第1057話。酒場で雑談。
本日2話目の投稿です。
【ロヴィーナ】の公営酒場。
私達は【ロヴィーナ】市街にある公営酒場で暇を潰していました。
私は【ドゥーム】を視察しに来たので、厳密には暇ではないのですが、各主要都市の視察予定はソフィア達が起きるまでは待たなければいけません。
時間を有効に使う為に、私はソフィア達が起きるまでカプタ(ミネルヴァ)のスペックでは対処が難しい問題を解決してあげようと提案したのですが、カプタ(ミネルヴァ)から、やんわりと断られました。
隙あらば働こうとするのはゲームマスター本部のトップとして良くない……と窘められたのです。
そしてカプタ(ミネルヴァ)から……今後ゲームマスター本部が、トリニティやウィローやカリュプソやガブリエルのような代理や代理代行を増やしてゲーム時代のように組織として業務を遂行して行く為には、私は部下に出来る仕事は部下に任せるようにならなければいけない……と苦言を呈されました。
組織論として至極真っ当な見識なので、私はカプタ(ミネルヴァ)の言う通りに大人しくしています。
以前のミネルヴァは、私の仕事中毒を心配こそすれ、それを制止するような事は言いませんでした。
まして多少お説教的なニュアンスを含むような事を言うなんて、ほぼ記憶にありません。
この小さな変化は、おそらくミネルヴァ本体が【空アバター】を獲得して、分離体のカプタやブリギットとしてフィールド・ワークに自ら出動する事が可能になったからなのでしょう。
ミネルヴァの本体は【ワールド・コア・ルーム】から外には出られません。
なので今までのミネルヴァは、私の働き過ぎが様々な面で問題だと内心では思っていても、じゃあ私が働かないでゲームマスター本部業務を誰がやるのか?という代案が示せなかったのです。
以前の状況ではゲームマスター本部がやらなければならない職務は、結局は私がやらざるを得ませんでした。
従って、ミネルヴァが私の過重労働を是正する具体的な選択肢が何もなかったのです。
代案も示さずに反対するのは、無能がやる事です。
宇宙最高の知性であるミネルヴァには、そんな道理を理解出来ない幼児や、頭がアレな連中がやるような支離滅裂な事は絶対に出来ません。
しかし状況が変わりました。
ミネルヴァは【空アバター】を手に入れ、分離体のカプタやブリギットとして【ワールド・コア・ルーム】の外に出掛けて行く事が可能になったのです。
また、トリニティがゲームマスター代理として仕事を任せられるレベルになった事も大きいですね。
ミネルヴァは……権限や能力的に私でなくても出来る仕事なら、分離体やトリニティがやれば良い……という代案を示せるようになりました。
なので現在のミネルヴァは、私の労務管理について以前より直接的な反対意見を言うようになっています。
確かに、どんなに私が働いても1人で出来るタスクには限界があるので、ミネルヴァの見解が完全に正しいのですが……。
私はゲームマスターとして異世界に飛ばされて来たので、ゲームマスターの職務を離れた個人として振る舞う事に何だか少しだけ申し訳ないような感覚があるのです。
私はプライベート・ビジネスもしていますが、あれもゲームマスター業務遂行のリソースを手に入れる目的でしたからね。
その点、元同一自我でありながら、何ものにも縛られずに自分の意思だけで行動しているグレモリー・グリモワールやノート・エインヘリヤルやシピオーネ・アポカリプトが少し羨ましいような気がします。
今後はミネルヴァによって、私が直接出動するタスクは減らされ、代わりにカプタ(ミネルヴァ)やブリギット(ミネルヴァ)やトリニティなどが指揮し、ウィローやカリュプソやガブリエルや【コンシェルジュ】達、あるいは今後も増えると思われるゲームマスター本部の職員に仕事が振られる頻度が高くなるのかもしれません。
「【コカトリス】のツクネ、50本です。【コカトリス】の卵を絡ませて、お召し上がり下さい」
公営酒場のスタッフである【自動人形】・シグニチャー・エディションが焼鳥ならぬ、焼き【コカトリス】を持って来ました。
「ありがとう。このツクネは?」
私は同席するメンバーに訊ねました。
「わらひです」
フロンが口いっぱいに焼き【コカトリス】を頬張って手を上げます。
私達のテーブルには、フロンとノノが注文した料理が山盛りになっていました。
ここの支払いは私が持つ……と言ったので、ここぞとばかりに大量注文したようです。
「ご注文は以上でお揃いですね?」
公営酒場スタッフの【自動人形】・シグニチャー・エディションが訊ねました。
「あ、【パイア】の角煮と【地竜】のステーキを下さい。10人前ずつ」
ノノが言います。
「私は【コカトリス】のレバーと【アルラウネ】の炒め物を10人前……」
フロンも追加しました。
「……」
トリニティがメニューに目を落として何か考えているようです。
「トリニティも食べたいモノがあれば遠慮しないで頼んで下さい」
「では、この【草食竜】のタン・シチューというモノを食べてみたいです」
【草食竜】のタン・シチューですか。
それは私も食べてみたいですね。
【草食竜】とは、太古の昔地球に生息していたという草食恐竜のブラキオザウルスに似た草食の魔物でした。
【草食竜】が、おそらく陸上最大の魔物でしょう。
【草食竜】は【竜】という名前をしていますし、分類上【竜】に含まれる場合もありますが、厳密には【地竜】などと同じ系統の魔物で、【竜】とは別種でした。
【竜】は人種より高い知性を持ちますが、【草食竜】や【地竜】は獣であり、人種より知性は低いのです。
「では、その【草食竜】のタン・シチューを2つ下さい」
私は自分の分と合わせて注文しました。
「シチュー類には無料でパンをお付け出来ますが?」
公営酒場スタッフの【自動人形】・シグニチャー・エディションが訊ねます。
「私はパンはいりません」
「私もいりません」
私とトリニティは言いました。
「あ、なら、私が食べます。無料なのに勿体ない」
「私も、私も」
フロンとノノが言います。
あ、そう。
結局、私とトリニティのシチューの付け合わせのパンは、フロンとノノが食べる事になりました。
【ドゥーム】において、この酒場のような公営の商店は、カプタ(ミネルヴァ)が開設して【自動人形】・シグニチャー・エディションが働いている業態を意味します。
カプタ(ミネルヴァ)が配下の【魔人】と魔物の福利厚生を目的として造った店舗なので、公営店舗の料金は安く設定されていました。
公営の他にカプタ(ミネルヴァ)に服従してゲームマスター陣営に加わった【ドゥーム】のNPC達が経営する民営の商店も少数ながらあるのだとか。
【ドゥーム】のNPCとは、つまり【ドゥーム】でスポーンした【魔人】と魔物です。
【魔人】のNPCが経済活動を行う事は、あり得る事でした。
【イスプリカ】南方国家【アストリア】にある治外法権街【ラ・バセ・ナヴァル】の巨大酒場【マグダレーナ】のオーナーはアレハンドラ・フランチェスコリという【ガンビオン】です。
【ガンビオン】は【魔人】と人種の混血でした。
しかし魔物が経営する商店というモノの存在を私は知りません。
ただし【ドゥーム】では、驚くべき事に魔物が経営する商店というモノが実際に存在するそうです。
まあ、【古代竜】など【超位級】の魔物の中には、人種より知性が高い種族もいるので、人種に出来る事なら【超位】の魔物にだって出来ても不思議はありません。
巨大な【古代竜】が商店で接客をしたりする様子を想像すると何だか少しシュールですけれどね。
「マイ・マスター。ふと疑問に思った事があります。伺っても良いでしょうか?」
トリニティが訊ねました。
「何でしょう?」
「マイ・マスターとソフィア様とファヴ様が行ったサウス大陸の征討では、マイ・マスターは【粒子崩壊】という究極の魔法をお使いになり、億の単位の【超位】の魔物を一瞬にして殲滅なさいましたね?」
「はい」
億単位の【超位】の魔物を一瞬で殲滅したと聞いて、フロンとノノが顔を見合わせて驚いています。
「あの折には、魔物だけでなく指定領域にいた、あらゆる生物が【粒子崩壊】によって殲滅され、サウス大陸南方の【ムームー】の生態系が破壊し尽くされました。それを回復する為にサウス大陸の守護竜たる【ファヴニール】様が【大地の祝福】を行い生態系を回復なさいましたよね?」
「そうですね。【粒子崩壊】は防御も回避も物理的に不可能な対生物最強の範囲攻撃魔法の1つなので、【魔界】平定戦でも使えれば戦闘が楽だったのですが、生態系の破壊がネックなので復興を考えると使えません。【魔界】には【大地の祝福】を行える担当の【神格者】が存在しませんし、【魔界】には環境不変ギミックがないので生態系回復を人海戦術で行わなければいけなくなりますので時間も労力も膨大に掛かり、そもそも【粒子崩壊】で完全に破壊された自然を回復可能かどうかもわかりませんからね」
「その環境不変ギミックが働く【ドゥーム】は、フィールド設定を環境不変のデフォルトの状態に戻した事によって、砂漠化した状態から自然に生態系が回復しています。土壌内微生物などは環境の一部と判定されるからだと教えて頂きました。であるなら、サウス大陸でもマイ・マスターの【粒子崩壊】の破壊は環境不変ギミックで自然回復したのではありませんか?」
「【粒子崩壊】は【超神位魔法】なので環境不変ギミックを無効化してしまうのですよ。この世界では、如何なる場合も位階で上回るギミックが勝ちます。なので【神位】の環境不変ギミックより、私の【超神位魔法】の方が位階が高いので、【粒子崩壊】に暴露された場所では環境不変ギミックが働かなくなります。同じように最強の位階である【創造主の魔法】で創られている初期構造オブジェクトは、私の【超神位魔法】でも破壊不可能なのです」
「なるほど。良くわかりました」
「あ、あのうノヒト様は、億単位の【超位】の魔物を一瞬で殲滅させられるのですか?」
フロンが恐る恐るという様子で訊ねました。
ノノも黙って頷きます。
「数は全く問題になりませんね。宇宙全体であろうと境界がハッキリと区別可能で領域を確定出来れば、全宇宙に存在する生物を無限の数だろうと一瞬で殲滅可能です」
「無限の生物を!?」
フロンは絶句します。
「あわわわ……」
ノノは取り乱しました。
「まあ、私はそんな事をやりたいとは思いませんし、そんな事をやらなければならない状況は永久にないでしょうけれどね。ただし、やろうと思えば出来るという事です」
「私はノヒト様の支配下に入れて良かった〜」
ノノは言います。
「あのう、それって例えば寝ぼけてウッカリ……みたいな心配はないのですか?」
フロンは尚も不安気な様子で訊ねました。
どうやらフロンの方がノノより精神年齢や知性が高いようです。
「大丈夫ですよ。全宇宙を破壊する……というような取り返しが付かないゲームマスター権限の行使の際には、世界・システムにIDやパスワードを送る手続きを踏み、またミネルヴァの承認が必要ですので、ついウッカリ全宇宙を滅ぼしてしまうなどという事は絶対に起きないので心配はありません。それから私は寝ぼけるという生態機能自体がありません」
「良かった……」
フロンは安堵しました。
う〜ん、フロンやノノはスポーンして数十年の個体です。
【古代竜】や【古代・グリフォン】など【超位級】の魔物は総じて長命でした。
という事はフロンやノノは、人種の感覚では未だ幼児みたいなモノなのかもしれません。
もちろん人種より知性が高い【古代竜】や【古代・グリフォン】は地頭が良いので、子供でも高度な思考を行います。
しかし、フロンやノノの言動は、やはり何処か幼さを感じるのですよね。
「カプタ(ミネルヴァ)。【ドゥーム】では繁殖を行う種類の【魔人】の子供達を対象に義務教育を行っている……という話を聴きましたが、魔物の教育は如何なっているのですか?」
私はカプタ(ミネルヴァ)に訊ねました。
「【ドゥーム】では様々な魔物が単一コミュニティを形成して集団生活をしていますので、社会通念的な一般常識は教えています。特に私が【調伏】した初期のメンバーは、私が直接教育しましたので、素行には問題ない筈です」
カプタ(ミネルヴァ)は答えます。
「例えば、フロンやノノを人種の学校に通わせたりするのは如何でしょうか?」
「人種の学校ですか?」
「はい。フロンやノノを始めとする人化能力を身に付けた11個体に関しては、今後【ドゥーム】から【オーバー・ワールド】に転属させます。その際に人種の学校に通わせて人種と触れ合わせてみようかと思ったのです。単なる思い付きで、別に深い意図など何も考えてはいないのですけれど」
「そうですね。面白いと思います」
「面白いですか?」
「はい。チーフの究極的な目標は、人種、【知性体】、【魔人】、魔物……などなど全知的生命体の融和・共存だと伺いました。その目標の為の実験的試みの一環として、フロンやノノなどの魔物を人種の子供達と触れ合わせるのは興味深いデータが取れると思います」
「全知的生命体の融和と共存は、私の目標でもありますが、そもそもの発案者は【創造主】ですけれどね。もしもフロンやノノを人種の学校に通わせるとして、安全面などに懸念はありませんか?フロンやノノが軽く撫でたつもりでも、人種の肉体は脆弱ですからね」
「それは私が教育しましたので大丈夫です。フロンやノノなど人化個体の魔物達は他種族との接触に際して安全な力加減は出来ます」
「そうですか。安全面に懸念がないなら、私はフロンやノノなど人化を取れるようになった若い魔物の個体は、人種の学校に通わせてみようと思います。もちろん受け入れてくれる人種の学校や政府があれば、ですが……」
「わかりました。基本的に賛成です。その件は私からアルフォンシーナ・ロマリアに打診してみます。おそらく受け入れてもらえるでしょう」
「お願いします。ソフィアには私から頼んでみますよ」
「了解です」
こうして、【ドゥーム】でスポーンし人化能力を獲得した魔物達11個体は、試しに人種の学校に通わせてみる事になりました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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・・・
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