第1081話。クリスタル・ウォール。
【クリスタル・ウォール】のメイン・ストリート。
私達は街の中央にある神殿を出て隣接した噴水広場を抜けて、その先に続くメイン・ストリートを歩いています。
しかし、【クリスタル・ウォール】がソフィアの脳に共生するフロネシスによって、交戦禁止領域のようなモノになっているとは……。
ようなモノ……とは、本来のゲーム設定上の交戦禁止領域は……交戦したら運営からペナルティを受ける……という意味でしかなく、逆に言えば運営からのペナルティを受ける覚悟があれば交戦自体は可能でした。
しかし【クリスタル・ウォール】内は完全に交戦禁止のギミックが発動しています。
【クリスタル・ウォール】の街中では、【知性体】も【魔人】も魔物も交戦と見做される行為自体が物理的に出来ません。
人種にも交戦禁止のギミックが働くのかは不明ですが、フロネシスが【クリスタル・ウォール】を交戦禁止領域指定した際に【ドゥーム】には、現在は【オーバー・ワールド】に移民した海生人種達がいたので、おそらく人種も対象になっている筈です。
つまり【クリスタル・ウォール】には、フロネシスによる【神位】の【精神支配】的な何かしらの強制力が働いているのでしょう。
まったく、デタラメな事を……。
色々と試してみた結果、私とソフィアとカプタ(ミネルヴァ)は交戦可能。
その他の者達は全員交戦が不可能になっていました。
【神格者】のソフィアは、同じく【神格者】であるフロネシスと同位階なので、フロネシスの【神位】交戦禁止ギミックに【抵抗】が働いたからです。
また、そもそもフロネシスは本質的にはソフィア自身なので、自分が展開したギミックには制限されないという事でもありました。
私とカプタ(ミネルヴァ)は【神格者】であり運営でもあるので両方の意味でフロネシスの設定したギミックに【抵抗】が働いています。
ゲームマスターや、ゲームマスターのパートナーであるミネルヴァが、運営以外が設定したギミックに強制されると世界の管理に支障が出るので当然ですね。
問題はトリニティ。
彼女は、当初フロネシスの交戦禁止のギミックによって戦闘行為が行えなくなっていました。
ゲームマスター代理代行として、【クリスタル・ウォール】でも強制執行を行う可能性があるトリニティが戦闘不能だと困ります。
また、【クリスタル・ウォール】で犯罪の取り締まりなどを行う司法機関も交戦禁止になると不具合がありました。
しかし、抜け道的方法によって、フロネシスの交戦禁止ギミックの無効化は可能だったのです。
私のゲームマスター権限と、ミネルヴァ(ミネルヴァ本体と分離体のカプタとブリギット)のスーパー・バイザー権限で許可された者は、【クリスタル・ウォール】内の交戦禁止ギミックを無効に出来ました。
これにより、カプタ(ミネルヴァ)は【クリスタル・ウォール】の司法機関に交戦可能の許可を出して、街の治安維持や犯罪の取り締まりが行えています。
なので、現在トリニティも私のゲームマスター権限による交戦許可を得ていました。
ただし……そもそもの問題として、原則この世界のオープン・ワールドの【マップ】領域をゲーム会社以外の者が勝手に交戦禁止領域などに指定する事は出来ませんし、そんな事は許されません。
私がゲームマスター権限を行使して無理矢理にフロネシスの交戦禁止領域指定を破壊する事は出来ますが……どうしましょうか?
【ドゥーム】は【オーバー・ワールド】に対して隔絶された【箱庭の書】の【秘跡・マップ】で、私と、【共有アクセス権】に接続する者と、【共有アクセス権】に接続する者が【転移】で運んだ者しか出入り出来ないゲームマスター本部が直轄する例外的な【マップ】でした。
であるならば【ドゥーム】は、ユーザーやNPCが自由に立ち入れるオープン・ワールドではなく関係者以外立ち入り禁止のクローズド・マップになっていると見做せます。
つまりは、例外的治外法権領域。
正直な話、【神格者】と、私とミネルヴァ(ミネルヴァ本体と分離体のカプタとブリギット)が許可したモノだけが交戦可能だという【クリスタル・ウォール】の特殊なギミックは、治安維持や統治管理の点で便利なのですよ。
なので私は【クリスタル・ウォール】の交戦禁止領域指定を、このまま維持する事にしました。
ただし、1つだけ規制しておかなければならない事があります。
私はフロネシスに、今後こういうゲーム設定としての【世界の理】を改変するような事を行う場合には、事前に私かミネルヴァの許可を取るように命じました。
今回は大きな影響がありませんでしたが、フロネシスが他でも勝手な事をすると取り返しが付かない問題になる場合も想定されますので。
フロネシス自身は……任意の場所の交戦禁止領域の指定は【世界の理】違反ではない……と考えていたようです。
確かに【世界の理】を額面通りに読めば、そんな規定はありません。
というか、そういう事がゲーム会社以外に可能だとは想定していなかったので【世界の理】には規定されていなかったのです。
しかし【世界の理】を厳密に解釈すれば、フロネシスは【世界の理】に違反していました。
フロネシスが違反した【世界の理】は……この世界は戦闘も起きる……という世界観を改変してしまった事です。
世界観の改変とは、本来はユーザーによる違法なハッキング・ツールなどの使用を想定して規定された【世界の理】でした。
こういう世界観に類する事は線引きが曖昧ですが、フロネシスの場合は基準を決めるのが簡単です。
フロネシスが持つ……【世界の理への介入】……という特異な【能力】を行使する場合は、私かミネルヴァの許可を得ると約束させれば、今回のような問題は絶対に起こりません。
私はフロネシスに、ソフィアを守る為に必要があれば、緊急避難的に【世界の理への介入】を含むあらゆる手段を講じる許可を与えていましたが、今回の件はソフィアの身に危険が生じた訳ではありませんからね。
今後は、緊急避難的にソフィアを守る使途以外で【世界の理への介入】を使用する際には、私かミネルヴァの許可を得る事。
ソフィアの身を守る場合も、もちろん事後に私とミネルヴァがフロネシスの判断が正しかったのか厳格に審査します。
緊急避難とは、あくまでも事前に私やミネルヴァに許可を取っていると、ソフィアの防衛が間に合わない可能性があるという意味ですので。
これは私からフロネシスに対する【命令強要】です。
閑話休題。
【クリスタル・ウォール】の街区は東西に伸びるメイン・ストリートが唯一の幹線道路になっていました。
メイン・ストリートに並行する東西の通りは側道で、メイン・ストリートと交差する南北の通りは支道となります。
【クリスタル・ウォール】城壁外の南北側には切り立った崖があるので南北方向を貫くメイン・ストリートはありません。
【クリスタル・ウォール】は碁盤の目構造をしています。
【ストーリア】の【初期構造オブジェクト】の都市の場合、基本的に碁盤の目構造ではなく、東西・南北のメイン・ストリートと環状道路によって街区が規定されていました。
東京やローマやパリのような……と言えばわかり易いでしょうか?
なので【クリスタル・ウォール】のような碁盤の目構造の都市は【初期構造オブジェクト】ではないと判断出来ます。
言葉の意味的にゲーム会社がデザイン・プログラムして【マップ】に初期配置した都市や街や町や村なら、即ち全てが【初期構造オブジェクト】の筈なので【クリスタル・ウォール】(旧名は渓谷の街の遺構)もゲーム会社が創った街ですが、この世界の設定上、【創造主の魔法】で創造された(事になっている)モノだけが【初期構造オブジェクト】と呼ばれていました。
【創造主の魔法】で創造された構造物は不壊・不滅のギミックがあります。
つまり、日本サーバーのセントラル大陸を例に取れば【ドラゴニーア】の【竜都】、【センチュリオン】、【ラウレンティア】、【アルバロンガ】、【ルガーニ】、【グリフォニーア】首都【グリフォニーア】、【リーシア大公国】旧都【メディオーラ】、【パダーナ】旧都【ロムルス】、【スヴェティア】魔法都市【エピカント】の計9都市がゲーム設定上の【初期構造オブジェクト】。
ゲーム会社がデザイン・プログラムして【マップ】に初期配置していても上記以外のセントラル大陸の都市は【初期構造オブジェクト】ではありません。
つまりセントラル大陸の【パダーナ】首都【ナープレ】や、【リーシア大公国】大公都【モンティチェーロ】などはゲーム会社が創った都市ですが【初期構造オブジェクト】ではないのです。
因みに、【パダーナ】が遷都した理由は、【初期構造オブジェクト】の旧都【ロムルス】は基礎構造が破壊不可能なので、区画整理や都市拡張が可能な【ナープレ】に移されました。
【リーシア大公国】が遷都した理由は、かつて東に国境を接した【ドラゴニーア】との戦争で、【ドラゴニーア】に攻め込まれて王が西に逃れ最西端の港町【モンティチェーロ】に追い詰められ降伏して以来、そのまま【モンティチェーロ】を首都にしているからです。
私達は、【クリスタル・ウォール】のメインストリートを東に向かって歩きました。
「おっ。本当に魔物が店番をしておるのじゃ」
ソフィアが商店街に並ぶ店を覗いて言います。
「【クリスタル・ウォール】の商業は、【ドゥーム】では珍しく民間資本中心の自営業が主体ですから、公的資本の投下による公共事業は相対的に少ないのです。なので私が作った公営商店も、個人商店の営業に配慮して甘味処など比較的珍しい業態のモノか、あるいは卸売市場などの大規模な初期投資が必要な商業インフラをメインにしています」
カプタ(ミネルヴァ)が答えました。
【クリスタル・ウォール】はカプタ(ミネルヴァ)による開発が始まる前に、【魔人】や魔物が自己資本を使って勝手に事業を始めてしまった……と言っていましたからね。
カプタ(ミネルヴァ)としては開発の予定が狂ったかもしれませんが、私は多様性の効能を期待して民間投資には大賛成です。
「じゃが、商売をするのは小型の魔物が多いようじゃな?【アーヴァンク】に【ラタトスク】に【アルミラージ】……と。知性が低い魔物は商売が出来ぬのは致し方ないとして、知性が高い【古代竜】などなら商売も上手くやりそうなモノじゃが?」
【アーヴァンク】はビーバーに似た魔物、【ラタトスク】はリスに似た魔物、【アルミラージ】は一本角があるネズミかモルモットかハムスターのような魔物でした。
魔物としては小型ですが、位階は【超位】で知能が高い事が特徴です。
「【古代竜】などは自尊心が高過ぎて商売を好まない傾向があります。商売は、お客や仕入れ先に対して下手に出ざるを得ません。それが【古代竜】などには我慢が出来ないようです。これは商売に限らず官僚や軍隊も同じ事で、【古代竜】などの強力な魔物は【神格者】の私には従っても、同格以下の【魔人】や魔物の配下に甘んじる事が出来ず、序列決めなどの理由で私闘ばかりを行うので困ります。なので、【古代竜】は私の直属か、既に序列が決まった少数集団で運用するしかありません」
カプタ(ミネルヴァ)が苦笑いしながら説明しました。
「ふむ。なるほどのう。確かに【古代竜】は誇り高い魔物じゃ。もしも【古代竜】などの魔物が他の個体に簡単に従い群や社会性を発揮しておったら、世界を支配しておったのは人種ではなく、魔物だったじゃろう」
「しかし、【古代竜】が資金を出して従業員を雇い商売をやらせるケースはあります。その場合は純然たる投資になります。投資家として成功している【古代竜】は、それなりの数がいますね。それから、アレを従業員と呼んで良いのかはわかりませんが、【クリスタル・ウォール】で有名な魔物の実業家では、【死霊術】を駆使して演劇を観せたり音楽を演奏させたりする【カーバンクル】の興行主がいます。彼は私の配下には付きませんでしたが、敵対しない事を【契約】し【クリスタル・ウォール】などで経済活動をしています。【ドゥーム】には娯楽が少ないので、彼の劇場は連日超満員です」
「【カーバンクル】が演劇の興行主をのう。それは面白い。それに【死霊術】を駆使するという事は、【不死者】が役者や演奏家や歌手をやるのか?観てみたいのじゃ」
「劇場は西にあります。後で観られるように手配してあります」
「うむうむ。どんな演劇や音楽なのか楽しみじゃ」
「所詮は魔物の余興程度の芸ですので、歴史と伝統がある人種の洗練された芸能文化やエンターテインメントの基準で観るとガッカリしますよ」
「まあ、観てみようではないか」
【アーヴァンク】と【ラタトスク】と【カーバンクル】はノート・エインヘリヤルの従魔として【調伏】され、彼女の陣営【クレオール王国】が統治する都市や街の領主であると同時に各方面軍の指揮官でもありました。
高い知性と強大な魔法を行使する【カーバンクル】は【古代竜】の中でも上位に入る種族ですが、【ラタトスク】や【アーヴァンク】は1個体で都市防衛を担うような戦闘力は持ち合わせていません。
なのでノート・エインヘリヤル配下の【アーヴァンク】と【ラタトスク】は軍の指揮官として指揮能力の高さと戦術・戦略の巧さで防衛を行っているそうです。
つまり、【アーヴァンク】や【ラタトスク】は知識を与えれば、商売くらいは熟せるのでしょう。
それに、【ドゥーム】では競合他者も【魔人】や魔物なので、人種社会より商売のライバルが拙いという事もあるかもしれません。
もしも、【ドゥーム】に抜け目がなく狡猾な人種の商人や企業が進出したら、おそらく【魔人】や魔物の商売は、あっという間に駆逐されてしまうでしょう。
そうこうしていると、私達は東の都市城門に到着しました。
メイン・ストリートの商店街を歩いて来ましたが、私もソフィア達も特に立ち寄りたいと思う店がなかったので、カプタ(ミネルヴァ)の視察予定を巻いてしまったようです。
まあ、【ドゥーム】の歴史は未だ20年あまりしか経っていません。
商業が発展するのは、これからでしょう。
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