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第1078話。ゲーム・チェンジャー。

【ダウン・フォール】地下シェルター。


「物理法則に立脚した魔導空間力場形成魔法が、そもそも実用化不可能だったなんて……。私の20年の研究テーマ(ライフ・ワーク)が……」

古代(エンシェント)・スライム】のミズは茫然自失というリアクションをしています。


「ミズ。あなたの研究は無駄ではありません。【スライム】並列化現象……の実証データを取り、自力で……魔導空間力場形成……の正しい理解に辿り着いたのは大きな前進です。文明の進歩には、あなたがやっているような一見何の役にも立ちそうにない基礎研究の蓄積が必要不可欠です。胸を張れる立派な業績ですよ」

 私はミズを慰めました。


「ありがとうございます。ですが、カプタ(ミネルヴァ)様は酷いです。カプタ(ミネルヴァ)様は魔導空間力場形成魔法を実用化するのは事実上不可能だと知っておられながら、私が魔導空間力場形成魔法の実用化を目指して研究を行っている際に一言も教えて下さらなかったのですから……」

 ミズがカプタ(ミネルヴァ)に抗議します。


「私があなたに正解を教えなかったのは、今チーフが言った通りの理由です。ミズに基礎研究を積んで成長して欲しかったからです。私が簡単に正解を教えてしまったら、あなたは研究者としては成長出来ません。それに、あなたの担当する研究テーマは、魔導空間力場形成魔法の実用化だけではありません。1つの大きな研究に区切りが付き、実用化は不可能ながら仮説の正しさという研究成果を得たのですから、この経験を一里塚(マイル・ストーン)として今後の研究でも成果を期待しています」

 カプタ(ミネルヴァ)は激励しました。


「わかりました……。ショックから立ち直れるかはわかりませんが、何とか頑張ってみます」


「それから業務連絡です。カーミラが…… ミズからの実験データが生きて、画期的な新素材が完成した……と感謝していましたよ」


「いいえ。あれは、カーミラの着想の時点で素晴らしい素材だったのです。カーミラの……【錬金術(アルケミー)】・工学研究チーム……が着実に成果を上げているので、私達……魔法物理学・基礎研究チームも頑張らなければいけません」


「期待していますよ」


「はい」


「カプタ(ミネルヴァ)。画期的な新素材とは何ですか?」


「【アンオブタニウム】を使った【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】です。製造方法を改良し魔力抵抗0の【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】を実現しました」


「それは素晴らしい」


「ノヒト。何が素晴らしいのじゃ?」

 ソフィアが訊ねます。


「【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】とは魔力を【吸収(アブソーブ)】して自らの耐久値に還元する魔法金属複合材です。魔力だけでなく衝撃や熱や冷気や電磁気力など全ての物理作用を魔力に変換して、その魔力を耐久値に還元する事も可能なので、高い防御力と耐久力を誇る装甲板ですよ」


「それは知っておる。【ドラゴニーア】艦隊の艦船にも使われておるからの。何が画期的で素晴らしいのかを訊いておるのじゃ」


「既存の【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】は複合材としてオリハルコンやミスリルや魔鋼など魔力親和性が高い金属を使用します。カプタ(ミネルヴァ)が言った【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】が画期的な理由は魔力抵抗が0だからです。今までの【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】は最高性能のモノでも魔力抵抗がありました」


「それの何が画期的なのか、噛み砕いて教えて欲しいのじゃ」


「そもそも【アンオブタニウム】は導体として魔力抵抗が0になる特殊な金属です。これで魔力導線などを作れば抵抗なく魔力を遠隔地に送れロスがありません。また、【アンオブタニウム】線で回路基盤(サーキット・ボード)や集積回路を作れば、魔力ロスがない【魔法装置(マジック・デバイス)】が製造出来て既存のモノより高性能・低燃費となる事はもちろん、魔力抵抗によって回路に発熱を生じる事もないので、冷却機構が不用となり小型化・軽量化も実現されます。こうした特徴を持つ【アンオブタニウム】製の【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】は鉄壁無比。現代の機械が全て陳腐化して、現代の素材の常識が全て過去の遺物になるくらいのインパクトがありますよ。ゲーム・チェンジャーになり得ます」


「良くわからぬ……。それはノヒトが驚く程凄い事なのか?」


「例えば【ドラゴニーア】艦隊の主力艦に使われている【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】は相応に分厚いですよね?」


「戦闘艦の防御装甲じゃから厚いのは当たり前じゃ」


「その通り。【ドラゴニーア】艦隊の主力艦の【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】に敵の攻撃が当たれば、熱や衝撃が(フェーズ)転移(・トランジション)されて魔力に変換され【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】の耐久値に還元される事で艦の装甲に受けるダメージが吸収され艦や乗組員(クルー)の生命を守ります。しかし、敵からの攻撃が相対的に強力なら、【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】によって瞬時にダメージが吸収・変換されず装甲板が(へこ)んだり、ダメージを変換しきれず装甲板が融解して穿孔が空いたり、装甲が砕け散る場合もあります。つまり既存の【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】はダメージをなくすのではなく、あくまでも軽減するギミックなのです。【ドラゴニーア】艦隊に使われている【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】が【自動復元(オート・リペア)】と併用されているのは、そのように壊れる前提だからです。しかし、魔力抵抗0の【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】なら、敵からの攻撃はタイムラグなく100%魔力変換されるので装甲板が(へこ)んだり、溶けたり、砕ける事はありません。つまり無敵の防御装甲になります。そしてダメージを完全に魔力に変換してしまえるので、装甲板もペラペラの薄さで事足ります。艦の装甲は構造を支える最低限の強度を持たせれば良くなり、桁違いに軽量化出来ます。軽量化により艦の質量が減れば速度が上がり燃費も向上します。現代造船では艦の重さを10kg単位で軽くする工夫に途轍もない労力を掛けていますが、【アンオブタニウム】の【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】で外装された大型艦なら楽勝で数百(トン)単位の軽量化が出来ますね。本当に既存技術が馬鹿馬鹿しくなるようなゲーム・チェンジャーですよ。【アンオブタニウム】製【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】が普及すれば、現代最強の【ドラゴニーア】艦隊ですら骨董品と呼ばれる日が来るかもしれません」


「なぬ〜っ!そそ、それは困るのじゃ。ノヒト、その【アンオブタニウム】製の【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】を売ってくれっ!金に糸目は付けぬっ!すぐに【ドラゴニーア】艦隊の装甲を【アンオブタニウム】製の【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】張り替えて近代化改修しなければ【ドラゴニーア】は安全保障上の優位を維持出来なくなるのじゃっ!」


「ソフィアさん。慌てなくても大丈夫です。【アンオブタニウム】製【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】は開発に成功した段階で、まだ量産体制は整っていません」

 カプタ(ミネルヴァ)が説明しました。


「じゃが、【ドゥーム】は【時間(タイム・)加速装置(アクセラレーター)】ではないか?量産化が始まれば、【オーバー・ワールド】との時間対比ではあっという間じゃ」


「【アンオブタニウム】は極めて希少で【ドゥーム】全体でも年10(トン)にも満たない産出量しかありません。それに【アンオブタニウム】は魔力導体として【魔法装置(マジック・デバイス)】などにも需要があり、巨大な戦闘艦を【アンオブタニウム】製【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】で全て被甲するような量は容易には確保出来ません。当面はゲームマスター本部用として全量を消費し、市場には出回らないでしょう」


「そ、そうか……」

 ソフィアはホッとします。


「ソフィア。そもそも【アンオブタニウム】製【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】は、この世界(ゲーム)住人(NPC)にとってはオーバー・テクノロジーです。【ドゥーム】で【アンオブタニウム】製【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】が開発出来たのは、カプタ(ミネルヴァ)が現代文明を超越する超高度な専門知識を持っていたからです。私は【ストーリア】を含めて、知的生命体が自力で知識や技術を獲得しない限り、オーバー・テクノロジーを公開するつもりはありません。なので、【ドラゴニーア】艦隊の装甲を【アンオブタニウム】製【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】に張り替えたいなら自力で開発して下さい」


「うむ、わかったのじゃ」


「ソフィアさん。ミズやカーミラなど【ドゥーム】の研究者は、私が知識や技術を惜しみなく与え、最短距離で開発を導いているので、【アンオブタニウム】製【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】などを開発出来ました。しかし、研究者としての能力はロザリア・ロンバルディアが率いる【ドラゴニーア大学】国立総合先端研究所の研究員達の方が優れています。相応に時間と労力と予算は掛かるでしょうが、【アンオブタニウム】製【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】は【ドラゴニーア】でも十分に自国開発が可能です」

 カプタ(ミネルヴァ)が激励しました。


「うむ、そうじゃな。しかも我は今【アンオブタニウム】製【(フェーズ)転移(・トランジション)装甲(・アーマー)】が実際に開発出来る事を知った。それをロザリアに伝えるだけでも、大きなヒントになるじゃろう」


 ・・・


 シェルター内の研究所(ラボ)


「次で最後です」

 私達を案内(アテンド)するミズが言います。


「ここは何の研究部門じゃ?」

 ソフィアが訊ねました。


「核物理学です」


「核……まさか熱核爆弾とかか?」


「まあ、同系統の分野ではありますね」


「【世界の(ことわり)】の禁止兵器ではないかっ!?大量破壊兵器を使って【ドゥーム】は一体何と戦うつもりじゃっ!?」

 ソフィアは大きな声を出します。


「あ、いえ、理論体系として同じ分野ではありますが、核爆弾の製造はしていませんよ」

 ミズは苦笑いして説明しました。


「そうか……安心したのじゃ」

 ソフィアは……ホッ……と胸を撫で下ろします。


 ふと見るとモニター付き演算装置で原子の構造シミュレーションが行われていました。

 何処(どこ)かで見たような……。


 あっ。


「カプタ(ミネルヴァ)。これは、もしかしてピットーレ・アブラメイリンさんの研究ですか?」

 私は訊ねます。


「お気付きですか?ピットーレ・アブラメイリンの未完の研究を引き継いでおります」

 カプタ(ミネルヴァ)が答えました。


 サラッと言いますね。

 パクリです。


 まあ、900年も経っているので知的財産権は失われていますし、そもそも……未完の研究なので誰のモノでもない……という解釈も出来ますけれどね。


「ピットーレ・アブラメイリン?聞いた事がある名じゃな。誰だったかの?」

 ソフィアが訊ねました。


「ピットーレ・アブラメイリンさんは、グレモリーのパーティ【ラ・スクアドラ・インカンタトーレ】のメンバーです。彼は歴史上最高の【(グランド)錬金術(・アルケミー・)(マスター)】で、元【スヴェティア】国立魔法大学の【錬金術(アルケミー)】主任教授です」


「ほほ〜う。グレモリーの仲間か。して、これはどんな研究なのじゃ?」


「ピットさんの研究は……【錬金術(アルケミー)】に依存しない物質生成法の模索……だった筈です。このシミュレーションが、その研究かはわかりませんが……」


「チーフ。これは、その研究です」

 カプタ(ミネルヴァ)が補足します。


「なるほど。で、【錬金術(アルケミー)】を使わずに物質を生成するなど、そんな事は可能なのか?」

 ソフィアが訊ねました。


「理論的には出来ます。この世界(ゲーム)の詠唱魔法は、言わば【スマホ】の短縮ダイヤルのようなモノです。様々な魔法を詠唱によって発動させる短縮ダイヤルには、それぞれに全て正式な長いアドレス・ナンバーがあります。それが【魔法(マジック・)公式(フォーミュラ)】です。つまり正しい【魔法(マジック・)公式(フォーミュラ)】を組めば、詠唱しなくても魔法は発動します。それとは別に、魔法ギミックを、魔法に依拠しない別のプロセスを経て同じ結果を得ようというアプローチの研究があります。例えば、【氷魔法】で氷を生成するのではなく、水を冷凍すれば氷は得られますよね?この時【氷魔法】より水を冷凍した方がエネルギー効率が高ければ、実用として氷を得るなら、わざわざ【氷魔法】を使わずに水を冷凍すれば良いとわかります。こういう定量化や比較実証は存外に大切な研究なのです。ピットさんの研究テーマも同様の概念(コンセプト)から発想されたモノです。【錬金術(アルケミー)】を使わず化学や物理学を用いて、構造解析が可能な全ての物質を生成する事が目的なのです。それがピットさんの研究の最終目標でした」


「で、それが理論的には可能なのじゃな?」


「はい。エネルギー()質量()光速度()の2乗。即ち物理的にエネルギーと物質は等価ですので、自然界に遍在するありきたりの原子を材料にして、原子核に働き掛けてエネルギーを与えたり奪ったりすれば、理論的には、ありとあらゆる物質が自由に生成出来る筈です。もちろん構造解析が不能な【不滅の大理石】とか【竜鋼(ドラゴニウム)】とか【神蜜(ネクタール)】とかは生成出来ませんけれどね」


「ふむふむ。で、どうやる?」


「正確に説明しようとすると面倒なので、とりあえず理屈だけ理解出来るように単純化して説明しますが、2つの水素をヘリウムに核融合させると膨大なエネルギーが発生します。これは水素2つが内包するエネルギーより、ヘリウムが内包するエネルギーの方が少ないので、余剰分のエネルギーが溢れるからです。これがザックリとした核融合炉の原理です。であるなら、ヘリウムに一定量のエネルギーを与えれば水素に分裂させられるという理屈になります。この理屈の延長線上には、エネルギーを任意に与奪すれば、全ての元素は生成出来ますよね?理屈がわかっても、問題はどうやるかです。ピットさんは、共通原理で自由に任意の物質生成を可能とする方法論を研究していました」


「で、実用化は?」


「幾つかの元素を生成する事に成功しましたが、共通原理の解明には至っていません。まだ先が長い研究です。私達は、魔法物理学・基礎研究チームですので……」

 ミズが答えます。


「なるほど」

 ソフィアは頷きました。

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・・・


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