第1072話。グダグタの謎解き回。
【ディストゥルツィオーネ】中央神殿の中庭。
「ソフィア様。ノヒト様に、あの件をお話しした方が宜しいのでは?」
今まで黙っていたオラクルが、ソフィアに耳打ちしました。
「ん?あの件とは何かあったか?」
ソフィアは首を傾げます。
「イェフーダー・イシュ・ケリヨトの件です」
「あっ……。【ドゥーム】に飛ばされておる間に、すっかり忘れておった。いかん、いかん……」
「致し方ありません。3か月のブランクがございましたから……」
「うむ、そうじゃ。我は、ちっとも悪くないのじゃ」
「仰る通りでございます」
「さて、しかし、あれをノヒトに話すとして……どうやって切り出すべきか……」
「丁度良く、【黒の結社】の話題が出ましたので、今なら不自然ではなく、お話し出来るタイミングかと?」
「うむ、そうじゃな。オラクルは機を見るに聡いのじゃ」
「ソフィア様の従者として当然でございます」
「ソフィア、オラクル。2人とも何をゴニョゴニョ言っているのですか?話があるなら聞きますよ」
「あ、うむ……え〜と、ノヒトよ。其方は【黒の結社】について、今後どうするつもりじゃ?」
ソフィアが訊ねました。
何だか、わざとらしいですね。
まあ、良いでしょう。
本来の【黒の結社】は【魔人】など他者から誤解や謂れのない差別や偏見を持たれがちなキャラ・メイクをしたユーザー達による互助組合的なサークルだったのです。
彼らの活動はユーザーによる良心的ゲーム内自治を象徴するようなモノで、当時の私は1ユーザーとして、また運営の1人として彼らの活動には好感を持っていました。
なので、私は現在ある【黒の結社】を改革して昔のような良心的な組織として復活させようか……などと一時は考えた事があります。
しかし、現在の【黒の結社】がカルト宗教的なモノに変質しているので……あまり関与するべきではない……という考えに変わって来ていました。
一口に【黒の結社】と言っても、現在の彼らは穏健派と過激派に分派していて一様ではありません。
犯罪組織化あるいはテロ組織化している【黒の結社】の過激派を是認出来ないのは言わずもがな。
とはいえ過激派の連中だって、【世界の理】に違反したり、この世界の世界観を破壊しようとしなければ、ゲームマスターである私がワザワザ対応する理由はありません。
監査や指導や取締りを行うのは各国政府の役割なのです。
一方、【黒の結社】の穏健派だって、別に取り立てて私が便宜を図ってあげる理由はありません。
良い宗教だろうが、悪い宗教だろうが、どちらにしろ宗教に関わると面倒臭いですからね。
特にカルトと呼ばれるような独特な宗教の信者とは、お互いに社会通念や一般常識の範囲で失礼がない程度の近所付き合いをして、可もなく不可もない他所様としての交流に留めておくのが無難です。
あえて意地悪をしたり、悪口を言う必要もありませんが、道端で偶然会ったら作り笑いをして挨拶を交わしながらすれ違い、なるべく利害関係を持たず、時々天気の話でもして、お茶を濁しておけば、それ以上の交流は必要ありません。
それはお互い様なので、先方だって、そう考えている筈です。
従って、私は【黒の結社】は穏健派とも過激派とも距離を保って近付かない事に決めました。
「別にどうもしません。【世界の理】に反すれば取り締まり、そうでなければ中立的立場から傍観します」
「現在【黒の結社】の過激派は、自由連合諸国では違法カルトに指定されて、メンバーが次々に逮捕拘束され、違法行為に加担していなかった者も当局に監視されているのじゃ。事実上【黒の結社】の過激派は組織の体をなさなず壊滅したと見て良い。現在逃げている少数が地下に潜り純化して、より原理主義的な危険なテロリストになる可能性もあるが、もはや主権国家を転覆させるような大それた事をやる力はあるまい。じゃが、【黒の結社】の穏健派はどうなる?連中も【魔人】や【悪霊】を信仰対象にしておるが、法を守って暮らしているなら基本的には人畜無害じゃ。我は【黒の結社】の過激派は反社会勢力として厳しい措置を講じる必要があると思うが、【黒の結社】の穏健派に関しては一定程度の便宜を図ってやる必要があると思うのじゃ。【黒の結社】の穏健派は、過激派の犯罪性向により世界から一緒くたに白い目で見られておるが、あの者達は存在しない偽神を信仰しているだけで何も悪い事はしておらぬ。偏見や差別や迫害を受ける謂れはないのじゃ。コミュニティの中の一部の不届き者達の所為で、コミュニティ全体が排除されるのは気の毒じゃ」
「まあ、そうですね……」
私には関係ありませんけれどね。
「そこでじゃ。セントラル大陸にいる【黒の結社】の穏健派で【魔人】信仰を改宗や棄教する事が出来ぬ者達については、偏見や差別をされない然るべき場所に移民させてやってはどうじゃろうか?例えば【黒の結社】が信仰対象とする【魔人】が沢山住んでいる場所とかなら、【黒の結社】の穏健派も喜んで移民するのではないか?現在アルフォンシーナの特使を派遣して【黒の結社】の穏健派を代表する者らと非公式に接触しておるが、あちらも……前向きに検討する……と言っておるのじゃ」
然るべき場所?
まさか……。
「ソフィア。もしかして【黒の結社】の穏健派信者達を【魔界】に移民させようとしていますか?あなたは【魔界】を流刑地やスクラップ置き場か何かだと勘違いしているのかもしれませんが、誤解してもらっては困ります。【魔界】……つまり、北米サーバーは今は荒廃して文明が半ば滅びていますが、プログラミング・チームという1セクションのチーフだった私が、【創造主】からの業務命令で初めてディレクターとしてコンセプト・デザインから携わり細部まで拘って心血を注いで創り上げたプロジェクトなのです。その北米サーバー(【魔界】)を罪人や反社会勢力や社会不適合者の掃き溜めのように考えてもらっては心外です。私は北米サーバーを最高の【マップ】に再建するつもりですからね。そもそも違法行為に関与していない【黒の結社】の穏健派信者を、手に余るから他所の場所に追い払おうという、あなたの了見が気に入りません。自分を信仰しないから、厄介払いをするつもりですか?あなたも……管轄領域の人種を守る……という守護竜の矜恃があるなら、責任を持って自分の管轄領域の民の面倒を看て下さい」
「あ、いや……後半の部分は全くもってノヒトの言う通りじゃ。これは見ようによっては守護竜として自分の民の庇護を放棄したような形じゃから非難されても何も言い訳は出来ぬ。じゃが、前半部分はノヒトは盛大な勘違いをしておる。我はセントラル大陸にいる【黒の結社】の穏健派を【魔界】に送ろうとは考えておらぬ。我が【黒の結社】の穏健派を移民させようと考えているのは、ノートめが庇護する【クレオール王国】じゃ。それも【黒の結社】の穏健派全員という訳でなく、【黒の結社】の穏健派の中でも【魔人】や【悪霊】などへの誤った信仰から、【創造主】や守護竜などへの正しい信仰に改宗するか、あるいは【世界の理】で認められた多神信仰原則に基づいて両者への信仰を並立出来ぬ一部の信者だけじゃ。おそらく、そういう者は、多くても数十世帯だけじゃろう。【クレオール王国】には庇護者のノートと、筆頭従者のルナなどの強大な力を持つ【魔人】がおるのじゃ。【黒の結社】の穏健派にとっても【クレオール王国】は連中が信仰対象とする【魔人】が君臨しておる国なのじゃから悪くない新天地じゃと思う。そして、これは【クレオール王国】のあるウエスト大陸の守護竜たるリントの了解も得ておるのじゃ。リントは……法律などを破っている訳ではない【黒の結社】の穏健派であれば移民として受け入れても構わない……そうじゃ。ウエスト大陸は色々と大変じゃから、義務教育と識字率が、ほぼ100%のセントラル大陸からの移民であれば歓迎するそうじゃ。そうでなければ、このような守護竜として恥になる話は持ち出さぬ」
あ、そう。
「ソフィアとリントで話がついているなら、私に意見を訊く必要などありませんよ。お好きにどうぞ」
「良いのか?」
「はい。セントラル大陸の事は【神竜】が、ウエスト大陸の事は【リントヴルム】が決めれば良いのですよ。【黒の結社】の穏健派が【世界の理】を守るなら私には管轄外の話です」
「じゃが、ノートめはノヒトの身内なのじゃろう?じゃから、一応ノヒトに筋を通しておこうと考えたのじゃ」
「身内的な何かです」
まあ、元同一自我ですけれどね。
「つまり、ノヒトはセントラル大陸にいる【黒の結社】の穏健派信者の中で、連中が持つ【魔人】や【悪霊】への信仰と、【創造主】や守護竜への信仰との折り合いを付けられぬ者を【クレオール王国】に移民させる事に同意してくれるのじゃな?」
「同意ではなく傍観です。つまり私は特別何もしません」
「ぬぐっ……同意してもらわねば困るのじゃ」
「何故ですか?」
「アルフォンシーナから外交ルートを通じてスライマーナの所に移民を受け入れてもらうよう打診をしたが拒否されたのじゃ」
「当事国に断られたなら致し方ないですね」
「じゃからノヒトに説得してもらえぬかと?」
「私には関係ありませんよ」
「いや、まあ、そう言わず。これは【クレオール王国】にとっても悪い話ではあるまい?彼の国の民は【ガレリア共和国】や【イスプリカ】で奴隷として使役されていた人種を、ノートが率いる陣営が解放して庇護を与えて自国民として受け入れた者ばかりじゃ。元奴隷じゃから、識字率や簡単な計算も出来ない者が大半らしい。スライマーナは……人がいなくて役所の事務処理すら回らない……と嘆いていたそうじゃ。であるなら、纏まった人数の一定水準の教育を受けた移民を受け入れるのは【クレオール王国】にもメリットがある話じゃ」
「でも、スライマーナ女王には断られたのですよね?」
「じゃから、スライマーナの上席者のノートの身内のノヒトに説得を頼んでおるのじゃ」
「アルフォンシーナさんが動いてダメなら、私が説得しても同じですよ。この件はソフィアから移民達の受け入れをお願いをする立場なのですから、ソフィアの代わりに私が交渉に臨むなら、ゲームマスターとして脅しながら無理矢理ソフィアの希望を捻じ込むような真似は出来ませんからね」
「むむ〜……」
「そもそもスライマーナ女王は何故移民を拒否しているのですか?ソフィアさんの話を聴く限り、確かに【クレオール王国】には利がある提案に思えます。【クレオール王国】は、纏まった人数で不足している行政のタスクを熟せる人材が確保出来て、ソフィアさんやアルフォンシーナ大神官に……貸し……が作れて、尚且つ【魔人】であるノートさんが君臨する【クレオール王国】なら、移民した【黒の結社】の穏健派信者も信仰心を背景にした絶大な忠誠を尽くしてくれると推定出来ます。利害を計算すれば断る理由が良くわかりません」
カプタ(ミネルヴァ)が言いました。
「それが、ノートめが……宗教絡みは面倒だから嫌だ……と言って、それを踏まえてスライマーナが拒否したらしいのじゃ。リントからも頼んだがダメじゃった」
ソフィアが説明します。
ああ、ノート・エインヘリヤルは私の元同一自我ですから、私と同じ事を考えても不思議ではありません。
確かに宗教絡みは面倒ですからね。
「う〜ん、要領を得ませんね……。私には、ソフィアの話のそもそもの部分が良くわかりません。ソフィアは先程……セントラル大陸に暮らす【黒の結社】の穏健派は、偽神、つまり【魔人】や【悪霊】を信仰しているだけで何も悪い事はしていないのだから、周囲から偏見や差別や迫害を受ける謂れはなく、コミュニティの中の一部の不届き者、つまり【黒の結社】の過激派の所為で、比較的まともな【黒の結社】の穏健派まで社会から排除されるのは気の毒だ……と言いました。それは私も同感です。であるならば、ソフィアが君臨するセントラル大陸で、ソフィア自身が【黒の結社】の穏健派の人権を保護すれば良いのでは?わざわざノートのところの【クレオール王国】に移民させる理由としては、整合性がないと思います」
「それは、さっき説明したじゃろう?【黒の結社】の穏健派は、過激派の所為で世界から一緒くたに白い目で見られておって気の毒だからじゃ」
「それはセントラル大陸の守護竜であるソフィアが、罪なき【黒の結社】の穏健派の側に立ち、謂れのない偏見や差別をしている側の大衆に対して……差別をやめろ……と一喝すれば良いだけでしょう?偏見や差別の被害者を移民させて、偏見や差別をしている加害者が現状維持では、ソフィアは事実上、偏見や差別をしている好まれざる大衆に追認を与えた形になり、世界に誤ったメッセージを与える事になりますよ。【神竜】は無辜なる民を守らずに、差別主義者の肩を持った……と。私なら、そう思います」
「ぐぬっ……」
「ソフィア様。御本心をお伝えになってはどうでしょう?【調停者の首座】たるノヒト様には到底隠し事は出来ません」
今まで黙っていたオラクルがソフィアに言いました。
「……止むを得ん。ノヒトよ、これから話す事は、我から聴いたのではなく、ノヒトらゲームマスター本部が独自に調査して知った体裁にしてもらいたい。いや、そうしてもらわなければ困る。良いか?」
「内容によります。【世界の理】に反するような約束は出来ません」
「問題ない。【世界の理】に反する事ではない」
「ならば……ゲームマスター本部が独自に調べて知り得た話……として聞きましょう」
「うむ。これはノヒトが嫌う生臭い政治絡みの案件じゃ。我が本来庇護する必要があるセントラル大陸の民たる【黒の結社】の穏健派を他国に移民させようとしている理由は……政治取引……じゃ。先日我が【竜都】で起きた件の少女誘拐殺人未遂事件を阻止した経緯で、【ドラゴニーア】を始めとする各国政府は初めて……【黒の結社】の過激派……という者達が世界の裏で暗躍している事に気が付いた。それから各国の司法当局は、ノヒトとトリニティの捜査協力もあって、【黒の結社】の過激派が計画しておった複数の犯罪やテロや謀略を未然に防ぐ事も出来た。しかし、あの一斉摘発が大成功した理由は、とある協力者達からの情報提供もあっての事だったのじゃ。え〜と、オラクルよ、あのタレコミがあったのは、いつの話じゃったか?」
「最初に協力者が【竜城】に情報提供をしたのは、トリニティ様が【竜都】に潜伏していた【黒の結社】の過激派を逮捕・拘束なさった日の翌日……10月18日でございます」
オラクルが言います。
「そうじゃったのう……」
ソフィアは頷きました。
「その協力者なる情報提供者が【黒の結社】の穏健派ですか?」
「良くわかったな?やはり、ノヒトには隠し事は出来ぬか……」
「話の流れから誰でもわかりますよ。続けて下さい」
「うむ。ここからの話は多少ややこしいのじゃが……。オラクル、後は其方から説明してくれぬか?」
ソフィアはオラクルに依頼します。
「畏まりました」
オラクルは頷きました。
おいおい……。
クライム・サスペンスなら物語の佳境とも言える謎解き回だというのに……。
このホームズはワトソンに説明を丸投げにするとは……まったく、酷いポンコツ探偵ですね。
お読み頂き、ありがとうございます。
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【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
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