第1085話。【カーバンクル劇団】。
【クリスタル・ウォール】メイン・ストリート西街方面。
私達は、【アマンディーヌの店】を後にして西街を歩いています。
【ワールド・コア・ルーム】に転属が決まった【真祖】の【メリュジーヌ】アマンディーヌ・アポリネールは経営する魔道具と【錬金術】素材の店【アマンディーヌの店】の処分など身の回りの整理が付いたら、再度トリニティが迎えに行く事になりました。
【ドゥーム】は【オーバー・ワールド】に比べて86400倍という猛烈な速度で時間が過ぎる【時間加速装置】ですので、私達が一旦【オーバー・ワールド】に戻ったら、すぐにトリニティが迎えに行く事になるでしょう。
それから【ロヴィーナ】の現職首長である【真祖】の【ヴァンパイア】カーミラ・ダーグブルーも【オーバー・ワールド】に来たがっている様子なので、もしかしたらアマンディーヌとカーミラの2人でやって来るかもしれません。
カプタ(ミネルヴァ)庇護下に入った【ドゥーム】の【魔人】や魔物や【知性体】は、安全と衣食住と医療や教育などを無償で得られる対価として、最長50年間カプタ(ミネルヴァ)の陣営で働く事が義務付けられていました。
しかし【ドゥーム】は【時間加速装置】なので、【オーバー・ワールド】換算では約5時間で50年が経過してしまいます。
あっという間ですね。
私達は、カプタ(ミネルヴァ)が計画した最後の視察予定地に向かいました。
つまり、中立個体の【カーバンクル】が【不死者】を操って芸を見せるという【カーバンクル劇団】の演目が掛かった【クリスタル・ウォール劇場】です。
【カーバンクル】とは個体名ではなく種族名なのですが、【カーバンクル劇団】の興行主である【カーバンクル】は、カプタ(ミネルヴァ)に対して中立の個体なので、カプタ(ミネルヴァ)に【調伏】され【名付け】を受けた訳ではなく、また個体名を自ら名乗ってもいないのだとか。
個体識別という意味で個体名がないのは不便ですが、【カーバンクル】は希少な魔物で、またカプタ(ミネルヴァ)が庇護する個体や、カプタ(ミネルヴァ)が庇護するコミュニティに出入りする個体には、【カーバンクル劇団】の【カーバンクル】以外に同族がいないらしく、混同は起こらないのだそうです。
私達は豪華な装飾が施された劇場の中に入りました。
・・・
【クリスタル・ウォール劇場】。
私達がカプタ(ミネルヴァ)が手配していた桟敷のVIP席に座ると、それを待っていたかのように開演ブザーが館内に鳴り響きます。
幕が上がると、舞台袖からカランカランと音を鳴らして2体の【スケルトン】が登場しました。
骨格から推定して、この【スケルトン】は生前【鼠魔人】だったと思われます。
齧歯類を思わせる長い前歯が特徴でした。
【鼠魔人】の【スケルトン】2体がギクシャクとした滑稽な動きで観客を笑わせます。
【鼠魔人】の【スケルトン】達は、私達が座る桟敷に向かって手を掲げました。
観客の視線が私達の桟敷に集まります。
【鼠魔人】の【スケルトン】達は跪き恭しく礼を執りました。
観客達も起立して礼を執ります。
私達が来ている事がカプタ(ミネルヴァ)から劇場と興行主に広報されていたのでしょうね。
私達も立ち上がって、桟敷から手を振りました。
カプタ(ミネルヴァ)が観客達に手で合図すると、観客達は着席します。
観客達が着席するのを待って観客席は暗くなり、演目が始まりました。
会場は静かになります。
跪いていた【鼠魔人】の【スケルトン】2体が立ち上がると、突然、何の脈絡もなく左右の舞台袖から2つの大玉が転がって来たかと思うと、【鼠魔人】の【スケルトン】達に大玉がぶつかって、【鼠魔人】の【スケルトン】達はガシャ・ガシャと音を立ててバラバラに崩れました。
観客が……うわ〜っ!……と声を上げた後、【鼠魔人】の【スケルトン】2体の無残な様子を見てドッと笑いが起こります。
崩れた【鼠魔人】の【スケルトン】達はカシャ、カシャと自動で再生しましたが、何かおかしな事になっていました。
頭が前後反対で、手と足がデタラメにくっ付いています。
2体の【鼠魔人】の【スケルトン】が混乱したような仕草を見せると、観客が笑いました。
【鼠魔人】の【スケルトン】達は、お互いの骨を正しく組み立て直します。
【鼠魔人】の【スケルトン】2体は立体パズルのように骨を1本ずつ組み立てていきますが、時々観客席に……この骨は何処?……と訊ねるような仕草をしてみせました。
【鼠魔人】の【スケルトン】達は言葉を発しませんが仕草で意味がわかります。
パントマイムですね。
観客は……大腿骨だ、肩甲骨だ、骨盤だ……と舞台上に声を掛けて教えました。
2体の【鼠魔人】の【スケルトン】を【操作】する【カーバンクル】は、もちろん正しい骨の位置を知っています。
何故なら2体の【鼠魔人】の【スケルトン】は、簡単な部位の骨ばかりを観客に訊ねていました。
肋骨や背骨など、遠目に一見しただけでは区別が付かないような部位の骨については観客に訊ねません。
【鼠魔人】の【スケルトン】達の骨格が正しく組み直されたところで観客から拍手が起きます。
正直、骨の組み立てに時間が掛かり過ぎて間延びしましたが、観客は不満には感じていない様子でした。
昔の映像媒体より、現代の映像媒体の方がテンポやスピードが早いと聞いた事があります。
この、ゆっくりな進行スピードが現在の【ドゥーム】のテンポ感なのかもしれません。
すると、2体の【鼠魔人】の【スケルトン】の背後に楽器を持った大勢の【スケルトン】楽団が登場して、何やら演奏を初めました。
あまり上手とは言えない演奏ですが、【スケルトン】に演奏のクオリティを期待している観客はいないのでブーイングなどは起きません。
初めに登場した【鼠魔人】の【スケルトン】2体が2つの大玉に乗って大玉乗りの曲芸を見せました。
観客の拍手も束の間、【鼠魔人】の【スケルトン】2体が乗る2つの大玉は、あらぬ方向に転がって、【鼠魔人】の【スケルトン】達はぶつかって大玉から転落し、再びバラバラに崩れます。
観客は大爆笑しました。
単なる【操作】ミスなのか、あるいは計算されたハプニングの演出なのかはともかく、徹底して、こういうドタバタで笑いを取って行くスタイルのようですね。
舞台袖から複数の【スケルトン】が登場し、大玉から転落してバラバラになった2体の【鼠魔人】の【スケルトン】をバケツに入れて舞台袖に撤収して行きました。
観客から盛大な拍手が湧き起こります。
こんな調子で【カーバンクル劇団】のドタバタ・コメディが続き、様々な演目が披露されました。
【スケルトン】によるジャグリング。
【スケルトン】による組体操。
【スケルトン】によるライン・ダンス。
【スケルトン】によるアクロバット。
しっかし、この【死霊術士】は下手くそですね。
制御が粗雑だと【スケルトン】の関節がぶつかって骨の音がします。
私やグレモリー・グリモワールなら、100体単位で【スケルトン】軍団を操っても精密な制御によって無音で滑らかに動かせますよ。
私のプライベート・アバターであるグレモリー・グリモワールは、ユーザー界隈では……ゲーム【ストーリア】史上最高の【死霊術士】……と呼ばれていました。
なので私も【死霊術】には一家言あるのですよ。
やがて、全ての演目が終わり、最後にもう一度【スケルトン】が勢揃いして跪き、桟敷にいる私達に向かって深く頭を下げました。
観客も起立して私達に礼をします。
・・・
終幕後。
「【スケルトン】の芸を観たという話のネタにはなるが、内容は子供騙しじゃったな」
ソフィアが辛辣な感想を述べました。
「そうですね。オチは【スケルトン】の骨格が崩れるという1パターンしかないので、一本調子で途中で飽きました」
トリニティが的確な批評をします。
私は、【死霊術】的な技術分析ばかりに気を取られていて、正直内容は良く覚えていません。
「これでも娯楽が少ない【ドゥーム】では、この【カーバンクル劇団】の巡業は各地で好評なのです」
カプタ(ミネルヴァ)が言いました。
「まあ、お客さんが喜んでいたので良いのではありませんか?私はジャグリングの途中で【スケルトン】がボールや投げナイフと間違えて、自分の頭蓋骨を投げてしまうというボケは面白かったですよ」
私は唯一思い出せたシーンを説明します。
「ベタなネタじゃ。演出を工夫すれば、もっと面白い内容に出来るのじゃ。我なら……5体の【スケルトン】が衝突してバラバラになり、組み立て直したら4体に減っていて、頭蓋骨が1つ余って、はて?……というオチを作る」
ソフィアは言います。
「えっ、1体分の【スケルトン】の体が消えちゃうの?」
ウルスラが驚きました。
「いいや、消えたりなどせぬ。観客は【スケルトン】の骨格など正確には覚えておらぬ。じゃから【スケルトン】1体分の体の骨は、組み立てる時に他の【スケルトン】達の体に紛れ込ませてしまうのじゃ」
「な〜るほど〜。じゃあ、じゃあ、5体の【スケルトン】がバラバラになって組み立て直したら1体になって巨大化するっていうのは?」
「それも悪くない。バリエーションの1つになるじゃろうな。そういうふうに【スケルトン】がバラバラになって、その都度組み立て直すという繰り返しのパターンに、少しずつ変化を加えるのじゃ。観客は次はどうなるのかと固唾を飲むじゃろう。バラバラになって元に戻るだけなら、2度3度と繰り返されたら、観客もパターンが読めて飽きるのじゃ」
「ストーリーやテーマなども欲しいところですね。例えば……【魔人】も魔物も、老いも若きも、美人も醜人も、皮膚や肉を剥がせば皆同じ骨なのだから、憎しみ合わずに平和に共生しよう……とか。無邪気過ぎるテーマかもしれませんが」
トリニティが言いました。
「いや、トリニティが言うようにストーリーやテーマはあって良いじゃろう。滑稽と悲哀は物事の表裏じゃ。子供が無邪気に笑っている横で大人が身につまされるという構図を作る演出意図は良くある事じゃ。とにかく【カーバンクル劇団】のネタはコメディとしては稚拙と言わざるを得ん。要するに【スケルトン】が芸をするという物珍しさがなければ、単に下手な芸を見せられただけじゃ。骨がバラバラになるというオチは一緒じゃったしな。笑いにも計算や哲学がなければいかん」
「競争の原理が働けば洗練されダメなモノは淘汰されます。同業他者が参入すれば自然にレベルが上がるでしょう。時間が解決する問題ですよ」
私は何故か【カーバンクル劇団】をフォローするような立ち位置で意見を言っています。
正直、私も途中で全てオチが読めるコメディというモノを、また観たいとは思いませんけれどね。
「同業他者というと、別の【死霊術士】か?」
ソフィアが訊ねました。
「別に【死霊術】でなくても、生身の【魔人】などが演じても良いでしょう。それにドタバタ・コメディばかりではなく、芝居やオペラやミュージカル、バレエ、ダンス、マジック・ショー、サーカス……何だって良いのです。エンターテイメントは自由であるべきですからね」
「まあ、そうじゃな。【ドゥーム】の舞台芸術の今後の発展に期待しよう」
【ドゥーム】は【時間加速装置】ですから、案外一瞬で【ドラゴニーア】などの文化と文明水準を追い越してしまうかもしれません。
【オーバー・ワールド】の1秒は、【ドゥーム】の1日。
【オーバー・ワールド】で1年経過すれば、【ドゥーム】では何と3153万6000日……8万6400年です。
「チーフ、ソフィアさん。興行主の【カーバンクル】と会いますか?」
カプタ(ミネルヴァ)が訊ねました。
「せっかくですから挨拶くらいはしましょう。中立個体の【カーバンクル】で、【死霊術】で【スケルトン】を操ってコメディ劇団をやっているだなんて面白そうな魔物ですからね」
「うむ。会おうではないか」
ソフィアは頷きます。
・・・
【クリスタル・ウォール劇場】の楽屋。
巨大な【カーバンクル】が控えている楽屋として案内されたのは大道具や舞台装置を運び込む広い搬入通路でした。
「これはこれは、ノヒト・ナカ様、カプタ(ミネルヴァ)様、ソフィア様、トリニティ様、ご一同様、ようこそお越し下さいました。私は名を持ちませんが、お客様からは……骨使いの【カーバンクル】……と呼ばれております。骨使いとでもお呼び下さい」
骨使いの【カーバンクル】は頭を下げます。
【カーバンクル】は【超位】の魔物で、【古代竜】に分類されています。
馬のような顔をした【古代竜】と考えて差し支えありません。
馬面で多少間の抜けたようなコミカルな容貌にも見えますが、【古代竜】の中でも最高レベルで知性が高く、また最強クラスの魔法を駆使します。
【スポーン】して間もない若い個体や、【遺跡】にいる個体などの例外を除き、【カーバンクル】は比較的穏やかな性質で、長く生きた個体は人語を解して、人種と交流したり場合によっては王族などに客分として迎えられ知識や庇護を与える事すらありました。
なので【スケルトン】に芸をさせて劇団を運営する【カーバンクル】がいても不思議ではありません。
「何故、劇団などをやっておるのじゃ?」
ソフィアは訊ねました。
「それは狩をして糧を獲るより、パフォーマンスを観せて金を稼ぎ食糧を買う方が効率が良いからですよ」
骨使いの【カーバンクル】は答えます。
「ふむ。中立なのは何か理由があるのか?食べる為ならカプタ(ミネルヴァ)の庇護下に入る方が効率が良かろう?」
「平和を愛していますので。カプタ(ミネルヴァ)様の配下になれば望まない戦闘を強いられる事もあり得ますから」
「なるほどのう」
どうやら、この【カーバンクル】は社交的で平和的な個体のようです。
中立個体とは言いながら、【マップ】の光点反応は、中立色の白ではなく、友好色の青でした。
骨使いの【カーバンクル】が、カプタ(ミネルヴァ)に敵対したり、カプタ(ミネルヴァ)陣営の者達を攻撃するような心配はないと考えて差し支えないでしょう。
その後、私達は骨使いの【カーバンクル】と色々な事を話しました。
骨使いの【カーバンクル】は、話好きでユーモアを理解する気の良い魔物です。
「骨使いよ。我が其方に【名付け】をしてやろう。骨使いでは名としては、おかしかろう?」
ソフィアが言いました。
「ソフィア様から名を頂いて、私が支払うべき対価は何でしょうか?」
骨使いの【カーバンクル】は少し警戒感を示します。
【名付け】は【調伏】や【盟約】とセットになる場合が多いので、骨使いの【カーバンクル】はソフィアに名を与えられれば従属を強いられると考えたのかもしれません。
【名付け】を受けた個体は20%のステータス向上のボーナスを受けられます。
【超位】の【古代竜】ともなれば、その20%の向上幅は莫大。
それだけのメリットを受けられるのですから、その見返りに要求される対価も莫大になると、骨使いの【カーバンクル】が不安に思っても無理はありません。
また、【超位】の【古代竜】である【カーバンクル】に【名付け】を行うには大量の魔力がコストとして必要になるので、魔力量が少ない者は【名付け】時に魔力がゴッソリ持って行かれて瞬時に魔力枯渇して死ぬリスクもありました。
膨大な魔力を持つソフィアなら、【カーバンクル】に【名付け】を行う魔力コストなど全く問題にもなりませんが、通常なら死ぬようなリスクを背負う大事だと知っている骨使いの【カーバンクル】は、益々ソフィアから要求される対価に戦々恐々となる筈です。
「いや。対価などいらぬ。ただ我は其方が面白いと思ったから、【名付け】をしてやろうと提案しているだけじゃ。嫌なら無理にとは言わぬ」
ソフィアは言いました。
「では、お願いしても宜しいでしょうか……」
骨使いの【カーバンクル】は、まだ少し警戒感を滲ませながら怖ず怖ずと言います。
「うむ、わかった。ノヒトよ、骨使いに相応しい名前を考えてくれ」
ソフィアは、面倒事を私に丸投げにしました。
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