第1083話。アマンディーヌの店。
【クリスタル・ウォール】メイン・ストリート西街方面。
私達は街の中央にある神殿まで戻り、そのまま環状交差点を通り過ぎて西街方面に向かいました。
「この店は【護符】を売っておる。魔道具屋か?」
ソフィアが【アマンディーヌの店】という商家の前で足を止めました。
「魔道具と【錬金術】素材の小売店のようですね」
【アマンディーヌの店】は河童橋の道具屋街にありそうな、如何にもな専門店という雰囲気です。
専門店というのは、褒め言葉ではありません。
お店の外観には宣伝や広告という類の押し出しが一切ない、本職の人がプロ用の道具や材料を買いに来るという意味の半ば卸問屋的な専門店という意味です。
一般客を相手にしていないので、宣伝なんかしません。
表札のような小さな看板に屋号が書いてあるだけで、その他は何屋なのかも良くわからず、商品陳列も箱に入れっぱなしで置いてあるだけ、ポップはおろか値札もありません。
この店は売る気があるのか?と訝りたくなりますね。
河童橋の道具屋の場合は、それで良いのです。
宣伝なんかしなくてもプロが買いに来ますし、業務用の大口注文だって入るのですから。
一般客向けの小売業態なんか、ついでみたいなモノなのです。
ならば、この【アマンディーヌの店】はどうでしょうか?
この場所は中央神殿が建つ広場の西側に面した一等地。
北向きの間口は、日照で品質が劣化する事もある【錬金術】素材を扱う店としては最高の立地です。
しかし、普通こういう最高の立地には、高級ブランド店などが出店する筈ですが、この店は、お世辞にも洗練されたとは言い難い店でした。
こんな店……と言っては失礼ですが、観光地の一等地に相応しい店ではありません。
まあ、それが【ドゥーム】クオリティなのだと思います。
【ドゥーム】には観光地の一等地に建つような高級ブランドも、民間資本の百貨店もありません。
カプタ(ミネルヴァ)が、【ドゥーム】経済の自由市場化の難しさに頭を悩ませるのも理解出来ますね。
「おっ!これは魔力を帯びておるぞ。【鑑定】によると本物の【護符】じゃ。何じゃ、【クリスタル・ウォール】にもマトモな自営業店があるではないか?」
ソフィアは【アマンディーヌの店】の店内にズカズカと入って行きます。
「判断が早いですよ。性能を確認しましたか?」
私はソフィアの後に続いて言いました。
「性能とな?どれどれ……【低位】の【護符】じゃな……」
ソフィアは【鑑定】して言います。
「それは、おそらく狼に1回噛まれた程度のダメージを相殺する性能しかありません。使い捨てですから、2回目は完全にダメージが通ってしまいます。まあ、【護符】としては気休め程度ですね。これでアイテム装備枠が1つ占有されるのですから、【鉄級】以上の所謂プロの専業冒険者は買わないでしょう」
「何じゃ、ガラクタか?他はどうじゃ?」
ソフィアは他の商品を【鑑定】しました。
水晶……鉱物。
石英結晶。
各種素材。
【魔法草】……【錬金術】素材(乾燥)。
体力・魔力が微回復。
【ポーション】製造に必要な素材の1つ。
【巨兎】の足……【錬金術】素材。
所持・設置すると【運】値が微増。
【幸運の護符】製作に必要な素材の1つ。
四葉のクローバー……植物。
ギミックなし。
所持・設置すると幸運に恵まれる気がする。
馬の蹄鉄……鋼鉄製馬具。
ギミックなし。
所持・設置すると幸運に恵まれる気がする。
幸運のチャーム……工芸品。
ギミックなし。
所持・設置すると幸運に恵まれる気がする。
パワー・ストーンやアダー・ストーン……宝石。
宝石としては屑石。
ギミックなし。
所持・設置すると幸運に恵まれる気がする。
勾玉や管玉……工芸品。
ギミックなし。
所持・設置すると幸運に恵まれる気がする。
天珠……工芸品。
ギミックなし。
所持・設置すると災いを避けられる気がする。
ニンニクや唐辛子など各種香辛料や、タイムやヨモギなど各種ハーブ……食品。
ギミックなし。
所持・設置すると災いを避けられる気がする。
柊鰯……食品(細菌が繁殖中。喫食には向かない)。
鰯の頭と柊の葉を組み合わせた魔除け。
ギミックなし。
所持・設置すると災いを避けられる気がする。
銀の弾丸……金属模型。
銀の純度15%。
ギミックなし。
トール・ハンマー…… 大工道具。
北欧神話の雷神トールの戦槌を模した【神の遺物】の【ミョルニル】を模した偽物。
ギミックなし。
ヘラクレス・クラブ……木材。
ギリシア神話の英雄ヘラクレスの武器を模した【神の遺物】の【ヘラクレス・クラブ】の偽物。
ギミックなし。
【宝珠】……【低位】魔法触媒。
【低位】魔力【蓄え】ギミック、【低位】魔法【増幅】ギミック。
「何じゃ〜、これは!?気がする、気がする、などと、どれもこれもガラクタばかりではないか!?」
ソフィアは怒り出します。
すると、ソフィアが大声を出したからか、店のバック・ヤードの扉が開きました。
「はいはい、今行きますよ〜。あら?フロンちゃん、ノノちゃん、いらっしゃい」
【アマンディーヌの店】の店員である【真祖】の【メリュジーヌ】の女性が言います。
フロンとノノは、カプタ(ミネルヴァ)配下の最強戦力でした。
カプタ(ミネルヴァ)陣営では、それなりに敬意を払われています。
そのフロンとノノを……ちゃん……呼びですか?
【真祖】の【メリュジーヌ】は【超位】の【魔人】ですが、【古代・グリフォン】や【古代竜】に戦闘力では到底及びません。
「アマ。お芋ある?」
「私も、お芋、お芋」
フロンとノノが言いました。
「残念ながら今日は芋は蒸してないんだ」
「「え〜……」」
「代わりに、トウモロコシがあるけど食べる?」
なるほど、彼女は、フロンとノノを餌付けして仲良くなっているのかもしれませんね。
「トウコロモシ食べる」
「食べる、食べる、トウロモ、コロシ」
フロン、ノノ……言えてませんよ。
「アマンディーヌ。こちらの方々は、チーフ・ゲームマスターのノヒト・ナカ様、ゲームマスター代理のトリニティ。そして惑星【ストーリア】の現世最高神【神竜】のソフィアさんと、【妖精女王】のウルスラさんです。ご挨拶をしなさい」
カプタ(ミネルヴァ)が厳しい口調で言いました。
「これは、ミネルヴァ様。しし、失礼致しました」
【アマンディーヌの店】の店員である【真祖】の【メリュジーヌ】の女性、改め【アマンディーヌの店】の店主アマンディーヌが取り乱して言います。
「私の名前はカプタ・カピトーリアに改名されたと公式に告知されている筈です」
「申し訳ありません、ミ……」
バシッ!
アマンディーヌが自分の頬を叩きました。
「申し訳ありません、カプタ(ミネルヴァ)様」
アマンディーヌは言い直します。
「アマンディーヌ。皆さんに挨拶を……」
カプタ(ミネルヴァ)が促しました。
「はい。申し遅れました、アマンディーヌ・アポリネールと申します。以前は、ミ……いえ、カプタ(ミネルヴァ)様より【カラミータ】の首長を拝命しておりましたが、自分のお店を持ちたくて、カプタ(ミネルヴァ)様にお願いをして、今はこのような、しがない魔道具屋の店主をしております。どうぞ宜しくお願い致します」
アマンディーヌは跪いて拝礼します。
アマンディーヌは【カラミータ】の首長……つまり、カプタ(ミネルヴァ)陣営の元幹部だったのですね。
だからフロンとノノと親し気だったのです。
「ソフィアじゃ。宜しくなのじゃ」
「アタシはウルスラ。宜しくね〜」
「宜しくお願いします」
「トリニティです」
私達は挨拶を交わしました。
「アマンディーヌよ。其方の店にはガラクタしかないのか?」
ソフィアが辛辣な事を訊ねます。
「ガラクタって、酷っ!いや、ま〜、ガラクタですね。仕入れが上手く行ってないんです。首長時代の給料と退職金で、この店を買い。以前は自分でパーティを組んで【ピラミッド】なんかの高難易度【秘跡】を周回して集めたアイテムを店に並べて、そこそこ儲かっていたんですが……。店の運転資金を信用していたパーティ・メンバーに持ち逃げされて、金欠とパーティ解散が同時に重なりまして、ご覧の有り様です。もう、店は抵当も付いていて、廃業寸前ですね」
アマンディーヌは事情を説明しました。
「ふむ。で、運転資金を持ち逃げしたパーティ・メンバーとやらはどうなったのじゃ?」
ソフィアが訊ねます。
「南の海底都市の監獄の中です」
「捕まったのか?良かったではないか?」
「それが、持ち逃げされたお金は全額使い込まれていて……」
「そうか。それは致し方ない」
「はい。なので配給品の穀物や肉は全て転売して、抵当権の利息を支払って店を維持しているので、食事は知り合いが家庭菜園で育てた芋やトウモロコシをタダで分けて貰って凌いでいます」
「アマンディーヌ。だから、独立起業など甘くはないと言ったではありませんか?あなたはビジネスより、私の配下として働く方が能力を発揮出来るのです。悪い事は言いません。今からでも遅くないので元職に復帰しなさい」
カプタ(ミネルヴァ)は言いました。
「いや、でも私が復職したらスコルピアはどうなりますか?」
「当然、彼女も元職の【ネプチューン港】の管理者に戻ります」
「いや、それは……。スコルピアは私の後任首長の役割を一生懸命に果たすって頑張っています。私が復職して、スコルピアが降格されたら彼女に申し訳ありません」
「そのような気遣いは無用です。スコルピアには首長と同額の給与を支払い、首長待遇を与えます」
「お金や待遇の問題ではないと思います。モチベーションというのは仕事の成否を左右する、最も重要なファクターですので」
「アマンディーヌ。そのように私に対してさえ直言して正論を言える、あなたが必要なのです。スコルピアも能力はありますし懸命に頑張ってもいますが、私に意見したり、あまつさえ公然と反論するような部下は、あなたしかいません。戻って来なさい」
「スコルピアに申し訳が立ちません。これは、カプタ(ミネルヴァ)様の御命令でも、お受け出来ません」
「そういう剛気な部下が欲しいのですが……。わかりました。気が変わったら連絡しなさい。首長でなくとも、あなたが復職するなら新しいポストを用意するくらいの事は造作もありません」
「ありがとうございます。その、お気持ちだけで光栄でございます」
ふむふむ。
何だか知りませんが、アマンディーヌはカプタ(ミネルヴァ)が慰留したり復職を頼み込むくらい有能な人材なのですね。
「アマンディーヌよ。つまり、新しいパーティを組んで、【ピラミッド】などを攻略すれば、この店の仕入れが出来て、抵当権を取り戻せるのか?」
ソフィアは訊ねました。
「攻略なんかすれば、楽勝で借金を完済出来ますよ。ただし、【ピラミッド】を攻略するような手練れがフリー・ランスで余っている訳はありませんけれどね」
アマンディーヌは言います。
「ならば……」
「はい、待った。ソフィア、あなた、おかしな事を言い出す気ではありませんよね?」
「何がじゃ?」
「何がじゃ……ではありませんよ。あなたはアマンディーヌと臨時パーティを組んで【ピラミッド】の【サブ・秘跡】に挑むとか言い出すつもりでしょう?」
「そうじゃ」
「ダメです。そういう約束ですよ」
「既に半日【ドゥーム】滞在を延長したのじゃ。この上は1日や2日帰還が伸びたところで、【オーバー・ワールド】では数秒の誤差じゃ」
「ダメです。約束は約束。スケジュールの延長は視察が押したからです。【ピラミッド】攻略など視察には関係ありません。なし崩しにはなりませんよ」
「ケチじゃ」
「ケチで結構」
「あの〜、ソフィア様。偉大なる【神格者】たるソフィア様が、私などとパーティを組んで【秘跡】に挑んでまで助けて下さろうとするなんて、恐れ多い事でございます。誠にありがとうございます」
アマンディーヌは深く頭を下げました。
「気にするでない。我は人助けが趣味のような徳が高い方の【神格者】なのじゃ。融通が利かず困っておる者を見捨てるような血も涙もない薄情な方のノヒトとは違うのじゃ」
酷い言われようです。
「そんなソフィア様に厚かましいお願いなのですが、もしも宜しければ、当店の商品を何かお買い上げ頂けないでしょうか?」
アマンディーヌは言いました。
アマンディーヌは、中々どうして強かな商売人ですね。
先程の話の流れから言って、ソフィアはアマンディーヌのお願いを無碍には断れません。
「アマンディーヌ。無礼ですよ」
カプタ(ミネルヴァ)が叱責しました。
「カプタ(ミネルヴァ)様。これは魔道具屋の店主と、お客様であるソフィア様との純然たる商談です。【クリスタル・ウォール】のような自由商業特区での経済活動は、それが【世界の理】と法規を遵守している限り、カプタ(ミネルヴァ)様と言えども介入はなさらないという決まり事でございますよね?」
「それとこれとは……」
「カプタ(ミネルヴァ)よ。良いのじゃ」
「しかし……」
「我は客じゃ。商人が客に商品を売ろうとするのは当然の事。そこに無礼もへったくれもありはせぬ。アマンディーヌよ、我に買わせたい商品とは何じゃ?」
「最後に残しておいた品物です。裏に保管してありますので、お待ち下さいませ」
アマンディーヌは言います。
・・・
アマンディーヌが持って来た取って置きの品物とは……。
【納書箱】……【高位】アイテム。
【高位】魔力【蓄え】ギミック、【高位知性体】封印ギミック、【高位魔法】1単位保存ギミック。
「【納書箱】は、【超位】の【神の遺物】である【聖句箱】の下位互換アイテムですね。【納書箱】を街場の魔道具屋で買えれば、グレモリーでも喜ぶくらいの価値はあります」
「うむ。価格も妥当じゃ。これは別にいらないが、アマンディーヌの店を助ける為に買ってやろう」
ソフィアは言いました。
「ありがとうございます」
アマンディーヌが頭を下げます。
【神格者】に、いらないモノを買わせるとは、アマンディーヌは剛気に違いありません。
カプタ(ミネルヴァ)が部下として使いたい気持ちもわかります。
お読み頂き、ありがとうございます。
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