第1056話。プラットフォーム・ステーション。
【ドゥーム】の大陸北端【ポセイドン港】。
私達はカプタ(ミネルヴァ)に連れられて【ドゥーム】の大陸の南端から北端までを一気に移動しました。
南端の海岸に【ネプチューン港】に造船所があったように、北端の【ポセイドン港】にも同じように造船所があります。
同じ造船所なら視察する必要もないと考えたのですが、【ネプチューン港】の造船所と【ポセイドン港】の造船所は、扱う艦船の種類が異なっていました。
【ネプチューン港】の造船所では主に戦闘艦が建造されていて、対する【ポセイドン港】の造船所では主に商船が建造されているそうです。
商船と言っても武装はしていますけれどね。
この世界は魔物がスポーンします。
例え全ての魔物を駆逐しても、無の状態から空間に突如として魔物が無限湧きして絶対に絶滅はしません。
なので戦闘艦でなくとも個艦防御武装か、あるいは随伴の護衛艦艇が必須でした。
それは良いとしても……これは一体何なのでしょうか?
私は【ポセイドン港】造船所の4基のドックを占有している巨大な構造物を見上げています。
この建造中の巨大な何かは、カプタ(ミネルヴァ)から……是非観て欲しい……と言われたモノの正体でした。
「これは何ですか?」
私はカプタ(ミネルヴァ)に質問しました。
オリハルコンで被甲された馬鹿デカい球体に見えます。
「【プラットフォーム・ステーション】です」
カプタ(ミネルヴァ)は答えました。
そうでなくて。
私は名前を訊いた訳ではありません。
「え〜っと……。つまり【プラットフォーム・ステーション】とは?」
「【浮遊島】のようなモノです」
「【ドラゴニーア】の【竜城】や、グレモリーの別荘【ラピュータ宮殿】のような……という意味ですか?つまり【浮遊島の心臓】……【アイランド・コア】を入手したのですね?」
「はい。偶然【サブ・クエスト】の【宝箱】から【アイランド・コア】が入手出来ましたので造ってみました」
造ってみましたって……。
味噌汁にバターを入れてみました……みたいな軽いノリで言いましたね。
それに超絶レアの【アイランド・コア】を【サブ・クエスト】報酬で獲得するとか、大概カプタ(ミネルヴァ)もヤバいです。
「で、どのような用途に使う予定なのですか?」
私は色々とツッコミたい衝動を丸っと飲み込んで訊ねました。
「とりあえず【魔界】平定戦の前線基地として運用します。【魔界】平定戦後は、ゲームマスター本部の支部として運用する事を考えています。完全な気密が確保されていますので深海はもちろん宇宙航行も可能です。内部に重力を発生する事も可能なので、宇宙ステーションとして宇宙に長期間滞在も出来ます。内部には各種必要な施設・設備が揃っていて最大5万人を収容して安全で快適に暮らせます。この5万人は【プラットフォーム・ステーション】の運用には一切関与しない純然たる非戦闘員の民間人という意味です。【プラットフォーム・ステーション】を運用する者達は、将校は【コンシェルジュ】が、下士官は【自動人形】・シグニチャー・エディションが、末端のクルーは【ドロイド】が担います。チーフ、私の本体と分離体、それからトリニティが【プラットフォーム・ステーション】の指揮権限を持ちます。もちろん人種を指揮官やクルーとして加える事も出来ます。戦闘指揮所、司令部、工場、工廠、飛空船ドック……などなど基地機能を完備。防衛は【相転移装甲】、【自動復元】【防御】、【魔法障壁】、【結界】で守られ、準【神位級】までの全ての攻撃を完全に防ぎます。【神位級】の攻撃も完全ではありませんが、ある程度は防げますので、守護竜1柱の攻撃なら数日、守護獣1柱の攻撃なら1か月は篭城して耐えられる設計になっています。ただし守護竜や守護獣の数が増えれば相応に耐久時間は短くなります。そして【神竜】さんが相手だと、数時間耐えるのが限界でしょう。攻撃兵装は主砲となる【超出力量子砲】1門、【追尾誘導光子砲】99門、各種ミサイル・セル99基、【ドローン迎撃機】1千機、それから【プラットフォーム・ステーション】ごと体当たりして質量で敵を圧壊する事も可能です。【超級飛空航空母艦】10隻分の空飛ぶ航空基地として運用可能ですが、コンセプトは、かつてグレモリーさんがパーティ・メンバーだったナイアーラトテップさんと一緒に構想した【浮遊要塞】のアイデアを、そのまま拝借しました。超精密な自動対空迎撃システムと超高度な航空管制システムを実現する為に、各種内部ギミックを制御する【アイランド・コア】以外に、戦闘に関する無人管制専用の【ダンジョン・コア】が必要です」
「あ〜、なるほど。現在艤装まで終わった【超級飛空航空母艦】は8隻。護衛の艦船は9艦隊分ありました。つまり、このバケモノが9つ目の艦隊旗艦という訳ですか?」
「はい」
「それにしても、宇宙航行も可能で、【超出力量子砲】なる超兵器を装備し、【神竜】の全力攻撃にも数時間耐えられる、と。何とも言葉がありませんね」
「本来は【箱船】と同規模の大きさとスペックを目指したのですが、【アイランド・コア】1つと【ダンジョン・コア】1つでは、この規模と性能が限界でした。しかし、【箱船】には強力な攻撃兵装がありませんので、戦えば【プラットフォーム・ステーション】が勝ちます」
「あ、いや、スペックが足りないと言っている訳ではなく、十分以上です。むしろ、こんなモノが必要なのか?という感想ですよ」
「必要です。現在正規のゲームマスターはチーフ1人。外部活動が可能な私の分離体が2体、ゲームマスター代理がトリニティ1人。少な過ぎます。なのでゲームマスターが足りない分を補うリソースがなければいけません。その1つが【プラットフォーム・ステーション】です」
「あ、そう。カプタ(ミネルヴァ)がそう判断したのなら、そうなのでしょう。もしかしてソフィアが眠っている間に、私とトリニティにだけ、これを観せたのは意図的なのですか?」
「はい。【ネプチューン港】も【ポセイドン港】も、しばらくの間、ソフィアさんには秘匿した方が良いでしょう。いずれは知られるでしょうけれど……。ソフィアさんに【プラットフォーム・ステーション】などを観せると、欲しがって多少面倒な事になると思いましたので、ソフィアさんが眠っている間にチーフとトリニティに見てもらいました」
「さすがカプタ(ミネルヴァ)。それは完璧に正しい判断です」
「ありがとうございます」
・・・
【ロヴィーナ】。
私達は【ロヴィーナ】に戻りました。
辺りは夜闇が支配し、夜行性の【魔人】が活動を始め、様々な作業に従事しています。
私とトリニティとカプタ(ミネルヴァ)と、フロンとノノは一軒の酒場に入りました。
ここはカプタ(ミネルヴァ)が配下の【魔人】と魔物の福利厚生を目的として造ったビアホールのようなお店です。
【ロヴィーナ】は夜行性の【魔人】が多いので、【オーバー・ワールド】の時間感覚では今は朝みたいなモノでした。
なので飲み屋さんに、お客はあまりいません。
ただし昼行性の【魔人】も【ロヴィーナ】にはいるので、彼らにとって今は昼勤の仕事が終わったところでした。
自宅や宿舎に帰る前に一杯飲もう……という者達も何組かいるようです。
「今後の事を相談したいのですが、私は【ドゥーム】の【魔人】と魔物を増やして安定した社会を築き、【ドゥーム】に経済市場を作りたいと思います」
カプタ(ミネルヴァ)は言いました。
「賛成です。【ドゥーム】がゲームマスター本部の直轄地だからといって、そこに暮らす【魔人】や魔物はゲームマスター本部の職員ではありません。つまり、彼らには仕事と同じか、それ以上に生活というモノが必要です。また、将来的に【ドゥーム】の【魔人】や魔物にはゲームマスター本部が委託する仕事だけでなく、ゲームマスター本部とは関係ない様々な経済活動を【ドゥーム】で自由に行ってもらう方が健全でしょう。資本主義は人々の欲望を燃料として回り発展するモノですから、ルールを守っている限り、金儲けは推奨されるべきです。そういう意味で【ドゥーム】では、ゲームマスター本部の委託業務や業態だけでなく、あらゆる経済活動の振興と多様化を推進するべきです」
「はい。そういう意図で、このような酒場やレストランなど飲食店を各主要都市に造りました。それから学校なども造りました。繁殖を行う種類の【魔人】の子供達を義務教育として通わせています。他にも、ゲームマスター本部の委託ではない雇用の創出や、可能ならば【オーバー・ワールド】との貿易なども行いたいと考えています」
「貿易ですか……。そうなると、問題は【時間加速装置】である【ドゥーム】の競争力の高さを如何するかですね?」
「ええ。このまま何も施策を講じないまま、【ドゥーム】が輸出を始めると【オーバー・ワールド】の産業は駆逐されてしまいます。【ドゥーム】の高い競争力が【オーバー・ワールド】と同じルールで行われた競争の結果ならばゲームマスター本部は市場経済には介入しないのがゲームマスターの遵守条項ですが、これは明らかに公正な競争ではなく、【オーバー・ワールド】から見れば……【ドゥーム】が不当に優利な条件で輸出をしている……と考えるでしょう」
「とりあえず【オーバー・ワールド】の各国に関税など国内産業を保護する個別の対応をしてもらうしかありません。現実として、【オーバー・ワールド】では飢餓などの問題は解決しなければならないのですから、食糧が足りなければ【ドゥーム】の生産力に頼る事にならざるを得ません」
「その調整が難しいですね。資本主義と市場経済と自由貿易は、需要と供給によって自動的に物価が決まり、ある程度放置しておいても自動的に経済が回るというのがメリットです。逆に言えば、誰かが思い通りにコントロールする事が難しい訳です。この問題の対応は難題です」
「まあ、貿易不均衡の是正措置は【オーバー・ワールド】の各国政府に任せてしまいましょう。ゲームマスター本部はNPCの経済には原則不介入です。頭を悩ませる役目なのは私達ではありませんよ」
「宜しいのですか?」
「宜しいも宜しくないも、それしか対応のしようがありません。【ドゥーム】の生産力によって【オーバー・ワールド】の飢餓人口が減少すれば、結果として【オーバー・ワールド】にも将来的に利益があります。資本主義の燃料は欲望なのですから、こういう事は私達のように営利目的ではない者達が考えるより、儲けに聡い者達に考えさせた方が、概して上手いやり方が見付かるモノです。これも……神の見えざる手……の一部ですよ」
「なるほど」
「マイ・マスター。神の見えざる手とは?」
トリニティが訊ねます。
「原義は、地球のアダム・スミスという経済学者が説いた……見えざる手……という言葉が元になっています。見えざる手とは、経済市場の自動調整機能を説明した言葉です。公正な取引という前提が担保されていれば、経済というモノは個人個人が、それぞれ……自分の利益を最大化したい……という利己的な欲望に基づいた経済活動に任せておけば、自然に社会全体の利益を実現する……という考え方ですね。つまり【ドゥーム】と【オーバー・ワールド】の貿易に関する懸念も、私達があれこれ心配するより、この世界で経済活動を行う個人個人に任せておいた方が、短期的に何か問題が起きても長期的には改善が図られて上手く行く……というくらいの意味です。基本的にワザと損をしようと考える個人は誰もいません。みんな利益を得たいのです。利益を得たい欲望の集合は、社会を成長させます。つまり経済市場では、個人の欲望は悪いモノではなくエネルギーなのです。もちろん不当な行動や他者を騙そうとするようなアンフェアな経済活動は規制され公正な経済市場が守られなければならないのは大前提ですけれどね」
「良くわかりました」
アダム・スミスが、定義した……見えざる手……の解釈として、巷間……市場における自由競争が最適な資源配分をもたらす……という説明がされる事がありますが、これは後世にアダム・スミスではない誰かが考えた俗説であり、誤りです。
アダム・スミスは……自由競争が最適な資源配分をもたらす……などとは一言も言っていません。
アダム・スミスは、あくまでも……社会を構成する個人個人の投資家達が資産運用を行う際に、それぞれ貪欲に自らの利益の最大化を追求して収益とリスクを分析して投資を行えば、その個人個人の投資行動が社会の利益を全く考慮していなくても、結果的に……見えざる手……に導かれるように、社会全体としての効率的な投資が実現され経済を成長させると言っているだけです。
適切な資源配分が達成されるかどうかは、アダム・スミスの……見えざる手……とは別問題でした。
端的に言うなら、個人の投資行動は社会の事を考えなくても集まれば社会全体の経済を成長させる原動力となりますが、適切な資源配分が行われるかどうかは、個人の経済活動の結果ではなく社会、あるいは政府が行わなければならない役割なのです。
つまり、アダム・スミスの……見えざる手……と自由競争原理は無関係でした。
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