第1058話。組織の重要性。
【ロヴィーナ】の公営酒場。
「トリニティ。日付変わって明日、【竜都】標準時で27日の朝7時にガブリエルが出仕したら、彼女とユリアンティラ工兵隊に手伝わせて、旧【ウトピーア法皇国】によって【魔力子反応炉】に繋がれていた人達の【保育器】とゲームマスター本部の研究室と関連生産設備の移設作業を行いなさい。寿命がないトリニティとガブリエルは問題ありませんが、寿命がある者達は【ドゥーム】に立ち入らせないように気を付けて下さい。そのままトリニティとガブリエル達は【オーバー・ワールド】に戻って待機し、【ドゥーム】時間で必要年数が過ぎたら、再度【保育器】を受領して解放者を【サントゥアリーオ】のディオクレスタ女王に引き渡しなさい。その後、トリニティがユリアンティラ工兵隊を【シエーロ】に移動させて任務完了です」
「仰せのままに致します」
トリニティは頷きました。
「ミネルヴァは【サントゥアリーオ】と、それからリントに連絡して必要な段取りをして下さい。カプタ(ミネルヴァ)は【ドゥーム】で【サントゥアリーオ】から運ばれて来る【保育器】と要看護者の受け入れ準備をお願いします」
「わかりました」
カプタ(ミネルヴァ)が、ミネルヴァとカプタへの指示を両方とも了解します。
「それから他に気付いた事があれば、カプタ(ミネルヴァ)の裁量権の範囲で【ドゥーム】の管理・運営は好きなようにして構いません。もちろん報・連・相は、お願いします」
「了解しました。既にブリギット(ミネルヴァ)に依頼して北米サーバー(【魔界】)から【シャイニング・トラペゾヘドロン】を大量に送ってもらうように要請しています。オリハルコンなど基幹資源はストックに余裕がありますが、備蓄が減って来たら今後はチーフの【複製・転写】には頼らず、【ドゥーム】で生産している農産物や【自動人形】・シグニチャー・エディションや他の【ドロイド】などを対価にして北米サーバー(【魔界】)から輸入します」
「そうです。【ドゥーム】が【オーバー・ワールド】と貿易を行うなら、キチンと対価を払うべきですね」
【シャイニング・トラペゾヘドロン】とは北米サーバー(【魔界】)からしか産出しない【魔法石】と同じ機能を持つ鉱物でした。
一部【ダンジョン・コア】や【ダンジョン・ボス・コア】などは【遺跡】からでしか入手出来ませんが、【超位級】までの【魔法石】ならば【シャイニング・トラペゾヘドロン】で完全に代替が可能です。
【シャイニング・トラペゾヘドロン】は北米サーバー(【魔界】)の特定の無限鉱脈からしか産出しないので、魔物の【コア】である【魔法石】より希少でしたが、【魔法石】は魔物を狩って入手しなければならないので供給が不安定になりがちでした。
産出量が安定している【シャイニング・トラペゾヘドロン】との併用は必要資源の安定供給という意味で有益です。
【オーバー・ワールド】と【ドゥーム・マップ】との往来は、私が無限魔力を流し放しにしてバイパスを構築しているので、【共有アクセス権】のプラットフォームに接続している者ならば何処からでも、お互いの存在や【共有アクセス権】を持つ者が設置した【転移魔法陣】を目標にして何処からでもアクセスが可能でした。
【ドゥーム・シナリオ】に繋がる【箱庭の書】は私がオリジナルを持ち、ゲームマスター本部の常勤受付係の【コンシェルジュ】がレプリカを持ちます。
しかし【共有アクセス権】があれば、本来【ドゥーム・マップ】エントリーの発動キーとなる【箱庭の書】は必要ありません。
つまり私が【箱庭の書】のオリジナルを【収納】に入れ放しにしておいても、【共有アクセス権】のプラットフォームにアクセス可能な者は【オーバー・ワールド】と【ドゥーム・マップ】の往来に支障がないのです。
一方で私はソフィアが【ドゥーム・マップ】に渡航する際には、毎回ゲームマスター本部の受付係の【コンシェルジュ】の出入国管理を受けさせる為に、ソフィアには……【箱庭の書】からでなければ【ドゥーム・マップ】にエントリー出来ない……というふうに説明していました。
もちろん、これは事実とは異なる説明です。
実際にはソフィアの脳に共生する【知性体】のフロネシスは【共有アクセス権】のプラットフォームにアクセス可能でした。
私が無限魔力を流し放しにして亜空間バイパスを構築した現在の【ドゥーム・マップ】なら、ソフィア(フロネシス)は【箱庭の書】の存在に関係なく、原則として【共有アクセス権】にアクセス可能な場所からなら何処からでも【ドゥーム・マップ】にエントリー出来ます。
私がソフィアに対して事実とは異なる説明をしたのは、もちろんソフィアが【ドゥーム・マップ】に渡航する際にゲームマスター本部の受付係に出入国管理してもらう為。
【共有アクセス権】を持つフロネシスは私の支配下に入る【盟約】を結んでいるので、私の許可なく【共有アクセス権】を行使する事はありません。
「それから【七色星】の固有な特殊鉱物の輸入体制を確立したいところです。しかし本体がサーベイランスした【七色星】の【魔人】コミュニティは、【ストーリア】の【ドラゴニーア】や【ユグドラシル連邦】のような超大国が国際安全保障において良識的な振る舞いをする成熟した近代的社会にはなっておらず、種族やコミュニティ同士が相争う帝国主義的な状態のようです。ゲームマスター本部としては、【世界の理】に反しない限りNPCの国家や集団の紛争には介入しない原則がありますが、如何しましょうか?」
カプタ(ミネルヴァ)が訊ねました。
「ならば介入しなければ良いのですよ。最悪の場合、私が単身で【七色星】の鉱山に潜入して、鉱脈からサンプルを持ち帰って来てしまえば【複製・転写】で必要な資源は無限に増やせますので、【七色星】のコミュニティの事情は丸っと無視出来ます」
「なるほど。一応【魔界】平定戦後にチーフが【七色星】に向かい主要な種族コミュニティと接触出来るようなスケジュールを組む予定ではありますが、その結果、私達と【七色星】で妥結点が全く得られない可能性はあり得ますからね」
「【七色星】の問題は、当面正規の外交プロセスを無視する事になっても致し方ありません」
「わかりました」
いずれ【七色星】の問題も本格的に着手しなければいけませんが、現状ではゲームマスター本部の手が足らないので優先順位を下げざるを得ません。
「マイ・マスター。メディア・ヘプタメロンやチェルノボーグをソフィア様の陣営に渡してしまった事は良かったのですか?」
トリニティが訊ねます。
トリニティから私への問い掛けに対して、カプタ(ミネルヴァ)は黙っていましたが、同意するような態度を見せました。
「ソフィアが決めた事ですから私は関知しません。トリニティは、メディア達の処遇に何か思うところがあるのですか?」
「私はメディア・ヘプタメロンとチェルノボーグはスペック的にゲームマスター本部の職員にリクルートしても良かったのではないかと愚考しました」
トリニティは言います。
なるほど。
つまり、トリニティとカプタ(ミネルヴァ)はメディア・ヘプタメロンとチェルノボーグをゲームマスター本部陣営に加えたかったのですね。
「確かにメディアとチェルノボーグは数千年生きている個体ですから、両者の記憶は有用ではあります。ただし、ソフィアが欲しいというのを横から奪ってまでゲームマスター本部に迎えたいか?と問われたら疑問ですね」
「ご説明をお願いしても宜しいでしょうか?」
トリニティは訊ねました。
「メディアもチェルノボーグも、現世最高神たる【神竜】が重用するくらいですから、もちろん優秀な個体です。経験を積み重ねた両者の記憶が有用な事も確かです。しかし、裏を返せば、それだけの事です。メディアは【真祖】の【ヴァンパイア】であり、チェルノボーグは【上位悪魔】で、両者共に名持ちの個体。しかし種族のスペックという観点から見れば両者と同等の能力を持つ【真祖格】の【魔人】や【上位悪魔】の存在それ自体は決して珍しくはありません。他方で、トリニティは世界に4個体しかいない最上位の【魔人】の1人である固有種の【エキドナ】であり、カリュプソも固有の【魔人】である【アブラクサス】で、スペック的に【真祖】の【ヴァンパイア】や【上位悪魔】を凌駕します。またウィローも【知性体】として【上位悪魔】より上位存在です。メディアとチェルノボーグの数千年の記憶は【ドゥーム・マップ】という限られた特殊な環境下での経験ですが、トリニティとウィローとカリュプソの記憶は【オーバー・ワールド】での経験ですので、より多様で有用。つまり、現役のゲームマスター本部陣営と比べてメディアやチェルノボーグは、ソフィア陣営から奪ってまで、どうしても欲しいという存在ではありません」
「そうですか……」
トリニティは自身がメディアやチェルノボーグより上と私に言われた事を喜びつつも、複雑そうな表情をしています。
「ミネルヴァやトリニティの懸念は、私も理解しています。現在のゲームマスター本部は900年前に比べて組織が単純計算で100分の1程度に小さくなり極めて脆弱です。にも拘らず、管轄しなければならない領域は北米サーバー(【魔界】)や【七色星】の【マップ】が増えているので、タスクは単純計算で4倍に増えました。つまり有能な人材を集めて陣営の強化を図る事は目下の急務です。しかし私は、こういうモノは縁だと考えています。なので、ゲームマスター本部スタッフを、手当たり次第にスカウトしたり、広く公募するような手法を取るつもりはありません」
「縁……ですか?」
「そうです。私がトリニティと出会ったような状況が、正に縁の成せるモノですよ。他にも、【ファミリアーレ】やアルフォンシーナさんや、様々な者達との出会いがそうです」
「それは運命という事でしょうか?」
「いいえ。運命……つまり決定論は、量子力学の不確定性原理によって物理学では完全に否定されています。なので私は決定論を全く信じません。縁とは純粋な偶然の巡り合わせです。今回メディアやチェルノボーグが私ではなくソフィアの陣営に加わったのは、そういう縁だったのですよ。それに、もしもメディアやチェルノボーグをゲームマスター本部職員として、どうしても確保したかったなら、事前にミネルヴァが私にそう提案していたでしょう?」
地球人としての私は、決定論を完全に否定する立場でした。
ただし、この世界には【秘跡・シナリオ】というモノがあったり、【秘跡・導き手】という存在がいたり、一部決定論的な要素もあります。
まあ、その辺りのゲーム・メタは例外と考えた方が良いですね。
「はい。メディア・ヘプタメロンやチェルノボーグは優秀ではありますが、トリニティやウィローやカリュプソよりスペックは下。チーフが欲しがらなかったのなら、それまでの事です。現下ゲームマスター本部の組織強化は必ず行われなければならない懸案事項ですが、しかしゲームマスター代理やゲームマスター代理代行に任用される対象は、誰でも良い訳ではありません。本来ゲームマスター本部は【創造主】が選任した正規のゲームマスターによって運営されるモノです。現在【創造主】が新しい方針を決定出来ない以上、【創造主】の全権代理であるチーフの意思がゲームマスター本部の唯一の意思となります。私やトリニティが候補者をチーフに推挙するプロセスはあるとしても、最終的な意思決定はチーフが行います」
カプタ(ミネルヴァ)は言いました。
「身も蓋もない事を言えば、そういう事です。まあ、カプタ(ミネルヴァ)が言ったように、ミネルヴァやトリニティがゲームマスター本部のスタッフとして加えたい誰かがいれば、トリニティがガブリエルやウィローを部下にした時のように遠慮なく推薦して下さい。あなた達からの提案なら、私は常に考慮します」
「了解しました」
「仰せのままに致します」
カプタ(ミネルヴァ)とトリニティは頷きます。
まあ、全ての選択肢から私の一存で人材を選んでも構わないのなら、グレモリー・グリモワールやノート・エインヘリヤルやシピオーネ・アポカリプトをゲームマスター本部に加えたいと思いますが、3人はユーザー。
幾ら高い能力を持ち、元同一自我として私からの信頼があるとしても、ユーザーにゲームマスター本部の業務を行わせるなどという事は、ゲーム【ストーリア】の世界観として許されない事ですからね。
「さてと、トリニティ。今から、あなたは少し仮眠を取りなさい」
「いいえ、大丈夫です。マイ・マスターにお供致します」
トリニティは言いました。
トリニティは……数日くらいなら睡眠を取らなくても生体機能に全く影響はない……と言います。
「睡眠や食事は取れる時に必ず取っておきなさい。場合によっては何日も不眠不休で任務を遂行しなくてはならない事もあります。いざという時に睡眠不足や疲労や空腹で十分なパフォーマンスが発揮出来ないようではゲームマスター本部業務は行えませんよ」
「しかし……」
「トリニティ。あなたが目覚めるまで、私がチーフに付いていますので、コンディションを整える事を優先しなさい」
カプタ(ミネルヴァ)が命じます。
「そうです。トリニティは、現在のゲームマスター本部において私とミネルヴァ(本体と分離体)に次ぐ大きな職権を持ちます。トリニティのコンディションは、もはや、あなた1人だけの問題ではありません。ソフィア達が起きる時間までの仮眠を命じます」
「はい。仰せのままに致します」
トリニティは多少不本意そうにしながらも了解しました。
私やカプタ(ミネルヴァ)に睡眠は必要ありませんが、トリニティには睡眠が必要です。
私はトリニティに対して……ゲームマスターの職務執行権の一部……を与えていました。
それは、緊急時には私の事前許可を受けずに、トリニティの判断でNPCの滅殺やNPC国家への攻撃も可能な強大な権限です。
基本的にはトリニティとパスが繋がる私やミネルヴァが逐一トリニティの行動を把握して適宜指示や裁可を与えますが、何らかの理由で私やミネルヴァがトリニティと連絡が取れなくなる可能性も考慮しなければいけません。
そういう緊急時には私やミネルヴァがトリニティに事前許可や指示を与えられず、トリニティ独自の判断で行動する場合もあり得るのです。
もちろん緊急時にトリニティが独自に下した判断の妥当性は、事後に必ず私とミネルヴァによって査問されますが、トリニティが誤った判断を下せばNPCが死んだりNPC国家が滅ぶ可能性もありました。
トリニティには、それをする能力があります。
コンディション不良が原因で、トリニティが判断を誤るなどという事は、あってはならない事でした。
「トリニティ。【ロヴィーナ】の中央神殿の浴場や宿泊施設は自由に使いなさい。あなたが命じれば【ドゥーム】の全【ドロイド】は命令に従います。わからない事は【自動人形】・シグニチャー・エディションに訊ね、必要があれば使役しなさい」
カプタ(ミネルヴァ)が言います。
「仰せのままに致します」
トリニティは頷きました。
フロンとノノも、トリニティが仮眠を取るタイミングで一緒に数時間仮眠を取らせる事にします。
私とカプタ(ミネルヴァ)は休憩に向かうトリニティとフロンとノノを見送りました。
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