第1079話。カプタ(ミネルヴァ)陣営のチュートリアルについて。
【ダウン・フォール】市街地。
私達は、研究所の視察を終えて【ダウン・フォール】の街に戻って来ました。
「ノヒト。我は小腹が空いたのじゃ。おやつを所望する。【ダウン・フォール】名物のスイーツであれば申し分ない」
ソフィアが言います。
「あ〜、はいはい。カプタ(ミネルヴァ)、何かありますか?」
「そうですね……。特段【ダウン・フォール】名物という訳ではありませんが、甘味処などは如何でしょうか?【ダウン・フォール】には公営の甘味処があります」
カプタ(ミネルヴァ)は提案しました。
「甘味処……ああ、【タカマガハラ皇国】風の和菓子なるスイーツを出す店じゃな?」
ソフィアが言います。
「はい」
「うむ、悪くない。こう暑いとコッテリ系より、サッパリ系が欲しくなる。こう見えて、我は和菓子にも煩いのじゃ。アンコと生卵と練乳をミキサーに入れてミルクセーキにして飲むのが好きじゃ。プリンにアンコをトッピングするのも美味しいのじゃ」
ソフィアは頷きました。
「アタシはドラ焼きが好き〜」
ウルスラが同調します。
「では、参りましょう」
どう見えてかはわかりませんが、アンコと生卵と練乳を撹拌したミルクセーキに、アンコ・プリンって、サッパリ系どころか超クドそうですね。
そもそも、そのミルクセーキやプリンが和菓子なのかという疑問もあります。
ともかく私達はゾロゾロと列を成して市街地にある公営の甘味処に向かいました。
・・・
【ダウン・フォール】の公営甘味処。
甘味処の内装の設は茶店風。
店先には長椅子だけが置いてあり、店内では土間に椅子とテーブルが並べてあります。
私達が店内に入ると、接客係の【自動人形】・シグニチャー・エディションが……予約席……と書かれた札が置いてある席に案内しました。
おそらく、カプタ(ミネルヴァ)から連絡があり予約してあったのでしょう。
私達は大所帯なので幾つかの席に分かれて座りました。
「【スライム】まんじゅう……とな?」
メニューを開いたソフィアが言います。
「それは私の名前の由来となった……水まんじゅう……です。原料は葛粉と蕨粉を配合したモノで、プルプルとして噛むとモチモチとした食感があります。中身の餡は様々な種類があります」
【古代・スライム】のミズが説明しました。
メニューのトップ・ページにある、水まんじゅうの画像は、正しく【スライム】。
写真からでもわかる透明でプルプルの感じが涼し気に見えますね。
メニューの冒頭の見開き2ページに渡って掲載されているという事は、この店の一推しという意味なのでしょう。
【スライム】まんじゅうは、日本の大垣銘菓の本家水まんじゅうに比べて中身の餡が小さめになっていて、いかにも体内の【コア】が透き通って見える【スライム】のようでした。
「ほ〜う。確かに【スライム】に良く似ておる。これを森に置いたら、皆【スライム】がいると見間違うじゃろうな?我はこれにしよう。味はプレーン、小倉餡、白餡、ヨモギ餡、ウグイス餡、抹茶餡、黒蜜餡、栗餡、胡桃餡、芋餡、胡麻餡……に、各種フルーツ餡から選べる、と。ならば、全種類じゃ。【スライム】まんじゅうは、持ち帰りも出来るのか?ならば全種類を10個ずつ持ち帰りじゃ」
ソフィアが言います。
「アタシはフレッシュ苺のパフェと、マンゴー・プリンにしよう」
ウルスラが言いました。
「ウルスラ。それは何ページに載っておるのじゃ?我のメニューにはないのじゃ」
「こっちのフルーツ・フェアっていうメニューにあるよ」
ウルスラがレギュラー・メニューとは別になった短冊を持って言います。
「ほほう、フルーツ・フェアか……。どれどれ、ならば我はドラゴン・フルーツのカキ氷も追加じゃ。我は【竜】の中の【竜】たる【神竜】じゃからして」
私達は、各自好きなモノを注文しました。
私は、ド定番の小倉餡の水まんじゅう……もとい、【スライム】まんじゅうと、抹茶餡の【スライム】まんじゅう、それから冷たい水出し緑茶にします。
トリニティは、店内食用として幾つか【スライム】まんじゅうを頼み、他に密封容器に個別包装された【スライム】まんじゅうの詰め合わせ……【スライム】まんじゅう(ご贈答セット24個入り)……というモノをお持ち帰り用に注文していました。
おそらくカルネディアへのお土産でしょう。
私もゲームマスター本部の管理職として、ウィローやガブリエルやカリュプソやアープなど部下へのお土産に買って帰りましょうか……。
「チーフ。この【スライム】まんじゅうのレシピは、本体に伝えてありますので、近く【ワールド・コア・ルーム】の甘味処でも販売が始まります」
カプタ(ミネルヴァ)が、私の思考を察して言いました。
あ、そう。
ならば、お土産は必要ありませんね。
ただし、水まんじゅうは清涼感を楽しむ和菓子なので、温度・湿度などが常に完璧に調整されている【ワールド・コア・ルーム】より、高温多湿の【ドゥーム】で食べた方が美味しく感じるかもしれません。
ロケーションやシチュエーションは最高の調味料になりますので。
・・・
甘味とお茶で人心地つきました。
【スライム】まんじゅうは、美味しかったです。
ガラスの器に氷水が張られ、その中にプカプカ浮かんだ【スライム】まんじゅうが目で見ても涼し気でした。
「ノヒトよ。我には直接関係ない話なのじゃが、【ドゥーム】のカプタ(ミネルヴァ)の配下達に【チュートリアル】は行わないのか?対【敵性個体】という意味では、カプタ(ミネルヴァ)以下の戦力で圧倒的な優位を持っておるのじゃろうが、【チュートリアル】の効果は知能や寿命などにも作用する。であるなら【ドゥーム】の管理者や研究者には【チュートリアル】を受けさせてはどうか?」
ソフィアが訊ねます。
「どうでしょうね……。管理能力はカプタ(ミネルヴァ)と【自動人形】・シグニチャー・エディションで賄えますし、研究もタスクの進捗スピードは結局のところカプタ(ミネルヴァ)が最短距離に誘導してしまえば事足ります。カプタ(ミネルヴァ)だけでは、どうにもならない未知の問題に対してブレイク・スルーをもたらす集合知の効能や、個人の閃きの問題は、個体の知能のスペックとは本質的には全く関係ありません。【チュートリアル】は有用ですが、必ず受けさせなければならない訳でもありません」
「閃きは知能ステータスとは関係ないのか?」
「はい。例えば【ファミリアーレ】を例に取ると、【ファミリアーレ】の中でスペックとしての知能はロルフとリスベットとサブリナが突き抜けて高く、それに準ずるのがジェシカとイフォンネッタです。率直に言って他の子達の知能は、その5人とは少し差があります。しかし、画期的なアイデアを生み出すのは、意外にも知能のステータスが【ファミリアーレ】でも低い部類のハリエットだったりします。まあ、ハリエットは閃きを具体化する方法論を持っていないので、彼女だけでは閃きが有効に作用しないかもしれませんが……。つまり閃きは、本質的に個体の知能とは相関関係がありません。ですから、【ドゥーム】のカプタ(ミネルヴァ)陣営の研究者達は、基本的な研究のフォーマットを身に付ければ、それ以上の知能は、カプタ(ミネルヴァ)や【自動人形】・シグニチャー・エディションによる演算能力に頼れば良いので、【チュートリアル】による能力ブーストが、どうしても必要とは限りません。閃きによって画期的なアイデアを創造出来るかどうかは、研究分野について集中して考える時間や頻度と、後は……ほぼ運です」
「なるほど。じゃが、【運】も【チュートリアル】で上がる筈じゃが?」
「研究者が画期的なアイデアを閃くような時に働く運と、【運】は厳密に言えば全く異なります。【運】は、白か黒か、右か左か、正か否か……というような純然たるランダムの選択において、あたかも神がサイコロを振って決めているようなシチュエーションで働くギミックです。つまりは前提としてフレーミングが確定していて、二者択一や多者択一の状況で働きます。一方で研究者に限らず、誰かが画期的なアイデアを閃きブレイク・スルーを達成するような場合は、概して無から有を生み出すようなシチュエーションです。つまりフレーミングが存在しない完全なカオス。この両者は全く異なる選択のプロセスです」
「ふむふむ。だとしても、【チュートリアル】で【収納】や【鑑定】や【マップ】などを使えるようになったり、魔力量が増えたりすればシンプルに便利じゃ。また【チュートリアル】を経て何らかの【職種】や魔法適性に覚醒するかもしれぬ。我なら【ドゥーム】の【魔人】と人化出来るようになった魔物には、一応【チュートリアル】を受けさせてみるがの。【チュートリアル】を受けて何ら損はないのじゃから」
「状況としては、ソフィアが言う通りです。ただし【ドゥーム】の場合は、多少の問題があります。【ドゥーム】は【時間加速装置】だからです。【ドゥーム】には【チュートリアル】が行える神殿はありません。つまり、カプタ(ミネルヴァ)配下の【魔人】や人化能力を得た魔物に【チュートリアル】を受けさせるなら、必然的に【オーバー・ワールド】にある何れかの主要都市の神殿に連れて行かなければいけません。【チュートリアル】参加者が【オーバー・ワールド】で【チュートリアル】を受けている間に、【ドゥーム】は86400倍という猛烈な速度で時間が経過してしまいます。その後【チュートリアル】を終えて【ドゥーム】に戻った【魔人】と魔物の身の上には、ウラシマ効果により少なくない混乱が生じるでしょう。寿命がある種族は【ドゥーム】に残した家族や友人などが死亡している可能性があります。また住まいや動産として所有していた私有財産が経年劣化により壊れたり逸失していたり、自分が【ドゥーム】で担当していた仕事がなくなっていたり……と、あらゆる周辺状況が、すっかり様変わりしている筈です。場合によっては乗り越えられない喪失感を持ってしまうかもしれません。それが避けられないリスクとして存在するので、基本的に【ドゥーム】から【オーバー・ワールド】に完全に移住する者以外、【ドゥーム】と【オーバー・ワールド】を行き来する事は避けた方がトラブルが少なくなると考えています。従って、【ドゥーム】で一生を暮らす個体は、特別な理由がなければ原則として【チュートリアル】を受けさせようとは思いません」
「……ふ〜む。ノヒトは配下の者達の幸せを考えておるのじゃな。確かに知的生命体の幸福とは、スペックで決まる訳ではない。【チュートリアル】のメリットが、個人の幸せにとって害毒となる可能性があるなら、無理に【チュートリアル】を受けさせるのは【ドゥーム】の者達にとっては酷じゃ。わかった。そういう事なら致し方あるまい」
ソフィアは頷きます。
実はカプタ(ミネルヴァ)は、配下の【魔人】と人化能力を獲得した魔物には、彼らの都合など無視して全個体に【チュートリアル】を受けさせる予定でした。
しかし、私は彼らの感情を考慮して、それを却下したのです。
もしも、自分の家族や恋人や友人と永遠の別れを強制されるとしたら、例え自分の寿命や能力が2倍になるとしても、それを拒否する者が多いのではないでしょうか?
私なら絶対に拒否します。
この異世界転移だって、否が応もなく勝手に飛ばされたから止むを得ず現実を受け止めていますが、戻れる保証がない世界への人事異動の辞令が出たのなら、私は辞表を書いて会社を辞めました。
家族や恋人や友人と会えなくなるなら、寿命と能力が2倍なんて有り難くもない、ただの呪いでしかありません。
そんな呪いをゲームマスターである私がNPCに強制して良い筈がないのです。
「しかし、チーフ。本人が希望するなら、【オーバー・ワールド】で【チュートリアル】を受けさせても問題ありませんね?」
カプタ(ミネルヴァ)は訊ねました。
「【チュートリアル】を受ける者に【オーバー・ワールド】と往復した結果に生じるリスクを全て正確に告知して、くれぐれも絶対に強要はしないように。私が見て少しでも当事者の自由意思に基づかない強要や告知義務違反や拒否出来ないような何らかの圧力があったと判断したら、その時点で……私からのミネルヴァへの信頼は失われる可能性が高い……と肝に銘じておいて下さい。ミネルヴァが倫理を一顧だにしないのなら、私はトリニティ達を連れて、ミネルヴァに頼らない新しいゲームマスター本部を作り、そちらに移籍します」
「……わかりました。チーフの信頼を損なうような行動は決してしません」
カプタ(ミネルヴァ)は頷きます。
これで事実上、カプタ(ミネルヴァ)の判断で【ドゥーム】の住人に【チュートリアル】を受けさせる事は出来なくなりました。
仮に【チュートリアル】を受ける本人が、あらゆるリスクを勘案した上で……【チュートリアル】を受けたい……と言ったとしても、私が見て何らかの圧力があったと判断したら、【チュートリアル】参加者の本心は関係なくなるからです。
ミネルヴァのような合理性の塊が、そのような私の気分次第のギャンブルに賭けるような選択はしません。
カプタ(ミネルヴァ)が【ドゥーム】の誰かに【チュートリアル】を受けさせたい場合には、それを私に相談して、私に判断させる方法を取る筈です。
それが私の意図でした。
私はチーフ・ゲームマスター。
ゲームマスター本部の責任者です。
ゲームマスター本部としての何らかの選択の結果に全責任を負うのは私の役割。
私は頼りない上司かもしれません。
しかし、パートナーであるミネルヴァや、トリニティなど部下達に責任を取らせるような不細工な上司には絶対になりません。
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