第1076話。水まんじゅう。
【ディストゥルツィオーネ】の神殿の広間。
ソフィアは私が時々無意識に【神威】を発生させる事を迷惑だと言いましたが、【常時発動脳力】の【神威】は私の意思とは無関係に働くので致し方ない仕様でした。
なので……私には、どうする事も出来ない仕様が原因で【竜城】で働く皆さんが迷惑を感じ苦痛ならば、この際【竜城】を活動拠点の1つとして使用する事を止める……と提案したのです。
しかし、私が【竜城】を拠点としている理由は、【ドラゴニーア】の統治実務責任である大神官のアルフォンシーナさんからお願いされているからでした。
その経緯をソフィアに説明したところ、ソフィアは側近のオラクルとヴィクトーリアと【念話】で相談を始めた……というのが現在の状況です。
「……さてと、そろそろ次の視察場所に移動するかの。あ〜、そうじゃ、そうじゃ。我が【ドゥーム】で【秘跡】に挑んでおった際に整備した街が大陸の南西にあるのじゃ。名前は【渓谷の町の遺構】と【マップ】表示されておったが、我が【神格者】の権限で【クリスタル・ウォール】という【名付け】を行った。我が砂漠の砂を高温で熱加工して砂の主成分である石英によって巨大なクリスタル・ガラスを造り、そのクリスタル・ガラスの柱を地面に突き刺して並べ、街の城壁としたのじゃ。良い名前じゃろう?あそこはカプタ(ミネルヴァ)の陣営によって有効利用されておるのじゃろうか?もしも、カプタ(ミネルヴァ)の配下の魔物や【魔人】が【クリスタル・ウォール】で暮らしておるなら、是非とも視察したいので、視察予定に組み込んで貰えるとありがたいのう。アハ、アハハハ……」
ソフィアは訊いてもいない事をペラペラと喋り、ワザとらしく話題を変えました。
どうやらソフィアは、私の【神威】を迷惑扱いして……ならば【竜城】のご厄介にはならない……と私が言った事について、オラクルとヴィクトーリアの意見を聴いた結果、ソフィアは自分のクレームにより……私の足が【竜城】から遠退けば、ソフィアやソフィアが庇護する【ドラゴニーア】にとっては利益にならない、というか損害になる……と気付き、先程の話題を、丸っと……なかった事……にするつもりのようです。
そうは問屋が降ろしません。
大人が発した言葉には責任が伴います。
ソフィアが言った言葉の尻拭いは、ソフィアが行わなければいけません。
そろそろソフィアも、そういう大人としての常識を身に付けた方が良いと思います。
特にソフィアは【神格者】なのですからね。
神たる者が、その場凌ぎや、思い付きや、勢いや、売り言葉に買い言葉で適当な事を喋るのは望ましくありません。
「ソフィア。さっきの話ですが……」
私は……なかった事スキル……で、都合の悪い事を有耶無耶にして誤魔化そうとしていたソフィアの意図を潰し、話を混ぜっ返しました。
私も少し大人気ないかもしれませんが、これはソフィアの成長を促す親心です。
「……フヒュ〜、ヒュ〜ヒュ〜……」
ソフィアは私の言葉が聞こえないフリをして、視線を逸らして口笛を吹く(吹けていない)真似をしました。
「ソフィア?」
「す、すまなかったのじゃ。あれは我の了見違いじゃった。ノヒトの【神威】は致し方ないギミックじゃ。じゃから【竜城】には今まで通り朝食を食べに来て欲しいのじゃ。この通りじゃ!」
ソフィアは、ジャンピング土下座をして見せます。
「わかれば宜しい」
「あ、ありがたいのじゃ。我の一存でノヒトが【竜城】に来なくなったら、アルフォンシーナが滅茶苦茶怒るのじゃ。たぶん……我の都合で、ノヒトが去った……という事は単に我の個人的な失敗ではなく、【ドラゴニーア】の国家的問題と判断され一気に3ポイントの……教育的指導ポイント……になるじゃろう。マイナスが3ポイント増えたら、合計のマイナスが9個になり、我は1週間【竜城】から外出禁止になるところじゃった。せっかく【セイレニア】のクーデター問題解決の……御褒美ポイント……でマイナス分を減らしたのが台無しになるところじゃった」
教育的指導ポイント?
御褒美ポイント?
外出禁止?
そのようなシステムがあるのですね。
きっと私が知らないところで、ソフィアは相当アルフォンシーナさんから怒られているのでしょう。
「それから、今後は無意識の【神威】の発動頻度が減るように、私も多少気を付けてみます。もしかしたら本来は【神威】が必要ない注意喚起程度でも、勝手に【神威】が発動してしまっている可能性があります。言葉尻や表現などを工夫すれば【世界の理】から警告とは受け取られないかもしれませんからね」
「う、うむ。そうしてもらえると、ありがたいのじゃ」
「その替わりに、ソフィアにお願いがあります」
「何じゃ?」
「私は、フロンやノノなど人化が取れるようになったゲームマスター陣営の従魔達11個体を学校に通わせて人種の子供達と触れ合わせたいと考えています。【竜都】の国立学校で受け入れてもらえませんか?カプタ(ミネルヴァ)が厳しく躾をしたので、学校のお子さん達はもちろん、その他教職員などの全ての人種に乱暴な接し方をして怪我をさせるような心配はないそうです」
「安全は私が保証します。もしも心配があるなら、念の為、従魔達が学校に通う際には攻撃威力値が0になる【パンダの着ぐるみ】を着用させ、人種と触れ合う状況では自分の意思で【パンダの着ぐるみ】を脱着出来ないように【契約】させます」
カプタ(ミネルヴァ)が説明しました。
「ふむふむ、なるほど。そういう事なら学校への受け入れは問題あるまい。魔力量的に入学試験にも問題なく合格出来るじゃろう。安全性も【パンダの着ぐるみ】を着用して、学校にいる間は脱げない【契約】までしてくれるのであれば、保護者や教職員も安心してくれるじゃろう。わかった、我の責任において【竜都】の国立学校への入学を許可する。じゃが……制服はどうするか?【パンダの着ぐるみ】の上から制服を着るとなると、大分サイズが大きくなるが……」
「制服着用は義務なのですか?」
「一応、校則じゃ。国立学校は入学試験さえ合格すれば、原則誰でも入学可能じゃ。そして国立学校は【ドラゴニーア】の国籍を持つ者は入学金も授業料も給食費も教材費も全額無償じゃ。孤児院生は【ドラゴニーア】の国内法では成人して就職が決まるまでは期間定住資格しか持たないが、優秀で奨学生として認められれば国民と同様に全額無償となる。じゃから、例えば高額納税者の子息・令嬢や、外国から遊学した王族・貴族や、孤児院生が机を並べる事もあるし、種族にも区別はない。制服がないと、身なりや服装で差別や虐めが起きる可能性もある。もちろん制服を統一しただけで差別や虐めを完全になくす事は出来ぬし、種族の違いは制服では誤魔化しようがない。じゃが、ないよりはマシじゃ。少なくとも、制服着用規則は……国立学校の児童・生徒・学生は、全員が等しく同じ人権を認められた者……という国立学校の理念、延いては【ドラゴニーア】の国是が内外に示される。じゃから、我としては……一部の生徒が制服を着ない……という例外は、あまり作りたくないのじゃ」
ソフィアは真面目な顔で言います。
なるほど。
私が通った高校は私服だったので……制服なんかなくても良いのでは?……と考えましたが、ソフィアが話した理由を聴くと合理的で良識的な規則に思えました。
もしかしたら、そもそも学生が制服を着るようになった背景には、ソフィアが話したような理由があったのかもしれません。
日本の学校に制服が導入されたのは、明治時代くらいでしょうか?
昔の日本は現代より経済的に貧しく、格差も激しく、生活保護などの社会福祉も未発達だったので、あまり衣類を沢山持っていない学生も少なくない数で居たでしょう。
私なら貧乏で衣類が買えず毎日同じ私服で通学するのは、恥ずかしい気持ちになるかもしれません。
制服なら1着しか持っていなくても、学友も全員同じ服装になるので、そういう負い目は感じなくて済みます。
だとしたら……制服なんか……と考えた私は見識が浅かったと反省しなければいけませんね。
こういうところは、率直にソフィアは立派な政治家だと思います。
アルフォンシーナさんから教育的指導ポイントを貰って外出禁止がどうのという話で台無しですが……。
「わかりました。そういう理由なら無理にでも制服を着せましょう。私の【収納】に入れて取り出せば、衣類や装備品のサイズは着用者に合うようなギミックを付加出来ますので、学校側が特注サイズを準備して余計なコストを負担しなくても済みますからね」
「うむ。コストなどは別に構わぬが、規則通りに制服を着用してくれるなら、ありがたいのじゃ。宜しく頼むのじゃ」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
「ところで、フロンやノノ達は何歳じゃ?」
「この子達は最初期に【調伏】した個体なので、年齢は全員20歳くらいですね」
カプタ(ミネルヴァ)が説明しました。
「なぬっ!それでは年齢的には大学生ではないか?我は見た目で高等部生くらいかと思ったのじゃが?大学となると、さすがに魔力量の多さだけでは入学許可は出せぬぞ。魔力量や魔法適性に優れる者は試験で加点はされるが、国立大学のペーパー・テストは免除には出来ぬ。それからゲームマスターのノヒトからの頼みでも、特例で国立学校に無試験入学させるのも良くない前列となる。特例が認められるのなら自分の子供も……と言い出す馬鹿な貴族やら高所得者が必ず出て来るのじゃ。私立大学でレベルを選ばなければ、金銭次第でどうとでもなる場合もある。じゃが、私立では先方がフロン達の入学を拒否した場合、我が命令して無理矢理捻じ込む事は不可能ではないが民業圧迫と言われかねん。どうしたモノか……」
ソフィアは考え込みます。
「あ〜、フロン達は初等部への入学を希望します。彼女達の種族は【古代・グリフォン】と【古代竜】です。両種は長命なので、種族のスペック的に知性はある程度高いとしても、精神年齢的に彼女達の20歳は人種の感覚では幼児程度の可能性があります。なので、初等部に入学させて下さい」
「なるほど精神年齢か……。確かに、そういう観点は考慮する必要があるじゃろう。うむ、わかったのじゃ。初等部に受け入れよう」
こうしてフロン達11個体の従魔は、来年1月から【竜都】の国立学校初等部に入学する事が決まりました。
「では、皆さん。そろそろ午後の視察に向かいましょう」
カプタ(ミネルヴァ)が言います。
私達は、次の視察地【ダウン・フォール】に向かって【転移】しました。
・・・
【ダウン・フォール】中央神殿。
私達が到着すると、神殿の礼拝堂には多数の人型をした見慣れたフォルムの一団が整列しています。
その見慣れたフォルムの1体が、歩み出して私達の前に跪きました。
他の個体も一斉に跪きます。
「ノヒト様、ソフィア様、トリニティ様、ウルスラ陛下、皆々様。ようこそ、お越し下さいました。私はカプタ(ミネルヴァ)様より【ダウン・フォール】の首長を拝命しております、ミズ・マンジュウ……と申します」
見慣れたフォルムをしたミズが自己紹介をしました。
「ん?其方が首長か?其方は【自動人形】ではないか?【コンシェルジュ】か?いや、確か【ダウン・フォール】の首長は【スライム】だと聞いたが?」
ソフィアが訊ねます。
見慣れたフォルムとは【自動人形】でした。
礼拝堂で私達を出迎え跪いているのは、見た目上は全て【自動人形】です。
ソフィアが言うように【ダウン・フォール】の首長は【古代・スライム】でした。
カプタ(ミネルヴァ)によると……脆弱な【スライム】を保護する為に【強化外骨格】を装着させている……という話です。
つまりは……。
「この【自動人形】タイプの外装は【強化外骨格】なのです。中身は仰る通り【古代・スライム】でございます。他の者達も同様で、私の分離体や別個体の【スライム】が【強化外骨格】を操縦しております。【強化外骨格】を装着したままでの拝謁をお許し下さいませ。我々は脆弱な種族ですので、カプタ(ミネルヴァ)様より……自己保全を考えて、基本的には、この格好で活動するように……と命じられております。また、偉大にして高貴なる皆様に謁する時にも拝礼が出来る姿の方が望ましいと考えました。人化能力を持たない個体もおりますので、【スライム】形態のままでは拝礼をしようにも頭などの肉体部位が全く区別出来ません」
ミズが説明しました。
「ほほ〜う。【自動人形】タイプの【強化外骨格】とな?それは興味深い」
メカ的なモノが好きなソフィアが言います。
「純正の【強化外骨格】は戦闘や重労働には向いていますが、そうした任務に従事しない者が装着するには大き過ぎて排気や騒音や燃費、あるいは器用さや対人安全性などの点でデメリットが多く、管理や事務や研究をメインとする私達【スライム】種は、このサイズ感と機能が適しているのです。この【自動人形】タイプでも防御力などは【自動人形】・シグニチャー・エディションと同等ですので、戦闘に参加しなければ不意の事故や襲撃でも【スライム】の種族的な脆弱性を補えるので便利です。この【自動人形】タイプの【強化外骨格】で防御に徹すれば、カプタ(ミネルヴァ)様や強力な味方が救援に駆け付けて下さるくらいの短時間は身を守れますので……」
「ふむふむ。適材適所と役割分担じゃな?」
「仰る通りでございます」
私達は、お互いに自己紹介をして挨拶を交わしました。
「ところで、カプタ(ミネルヴァ)。ミズ・マンジュウという名前は?」
私は疑問に思っていた事を、当然事情を知るであろう【名付け】を行った当事者に訊ねます。
「【スライム】は水まんじゅうに似ているので、最初に【調伏】した個体は、確実にこの名前が最適だと思いました。ミズの分離体はナンバリングで区別しています。別個体はゼリーという家名は共通で、適当な個体名を合わせました」
カプタ(ミネルヴァ)は答えました。
あ〜、これはダメだ……。
カプタ(ミネルヴァ)が、ふざけていたのでなければ、致命的にネーミング・センスがヤバいです。
お読み頂き、ありがとうございます。
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・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
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