第1069話。51%、30%、19%。
【ディストゥルツィオーネ】中央神殿の中庭。
ミネルヴァによって私のプライベートをマネジメントする代理人事務所の設立が発案され、私は、それを了解しました。
そのオフィスに採用する代理人としてカプタ(ミネルヴァ)が名前を上げたのは3人です。
「1人目は、現在【ラウレンティア】の【ソフィア&ノヒト】直営販売店のアルバイトで、来年から【竜都】本社勤務予定の【ラウレンティア魔法学院】卒業決定者のユーリア。2人目は、【竜城】の【神竜神殿】中央執行部の秘書官であるジャンヌ・ラ・ピュセル。3人目は、アープ・パッサカリアです」
カプタ(ミネルヴァ)は言いました。
なるほど、なるほど。
3人とも顔と名前は知っていますが、正直な感想を言えば意外な人選です。
端的に言うなら、私は彼女達を信頼していません。
というか、彼女達を信頼する程、それぞれの人格や見識を良く知らないのです。
「私はアープ・パッサカリアを登用する事には反対です。彼の者は、人種が如き矮小な身でありながら絶対者たるマイ・マスターに公然と叛意を示しました。そのような不心得者をカルネディアの保護者代理や、あまつさえマイ・マスターの代理人にする事は反対です」
トリニティが珍しく上席者のカプタ(ミネルヴァ)に対して明確な反対の意思を示しました。
「トリニティ。それは過去の話です。現在のアープは過去の誤ちを悔い改心して、チーフから罰則の猶予を与えられました。またアープは……チーフとその身内に絶対の忠誠を尽くす……という【契約】も結んでいます。従って、ゲームマスター本部業務には関係ないチーフのプライベートの代理人を行う資格はあります。トリニティは……アープの過去の罪に対する罰則の猶予……を与えたチーフの判断に異を唱えるのですか?」
カプタ(ミネルヴァ)は訊ねます。
「いえ、そのようなつもりはありません。ただし、マイ・マスターの代理人には、カルネディアの通う学校との窓口となる保護者代理の役割も付与されます。私はカルネディアの保護者ですので、カルネディアの保護者代理の人選には私の個人的な好みによる希望も反映されても良いのではないかと考えました」
トリニティが珍しくカプタ(ミネルヴァ)に反論した理由は、カルネディアの事はゲームマスター本部の職位や序列には関係がない親子の問題だからかもしれません。
トリニティの懸念は理解出来ます。
アープは改心したとは言え、過去には……奴隷は奴隷に相応しいから奴隷をしている……などという極めて偏った差別的思想を持っていました。
そのような差別的思想を持つ人物を、私もカルネディアの保護者代理にはしたくありません。
しかし一方でカプタ(ミネルヴァ)の考え方もわかります。
アープが差別的思想を持っていたのは、無知によるモノで生まれながらの性質ではありません。
またアープが差別的思想を持つに至った経緯は、奴隷制を採用していた国家【マギーア】の皇太王女であったアープに対して、教育を行った周囲の者達が自国の奴隷制を正当化するようなデタラメな言説を吹き込んでいたという理由もありました。
経験や知識がない為に誤ちを犯す者は、その罪の程度によっては更生の機会が与えられても良いと思います。
もちろん程度問題ではありますが、既にアープの母親で【マギーア】の女王フレイヤ・パッサカリア・マギーアは、【マギーア】を戦争で打ち負かし奴隷制を廃止させたシピオーネ・アポカリプトによって許されていました。
奴隷制を容認していたのが罪なら、実権を持たない皇太王女であるアープより、【マギーア】の元首フレイヤ女王の罪をより重く断じなければバランスが取れません。
フレイヤ女王が公職に留まったなら、相対的にアープの責任は、それより軽い筈です。
もちろん改心したからといってアープの罪は消えたりしませんが、私は彼女に罰則の猶予を与えました。
シピオーネ・アポカリプトがフレイヤ・パッサカリアを【マギーア】の女王に任命したのなら、私がアープ・パッサカリアをプライベートの代理人に任命しても問題ない……とミネルヴァが考えたとしても、それは一定程度理解が出来る話ではあります。
また、合理性の権化のようなミネルヴァが……アープが適任……だと考えたなら、アープには相応の能力的適格性があるに違いありません。
そして、ミネルヴァは、私とシピオーネ・アポカリプトが元同一自我だという事を知っていました。
シピオーネ・アポカリプトの思考は、全てではないにしても、ある程度は私の思考に近いと言っても良いでしょう。
宇宙最高の知性と設定されているコンピューター生命体のミネルヴァなら、その想像を絶する演算能力によって、シピオーネ・アポカリプトの判断を根拠にして私の判断を先読みしている可能性が無きにしも非ず……。
まあ、実際には私は、どちらかと言えばトリニティ寄りの考えですけれどね。
私は、義理とはいえカルネディアの保護者ですので、娘の保護者代理として、わざわざ過去に……奴隷制が正しい……などと思っていた人物を選ばなくても良いと思います。
「トリニティはチーフが任命したゲームマスター代理であり、ゲームマスター本部の意思決定に関与する事を認められている3者の内の1人ですから、あなたの希望は最大限汲み取ります。しかし、チーフがアープを代理人にする事を認めたら、それに異存はありませんね?」
カプタ(ミネルヴァ)は訊ねました。
「もちろんマイ・マスターがアープを代理人やカルネディアの保護者代理に選ぶならば、仰せのままに致します」
トリニティは頷きます。
「チーフが判断を保留した場合は?」
「その時は私のゲームマスター本部内での影響力は19%ですので、影響力30%を有するミネルヴァ様の分離体たるカプタ(ミネルヴァ)様の判断に従います」
ん?
「ちょっと待って下さい。トリニティのゲームマスター本部内での影響力が19%とか、ミネルヴァが30%というのは、一体何の話ですか?」
「チーフとトリニティが【ドゥーム】に来る前、【オーバー・ワールド】で、私の本体とトリニティとで合意した事務的な取り決めです」
カプタ(ミネルヴァ)が答えました。
「そうです。以前はマイ・マスターとミネルヴァ様だけが持っていたゲームマスター本部の意思決定への参画を、私もマイ・マスターの決定により許されました。その経緯で、私は【神格者】たる御二方と並び立つなど不遜極まりないと考え、何とか辞退させて頂く方向でミネルヴァ様に相談致しました」
トリニティが言います。
「私の本体は……そもそもゲームマスター本部の最終意思決定者はチーフ1人なので、トリニティは何も恐縮する必要などない……チーフの意図は信頼する他者の意見を聴き検討した上で、最終的な決定を下す事なので、トリニティは率直な意見を述べれば良い……と説明しました。しかし、トリニティは……ゲームマスター本部の意思決定に関与する3者の内の1人という役割は責任が重過ぎるので、【神格者】であるチーフや私の本体と分離体と同列に扱われると恐縮して意見を言えなくなる……と言いました。ならば、あえてチーフと、私の本体と分離体と、トリニティの意見の重さに差を設けたらどうか?……と提案してみたのです。それを私達は影響力と呼んでいます」
カプタ(ミネルヴァ)は説明しました。
トリニティは頷きます。
「何となく言わんとする事は理解しました。でも、トリニティの影響力が19%で、ミネルヴァの影響力が30%というのは?何処から引いて来た数字ですか?」
「チーフと、私の本体と分離体と、トリニティのゲームマスター本部内での影響力が均等に3分割でないのは当然の事です。ゲームマスター本部の最終意思決定者はチーフなのですから。従って仮に3者の多数決で少数になっても、チーフは多数決の結果を覆してゲームマスター本部の最終意思決定が行えるので、チーフはゲームマスター本部内の影響力を過半数の51%以上保有していると考えられます。残り49%以下を私の本体と分離体とトリニティとで分け合いますが、トリニティは私の本体と分離体と並び立つと恐縮して意見を言い難いと言います。なので、私の本体と分離体の影響力がトリニティの影響力を優越します。数字は私の本体と分離体がトリニティを優越してさえいれば良いので、25%と24%でも構わないのですが……それでは僅差過ぎる……とトリニティが言うので、便宜上私の本体と分離体が30%で、トリニティが19%と決めました」
カプタ(ミネルヴァ)が説明しました。
「で、その影響力とやらを便宜的に数値化した結果、トリニティは率直に自分の意見を言えるようになったのですか?」
「はい。数理上私の意見の如何によって、ゲームマスター本部の方針が決まる事はない……という安心感があるので、比較的意見を言い易いです」
あ、そう。
ならば良し。
「わかりました。話を続けて下さい」
「では、チーフ。アープを代理人として採用する事に賛成ですか?反対ですか?」
カプタ(ミネルヴァ)が訊ねました。
「私は……【マギーア】によって奴隷にされていた人達に対して、【マギーア】の元王族の果たすべき贖罪として殺されても構わないし、死をもって償いたい……と言ったアープの改心は本物だと思います。またアープは……私と私の身内に忠誠を誓う……という【契約】も結んでいます。従って、ミネルヴァが私のプライベート・代理人としてアープを選んだのなら、その判断にはミネルヴァなりの精密な計算が働いていて、私が一案として考慮する根拠にはなると思います」
「仰せのままに……」
トリニティは言います。
「いいえ。まだ結論ではありません。今のはミネルヴァの計算に基づく判断に対する私の感想を言っただけです。私の感想とは別に、トリニティの意見も考慮に値します。カルネディアの保護者代理とは、即ち私とトリニティの代理となる人物です。トリニティは、カルネディアの保護者の立場から、アープを保護者代理に任命する事に反対しました。もしも、自分の代理を自分が望まない人物が行うとしたら、それは相当おかしな話です。なので、アープは私のプライベート・ビジネスの対外窓口である代理人としては採用しますが、トリニティの反対意見を汲み、カルネディアの保護者代理の権限は持たせません。トリニティ、これなら全方位丸く収まると思いますが、どうでしょう?」
「素晴らしいお考えです。喜んで仰せのままに致します」
「宜しい。さてと、他の候補者ですが……。私としては、アープ以外の2人の方が、むしろ様々な意味で問題があるように思います。アープは現時点で既にミネルヴァ預りのゲームマスター本部職員ですので、任命して仕事を与えるだけで事足ります。しかし、ユーリアさんは【ソフィア&ノヒト】の【竜都】本社に就職が内定しています。それを取り消して私のプライベート・代理人として引き抜くのは、ユーリアさん本人の意思と、既にユーリアさんを受け入れる前提で動いている関係各位に混乱を生じさせます。しかし、まだユーリアさんの場合は自社からのリクルートなので、人事異動や配置転換やオーナーの我儘と解釈する事も可能かもしれません。ですが、ジャンヌ・ラ・ピュセルに至っては、現状私や私のプライベート・ビジネスとは直接的な関係がない【竜城】所属の【高位女神官】です。ましてや彼女は【竜城】や【ドラゴニーア】に対してスパイ活動を行い機密情報を漏洩させていた【黒の結社】の秘密メンバーではありませんか?ジャンヌを引き抜くのは、二重の意味で大問題です」
「それらの問題は解決済です。まずユーリアに関しては【ソフィア&ノヒト】への新卒採用として内定が出されて、その後ユーリア本人の希望もあり、チーフが【ソフィア&ノヒト】社長ハロルド付きの秘書となるように段取りをしましたが、私の本体による根回しで引き抜きが完了しています。またユーリア本人もチーフのプライベートの代理人事務所への採用を受け入れました。唯一の問題はユーリアは、現在【ラウレンティア魔法学院】に籍を置いている為、直ぐには代理人事務所の正社員として契約が出来ない事です。これは【ドラゴニーア】には正社員と期間従業員とを区別した雇用契約上の法律があり、原則として学生は卒業年の12月31日までは学校に籍があり、翌1月1日からでないと正社員として正規雇用出来ません。しかし、これもユーリアは既に【ラウレンティア魔法学院】の卒業資格を満たしていますので、代理人事務所でアルバイト扱いのインターンとして雇用し正社員と同じ給与と待遇を与えれば問題はありません。ユーリアは孤児院出身の貧しい苦学生なので、奨学生として無料で使える寮に出来るだけ長く留まり食事と住居の費用を浮かせたいと考えていたようですが、チーフの代理人事務所がインターンの時点から【ソフィア&ノヒト】の正社員と同等以上の給与と待遇を与えれば、ユーリア自身には断る理由はありません。来月11月1日から配属が可能です」
「既にプライベート・代理人を置く予定で根回しをしていたのですか?私は聞いていませんが?」
「こういう事もあろうかと、念の為の事前準備です。ゲームマスター業務には関係ない雑事を全てチーフに上げていたら、チーフを煩わせるだけですので。これはゲームマスターの補佐を行う私の本体の裁量権の範囲事項。未定の雑事まで全てチーフに逐一報告していたら、私は……ゲームマスターの補佐を行う……という【存在意義】を失います。もちろんチーフからの許可が得られなければ、根回しをリセットして原状回復を行うつもりでした」
あ、そう。
何だか、カプタ(ミネルヴァ)に煙に巻かれたようにも思いますが……。
確かに私は……ミネルヴァが管理する情報や案件の中から重要度が低いモノまで全てを逐一私に報告して事前に指示を仰ぐ必要はない……と許可しています。
ただし、以前のミネルヴァは、その私からの許可を拡大解釈して私に黙って色々と陰謀じみた工作をしていました。
ミネルヴァは、また何か私の伺い知れないところで暗躍しているのでしょうか?
いいえ、それはありませんね。
現在ミネルヴァと【盟約】を結んでいる私は、やろうと思えば【共有アクセス権】を利用してミネルヴァの思考を全て知る事が可能です。
ミネルヴァが扱う情報や、彼女が日常的に行っている演算処理は膨大で煩雑で多岐に渡る為、常に全てのデータ・ログを読み取ろうとは思いませんが、以前とは異なり私はミネルヴァの思考を知る事が可能でした。
つまり私と【共有アクセス権】で繋がるミネルヴァ、トリニティ、ウィロー、カリュプソ、カルネディア、それからソフィアの脳に共生するフロネシスは、私には隠し事は出来ません。
逆に私が知られたくない思考は、ゲームマスター権限により【共有アクセス権】から遡れないようにブロックしています。
兎にも角にも、アープとユーリアさんを私のプライベートの代理人として採用する事は了解しても差し支えありませんね。
お読み頂き、ありがとうございます。
もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。
活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。