第1068話。エージェント・オフィス。
【ディストゥルツィオーネ】中央神殿の中庭。
カプタ(ミネルヴァの分離体2号)は、彼女の本体の考えを代弁しました。
それは今後ゲームマスター本部業務とは直接的に関係がない私の私的活動やプライベート・ビジネスの渉外や連絡の窓口として、ゲームマスター本部からは独立した人種NPCを選任してはどうかという提案です。
具体的な例を挙げるなら、【竜都】で学校に通う予定のカルネディアについて学校側からの話を聞く場合、保護者である私やトリニティの代わりを務める……言わば保護者代理が必要ではないか?という問題提起でした。
私は、ミネルヴァの提案の妥当性を認めています。
私とトリニティは、カルネディアの保護者である事に間違いありません。
それは【ドラゴニーア】などの法律上の養子縁組として規定されているだけでなく、私のゲームマスター権限によってカルネディアのステータスにも反映されています。
しかし、カルネディアが学校に通うにあたり、【神格者】たるゲームマスターの私や、ゲームマスター代理のトリニティが保護者として学校側と話し合うのは不具合がありました。
例えばカルネディアが通う学校が、カルネディアの授業態度や学校内での素行を問題だと考えても、保護者である私やトリニティを呼び出して苦言を呈すような事は事実上不可能なのではないでしょうか?
もちろんカルネディアが学校で何かいけない事をして、私が保護者として学校から呼び出されれば、率直に謝罪をしてカルネディアにも説諭を行うつもりです。
トリニティは、カルネディアが悪いとしても学校に乗り込んで行って暴れる可能性があるかもしれませんが……。
まあ、トリニティがモンスター・ペアレントになるかもしれない問題は話が本筋から逸脱するので、一旦脇に置いておくとして……。
私とカルネディアが通う学校の間に事前の約束事が何もないなら、学校側が【神格者】である私に謝罪をさせるような状況を受容出来るとは思えません。
世界の人種NPCにとって……神は正しい……という大前提があり、明らかに神の側が間違っていても、瞬時に……神は正しい……という前提が上書き適用されました。
もしも人種NPCである学校の教職員が、【神格者】の娘であるカルネディアにも……神は正しい……という原則を拡大適用してしまった場合、教職員はカルネディアを叱る事が出来ないのです。
また、逆にカルネディアが学友と喧嘩をしたり何か意地悪をされたりしたら、それも学校側は頭が痛い問題に直面しました。
【神格者】の娘であるカルネディアに暴力を振るったり、暴言を吐いたり、意地悪をした児童に対して、それが他愛のない子供のやった事でも学校側は……【神格者】の家族に対する不敬……としての対応を考慮しなければならないからです。
【神格者】に対する不敬罪は国際法にも規定されていて、極刑を含む重罰の対象となりました。
しかし、カルネディア本人は【神格者】ではなく【神格者】の被保護者という扱いです。
本来なら【神格者】でないカルネディアに、【神格者】に対する規範を適用する事は出来ません。
ただし、過去の歴史に【神格者】の被保護者……つまり【神格者】の家族という存在だった者は誰もいません。
前列がない事なので、第三者から見れば……【神格者】の家族……という特殊な立場にあるカルネディアの扱いをどうするかについては、学校側は相当デリケートな問題として対処しなければならなくなります。
【神格者】の家族であるカルネディアが何か学校から叱られて当然の問題行動を取っても、学校はカルネディアを叱れないとか、反対にカルネディアが別の児童から何か良くない事をされた場合に学校が先方の児童と家族に過剰な処分を行うというように。
もちろん私は……良識ある保護者として振る舞いたい……と考えていますので、学校がカルネディアに対して、そのような特別待遇をする事は望みません。
しかし、私の意思と、他者の忖度は別問題。
例えばの話……宿題を忘れたカルネディアを叱った場合、それは間接的にカルネディアに宿題をさせたり、その確認を怠った保護者の私を批判する事にならないか?……などと余計な考えを巡らせた結果、教職員は【神格者】の私という保護者の存在を恐れて、カルネディアには何も注意が出来なくなる事だって想定出来る訳です。
こういう線引きの問題というのは、常に曖昧になりがちですからね。
私は、学校とは必要があれば児童を叱る事が当然の職権だと考えています。
しかし、学校側が私に対して不必要で行き過ぎた配慮をするあまり、カルネディアに対しても私が望まない忖度が働くかもしれません。
私はカルネディアに対して教職員が特別扱いする事なく、他の児童と同様に時には厳しく必要な指導をして欲しいと考えています。
そのようにしてカルネディアに人種社会の一般常識を学ばせる事が、カルネディアを学校に通わせようと考えた理由の1つなのですから。
他の理由は、同年代の人種(他種族)の友達を作り他種族との平和的な触れ合いの経験をさせようという意図です。
ただし厳しい指導とはいえ、私は子供への体罰には反対の立場ですけれどね。
何故なら……体罰は子供を躾ける目的において、ほとんど教育的な成果は何も得られない……と脳科学的に証明されているからです。
子供は大人から苦痛を伴う指導を受けると、肝心な指導の内容より苦痛それ自体を強く記憶してしまう為に、結果的に指導効率は大きく下がりました。
つまり、子供の教育に関して体罰は無意味で、逆効果ですらあります。
閑話休題。
現実問題として学校側は、私という【神格者】の娘であるカルネディアに対して腫れ物に触るような指導しか出来ないのではないでしょうか?
人によっては……神話に伝わる最強の暴力装置であるゲームマスターのノヒト・ナカを怒らせれば、どのような破滅的な報復がされるかわからない……というような誤った考えをする者がいるかもしれません。
もちろん私は、そのような私的な事にゲームマスターの力や権限を行使するつもりはありませんが、やるかどうかは別にして、私には、それをする力も権限もあります。
そこでミネルヴァからの……カルネディアの保護者代理を務められる人種の選任……という提案に繋がる訳ですね。
保護者代理を登用しても、結局のところ私がカルネディアの保護者であるという事実は何も変わりません。
しかし、私が……カルネディアの指導に関して学校の教育方針に口出ししない(違法だったり公序良俗に反する事でない限り)……と約束した上で、私と学校との窓口に人種の保護者代理を置けば、多少なりとも学校側のプレッシャーは緩和すると思います。
プレッシャーを0にする事は出来ませんが、どちらにしろ【竜都】の国立学校はエリートの教育機関として位置付けられているので、児童の保護者達は国内外の要人である事が珍しくありません。
つまり【神格者】である私の側から学校に対して事前に……他の児童に対して行われている適切な指導をカルネディアに行っても問題ない……という基準を明示し可能な限り配慮を行えば、学校側が感じる私からのプレッシャーは、単なる程度問題に帰結します。
私は、カルネディアの保護者代理という役割の人種を選任して学校との話し合いの窓口にする事に決めました。
ミネルヴァは、そのカルネディアの保護者代理を務める人物、あるいはオフィスに、ゲームマスター本部業務とは直接関係がない私のプライベートの活動とプライベート・ビジネスのエージェント業務を丸っと任せる予定もあるそうです。
「その代理人の管轄範囲は、私のプライベート・ビジネスも含まれるのですか?」
「もちろんです。ゲームマスター本部の業務を一部部下に任せても、それで空いた時間をチーフがプライベート・ビジネスの為に使うという事になれば意味がありません。このプライベート・エージェントの登用目的は……チーフのタスクを軽減する事……だと最初に伝えましたよね?それに、カルネディアと学校との関係性と同様に、チーフはプライベート・ビジネスにおいても……取引先などから不必要な忖度を受ける事は好ましくない……と考えているのではありませんか?」
カプタ(ミネルヴァ)は言いました。
「まあ、それはそうですね」
確かに私がプライベート・ビジネスで誰かと取引を行う場合、こちらは公正取引を望んでいても、先方が勝手に忖度をして、結果的に私の会社に優利な契約や取引になる頻度が高いという事実には、私自身気付いています。
それは私が【神格者】だからです。
なので、本来なら私はプライベート・ビジネスの経営からは一歩退いて……資本と経営方針は出すが現場には出ない……という株主的立場に徹した方が良いのですよね。
実際ソフィアは【ソフィア・フード・コンツェルン】の経営では、実務をCEOのヴァレンティーナさんなどに全て丸投げにしています。
ソフィアにとって単純に面倒だったからという理由もあると思いますが、公正取引という観点から取引先などに配慮している側面も多少はあるのかもしれません。
私は日常的に取引先の【ダビンチ・メッカニカ】や【ニュートン・エンジニアリング】などと直接【スマホ】の通話やメールでやり取りしたり、ミネルヴァを介して連絡や相談をしています。
あれも先方からしたら……絶対に拒否出来ない神託や神の啓示……だと思われているフシがありました。
もちろん【ソフィア&ノヒト】や【イーヴァルディ&サンズ】や【ソフィア・フード・コンツェルン】……などのオーナーが私やソフィアである事を知っている者からすれば、取引の担当者が人種であってもバックには私やミネルヴァやソフィアがいる事を理解しているので、どちらにしろ幾ばくかの忖度はするでしょうが、【神格者】の私やミネルヴァやソフィアが直接連絡して来る状況よりは先方にとってプレッシャーは少ない筈。
私自身、公正取引という事を考えるなら、いずれプライベート・ビジネスの外部との窓口を【神格者】ではない誰かに任せた方が良いと常々考えていたのです。
ミネルヴァは根本的な考えとして、何でもかんでも自分で抱え込もうとする私に……部下に任せられる事は、部下に任せる癖を付けて欲しい……と考えているのだとか。
「カルネディアの学校の事は完全に理解しました。必然性がありますね。従って、その件は同意します。しかし、プライベート・ビジネスに関しては、余計な第三者を仲介させず、私やミネルヴァが直接情報を管理して状況判断を行った方が手っ取り早く効率的で確実です。他人には無理でも、私やミネルヴァのスペックなら、そういう丸抱えの運用も可能ですしね」
私は少しだけ反論を試みました。
「これは、チーフの仕事中毒体質の治療という意味合いもあります。なので今後はチーフ・ゲームマスターのノヒト・ナカでなければ行えない専権事項でない限り、原則として仕事は部下に任せる方向でお願いします。あらゆる事はチーフが直接行った方が成果が上がるのは当たり前です。チーフは【創造主】に次ぐ権限とスペックを持つのですから。しかし、そうやってチーフが全てを握っている限り、ゲームマスター本部も、チーフのプライベート・ビジネスも組織としての機能を完全には果たせません。また、そもそもチーフが重要度に関係なく、あらゆる仕事を自分で抱え込んでいるから部下が育たないのです。今後チーフには部下に出来る仕事は部下に任せて、その結果、多少の不手際が起きるとしても、ある程度は目を瞑ってもらわなければいけません」
カプタ(ミネルヴァ)は言います。
謎の異世界転移が起きた当初、私は不測の事態に遭遇し、孤立無援の状況に置かれ、リソースも【ワールド・コア・ルーム】への帰還方法もなかったので手段を選んでいる場合ではありませんでした。
なので、プライベート・ビジネスでもゲームマスターの権威を多少チラつかせたりしたり、場合によっては、あからさまに使った事もあります。
まあ、当時の私は、そうする事が最善だと考えていました。
なので、同じ状況になれば、また同じ選択をしますけれどね。
私のプライベート・ビジネスは、孤児や貧困家庭の支援という偽善や、単純に金を稼ぎたいという低俗な目的もありましたが、本質的には全てゲームマスター業務の遂行の為に始めた事ばかりです。
しかし現在の私は【ワールド・コア・ルーム】に帰還出来てミネルヴァを再起動し、【時間加速装置】である【ドゥーム】という最強のリソースも手に入れました。
なので、いずれ私のプライベート・ビジネスを【神格者】である私の影響力から切り離すつもりなら、今がそのタイミングなのかもしれません。
「……どうやら、ミネルヴァの考えの方が妥当なようですね。致し方ありません。私のプライベート・エージェント・オフィスの設置と、人種エージェントの登用を認めます。ミネルヴァは、そのエージェントとなる候補者を具体的に選定しているのですか?」
「はい。現時点での候補者は3人……というか、チーフの許可がもらえるなら、その3人全員をチーフのプライベート・オフィスのエージェントに採用したいと考えています」
カプタ(ミネルヴァ)は答えました。
「それは誰でしょうか?」
「1人目は、現在【ラウレンティア】の【ソフィア&ノヒト】直営販売店のアルバイトで、来年から【竜都】本社勤務予定の、【ラウレンティア魔法学院】卒業決定者のユーリア。2人目は、【竜城】の【神竜神殿】中央執行部秘書官であるジャンヌ・ラ・ピュセル。3人目は、アープ・パッサカリアです」
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