第1074話。カリスマ天然のユリリハお嬢。
【ディストゥルツィオーネ】中央神殿の中庭。
バーベキュー会場になっている神殿の中庭から見える空には、俄に黒雲が湧き立っています。
これは一雨来そうですね。
カプタ(ミネルヴァ)によると通年高温多湿の熱帯気候である【ドゥーム】では、大体午後になると必ずと言って良い程雷を伴った雨が降るのだとか。
昨日も私達が屋内にいるタイミングで短時間に集中豪雨があったようです。
「おかしいですね……」
トリニティが首を捻りました。
「どうしました?」
「マイ・マスター。私の記憶では【竜都】で少女誘拐殺人未遂事件を起こしたり、私が逮捕・拘束した【黒の結社】の過激派は、全員……サングウィナンテ・リリンが祭神だ……と供述していました。あの供述は【アンサリング・ストーン】を用いて行われたので偽証は不可能な筈です。しかし、今のソフィア様とオラクルさんのお話によると、件の少女誘拐殺人未遂事件を起こした【黒の結社】の過激派……つまり【ウニヴァルサーレ】が信仰するのは、単に……神……とだけ呼ばれる存在で、サングウィナンテ・リリンではないとの事。この矛盾はどういう事でしょうか?」
トリニティが訊ねます。
あ〜、確かに。
「チーフ。私の本体も、一連の【黒の結社】関連の供述調書を全て記憶していますが、確かに【黒の結社】の過激派が信仰するのは偽神サングウィナンテ・リリンという呼称で共通しています」
カプタ(ミネルヴァ)も言いました。
「ああ、それはじゃな……オラクル、説明を頼むのじゃ」
ソフィアが、オラクルに説明を丸投げします。
「ソフィア様が拘束した【ウニヴァルサーレ】が信仰する祭神の名前は……神……です。【ウニヴァルサーレ】の教義では彼らの祭神は特定の固有名を持ちません。【ウニヴァルサーレ】によると……宇宙の始まりより現在まで、神は自分達が信仰する真なる神だけの唯1柱しか存在せず、ソフィア様を始めとする守護竜様や、【創造主】様やノヒト様などの【神格者】こそが神を偽る存在だと見做されているようです。しかし【ウニヴァルサーレ】の信仰対象を単に神とだけ呼ぶと、一般名詞の神との混同が生じます。なので【ウニヴァルサーレ】は便宜的に自分達が信仰する……神……を一般名詞の神と区別する必要がある場合に、神の便宜上の名として【オルトドクソス】と【プロテスターリ】が共通の信仰対象とする……サングウィナンテ・リリン……の呼称を代用するようです。ただし【ウニヴァルサーレ】のメンバーが……サングウィナンテ・リリン……と呼ぶ神は、【オルトドクソス】や【プロテスターリ】が信仰する……サングウィナンテ・リリン……とは定義的に全くの別物です。これはイェフーダー・イシュ・カリヨトが説明した話をアルフォンシーナ大神官猊下から聴かされたばかりで、私達も以前は知りませんでした」
オラクルは説明しました。
「なるほど」
「ほらな、ややこしい事この上ないじゃろう?」
ソフィアが言います。
まあ、カルトか伝統的かに拘らず宗教などというモノは、どちらにしろ実在しない神を信仰しているのですから、創作された設定には色々と穴があるのが普通ですけれどね。
・・・
【ディストゥルツィオーネ】神殿の広間。
昼食後。
突然雨が降り始めたので、私達はバーベキューを切り上げて神殿の中に避難しました。
私、カプタ(ミネルヴァ)、ソフィア、トリニティなら、雨雲を消し去る事くらい造作もありませんが、ここは自然の摂理に従っておきましょう。
しかし、バーベキュー・セットが雨で濡れてしまわないように中庭の上空にはカプタ(ミネルヴァ)によって【結果】が張られました。
私達は室内に移動して、食後のドリンクとデザートが供されます。
「ジャンヌ・ラ・ピュセルが所属する【黒の結社】の穏健派である【サエクラリス】では特定の祭神を祀っていませんが、【神話の時代】に【英雄】が設立したオリジナルの【黒の結社】のリーダーである【ヴァンパィア】のユリリハを始め、【サキュバス】のフォルトゥーナとクリスタ・クリスタル、【ゴルゴーン】のニーア・ノストロモ、【メリュジーヌ】のマルフィーザ、【ワー・タイガー】のカルドラボーク……などという【英雄】達を偉大なる始祖として讃え敬っているようです」
オラクルは言いました。
あ〜、みんなゲーム時代にグレモリー・グリモワールとして交流があり、知っているユーザーばかりですね。
「ユリリハ、フォルトゥーナ……何処かで聞いた事がある名じゃが……」
ソフィアが呟きました。
まあ、今名前が列挙されたメンバーは、全員ゲーム時代には有名プレイヤーとして名前が売れていましたからね。
実際にソフィアは、【神竜】の降臨イベントで直接会っていると思います。
「それからオリジナルの【黒の結社】に所属していた【英雄】ではないメンバーが1人だけ、つい最近まで生きていた事が判明しました。対【ウトピーア法皇国】戦争に勝利したグレモリー様が【ウトピーア】から割譲された【黒の森】で、【ワー・ウルフ】の部族の長をしていたクラウディウスという者です。彼の者は、900年前に【黒の結社】のリーダーである【英雄】のユリリハが従者としていました。しかし【英雄】大消失後、主人であり庇護者でもあるユリリハが突然いなくなった事で、設定上は人種の【敵性個体】と位置付けられているクラウディウスは、人種のコミュニティから危険視され殺されそうになり、ユーザー消失後に残った【黒の結社】のメンバー達に匿われながら何とか逃げ伸びて、ウエスト大陸の【黒の森】に辿り着き、やがて現地の【ワー・ウルフ】を従えて部族の群を率いるに至ったようです。その事実がイェフーダーに言い伝えられていました。クラウディウスが死亡した事は、グレモリー様によって確認されています」
あ〜、ユリリハさんの従者だった、あのクッソ強い【ワー・ウルフ】の事ですね。
しかし……あの【ワー・ウルフ】はゲーム時代に既に1千歳超えで、寿命を持つ種類の【魔人】である【ワー・ウルフ】としては、かなりの長寿と言って差し支えない個体でした。
その個体が最近まで生存していたとするなら2千歳超えです。
【ワー・ウルフ】の種族限界を遥かに超えて異例に長命な個体ですね。
あ……。
私はゲームマスターとして、この世界の仕様を知り尽くしていますが、どうやったらユリリハさんがNPCの【ワー・ウルフ】を、あそこまで強化・育成出来たのか理解出来ませんでした。
つまり、ユリリハさんの従者だった、あの【ワー・ウルフ】は、もしかしたらプログラムがバグった個体だった可能性もあります。
まあ、ユリリハさんのロール・プレイが相当に特殊だった為に、クラウディウスなる【ワー・ウルフ】のプログラムに何らかのバグが存在していたとしても、ゲーム・バランスが壊れる程の影響が顕著には表出せずに、運営がバグの兆候を見逃していたのかもしれません。
当時は……クラウディウス某……という名前までは知りませんでしたが、ゲーム時代にグレモリー・グリモワールとしてユリリハさんが連れていた【ワー・ウルフ】の従者には会った事があります。
確かユリリハさんは……クーちゃん……と呼んでいましたよね。
そして、ユリリハさんは、クーちゃんこと従者のクラウディウスに自分を……ゆりっぺ……と呼ばせていました。
遠隔魔法特化のユリリハさんが、やや苦手とする近接防御を、あの【ワー・ウルフ】のクーちゃんが担うという役割分担で、2人は絶妙のチーム・ワークを誇る素晴らしいパートナーでしたね。
あのクーちゃんが亡くなったのですか……。
というか2千年も生きれば大往生ですね。
繁殖が可能な種類の【魔人】である【ワー・ウルフ】には寿命がありますので亡くなる事は仕様ですから致し方ありません。
【ワー・ウルフ】としては異例な程長命なバグ個体と言えども、結局は死を超越出来なかった訳です。
ともかくバグ個体の可能性が高いクラウディウスが亡くなったのなら、私がゲームマスターとしてデバッグする必要はありません。
バグ個体だからと言って必ずしも滅殺が行われるとは限りませんが、何らかの不具合が起きそうなら仮にユーザーの従者であっても事務的に滅殺が執行されました。
もちろんゲーム時代ならば、会社の管理端末からバグのない綺麗なプログラムによる原状回復が行われてユーザーの損害を、なるべく少なくしますが、現在の私は世界に閉じ込められています。
つまり今クラウディウスを滅殺しなければならない場合、クラウディウスは二度と復活しません。
それが私の役割とはいえ、知り合いの元従者を滅殺するような気が重い仕事をしなくても良くなって、正直ホッとしています。
ユリリハさんは、楪百合子という本名でした。
ハンドル・ネームの由来は、ユリコ・ユズリハだから、ユリリハ。
ゲーム【ストーリア】の最古参ユーザーで、私もグレモリー・グリモワールとして仲良くしていました。
ユリリハさんの本名がバレている理由は、彼女は当初……ゲームの中でハンドル・ネームを名乗る……という発想がなかったからなのだとか。
馬鹿正直に本名を登録していたのです。
そして声も声優ボイスの設定を使わず普通に地声のままでした。
本名+地声という個人情報の垂れ流しを心配した友人から指摘されるまで、その危うさに全く気付かないとか……かなりの天然です。
ユリリハさんは、話し口調やアバターの挙動を見ていてもわかる……ポワ〜ン……とした呑気で大らかな性格で、珍しい姓も相まって周囲からは……きっと世間知らずの箱入り御令嬢なのだろう……と噂されていました。
【黒の結社】の創設者にしてリーダーとしてユリリハさんの存在がユーザー界隈で有名になってからは、彼女はサークル・メンバーから……お嬢……と呼ばれていましたね。
しかし、ユリリハさんは単なる天然のお嬢様ではありません。
彼女は、ゲーム【ストーリア】の自由度を証明するような極めて特殊で難易度が高いロール・プレイを貫き通していた希有なプレイヤーでした。
彼女が自らに科していたロール・プレイは……ノー・プリエンプティブ・ストライク。
つまりは、先制攻撃禁止。
ユリリハさんは、ユーザーに対するプレイヤー・ヴァーサス・プレイヤーはもちろん、人種や【魔人】や【知性体】や魔物や動物……などのNPCに対してさえ、絶対に自分からは攻撃を仕掛けない事を信条とする縛りプレイをしていたのです。
先制攻撃禁止は、縛りプレイとしても常軌を逸しています。
にも拘らずユリリハさんは、レベル・カンストしている強力なプレイヤーなのですから、もはや意味がわかりません。
余程防御が固くなければ、こんな縛りは不可能です。
ユリリハさんは、自分からは絶対に攻撃を仕掛けない正当防衛の戦闘だけで莫大な経験値を稼ぎ出しレベルをカンストさせていました。
ユーザーを対象としたプレイヤー・ヴァーサス・プレイヤーに限り正当防衛縛りを科しているユーザーはいます。
しかし、対魔物や対【魔人】(NPC)の戦闘ですら正当防衛を貫くのは、ほぼ無理ゲーでした。
正当防衛を貫くには、強力な魔物や【魔人】に対してさえ最低1発は先制攻撃をさせるという意味ですから、無謀と言う他ありません。
強力な魔物相手には敵に気付かれるより早く索敵して、奇襲で機先を制する戦い方がセオリーなのです。
これは一見大して難しくない縛りに思えますが、シチュエーションによっては、あり得ない過剰負荷でした。
何しろ同時に接敵する【敵性個体】は1個体だけとは限りません。
例えば、【超位】の魔物や【超位魔人】10個体と同時【遭遇】すれば、10発の【超位級】の集中攻撃を喰らう可能性があるのです。
グレモリー・グリモワールでも【神格】の守護獣である【ホムンクルス・ベヒモス】のヒモ太郎を【壁役】として展開し、ガッチガチに守備を固めて待ち構えていなければ、【超位級】攻撃10発など、とても受けられるモノではありません。
【遭遇】→即死ですよ。
まあ、どっちにしろグレモリー・グリモワールは、個体としての防御力ステータスはペラッペラの紙ですけれどね。
ユリリハさんの凄さは、正当防衛縛りだけではありません。
彼女は【黒の結社】という所属ユーザー100人以上+所属NPC100人以上を誇る巨大サークルを旗揚げして拡大し、その運営を回す本物のカリスマ・リーダーでした。
大体【遺跡】や【秘跡】を周回せず、生産系でも研究系でもない、完全な非営利の慈善サークルなんか作っても続かないモノなのです。
何しろ、【黒の結社】に所属するユーザーは、基本的に無報酬のボランティアなのに、加入したメンバーさんは、ほとんど全員サークルから離れず慈善活動に従事していました。
しかし【黒の結社】はNPCには給与を支払っていたのです。
つまり、基本的に収益がないのにNPCに支払う給与は何処かから捻出しなければいけません。
そして、ユリリハさんが率いる【黒の結社】は創立当時から、無数にあるユーザー・サークルの中でも際立って組織運営が上手いと評判だったのです。
この【黒の結社】の中心にいて扇の要として機能し、結束と組織力の源泉となっていたのが、紛れもなくユリリハさんでした。
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