第1061話。報道の自由って何?
【ロヴィーナ】の公営酒場。
私とカプタ(ミネルヴァ)は酒場のカウンターで話し込んでいました。
酒場には、私達の他にも何組かのお客がいます。
彼らは、私とカプタ(ミネルヴァ)の事を遠巻きにチラ見しながら会話に聴き耳を立てていました。
カプタ(ミネルヴァ)配下の【ドゥーム】のNPC達にとって、カプタ(ミネルヴァ)は絶対者として彼らの上に君臨する庇護者であり神です。
その【ドゥーム】の神たるカプタ(ミネルヴァ)が【ドゥーム】の陣営に与する者達に日頃から繰り返し教化・薫陶して来たのが……私の存在でした。
「チーフ・ゲームマスターたるノヒト・ナカに忠誠を誓い【世界の理】を守る者には庇護を与えます。ノヒト・ナカに服従しないとしても、敵意や害意を向けず、【世界の理】を守ると【契約】するならば中立の立場を取る事を認めましょう。ノヒト・ナカ及びゲームマスター本部に敵対したり、【世界の理】に反するなら容赦なく叩き潰します」
カプタ(ミネルヴァ)は【ドゥーム】の全知的生命体へ向けて公に宣言していたのです。
つまり【ドゥーム】の神たるカプタ(ミネルヴァ)の更に上席に存在する上位神が私という事。
私と会った事がなくても、【ドゥーム】の知的生命体でチーフ・ゲームマスターという存在を知らない者は皆無でした。
なので、この公営酒場にいる者達は、私とカプタ(ミネルヴァ)が会話していれば、思わず聴き耳を立てずにはいられないのでしょう。
まあ、私とカプタ(ミネルヴァ)が音声で会話をしている内容は聞かれても問題ないモノですけれどね。
もしも誰かに聞かれて困るような類の話をするなら、私達は【念話】でやり取りしますので。
「カプタ(ミネルヴァ)。単純な好奇心として訪ねますが、あなたは政治……つまり、【ドラゴニーア】などのミクロ政治に関心があるのですか?」
政治という言葉を分類する際に、国家統治や政治制度や国際関係などをマクロ政治学などと表します。
マクロ政治学は、人権や軍事や安全保障など世界全体に影響を及ぼす事柄を含む為に、ゲームマスター本部としても多少関係があり……某国家が奴隷制を採用している……だとか……某国家が無差別大量破壊兵器を開発している……などという場合には介入して是正しなければならない分野でした。
対して個人の政治行動などはミクロ政治学です。
選挙などはミクロ政治学に分類されていました。
ミクロ政治学の分野は……一党一派一国には与しない……というゲームマスターの遵守条項により基本的にゲームマスター本部は介入しません。
もちろん選挙に出馬した候補者や政党が……奴隷制を採用する……などのゲームマスター本部として看過出来ない【世界の理】に反する公約を掲げている場合は、当該の候補者や政党を、私やゲームマスター本部が潰してしまう事はありますけれどね。
基本的に先程カプタ(ミネルヴァ)が私に報告したような……次の【ドラゴニーア】の選挙で、どの政党が勝つか……などという類の話は、本来ミクロ政治学の範疇なので、ゲームマスター本部の業務範囲外でした。
私は、カプタ(ミネルヴァ)がNPC国家の選挙などの話題を持ち出した事に疑問を感じたのです。
元来私は政治には全く興味がありませんし、自分の周囲に政治が絡む事も好みません。
時々、職場(日本のゲーム会社)で……今度の選挙では〇〇党を宜しく……などという話題が出る事もありましたが、少なくとも私の部署では……政治と宗教とマルチ商法への勧誘は禁止……にしていたのです。
とはいえ私は毎回律儀に投票をしていました。
別に政治に興味があって一票を投じていた訳ではありません。
私は現状に満足していたので、常に現状維持に投票していたのです。
もちろん私も母国である日本が非の打ち所がない完璧な国だなどとは考えていません。
しかし、こういうモノは程度問題でした。
一般論として……母国が他国と比べてどうか?……というシンプルな視点に立って考えてみれば、現状を変更した場合には母国が他国のような国になる可能性がある訳です。
私は……母国から外国に帰化して、外国で一生暮らしたい……とは思いません。
つまり、それは翻って……現在の母国に対する是認……に他ならないと思います。
是認している母国の国体や政府を敢えて現状変更する必要はありません。
様々な問題や改善点はあったとしても、現在の政府や議会の対応で事足りるなら、彼らに頑張ってもらえば良いのです。
所属する国家が自由主義と民主主義を担保しているならば、現在の政府や議会が有権者の期待に応えないなら、次の選挙で再び民意を示せますしね。
そもそも論として、自由と民主主義を採用するなら、全ての国民が満足する法律や制度など存在しないのですから……。
つまりは私が言う程度問題とは、そういう意味です。
また現状に何か不満があるなら、私個人の場合に限って言えば、政府を変えるより自分の努力と才覚に頼る方が問題解決の為には、より手っ取り早いですからね。
政府や国家を変える必要がある場合とは、自分が能力の及ぶ限り懸命に努力しても尚生存権を脅かされる(健康で文化的な最低限度の生活すら営めない)ような酷い状況を指すのだと考えます。
もちろん、私が概ね満足している国の現状にありながら、一方では同じ条件の下、健康で文化的な最低限度の生活を送れない人達も当然いるという事は想像に難くありません。
しかし民主主義とは、身も蓋もなく言えば多数決です。
多数決の結果、少数に甘んじる人達は気の毒ですが、それは致し方ない自由主義と民主主義の欠点でした。
ただし現代地球では、未だ自由主義や民主主義より多くの大衆から支持される政治システムは発明されていません。
それを発明する役割は、私のような凡人ではなく天才に任せます。
「私も【ドラゴニーア】の選挙結果について特段の興味はありません。ただしチーフがソフィアさんに要請したり、アルフォンシーナ・ロマリアに指示して【ドラゴニーア】で関連法規が制定されたり、予算執行が約束された様々な事柄については着実な履行をしてもらわなければいけません。そういう意味で、【ドラゴニーア】の政府や議会がチーフとの約束を破るような勢力が多数派になる可能性は歓迎出来ません」
カプタ(ミネルヴァ)は言いました。
「なるほど。それはそうですね」
まあ、仮に【ドラゴニーア】がゲームマスター本部に敵対する国に変わって、公然と【世界の理】を破るようなら、私がゲームマスターとして取り締まれば良いだけの話ですけれどね。
しかし、私が暴力装置として働かなければならない状況は面倒なので、各国政府がゲームマスター本部の指示に従い意向を汲み取ってくれる穏当な体制である方が、私やミネルヴァにとって好ましい事は言うまでもありません。
「また【ドラゴニーア】の政治状況に関しては、チーフが置いた布石も機能し始めていますので、そういう意味で報告をしました」
カプタ(ミネルヴァ)は言いました。
「私が置いた布石?私は何をしましたっけ?」
「現在【ドラゴニーア】では報道機関の創設が相次いでいるようです」
「ああ、アレですか……。まあ、権力の監視という意味の報道機関はあっても差し支えないでしょう。私達の監視業務の一部を報道機関に肩代わりさせられますので」
この世界には最近まで、報道機関という位置付けのマスメディアは存在しなかったのです。
私は異世界転移後に世界初のニュース通信社である……【ドラゴニーア・ニュース】社……を設立しました。
【ドラゴニーア・ニュース】は自社でニュース・ソースを世界中に発信するだけでなく、運営ノウハウを全て無償公開して同業他社の参入を促しています。
これにより、今まではエンターテインメント業態しか存在しなかった世界内のマスメディアに、報道機関という新しい概念が生まれました。
私は報道機関の在り方についてゲームマスター本部としての公式見解を世界に向けて広く示したのです。
それは……報道機関は公正・中立で、如何なる場合も事実のみを伝えなければならない。国家は報道機関に対して如何なる影響力も及ぼしてはならない……という事。
つまり、世界内の報道機関は、各国政府から完全に独立性が担保されているので、各ギルドのようなモノになっています。
私の公式見解とは世界内の全知的生命体にとって……神の啓示……に他なりません。
私の公式見解を受けて、【ドラゴニーア】などの先進主要各国は……報道に関連する法律……を制定しました。
この法律は、報道機関の独立性を国家権力による介入から守るだけでなく、反対に報道機関にニュース・ソースの恣意的な編集権を認めていない点で、報道機関が事実におかしな角度を付けて歪曲したり、そもそも虚偽を流布して大衆扇動が出来ない点で、現代地球の報道よりも更に公式・中立に重きが置かれています。
報道の自由とは……事実をありのまま伝える自由……であって、決して……報道機関が自分達に都合の良い報道をする自由……などではありませんからね。
「チーフ。グレモリーさんが、キトリー・ジェンティーレの実家【ジェンティーレ・マッキナーリ・ディ・プレジシオーネ】社と、ルフィナ・シンチェーロの実家【シンチェーロ財閥】と業務提携を行い、自家用【乗り物】と【マジック・ソリッド】の特許を無償で使用する許諾を与えたのはご存知ですか?」
カプタ(ミネルヴァ)は訊ねました。
ルフィナ・シンチェーロはペネロペさんがリーダーを務める【月虹】のサブ・リーダーで、キトリー・ジェンティーレは同じく【月虹】の代理人です。
「寿司会の時に、グレモリーとキトリーさん達が話をしていたのは知っています」
「グレモリーさんは何を考えているのでしょうか?自家用【乗り物】も【マジック・ソリッド】も莫大な利益を生む独占技術です。それを無償で使用させてしまうなど、ビジネスとしては悪手に思えます」
「グレモリーの考えは何となくわかります。確かに、自家用【乗り物】と【マジック・ソリッド】の特許を独占すれば、グレモリーは利益を独占出来ます。しかし仮に利益を独占しても、自家用【乗り物】と【マジック・ソリッド】が普及しなければ、母数は増えずグレモリーの利益の総額も頭打ちです。個別の特許が守られるのは僅か50年だけ。その間に自家用【乗り物】と【マジック・ソリッド】が世界に普及しなければ、結局のところグレモリーの儲けは減少します。自家用【乗り物】を普及させるには道路インフラが必要で、【マジック・ソリッド】を普及させるには補給ステーションなど流通インフラが必要です。それを一民間企業であるグレモリーの会社だけで行うのは負担が大き過ぎるのです。自家用【乗り物】と【マジック・ソリッド】の普及は、交通や流通の発展、または新たなエネルギー資源の供給という意味から各国にとっても将来的な国益となるので、各国政府を巻き込んで投資と公共事業によるインフラ整備をしてもらえば良いのですが、グレモリーは【シエーロ】国民で自家用【乗り物】と【マジック・ソリッド】の特許を保有する企業は【ブリリア王国】の【サンタ・グレモリア】にあります。つまり【ドラゴニーア】などにとっては外国資本。もしかしたら【ドラゴニーア】元老院はグレモリーが自家用【乗り物】と【マジック・ソリッド】の特許を独占している事で、自国の富が海外に流出する事を懸念して、【ドラゴニーア】国内の関連インフラの整備に予算を付ける事を躊躇するかもしれません。何故ならグレモリーの特許は50年経てば失われて、以降は誰でも特許技術を自由に使えるようになるのですから。であるならば、グレモリーが特許を独占するより、特許を各国の企業に公開して収益の総数を増やした方が得だと考えたのでしょう。日本には……損して得取れ……という格言もありますしね」
「なるほど。【ジェンティーレ・マッキナーリ・ディ・プレジシオーネ】社も【シンチェーロ財閥】も【ドラゴニーア】の企業です。両社が自家用【乗り物】と【マジック・ソリッド】の特許を無償で使えるならば、その利益は法人税として【ドラゴニーア】に還元され、雇用やGDPという形で国の利益に跳ね返って来ます。これなら【ドラゴニーア】の元老院が自家用【乗り物】と【マジック・ソリッド】関連のインフラ整備に国家予算を投入して公共事業を行う意味があります」
「今後グレモリーは順次【ドラゴニーア】だけでなく各国の望ましい企業に自家用【乗り物】と【マジック・ソリッド】の特許を公開して行く計画のようです」
「深遠なる先見性……。さすがグレモリーさんは、チーフの元同一自我だけの事はありますね」
カプタ(ミネルヴァ)は感嘆しました。
「おそらく、銀行ギルド出身で現在はグレモリーの参謀をしているピオさん辺りからの助言ではないでしょうか?」
「だとしても、部下の助言を柔軟に取り入れられる度量が大したモノです」
カプタ(ミネルヴァ)は……感心頻り……という様子で何度も頷いています。
ミネルヴァのグレモリー・グリモワール(私)に対する評価は、いつも過大な気がしますね。
それは翻って、グレモリー・グリモワール(私)に対する期待も過大になるという事なので、前述の通り本質的に凡人でしかない私としては結構なプレッシャーなのですが……。
「さてと、トリニティが起床したようです。時間ですね。ボチボチ、ソフィア達も起き出してくる頃でしょう。【ドゥーム】の視察を再開しましょうか?」
私はカプタ(ミネルヴァ)からの手放しの称賛に居た堪れなくなって言いました。
「はい」
カプタ(ミネルヴァ)は頷きます。
私とカプタ(ミネルヴァ)は会計を済ませて公営酒場を後にしました。
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