第1053話。人種だって魔人だって魔物だって、みんな生きている。
【ロヴィーナ】のシェルター内食堂。
食堂では数人の【魔人】達が食事をしていました。
現地時間では夕食には早い頃です。
【ロヴィーナ】では夜勤シフトの【吸血鬼】族や【夢魔】族が多いものの、【吸血鬼】や【夢魔】以外の【魔人】達もいました。
今頃は昼勤シフトの人員は仕事中で、夜勤シフトの人員は、まだ寝ています。
なので食堂は空いていました。
この後、夜勤シフトの開始に備えて沢山の【吸血鬼】族や【夢魔】族が起き出して来て、夜食(私達の感覚では朝食)を食べて仕事に向かうのでしょう。
現在食事をしている【魔人】達は、これから早出勤をする夜行性の【吸血鬼】族や【夢魔】族か、逆に早上がりの昼行性の【魔人】達でした。
工場などはラインを制御する【プロトコル】と、【自動人形】など【ドロイド】達の働きによって24時間稼働しっ放しになりますが、管理人材としての【魔人】が昼間に全員同時に睡眠してしまうと仕事が滞ったり、何かラインに異常や不具合が発生した際に素早く対応出来ないので、最低限は昼勤シフトの人員も必要なのです。
時間の流れが異なる【オーバー・ワールド】から来ている私達の腹時計的には、この食事は遅い夜食か早めの朝食に相当するでしょうか?
食堂のシステムは厨房前に並んで料理を受け取るセルフ・サービスです。
私達は注文をするまでもなく料理が盛り付けられた人数分の食器一体型のトレーを受け取りました。
「食堂では効率化の為にメニューやオーダーというシステムはありません。毎食毎に献立は変わりますが、一度に作られる料理は……お任せ定食……の1種類だけです。このトレーも皿洗いの時間や労力、保管のスペース、それから製造コストを省く為に統一規格化されています。好きな料理を選んで食べられない点の不便はご容赦下さい」
カプタ(ミネルヴァ)が説明します。
「うむ。【ドラゴニーア】軍でも戦時の前線基地では省人化や補給効率の為に似たような糧食提供方式を導入しておる。食物アレルギーや、種族の食性の違いや、個人の思想心情など個別の問題は別として、基本的に食べ物の好き嫌いを言うような者は軍隊では働けぬ。徴兵制なら話は別じゃが、【ドラゴニーア】は完全志願制の職業軍隊じゃ。食事が気に入らぬのなら、自由に食事を選べる他の業種に転職すれば良いだけの事。まあ、メニューが1つでも栄養のバランスが取れていて毎食バリエーションが変わり肝心の味が美味しければ、あまり兵士達から苦情は出ぬのじゃ。現在【ドラゴニーア】の官庁や軍隊の食事は全メニュー我が味見をして改善しておる故、好評じゃ」
ソフィアは言いました。
「え〜、【ドゥーム】では食事のメニューを選べないの〜?」
ウルスラが不満を口にします。
「食堂では……という事です。非番の時に行く飲食店やカフェや酒場などはメニューが豊富でございますし、食材を購入したり作物を育てて自分で調理すれば好きなモノを食べられます。ただし食堂は無料で食べられるので、大半の者達は食堂で食事をしています」
カプタ(ミネルヴァ)が説明しました。
「なら、メニューが豊富な飲食店の方に行こうよ〜」
「残念ながら今の時間は飲食店は空いていません。【ロヴィーナ】の人口の大半は夜行性の【吸血鬼】や【夢魔】なので、皆さんの感覚では今は早朝に相当しますので」
「なら、しょ〜がないか……」
私達は食事を始めます。
メニューは、数種の魔物肉のステーキと、ミート・ソースのパスタと、蒸し野菜と、茹で卵と、魚介のスープと、パンと、バナナとスイカ、魔物のミルクと果物のジュース。
夜行性の【魔人】が多いという【ロヴィーナ】の感覚では、これは朝ご飯でした。
そう考えると、随分と種類も量もカロリーも多いですね。
まあ、【魔人】は概して大食漢ですので、このくらいの量は必要なのでしょう。
肝心の味は、とても美味しいですね。
【自動人形】・シグニチャー・エディション達が調理しているので当然です。
【自動人形】・シグニチャー・エディションのスペシャル・モデルであるディエチは、ソフィア専属の料理番でした。
つまり製造ラインの【プロトコル】のプログラムを変更すれば、【自動人形】・シグニチャー・エディションはディエチと同じような料理特化モデルも製造が可能なのです。
もちろんディエチの場合は、人工知能の学習機能によってソフィアの味覚の好みに合わせて洗練されていますので、ソフィアにとってはディエチが最高の料理【ドロイド】なのでしょうけれどね。
料理は全体的に薄味で淡白にも感じますが、これは大量の食糧を食べる【魔人】達の食性に着目して、塩分や糖分や脂肪分などが過多にならないように健康面の配慮をしてあるからのようです。
・・・
食後。
「カプタ(ミネルヴァ)が率いる【ドゥーム】の【魔人】や魔物の労働条件や報酬体系はどうなっているのですか?」
私は気になっていた事を質問します。
私はトリニティやカリュプソなど陣営の【魔人】には世界の先進国基準で見ても高額と見做せる給与を支払っていました。
また【神の軍団】の神兵は【古代竜】達ですが、彼らにも給与に類する魔物の肉などや、シフト制で休みも与えています。
【神の軍団】の神兵に支給している魔物の肉を冒険者ギルドや商業ギルドで買取して貰えば相当な価値になりました。
なので、魔物肉を買取して貰った資金で比較的安価な家畜肉などを買うか自分で牧場経営でもして家畜を育てて【神の軍団】の神兵に与えた方が安上がりなのです。
そういう意味では【神の軍団】の魔物達も高給取りでした。
今後は【時間加速装置】である【ドゥーム】から農畜産物や、狩猟された魔物素材が大量に供給されるので、それを【神の軍団】の神兵達の食料にする事も出来ます。
【ドゥーム】では、その辺りが如何なっているのでしょうか?
【ドゥーム】はゲームマスター本部の直轄地です。
そしてチーフ・ゲームマスターの私は、ゲームマスター本部の代表であり責任者でした。
つまり私は【ドゥーム】の最高責任者であり、カプタ(ミネルヴァ)が使役する配下の【魔人】や魔物は、間接的には全個体が私の部下なのです。
私は自分の部下達を、完全無報酬で休みもない何処ぞのブラック企業のような労働条件で酷使するような運営を好みません。
「【ドラゴニーア】の公職者の給与体系を基準にして給与を支給しています」
カプタ(ミネルヴァ)は説明しました。
「給与を支払う原資は?つまり経済原理的に給与が支払えるのですか?何故なら、【ドゥーム】の生産物には誰も対価を支払っていません。【ドゥーム】で生産された【自動人形】・シグニチャー・エディションなどの【ドロイド】や、農作物の備蓄は【シエーロ】や【魔界】などに出荷されますが対価は支払われません。一体どうやって給与を支払っているのでしょうか?」
「大量の【自動人形】・シグニチャー・エディションなど【ドロイド】の労働そのものに価値が生まれ、それが財あるいは富となり、【魔人】や魔物の給与の原資となります。周知の通り【ドロイド】の労働には製造コストやランニング・コスト以外の対価は全く支払われません。また、チーフのゲームマスター権限で【複製・転写】した基幹資源は無から生み出されモノなので、製造コストも極めて低く抑えられています。従って大量の【ドロイド】によって行われる無報酬労働は、効用としての価値が担保された形のない財として振る舞い、事実上貨幣と等価のモノとして【ドゥーム】の経済市場の中で働きます。これは【ドゥーム】という隔絶された【マップ】で、超高性能の【ドロイド】を大量導入しているからこそ可能な手法です。【オーバー・ワールド】で同じ事をすると、【ドロイド】が人種の雇用を奪い市場経済にも悪影響が出るので、チーフが許可をしてくれなかったでしょう」
カプタ(ミネルヴァ)が説明します。
なるほど。
【ドロイド】による労働(タダ働き)そのものが、カプタ(ミネルヴァ)が予算執行する財源になっている、と。
「使役する魔物にも通貨で給与を支払っているのですか?魔物は、そもそも貨幣による市場経済原理の枠にハマるのでしょうか?」
「【古代竜】などは元来人種より知性が高いので、教えれば貨幣の仕組みなど経済理論を問題なく理解出来ます。なので自然界においては狩で獲る食糧が、労働の対価として得る給与で同じモノが買えるとするなら、危険を冒して狩をするより、仕事をして貰った給与で食糧を買う方が安全で合理的だと考え、私達の陣営に自ら加わる個体もいます。私達の意に従わず私達の陣営と対立するなら駆逐してしまうので、実質的には力で支配している状況とも考えられますが、それは太古の昔に原始の人種に突き付けられた選択と同じです。つまりコミュニティに加わってコミュニティの一員としてコミュニティのルームを守る事によって安全や役割分担や集合知や集約化や利便性など集団の恩恵を受けて生きるか?あるいは、自分の意思以外には何ものにも縛られない完全な個人の自由を持った生き方を享受する代わりに、安全や役割分担や集合知や集約化や利便性など集団の恩恵を受けないで生きるか?また個人とコミュニティを形成した者達とで利害対立が起きれば、個人は集団には勝てません。私達の陣営に与して仕事をして給与を得る生活は、実際魔物の側にも大きなメリットがありますので、後は魔物の側の選択の問題に帰結します」
「寿命がないタイプの【魔人】達は如何でしょう?給与をもらって主に何に使っているのでしょうか?寿命がない種類の【魔人】は繁殖が出来ません。つまり配偶者を養ったり子供を育てる事がありません。つまり一般的な人種のように家族の為に支出する事はないでしょう?また、家族や子孫がいなければ、家族や子孫の為に財産を遺すという概念も希薄になりそうですしね」
「【ドゥーム】にいる【魔人】の中には【ワー・ウルフ】や【ワー・タイガー】など繁殖可能な種類もいますが、大半は繁殖をしない種類です。繁殖を行わない種類の【魔人】は確かに……種の保存……の為に子供を産み育てませんので、人種や繁殖や子育てをする種類の【魔人】に比べて家族や子孫に財産を遺すという考え方は希薄になります。しかし【ドゥーム】では繁殖をしない種類の【魔人】もパートナーを探して一緒に暮らす事は珍しくありませんし、繁殖をする種類の【魔人】から子供を譲り受けて養子とする例もあります。そういう場合には、パートナーや養子の為に貯蓄や投資をして財産を遺す事もあります。繁殖を前提としないのでパートナーは種族に拘らず、また異性とも限りません」
「なるほど繁殖をしなくてもパートナーと家庭を持ったり養子を育てる事はある訳ですね。ただし、寿命がないタイプの【魔人】は不老長命なのですから、人種のように老後に備えて貯蓄をする必要はありませんよね?そうなると、やはり人種などに比べれば相対的に支出に占める割合は、貯蓄や投資より消費が多くなりそうな気がします。であるならカプタ(ミネルヴァ)が率いる【魔人】達の主な支出先は何になるのか興味があります。老後への蓄えが必要ないなら、その不老長命の人生において【魔人】達の消費欲を満たすのに十分な供給が【ドゥーム】にはあるのですか?つまり【ドゥーム】には、お金を使う趣味や遊興や娯楽というモノが十分にあるのでしょうか?あるいは、そもそも【魔人】にとっての趣味や遊興や娯楽とは何なのでしょうか?カプタ(ミネルヴァ)が【魔人】達の為に、そういう娯楽施設などを造ったりするのでしょうか?」
「【魔人】達の給与の使途は、大きな支出先として代表的なモノに別荘がありますね。基本的に【ドゥーム】で私の配下となっている【魔人】と魔物は衣食住は支給されます。それとは別に都市城壁外の湖畔や高原や海岸に別荘を作ったり買って休暇にはパートナーと別荘で過ごし、趣味として別荘の建物や内装を自分で作ったり修理したり改装したり、庭を手入れして花や木を植えたり、畑や菜園を作ったり、家畜(魔物)を飼ったりするのが流行っています。その他の給与の使途は、スポーツ、散歩、ハイキング、キャンプ、狩猟、ドライブなどのアウトドアや、研究・開発などを趣味と実益を兼ねて行ったり、音楽・舞踏・演劇などを観たり自分でやったり、飲食をしたり自分で料理したり、と様々です。そういう意味では【ストーリア】の人種と、あまり変わりありません。それから、飲食店やカフェや酒場や遊戯施設などは、私が作り【自動人形】や【ドロイド】が働く、言わば娯楽インフラとしての官営サービス業社の他、【魔人】達が経営する民営のモノもあります。もちろんチーフが問題提起するように【魔人】は不老長命ですので、この先数十年、数百年と【ドゥーム】の年月が経過すると、何か予期しない状況の変化が起こる可能性はあり得ます。しかし、その場合も局面局面で最善と思われる施策を講じる他はありません」
「なるほど。良くわかりました」
【魔人】や魔物と言っても、基本的には人種の社会とそう変わらないようです。
人種だって、【魔人】だって、魔物だって、僕らはみんな生きている。
友達になれるのかは、わかりませんけれどね。
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