第1060話。神様に選挙権はありません。
【ロヴィーナ】の公営酒場。
「チーフ。本体のサーベイランスによって、アルフォンシーナ・ロマリアとディーテ・エクセルシオールが【スカアハ訓練所】に息の掛かった者を潜入させている事がわかりました。アルフォンシーナ・ロマリアもディーテ・エクセルシオールも【スカアハ訓練所】に【ノヴス・オルド・セクロールム】のメンバーが浸透している情報を掴み、それぞれが独自に調べていたようです。アルフォンシーナ・ロマリアとディーテ・エクセルシオールから話を聴けばジョヴァンニ・カンパネルラ関連の追加情報が何か得られるかもしれません」
カプタ(ミネルヴァ)が報告しました。
「息の掛かった者……つまりスパイですね?アルフォンシーナさんからもディーテさんからも、そのような報告は受けていなかったのですが?」
【ストーリア】の超大国である【ドラゴニーア】と、同じく北方の雄である【ユグドラシル連邦】の盟主【エルフヘイム】は、世界中にスパイ・エージェントを送り込んで諜報網を張り巡らせています。
【ドラゴニーア】や【エルフヘイム】にとっては、既存の国際秩序を破壊しようと目論む要監視組織である【ノヴス・オルド・セクロールム】を調べる事は安全保障上当然の事なので、それ自体は驚くような事ではありません。
アルフォンシーナさんもディーテ・エクセルシオールも、私達が【スカアハ訓練所】を視察する予定である事は知っていました。
しかし、私は事前に2人から……【スカアハ訓練所】にスパイを送り込んでいる……というような話は何も聞かされていません。
情報の隠蔽?
いいえ、それはないでしょうね。
アルフォンシーナさんやディーテ・エクセルシオールは、私達ゲームマスター本部に全面的な協力をしてくれています。
2人が【スカアハ訓練所】にスパイを送り込んでいる事を私に伝えなかった事情があるのかもしれません。
「スパイには違いないのでしょうが、【スカアハ訓練所】は一応各国から政治的に独立した中立の国際機関という位置付けなので、アルフォンシーナ・ロマリアとディーテ・エクセルシオールは紳士協定によって子飼いのスパイ・エージェントを送り込まず、【情報組合】に調査を外部委託していたようです。アルフォンシーナ・ロマリアとディーテ・エクセルシオールから私達に事前の情報共有がなかったのは、【情報組合】との守秘義務契約があった為で、彼女達にチーフやゲームマスター本部に対して情報を隠蔽したり欺くような意図はないと思われます」
「なるほど、守秘義務ですか。アルフォンシーナさんもディーテさんも、ゲームマスター本部からの正式な要請や命令がない状況で、【情報組合】との契約を無視してベラベラと情報を喋るのは信用に関わるので出来なかったという訳ですね。私達から正式に要請があれば情報共有はしてくれたでしょう。そういう事情なら事前の情報共有がなかった事は致し方ありません」
「アルフォンシーナ・ロマリア、ディーテ・エクセルシオール両名にはゲームマスター本部から正式に情報共有を要請しました」
「わかりました。それにしても【情報組合】ですか?懐かしい名前ですね」
【情報組合】は、ゲーム時代に存在していた調査会社兼シンクタンクという体裁のユーザー・サークルでした。
しかし実際には【情報組合】は民間の諜報機関……つまり営利目的のスパイ組織だったのです。
ゲーム時代、世界の中心【竜都】に本部を置き世界中に支部を開設して活動する【情報組合】は、契約を結んだ各国政府やギルドや企業やユーザー・パーティなどからの依頼によって、調査対象を調べ対価を取って情報を提供していました。
ユーザーは世界市民という特別な身分を持ち、運営以外の誰からも行動を妨げられず自由に移動出来ます。
また原則として、ユーザーはNPC国家が定めるスパイ防止法など身体の拘束を伴う法規制の適用外なので、ユーザーによるスパイ行為自体は後から露見してもNPC国家に要注意人物としてマークはされるとしても、当該国の法律では罰せられません。
もちろん、国際法上明らかに不法なスパイ活動を行えば、ユーザーは【善行値】がマイナスされますし、NPC国家にスパイ行為を現行犯で押さえられれば、当然ながら当該国の衛士隊や軍隊から攻撃されるリスクもありました。
この場合、NPC国家からの攻撃は適法な正当防衛と見做され、対するユーザー側は【世界の理】によって反撃は出来ません。
つまりユーザーであろうと、スパイ活動がバレればタダでは済まない訳です。
しかし、各種サーチや【潜伏】や【潜入】や【解錠】などの強力な【能力】を持つユーザーのエージェントを揃えた【情報組合】が収集する情報は、NPCの政府が自前で保有する諜報機関と比べても精度が高いので、ゲーム時代はユーザーだけでなく世界中のNPC国家も【情報組合】に仕事を依頼していました。
【情報組合】は……敵対するA国とB国の両国から高額な報酬を受け取り、両国の情報を双方に売る……などという随分と無節操な商売をしていましたね。
まあ、好ましい事も、そうでない事も含めて、全てがこのゲームの多様性の一部なので、私達運営は【世界の理】に違反していない限り、ユーザーによるスパイ活動などについてはグレー・ゾーンとして見て見ぬふりをしていました。
【情報組合】は、そういう多少如何がわしい仕事を請け負う他にも、一般的な市場調査なども行います。
ゲーム【ストーリア】内には商業マスメディアという概念が存在しなかったので、合法的な民間データ・ソースとしても【情報組合】のもたらす情報は貴重でした。
ユーザー消失以来900年が経過していますが、【情報組合】はNPCの手によって存続していたのですね。
「【情報組合】を査察しますか?私がサーベイランスした限り、現在の【情報組合】も【世界の理】違反の兆候はありません。もちろん【世界の理】に抵触しない範囲でなら、各国が定めるスパイ防止法や建造物侵入など色々と違法行為はしているようですが、殺人や誘拐などの重犯罪には手を染めていないようです。概ね900年前と同様の活動内容と判断して差し支えないでしょう」
カプタ(ミネルヴァ)は言いました。
「スパイ活動を生業とする組織なら、叩けば埃が出るのは当たり前です。ミネルヴァがサーベイランスした結果、【情報組合】が【世界の理】を守っているようなら、とりあえずゲームマスター本部として査察する必要はありません。ただし優先順位が高い仕事を片付けて多少暇になったら、一度【情報組合】の代表者とは会って話してみたいですね。スケジュールの調整とアポイントをお願いします」
「わかりました」
「諜報活動と言えば、【ドゥーム】では【スライム・ネットワーク】を用いて情報収集をしているのですよね?」
「ええ。【スライム・ネットワーク】は大変に役立っています。ソフィアさん達が起きたら、【スライム・ネットワーク】の母体となっている【古代・スライム】が【ダウン・フォール】にいるので彼女を紹介します」
「ほう、【古代・スライム】ですか?」
【古代・スライム】は極めて希少な魔物です。
ゲームの公式設定には存在が明言されていますが、自然界で存在が確認された例はありません。
何故なら【古代・スライム】は自然には【スポーン】しないからです。
【古代・スライム】は下位の【スライム】から【進化】しなければいけません。
しかし、基本的に【スライム】種は脆弱なので、ただでさえ他の魔物などから捕食され易い上に、人種も位階に比して脅威度が弱い【スライム】種からなら比較的安全に【コア】である良質の【魔法石】を入手し易いですし、また位階が高い魔物を倒すと相対的に多くの経験値を得られるので、【スライム】は良質な獲物として狙われる為、誰にも庇護されていない上位種の【スライム】が自然界で生き残るのは極めて稀でした。
【古代・スライム】は【エルダー・スライム】が特定条件を満たすと【進化】する【超絶レア】な【スライム】の最終進化形態です。
ノート・エインヘリヤルの配下である【クレオール王国】の女王スライマーナ・トランスペアレントは【超位級】の【エルダー・スライム】ですが、【エルダー・スライム】まで【進化】する【スライム】すら自然界では希少でした。
この世界の正式版では除外されているベータ版の【付与術士】の……【経験値譲渡】……という、現在ではノート・エインヘリヤルだけが持つ特別な【能力】によって、スライマーナ女王は【ヒュージ・スライム】から一気に【エルダー・スライム】に【進化】しています。
ノート・エインヘリヤルの【経験値譲渡】を経なければ、自然界で【古代・スライム】が生まれる可能性は、ほぼ有り得ないと考えて差し支えありません。
【エルダー・スライム】が【古代・スライム】に【進化】する特定条件は……【エルダー・スライム】に99個の【超位魔法石】を餌として食べさせる……というモノ。
何の情報もなく【超位魔法石】99個という莫大なコストの餌を【エルダー・スライム】に食べさせようとするような物好きは誰もいないでしょう。
また【エルダー・スライム】が【古代・スライム】に【進化】する為に必要な【超位魔法石】は【超位】の魔物の【コア】なので、脆弱な【スライム】種である【エルダー・スライム】が自力で【超位】の魔物を狩って【超位魔法石】を食べる事も困難でした。
なので、ゲーム時代のユーザーも、この【古代・スライム】の【進化】条件は知らない筈です。
幾つかの【秘跡】を攻略して得られる複数のヒントを繋ぎ合わせると、【古代・スライム】の【進化】条件が暗に示唆される仕様になっていました。
グレモリー・グリモワールは、その当該【秘跡】を全てクリアしていますが、ヒントは……【古代・スライム】の【進化】条件……として明言される訳ではないので、未だ彼女も気付いていないようです。
仮に気付いたとしても、99個の【超位魔法石】という莫大なコストを捻出してまで【古代・スライム】を使役したいか?という別の問題もありますしね。
もちろん運営側のカプタ(ミネルヴァ)なら、【古代・スライム】の【進化】条件を知っていますし、【時間加速装置】である【ドゥーム】では既に【オーバー・ワールド】比で何十年も年月が経過していますので、99個の【超位魔法石】を入手する時間もありました。
「【古代・スライム】は有用です。戦闘では役に立ちませんが、彼女には【スライム・ネットワーク】の母体として【ドゥーム】での情報収集任務と同時に、【ダウン・フォール】にある研究室の責任者も任せています」
「そうですか。陣営の貴重なリソースなのですね?【スライム】は脆弱で【古代・スライム】は希少ですから、護衛などには細心の注意を払っているのでしょう?」
「【スライム】の脆弱性を、ある程度カバーする措置を講じています」
「どのような措置ですか?」
「【強化外骨格】です。【秘跡・シナリオ】としての【ドゥーム・マップ】に元から存在していた【強化外骨格】はゲーム会社がプログラムしたモノで元来高性能でしたが、私は【スライム】の外装として最適化した小型軽量の【強化外骨格】を開発・製造しました」
「ああ、なるほど。【ロヴィーナ】などには元から初期構造オブジェクトとして【強化外骨格】の製造ラインがあります。それを利用した訳ですね?」
「はい」
「しかし、母体の【古代・スライム】なら人化を取れるのでしょうが、端末の分離体は母体より位階が低くなり全ての個体が人化を取れる訳ではないのではありませんか?」
「人化個体はネットワークのハブとなる数十体ですね。末端の分離体は必然的にスペックが低いので人化は取れません」
「人化が取れないならば、手や触腕などのマニュピレーターを持たない分離体の【スライム】は如何やって【強化外骨格】を操縦するのですか?」
「コックピットを【スライム】用に最適化した【強化外骨格】を開発・製造した訳です」
「何だか面白そうですね。後で、その【スライム】用【強化外骨格】というモノを見せて下さい」
「わかりました。ところでチーフ、来年行われる【ドラゴニーア】の総選挙について報告があります」
「カプタ(ミネルヴァ)が選挙の話をするという事は、ゲームマスター本部として今回の【ドラゴニーア】の選挙に何か懸念があるのですか?」
【ドラゴニーア】の元老院は半数ずつが2年ごとに改選されます。
年明けに告示され選挙戦が始まり投開票は来年の秋でした。
今回は4年に一度の総選挙なので元老院議員選挙と同時に統一地方選挙も行われるそうです。
改選された元老院議員や知事や市長や地方議員などは再来年の1月から4年の任期なのだとか。
まあ、私は正直なところ選挙などには全く興味がありませんけれどね。
そもそも【神格者】である現在の私には、選挙権も被選挙権もありません。
「懸念はありません。むしろ事前の世論調査によると、ゲームマスター本部としては歓迎すべき選挙結果になると予想されています」
「私達が歓迎すべき結果ですか?」
「はい。全てはチーフの影響力の賜物です」
「私?私は【ドラゴニーア】の選挙などには一切関与していませんよ。ゲームマスター本部は中立を旨とし、ゲームマスター遵守条項により基本的に一党一派一国には与しませんからね」
「チーフが此の世界を不在にしている間、【ドラゴニーア】や【ユグドラシル連邦】を中心とする自由同盟諸国と、旧【ウトピーア法皇国】や【ザナドゥ】を中心とする神権連合諸国は、政治経済やイデオロギー、あるいは外交や安全保障において鋭く対立していました。日本サーバー(【地上界】)の為政者や識者の間では……もう間もなく自由同盟と神権連合による世界最終戦争が起きるだろう……という共通認識があったようです。しかし状況が変わりました。チーフが復活して、神権連合側の盟主である全体主義で覇権主義の【ウトピーア法皇国】を滅ぼしてしまい、自由民主主義で国際協調主義の【ウトピーア】に国体を変更しました。これにより【ドラゴニーア】を含む先進国では……世界最終戦争の危機は遠ざかった……という共通認識に変わっています。従って【ドラゴニーア】において世界戦争の危機感を煽って台頭しつつあった極端な思想を持つ排外的で急進的な極右や極左の政党は急速に大衆からの支持を失い、ソフィアさんやアルフォンシーナ・ロマリアが望ましいと考える平和的で現実主義の穏健中道の政党が支持を伸ばし躍進が予想されているようです。この傾向はゲームマスター本部にとっても望ましい事です」
あ、そう。
まあ、カプタ(ミネルヴァ)やソフィアやアルフォンシーナさんが望ましいと考えるなら、そうなのでしょうね。
お読み頂き、ありがとうございます。
もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。
活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。