第1080話。ソフィアが造った街。
【ダウン・フォール】中央神殿。
甘味処での休憩を終えた私達は、街中を一回りして中央神殿に戻って来ました。
「ミズよ。今日は案内ご苦労じゃった。ありがとうなのじゃ」
ソフィアがミズに礼を言います。
「勿体ないお言葉。何のおもてなしも出来ませんで……」
ミズは恐縮しました。
「確か【スライム】は【スポーン】と分離体を生み出す事でしか増えぬと聞く。つまり繁殖を行わないから寿命はないのじゃな?」
「仰る通りです」
「では、我が次に【ドゥーム】に来る時には、また其方に会えるのう」
「寿命以外の外的要因で死亡していなければ、お会い出来るでしょう。ただし、私達【スライム】は脆弱ですので……」
「ならば達者で暮らせ。きっと、また会おう」
「はい。きっと……」
各自が挨拶を交わします。
そして私達は、今回の【ドゥーム】視察ツアーの最後の目的地である【クリスタル・ウォール】に【転移】しました。
・・・
【ドゥーム】南西の街【クリスタル・ウォール】中央神殿。
私達が到着すると、【魔人】が2人と【自動人形】・シグニチャー・エディションが複数いて出迎えてくれます。
「ノヒト様、ソフィア様、トリニティ様、ウルスラ陛下、そして高貴なる皆々様。御尊顔を拝し奉り恐悦至極でございます。私は【クリスタル・ウォール】の管理者を拝命しております、ザーグと申します。宜しくお願い申し上げます。これなるは、私の妻ジアでございます」
【クリスタル・ウォール】の管理者ザーグが跪いて挨拶しました。
「ジアでございます。ようこそ【クリスタル・ウォール】にお越し下さいました。本日は精一杯おもてなしさせて頂きます。至らぬ点は、どうぞお許し下さいませ」
ザーグの妻ジアも跪いて言います。
「うむ。出迎え大儀。面を上げよ」
ソフィアが言いました。
ザーグの種族は【魔人】の【ストリゴイ】、ジアの種族は【魔人】の【エストリエ】ですね。
両方とも、【七色星・マップ】解放に伴うエントリーで【ストーリア・マップ】にも追加された種族でした。
【ストリゴイ】も【エストリエ】も寿命を持たない【吸血鬼】ですので繁殖は出来ませんが、夫婦になっているようです。
まあ、子供が出来なくても幸せな夫婦は沢山いますけれどね。
「カプタ(ミネルヴァ)。ザーグは管理者と名乗りましたが首長ではないのですね?」
「はい。【ドゥーム】では私から【指名】される首長という役職は【カラミータ】、【ディストゥルツィオーネ】、【ロヴィーナ】、【ダウン・フォール】、【デマイズ】の五大都市にしかいません。その他の街や町の行政のトップは管理者と呼んで区別しています。首長には都市の周辺領域に対する軍事指揮権を与えていますが、管理者は軍権を持たない行政長官であり、また選挙で選ばれます。管理者としての能力と実績を私が評価した場合には、首長に【指名】する場合もあります。スコルピアとコルナーラは元は地方の街の管理者でした」
カプタ(ミネルヴァ)が説明しました。
なるほど。
「お〜っ!【マップ】の光点反応が多い。人口(魔物も含む)が沢山いるようじゃ。【クリスタル・ウォール】は我が築いた街じゃから、賑わっておるなら重畳じゃ」
ソフィアは神殿の窓から外を覗いて言います。
「【クリスタル・ウォール】は人気の観光地であり別荘地なのです。滞在者の大半は、休暇で来ている他の都市の者達でございます」
ザーグが説明しました。
「ほほう。何か観光地や別荘地として面白きモノや魅力があるのか?」
「ここでは街の彼方此方に一年中色鮮やかで様々な花が咲き誇り、治安が良く安全な事でしょうか」
「うむ。治安や安全は大事じゃ。花も魅力となるじゃろう」
ソフィアは花より団子ですけれどね。
「【クリスタル・ウォール】が安全なのはソフィア様が、この街をお作り下さった際に巨大で堅牢な城壁を築いて下さったからです。この街の城壁は、【カラミータ】など五大都市の城壁より、高さも厚みも2倍でございます。また多くの花が咲くのはウルスラ陛下の【祝福】の効果が持続しているからでございます。私達【クリスタル・ウォール】の住民は【調停者の首座】のノヒト様と、【ドゥーム】の庇護者カプタ(ミネルヴァ)様の事はもちろん、街の建設者である【神竜】様と【妖精女王】陛下の事もお慕い申し上げております」
ジアが言います。
「アタシの【祝福】?」
ウルスラは首を捻りました。
「ウルスラの【祝福】?我らが【ドゥーム】を去る際にノヒトが【ドゥーム】の環境設定を環境不変のデフォルトに戻してしまったじゃろう?あれでウルスラの【祝福】は上書き改変された筈じゃが?」
ソフィアが訊ねます。
「沢山のプランターがあったのです。プランターは地面から切り離されていたので、環境不変の影響を受けませんでした。花自体は枯れていましたが、根や種が残されていたのです。それを【クリスタル・ウォール】に入植した最初の【魔人】達が見付け、試しに街中の土が露出した場所に植え替えてみたら、見事に芽吹き街中に繁茂しました。以来一年中、花が咲き誇って街の者や観光者や別荘の住民の目を楽しませてくれています」
カプタ(ミネルヴァ)が説明しました。
「ほう。あの時の【プランター】の花がのう。それは偶然の幸運じゃったな」
「わ〜い。アタシのお花が残っていたんだ〜」
ウルスラは喜びます。
「その花園の影響か、【クリスタル・ウォール】には【妖精】族が住み着きました。まだ知性が低い【低位】の【妖精】で、ほとんど意思疎通は出来ませんが、【妖精】がいるおかげで【クリスタル・ウォール】は穏やかな気風で過ごし易いようです。【クリスタル・ウォール】では軽犯罪などはありますが、殺人や暴力事件などは一度も起きた事がありません」
ザーグは言いました。
「【魔人】が暮らしていて、【妖精】が良く居着きましたね?」
私は訊ねます。
通常【魔人】や【悪霊】がいる場所には、【妖精】はあまり近寄りたがりません。
【魔人】の【ワー・ウルフ】達が大勢暮らしているグレモリー・グリモワールが庇護する【サンタ・グレモリア】には、【妖精】も住み着いていますが、あそこは例外。
【サンタ・グレモリア】は【妖精女王】のウルスラが命じて【妖精】を移住させました。
ウルスラのような高い位階の【妖精】が命じて移住させ、他種族から【妖精】に危害が加えられないのであれば、【妖精】と【魔人】や【悪霊】が共生する事はあり得ます。
また、【神格】の守護獣が守る島には【妖精】族の大規模な集落がありますが、島には【魔人】の【守護者】達も暮らしていました。
しかし【神格】の守護獣の島は……そういう領域……として設定されているので、あれも例外。
そういう例外を除けば、【魔人】が住んでいる場所に【妖精】が【スポーン】して住み着くという例は、あまり聞いた事がありません。
「私達【クリスタル・ウォール】の住民は……この街をお作り下さった【神竜】様の【恩寵】が働いているのではないか……と考えております。なので、【妖精】も【魔人】を怖がらないのだと思います」
ザーグが答えました。
「ソフィア。この街に何かしたのですか?」
「知らぬ。我は何も悪い事はしておらんのじゃ」
ソフィアがブンブンと首を振ります。
チーフ……フロネシスの仕業です……ソフィアさんが【クリスタル・ウォール】に思い入れを持っていたので、フロネシスがフィールド設定の【世界の理】に介入して、【クリスタル・ウォール】の街中を一種の……交戦禁止領域……に指定したのです……つまり【クリスタル・ウォール】が安全なのは城壁のおかげではなく、交戦禁止領域だからです。
カプタ(ミネルヴァ)が【念話】で報告しました。
交戦禁止領域指定?……そんな事が可能なのですか?
私は【念話】で訊ねます。
可能なようですね……しかし、フロネシスの交戦禁止領域指定には回数に制限があり、【クリスタル・ウォール】以外の他の【マップ】領域に新たな交戦禁止領域を指定する事も、また一度指定された交戦禁止領域を解除する事も出来ないようです……もしも、交戦禁止領域指定が無制限に可能だったなら【魔界】平定戦が楽になったのですが、残念です。
カプタ(ミネルヴァ)が【念話】で残念そうに言いました。
確かに【魔界】平定戦だけでなく、全宇宙を丸っと交戦禁止領域に指定してしまえば、もはやゲームマスター本部の対応すべき業務の大半はなくなるでしょうからね?
私は【念話】で答えます。
全宇宙を範囲指定可能なのですか?
カプタ(ミネルヴァ)が驚愕しました。
たぶん可能ですよ……この【クリスタル・ウォール】の件を私はフロネシスから知らされていないので、フロネシスは自力で対処したのでしょう……もしも、私がパスを通じてフロネシスに無限魔力を供給すれば、全宇宙を範囲指定する事も理屈の上では可能な筈です……しかし、解除が不可能なら、そもそも【魔界】も全宇宙も交戦禁止領域になどするべきではありません……それは【創造主】が、そう在れとして創った【世界の理】に反するからです……この世界は、揉め事や、諍いや、喧嘩や、戦闘や、争乱や、戦争もあるという世界観ですからね……ゲームの世界観を守る役割のゲームマスターが、自ら全宇宙を交戦禁止にする事などやってはいけない事です……ゲームマスターは正義の守り神などではなく、【世界の理】とゲームの世界観を守る運営スタッフなのですから……まあ、【クリスタル・ウォール】に関しては、もう致し方ありません……ただし、一応事実については私とミネルヴァと、あとフロネシスだけで秘匿しましょう。
私は【念話】で指示します。
わかりました。
カプタ(ミネルヴァ)は【念話】で了解しました。
「ソフィアさんの【恩寵】が云々というのは言葉の綾ですよ。ここはソフィアさんが作った街ですので、偶然に何か珍しい事が起きたとしたら……きっとソフィアさんの加護なのだろう……と【クリスタル・ウォール】の住民達は噂しているのですよ」
カプタ(ミネルヴァ)が交戦禁止領域について事実を隠す為に、適当な方便で話の帳尻を合わせます。
「うむうむ。我のような徳が高い【神格者】が作った街ならば、そういう奇跡も起きるじゃろう。カプタ(ミネルヴァ)は物事の本質を良く弁えておるのじゃ」
ソフィアは……エッヘン……と胸を張って言いました。
「さすがはソフィア様です」
「素晴らしい」
「ソフィア様、さっすが〜っ!」
オラクルとヴィクトーリアとウルスラが、ソフィアを褒め称えます。
私達は、ザーグとジアに案内されて【クリスタル・ウォール】の街に繰り出しました。
・・・
【クリスタル・ウォール】市街地。
「我は、こんなに小さくはないし、それに、こんなにデブってはおらぬっ!」
ソフィアが腕組みして不満そうに言います。
私達は【クリスタル・ウォール】の市街地にある広場に来ていました。
広場に見せたいモノがある……とザーグに言われたからです。
見せたいモノとは、噴水のプールに建つ巨大な2つのモニュメント。
大理石の彫像でした。
私とトリニティと【ゴルゴーン】の姿をしたカプタ(ミネルヴァ)が1つの台座に載り、別の台座には【神竜】形態のソフィアと、ウルスラとオラクルとヴィクトーリアとティア・フェルメールとトライアンフ……つまり【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】の初期メンバー達(現在はティア・フェルメールが脱退し、キアラが加入した)が載っています。
カプタ(ミネルヴァ)自身は【ドゥーム】の庇護者なので彫像になっても不思議ではありません。
また日頃からカプタ(ミネルヴァ)が【ドゥーム】の住民達に、私やトリニティの事を教えていて私達は敬われているのだとか。
彫像なんかになるのは激しく羞恥を掻き立てられますが、私だという像が私には似ても似つかない彫りが深いコーカソイド風イケメンのマッチョだったので、あまり気になりません。
ソフィア達【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】が彫像になっている理由は、この【クリスタル・ウォール】の城壁などを建築して街に【クリスタル・ウォール】と名付けたのがソフィアだからです。
彫像はソフィアとウルスラ以外は等身大でした。
しかし【神竜】形態のソフィアは実物より10分の1程度に縮小され、逆にウルスラは3倍程に拡大されています。
これは実物大の【神竜】形態のソフィアは尻尾を除いた体長が50mもあり、ウルスラが手の平サイズだからでした。
縮尺を変更しないとソフィアはデカ過ぎて、そんな巨大な像が彫れる無垢の大理石などありませんし、ウルスラは小さ過ぎて見物する者からは良く見えません。
ソフィアとウルスラのサイズが調整されたのは致し方ない理由があったのです。
「ソフィア。この像は中々可愛らしいですよ」
「我は、こんなチビでズングリムックリではない。この像は肥満体の【矮竜】じゃ。我は、もっと雄大で気品ある姿をしておるのじゃ」
ソフィアは……プンスコ……と怒りました。
「まあ、材料が足りなかったという物理的な問題があったのですから致し方ありません。それに、この像を彫った彫刻家はソフィアを実際に見た事がないのですから、どちらにしてもソックリには彫れません」
「まあ、このノヒトの像も完全に別人じゃしな。実物のノヒトは、もっとナヨっちい身体で、平たい顔じゃ」
大きなお世話です。
事実ですが……。
私は、自分の彫像など建てられたくはありません。
しかし、私の彫像として建っているモノは、どう見ても他人です。
なので別に恥ずかしくはありません。
「まあ、良い。我を敬って彫像を建てたのじゃから、その気持ちは貰っておくのじゃ」
そうです。
【ドゥーム】の五大都市には、私やソフィアなどはもちろん、【ドゥーム】の庇護者であるカプタ(ミネルヴァ)の像すらありません。
その理由はカプタ(ミネルヴァ)が、それを許可しなかったからです。
信仰の目的で個人で小さな偶像を作って所有しているような事はあるかもしれませんが、公共の場所にデカい像を建てるような事は個人では出来ません。
つまり、カプタ(ミネルヴァ)が許可して予算を出さなければ、広場に像など建たないのです。
合理主義者のカプタ(ミネルヴァ)が、何ら生産性には寄与しない像などに予算を承認する筈もなし。
従って五大都市の公共の場所にはカプタ(ミネルヴァ)の像などないのです。
しかし、この【クリスタル・ウォール】は特殊な街でした。
そもそもソフィアが作った(改築した)街だったので、カプタ(ミネルヴァ)も遠慮があったのか開発は後回しにされたのです。
そうしている間に、いつの間にか【ドゥーム】の【魔人】達が私財を投じて半ば勝手に別荘地として開発していたのだとか。
事後追認のような形で、カプタ(ミネルヴァ)は【クリスタル・ウォール】を観光地や別荘地として開発する事を認めました。
その時点では、もう街の開発にカプタ(ミネルヴァ)配下の【魔人】や魔物などによる投資が行われていたそうです。
つまり、広場の巨大な大理石の彫像も、【クリスタル・ウォール】の住民が私財を投じた民間事業でした。
カプタ(ミネルヴァ)も【クリスタル・ウォール】の住民が私財で建てたので……生産性がない彫像などを造るな……とも言えなかった訳です。
それにカプタ(ミネルヴァ)も……観光地や別荘地として開発するなら観光資源として彫像の1つや2つあっても良い……と考えたのだとか。
ソフィアが納得が行かない彫像のクオリティを見て……自分を敬って彫像を建ててくれたのだから気持ちは貰っておく……などと殊勝な物言いだったのも、これが税金が使われた公共事業ではなく、【ドゥーム】の住民達がお金を出し合って造った、【クリスタル・ウォール】を造ったソフィア達に対する純粋な感謝と敬愛の気持ちが表れたモニュメントだからなのです。
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