第1054話。吸血鬼はニンニクが嫌い?
本日2話目の投稿です。
【ロヴィーナ】のシェルター内食堂。
食事のピークに近付いて来たからか、食堂に現れる【吸血鬼】族や【夢魔】族が増えて来ました。
「カプタ(ミネルヴァ)。これから夜勤に向かう【吸血鬼】族や【夢魔】族が増えて混雑するようなら、私達は食堂を出た方が良いのでは?」
「問題ありません。【ロヴィーナ】の【魔人】が全員一度に食堂に集まっても、まだ席数には余裕がありますので」
カプタ(ミネルヴァ)が説明します。
「あ、そう。わかりました」
「ノヒトよ。【吸血鬼】族で思い出したのじゃが、我は以前から【吸血鬼】族に関する【英雄】らが神界から持ち込んだ知識の中で腑に落ちないモノがあるのじゃ」
ソフィアが言いました。
「何でしょうか?」
「【英雄】らが持ち込んだ、神界の物語などに出てくる【吸血鬼】族は、概して……ニンニクを忌避する……という描写が散見されるのじゃ。しかし、実際の【吸血鬼】族は別にニンニクを忌避せぬ。【吸血鬼】族が多く暮らす【ロヴィーナ】の食堂でも、料理にニンニクが使われておったのじゃ。この齟齬は如何いう事なのじゃろうか?」
「ああ、単なる誤謬や迷信、あるいは物語の中の……お約束……みたいな事だと判断して差し支えありませんよ。地球には【魔人】はスポーンしません。なので実物の【魔人】に会った事がない地球人は、【吸血鬼】の生態を勝手に想像してニンニクを忌避するという設定を創作しているだけです。それ自体に大した意味はありません」
「なるほど、童話作家ジョスリーヌ・バシェッティの作品によって……【エルフ】は菜食主義で肉食を嫌う……という完全に誤った正反対の風説が流布されて一部【エルフ】を良く知らぬ者達にとっては事実として定着してしまった事と同じようなモノじゃな?」
「はい。そのように考えてもらって差し支えありません」
確かに地球の一般常識的には、吸血鬼はニンニクを嫌う、あるいは忌避するとされています。
しかしゲーム【ストーリア】に登場する【吸血鬼】族は、公式設定上ニンニクを忌避しません。
まあ、【吸血鬼】の個人的な好き嫌いの問題は別ですが……。
他にも地球の一般常識的に吸血鬼が忌避したり弱点となるモノがありました。
十字架や護符など、聖水、聖句や祝詞、銀製の武器や弾丸や銀そのもの、太陽光、ニンニク……などなど。
また基本的に不死身である吸血鬼にトドメを刺すには……木の杭を心臓に突き刺す……というモノもあります。
この一般常識的に広まっている吸血鬼の設定を踏襲して、ゲーム【ストーリア】における【吸血鬼】族の公式設定として引用したモノは、以下の3つだけでした。
その1……【吸血鬼】など夜行性の【魔人】は、日中に【弱体化補正】され、夜間に【強化補正】され、満月の夜には大幅に【強化補正】される。
その2…… 【吸血鬼】は日照によって肉体が焼けて継続ダメージを受ける。
その3……【吸血鬼】は信仰魔法・聖魔法、及び、それらを使用する聖職者に【弱点】を持つ。
ゲームの設定を決める際に、一般的に広まっている吸血鬼の設定は、一応社内で空想科学的な分析(つまりは、ただの妄想)を行い考察しました。
吸血鬼は、狂犬病との関連が指摘されています。
吸血鬼に噛まれたら吸血鬼になる……という通則は……狂犬病ウイルスを持つ感染源の媒介者に噛まれるなどして狂犬病に感染した……という事。
吸血鬼が……太陽光や聖水を忌避する……という設定も、狂犬病に罹患するとウイルスに脳や中枢神経が侵される事で、強い光や水(特に流水)を恐れるようになる特徴的な症例があるそうです。
また吸血鬼が眷属として従えたり自ら変身したりすると云われるコウモリやオオカミは狂犬病の代表的媒介者でした。
この吸血鬼=狂犬病患者説は、空想科学的に一応あり得そうではあります。
なのでゲーム設定でも、【ヴァンパイア】など【吸血鬼】族は人種を【眷属化】する際に噛み付くという設定を採用しました。
因みに、通常【眷属化】を行う際には、対象の頭蓋骨を穿孔して自らの遺伝子情報を含む血液を対象の脳に送り込みます。
吸血鬼が銀を忌避するのは、銀には微生物不活性化作用があるので、医学や疫学の研究が未発達だった時代には銀が狂犬病予防に効果があると信じられたからかもしれません。
まあ、実際のところ、銀の微生物不活性化作用は狂犬病予防には殆ど何の効果も期待出来ないそうですが、これもギリギリ設定として使えそうです。
では、吸血鬼が木の杭で心臓を貫かれると死ぬ理由は?
これは、ワラキア公ヴラド3世に由来します。
吸血鬼を世界的に有名にしたブラム・ストーカーの小説……吸血鬼ドラキュラ……で、お馴染み吸血鬼界の大スターであるドラキュラ伯爵は、ワラキア公国の君主ヴラド3世をモデルにしていると云われていました。
ヴラド3世の通称が、ヴラド・ドラキュラ(ドラキュラ公)またはヴラド・ツェペシュ(串刺し公)です。
つまり、ドラキュラという呼称はブラム・ストーカーの創作ではなく、実在したヴラド3世の通称でした。
ヴラド3世の父親であるヴラド2世の異名がドラクル(竜公)。
これは純粋にヴラド2世の武威や威風を、強大なドラゴンのイメージに擬えて讃えた、本来は名誉ある称号です。
ヴラド3世は、父であるヴラド2世のドラクルという称号に……〇〇の子……を意味する……ラ……を付けてドラキュラと呼ばれるようになりました。
つまりドラキュラは、原義的には……偉大なる竜公の子……というような好意的な意味だったのです。
しかし、これが某ヨーロッパ系世界宗教の……ドラゴンはサタンの化身……というステレオ・タイプによって曲解され、ドラキュラは……悪魔の子……という不名誉な意訳となり、ヴラド3世のイメージを悪化させました。
また、ヴラド3世が行った侵略者に対する苛烈な報復や威圧や見せしめ行為も、彼のイメージを悪くする要因となったのです。
ワラキアはオスマン帝国に侵略され、ヴラド3世は親族を残虐な処刑法(串刺刑)で殺されてしまいます。
その恨みもあり、ヴラド3世は復讐として対立するオスマン帝国の捕虜を彼らが行ったのと同じ串刺刑によって処刑して、オスマン帝国の進軍経路に並べて掲げ、敵軍を威圧したり恐怖を煽り士気を挫き、結果として国土と民を守る心理作戦として利用しました。
これは実際に、ある程度効果があったらしく、ヴラド3世はオスマン帝国軍を一時は撃退しています。
しかし、この残虐で苛烈な示威行為は、ドラキュラという称号の意訳と同様に某ヨーロッパ系世界宗教国や某ヨーロッパ系世界宗教徒からのヴラド3世のイメージを悪くしました。
ただし人間を木の杭に串刺にしたのはオスマン帝国の方が先。
つまり、ヴラド3世は被害者側で、目には目をで報復したに過ぎません。
そしてオスマン帝国と戦って一時は撃退し、拡大する某中東系世界宗教国のヨーロッパへの浸透を食い止める事に貢献したヴラド3世は、本来某ヨーロッパ系世界宗教国や教徒達から見れば英雄の筈です。
しかし、かつてヴラド3世が治めたワラキアがあった地域が、後に某ヨーロッパ系世界宗教の正統を名乗る宗派とは別の宗派が多い地域になった事で、某ヨーロッパ系世界宗教同士の宗派対立により、ヴラド3世は不当に悪者にされているような気がしますね。
宗教に関する複雑な歴史的経緯はともかくとして、ヴラド3世の逸話が元となり、吸血鬼の心臓を木の杭で貫いてトドメを刺す設定に影響を与えたのは想像に難くありません。
ただし、これは因果が逆転しているので吸血鬼の弱点として設定するには、こじつけが過ぎる気もします。
従って、私達ゲーム会社は、ゲームに登場する【吸血鬼】族の設定として木の杭に関する吸血鬼の設定を排除しました。
なるべく宗教絡みのポリコレに関するデリケートな問題には触れないのが得策です。
吸血鬼が十字架を忌避するのは、前述の……某ヨーロッパ系世界宗教が恣意的に決めた……ドラキュラ=悪魔の子……というアングルに則り、某ヨーロッパ系世界宗教からするとヴラド3世は悪人でなければ都合が悪いので、木の杭のエピソードと同様に宗教絡みのプロパガンダの一環でした。
サタンの子であるヴラド3世、つまり吸血鬼は十字架を畏れる、いや畏れてもらわないと某ヨーロッパ系世界宗教会としては都合が悪くて、信者にも示しが付かない……という訳です。
これもゲームの設定として使うには、ドラキュラ限定の由来に過ぎないので、他の吸血鬼全般に効くという理由としては空想科学的説得力が弱いと判断され除外されました。
そもそも十字架を神聖視して畏怖するのは敬虔な某ヨーロッパ系世界宗教徒だからであり、某ヨーロッパ系世界宗教を信仰していない人達からすると、十字架は記号あるいは図形でしかありません。
という事は、某ヨーロッパ系世界宗教が……サタンの子……と見做すヴラド3世にとっても十字架を忌避する理由はなく、ゲーム設定にするのは、いかにもご都合主義と思えます。
なのでゲーム会社的に【吸血鬼】が十字架を忌避する設定も排除されました。
ならば吸血鬼がニンニクを忌避する理由は?
これは由来が良くわかりません。
不浄なる怪異がニンニクを忌避する設定は世界中にあるので、これも銀と同じようにニンニクの殺菌作用を期待してのモノである可能性が高いと想像出来ますが……。
ニンニクの殺菌作用は銀の微生物不活性化作用より、もっと弱いのです。
一説によると某中東系世界宗教では教祖の預言により……祈りの前にはニンニクを食べてはならない……という戒律があり、転じて……某ヨーロッパ系世界宗教徒の敵対者はニンニクが嫌いに違いない……という某ヨーロッパ系世界宗教ではお馴染みの脳内変換が行われた結果、吸血鬼がニンニクを忌避する由来になったという説がありました。
まるで事実のように流布されていますが、この……某中東系世界宗教の信者が、祈りの前にニンニクを食べてはならない……という文言が出て来る原典がゲーム会社が調べた限り何処にも見当たりません。
たぶん、これは戒律というより後世広まったマナーの類なのでしょう。
静謐な祈りの場所で、ニンニクの臭いをプンプンさせた人がいたら、迷惑で煩わしいですからね。
その一般常識的なマナーを守らせる為に……教祖が言った……という体裁にしたのかもしれません。
つまり後付け設定。
という事は、吸血鬼がニンニク嫌いという設定は完全なこじつけ。
ゲームの設定にするには、空想科学的な説得力が全くありません。
もしも……吸血鬼がニンニクの強い臭いを嫌う……という事だけが根拠となった、吸血鬼ニンニク忌避設定だとするなるなら、つまりは吸血鬼に対して、もっと臭い、例えばウ〇コなどを投げつけた方が遥かに効果がありそうです。
どうでも良い話ですね……。
・・・
【ロヴィーナ】の地上、中央神殿の一室。
私達は軽く【ロヴィーナ】のシェルター内を見学した後、屋外に移動して都市【ロヴィーナ】の中央神殿にやって来ました。
「では、悪いが、このあたりで我らは一眠りさせてもらうのじゃ」
ソフィアは言います。
「起こすのは【ドゥーム】時間の明日の未明ですね?」
「うむ。頼む」
ソフィアは【避難小屋】を取り出して室内に設置しました。
これからソフィア達は仮眠を取ります。
彼女達は昨日からずっと起きていました。
【オーバー・ワールド】と【ドゥーム】は時差と時間の流れの違いがあります。
なので【オーバー・ワールド】の基準では、普段ならソフィア達は、とっくに寝ている時間でした。
ウルスラは既に寝落ちしています。
食事をした事が睡魔に身を委ねる最後の1押しになったようですね。
まあ、8時間あまりの睡眠を仮眠と呼ぶのかはさておき、【ドゥーム】は【時間加速装置】なので、【オーバー・ワールド】の感覚なら一瞬です。
ソフィア達【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】は、全員で【避難小屋】に入りました。
「チーフ。各主要都市の視察はソフィアさん達が起きてから、また改めてにしましょう。それまでは如何しますか?」
カプタ(ミネルヴァ)が訊ねます。
「カプタ(ミネルヴァ)は、私にやらせたい仕事や、見せたい物事などはないのですか?」
「時間が無制限に使えるなら【ドゥーム】の全てをチーフに詳らかに見てもらって改善点を示してもらいたいところですが、チーフの時間は有限で貴重ですので、そういう観点で……現状は特段見てもらう必要がある物事はない……とも言えますね。主要都市は後でソフィアさん達と廻りますので、主要都市以外を少し案内しましょう」
「わかりました。トリニティ、あなたは仮眠をしなくて大丈夫ですか?」
「私は元来【遺跡】の【徘徊者】です。【遺跡】で暮らしていた頃、私は昼夜の区切りが判然としないので毎日同じ時間帯に睡眠を取る習慣ではありませんでした。なので、何日か眠らなくても全く問題ありません」
トリニティは言いました。
あ、そう。
「わかりました」
「チーフ。では、まず【ダウン・フォール】南の臨海部にある【造船所オブジェクト】に向かいましょう」
カプタ(ミネルヴァ)が言います。
私とトリニティとカプタ(ミネルヴァ)、そしてフロンとノノは、【転移】しました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
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