に私が操作する【スケルトン】は骨だけですから無個性です。もしも、衣装などで一目でキャラクター付けが理解出来れば便利です。ただし、そのキャラクター設定を観客に覚えてもらって周知・浸透させるのが大変そうです」
「初めの内は、口上係や活弁士を付けて……この役柄は、こういう性格で……とメタ的な説明をするような演出をしても良いかもしれません」
「普及するでしょうか?」
「他の劇団にも全く同じストック・キャラクターの設定を使わせれば良いのです。このシステムは便利ですから、導入する劇団もあると思いますよ」
「そうですね。衣装と仮面が同じなら演じる俳優が誰でも、例え男性の役柄を女性が演じても、【魔人】の役柄を【スケルトン】が演じても、キャラクター設定が決まっていれば成立します」
「それに、違う俳優が演じる同じキャラクターの演技の違いを楽しむというような趣向で、同じ演目を何回も繰り返し観てもらえる可能性もありますからね。通を気取る観客は、同じ演目を何回も観て……自分は誰某が演じるアルレッキーノの品がある演技が好きだ。いや、誰某のダイナミックな演技の方が良い……という具合に比較して楽しめる訳です」
「ノヒト様。コンメディア・デッラルテやストック・キャラクターの詳細な設定がおわかりになりますか?」
「全ては記憶していませんね。必要ならばカプタ(ミネルヴァ)に設定資料を作成させて渡しますよ。しかし、別にオリジナルのコンメディア・デッラルテ通りでなくとも、アルレッキーノが自分でキャラクター設定を創作すれば良いのです。ヒーロー、ヒロイン、相棒役、 悪役、滑稽な道化役、狡賢い悪戯者、憎めない臆病な欲張り、狂言回し……などなど、という具合に」
「そうですな。これは早速キャラクター設定とシナリオを作らなければ……」
「うむ。素晴らしい作品が出来たら、また観に来るのじゃ。アルレッキーノ、楽しみにしておるぞ」
ソフィアが激励しました。
「はは〜っ!」
私達はアルレッキーノに挨拶をして【クリスタル・ウォール劇場】を後にします。
・・・
【クリスタル・ウォール】中央神殿の広間。
私達は、視察ツアーのスケジュールを全て消化して【クリスタル・ウォール】の管理者であるザーグが主催する晩餐会に参加しました。
晩餐会と言っても立食形式です。
これは、私やソフィアと話したい地元【クリスタル・ウォール】の有力者が沢山招かれているからなのだとか。
ただし、カプタ(ミネルヴァ)から……ソフィアが食事に満足するまでは、話し掛けるのは禁止……という指示が厳命されているので、私達以外のゲストは遠巻きに此方を眺めるだけで近寄っては来ません。
私達が一通り食事をして満足すると、招待客による挨拶攻勢が始まりました。
今日の立食晩餐会は簡易儀礼ですが、正直言って面倒です。
まあ、【ドゥーム】の庇護者であるカプタ(ミネルヴァ)の顔を立てて我慢しますけれどね。
ソフィアは意外にも大人しく挨拶を受けています。
おそらく今後の【ドゥーム】との貿易を見据えて情報を収集しておこうと考えているのでしょう。
あるいはソフィア自身が街の改築を行った【クリスタル・ウォール】の地元住民に対して好意的な感情を持っているからなのかもしれません。
「【クリスタル・ウォール】商工会議所の会頭ベレンガリアと申します。偉大なる神々と神々の御側近の皆様方に謁する機会に預かり、光栄の極みでございます」
ベレンガリア会頭は【ワー・キャット】でした。
「【クリスタル・ウォール】商店街振興組合の組合長コンコルディアです。皆様の御威名は聞き及んでおります。御尊顔を拝し奉り、歓喜に打ち震えております」
コンコルディア組合長は【ワー・ラビット】です。
「【クリスタル・ウォール】観光振興協会の会長ドルミータでございます。皆々様の偉大なる御高名は【ドゥーム】にも知れ渡っております。どうぞ、お見知りおき下さいませ」
ドルミータ会長は【サキュバス】でした。
3人とも【真祖格】持ちの女性【魔人】です。
私達は、お互いに自己紹介をして挨拶を交わしました。
そして、【クリスタル・ウォール】の民間の商工業や観光などの振興について意見交換が行われます。
カプタ(ミネルヴァ)も【ドゥーム】全体に自由経済市場を確立する最初の1歩として、当地【クリスタル・ウォール】を自由商業特区として様々な施作を試行しているので、私やソフィアの意見を聴きたい様子でした。
「う〜ん。民間の商工業や観光の振興ですか……。なかなか難しいですね。現時点で私には、これといったアイデアはありませんね」
「何じゃ?いつものノヒトなら、何を訊ねても大体は答えが返って来るではないか?」
ソフィアが言います。
「【ドゥーム】の商業の客層は【魔人】と魔物ですからね。人種と違って、彼らの訴求は良くわかりません。トリニティは何が有れば良いと思いますか?」
私はトリニティに話を振りました。
まあ、ぶっちゃけ……面倒臭いな〜……と思っているだけなのですが……。
「少し考えてみます……」
トリニティは考え込みます。
「我はスーパー・マーケットとデパートとショッピング・モールがあれば良いと思うのじゃ。もちろん、レストラン街とフード・コートは必須テナントじゃぞ。とりあえず、それがあれば我は【クリスタル・ウォール】で、しばらくの間は暮らせるのう。ノヒトは、何が欲しいのじゃ」
ソフィアが訊ねました。
「私なら、とりあえずコンビニと本屋でしょうか」
「現在の【ドゥーム】では書店より図書館の方が有用かもしれません。本屋は文明がある程度成熟しませんと商売にはなりませんので。図書館は、そもそも公共の財産で商売ではありませんが……」
カプタ(ミネルヴァ)が言います。
「まあ、別に図書館でも構いませんけれどね」
「ならば図書館に関しては、私の方で予算を承認し、直ぐに【ドロイド】による建築を開始します。【クリスタル・ウォール】だけでなく、全自治体に建築しましょう」
こうして、何となく立ちミーティングが始まりました。
・・・
1時間後。
私達は、相変わらず【クリスタル・ウォール】の民間の商工業と観光の振興策に付いて話し合っています。
「【ドゥーム】の観光業は本来極めて潜在需要が高いのですけれどね……」
「私達も【ドゥーム】の各都市からの観光客の誘致を推し進めたいと考えています」
観光振興協会のドルミータ会長が言いました。
「観光の呼び物が、あの【カーバンクル劇団】のようなレベルではのう……。それに、【ドゥーム】には珍しい食材や美味しい食材はあったが、【自動人形】・シグニチャー・エディション以外が調理する【ドゥーム】の店の料理のレベルは、お世辞にも高いとは言えぬ」
ソフィアがダメを出します。
「観光の呼び物として、特別な何かが必要だとは思いません。とりあえず安全で清潔で快適な部屋がある宿泊施設があれば観光客は満足します」
「ノヒトよ。そんな事で観光客が集まるなら、世の中のホテルや観光地は苦労せぬのじゃ」
「いいえ。私が想像した観光客は【ドゥーム】からでなく、【オーバー・ワールド】から呼ぶのです。【オーバー・ワールド】から観光客を呼べれば、【ドゥーム】の観光産業は途轍もなく儲かるでしょう」
「【オーバー・ワールド】から観光客を誘致するにしても、観光の呼び物や美味しい食事はあった方が良いじゃろう?」
「既に【ドゥーム】には【オーバー・ワールド】にはない最高の観光資源がありますよ。多少食事が不味くても満足するような他にない素晴らしい魅力です」
「それは何じゃ?」
「時間です」
「【時間加速装置】だからか?噛み砕いて説明をして欲しいのじゃ」
「【オーバー・ワールド】の先進国の人達は、経済的に余裕があって旅行にでも行きたいと思っても、纏まった休みが取れないとか、家族の休日が合わないとか、1日休みがあっても仕事の疲れを取る為に自宅で休息して出掛けないという理由で旅行に行けない、あるいは行かない人達が沢山います。【オーバー・ワールド】の数秒は【ドゥーム】では数日です。つまり休みなんか取らなくても、会社帰りに家族揃って【ドゥーム】に来れば、ゆっくり休めますからね。食事なんか食材に塩を振っただけのバーベキューだって良いのです」
「なるほど。それは間違いない」
「チーフ。それは……」
カプタ(ミネルヴァ)が私の話を制しました。
「カプタ(ミネルヴァ)、わかっています。ゲームマスター本部直轄地に【オーバー・ワールド】から観光客を招く事には、現状では私も否定的な立場です。そして、もちろん【ドゥーム】は【時間加速装置】なので、【オーバー・ワールド】を基準にすれば寿命がある種族は相対的に早く老化してしまいます。また、カプタ(ミネルヴァ)が【調伏】していない魔物が観光客の人種を本能的に襲ってしまうかもしれません。人種にとって【ドゥーム】には、そういう無視出来ないリスクがあります。ですから、私は現時点では【ドゥーム】に【オーバー・ワールド】から人種の観光客を誘致する許可を出すつもりはありません」
「何じゃ。実現不可能なタラレバの試案では意味がないではないか?」
ソフィアは言います。
「目と舌が肥えた【オーバー・ワールド】の人種が満足する観光プランなら、【魔人】や魔物相手にも通用するという話ですよ。時間という概念は観光の魅力としては、普遍的価値になり得ます。日常の雑事や喧騒を忘れてゆっくりする。【オーバー・ワールド】の観光地でも、そういうサービスを売りにするホテルや観光地はありますよね?」
「ふむ。具体的には、どうするのじゃ?」
「特に思い浮かびません」
「は?具体案もなく適当な事を言ったのか?」
「はい。なので、私は最初に……これといったアイデアはない……と明言しましたが、何か?」
「ノヒトめ。言うに事欠いて、とうとう開き直りおったな?」
「まあ、とにかく、やる気と工夫があれば大概の問題は解決可能です」
「愚にも付かぬ根性論と抽象論で逃げおってからに」
「仕方ありませんよ。人種の趣味趣向なら何となくイメージ出来ますし、地球にあるモノを例示する事も出来ますが、【クリスタル・ウォール】の民間商工業や観光の顧客となる【魔人】や魔物の好みは正直言って良くわかりません」
私が考える【クリスタル・ウォール】に限らない【ドゥーム】全体の自由経済市場の確立策は、カプタ(ミネルヴァ)が陣営の【魔人】と魔物への衣食住や医療や教育の無償提供を含む過剰な庇護政策を中止して放任し、【魔人】と魔物による自発的な経済活動に任せるという方法論です。
しかし、それはカプタ(ミネルヴァ)が【ドゥーム】の【魔人】や魔物から服従を得る対価として約束し与えている恩恵でもあるので、カプタ(ミネルヴァ)側の都合で止める事は出来ません。
私の中では既に……自由放任が最適解……だという結論が出てしまっているので、それ以外のアイデアについては新しい発想が出なくなっていました。
ブレイン・ストーミング的な思考法を試みても、保育園児が考えそうなアイデアしか浮かびません。
こういう時は寝てしまえば、多少マシな考えも浮かぶのですが、さすがに今ここで寝始める訳にもいきませんし、そもそもゲームマスターの私は睡眠を必要とはしませんからね……。
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・・・
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