第1050話。ニックネーム。
本日2話目の投稿です。
【カラミータ】中央神殿。
会議室。
私とトリニティ、【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】、ミネルヴァの分離体と【カラミータ】の首長スコルピアは市街の視察を切り上げて神殿に戻って来ました。
ミネルヴァの分離体から休憩を提案されたからです。
確かに飲み物などが欲しい気分でした。
【ドゥーム】は元砂漠だけあって暑いのです。
【秘跡・マップ】なので季節の移り変わりなどの細かな世界観の作り込みは行われておらず、気候設定は通年常夏。
地球の赤道直下くらいのイメージだと思いますね。
単なる日照と温度の問題だけなら私は当たり判定なし・ダメージ不透過の仕様で、トリニティやソフィア達も各種強力な耐性や【防御】で何ともないのですが、砂漠時代にはなかった湿気が多少不快です。
この湿度は、環境が回復した事で水が自然界に豊富にあるという証左。
【ドゥーム】では夕刻になると大体短時間に集中して強い雷雨が降るのだとか。
まあ、稲妻という言葉もあるように、雨が多い事は稲の生育にとっては妻のように好ましいモノなので、悪い事ではありません。
「ミネルヴァ。何か【オーバー・ワールド】から持ち込んだ方が良いモノや、【ドゥーム・マップ】特有の問題などはありますか?」
「どうしても必要なモノは【共有アクセス権】で繋がる私の1体目の分離体などに送らせる事が可能ですが、不思議な程あまり過不足は感じません。もちろん贅沢を言い出せばキリがありませんが。当初私は、こちらにはハエやゴキブリなど小さな昆虫がいない事で生態系に何か不具合が起きるのではないか?と危惧しました。しかし、その昆虫の不在を【スライム】などが代替しています。昆虫などの競合がいないからなのか、こちらでは【スライム】は大繁殖しています。なので【スライム・ネットワーク】が情報収集に役立っています。つまり自然というモノは柔軟性が高いのでしょう」
ミネルヴァが説明しました
「なるほど」
「ミネルヴァよ。其方は本体の他に分離体が2柱いて混乱するのじゃ。じゃから我がニックネームを付けてやろう」
ソフィアが言います。
「ニックネームですか?」
ミネルヴァの分離体は訊ねました。
ソフィアが付けるニックネームは、【ファヴニール】、【リントヴルム】、【ニーズヘッグ】、【ユグドラシル】、【ヨルムンガンド】……という具合に何の捻りもないですからね。
ミネルヴァの分離体2柱のニックネームは……ミネとルヴァとか?
「分離体の片方がミーネで、もう片方がルーヴァではどうじゃ?」
ソフィアが訊ねます。
ほらね……。
「もしかしたら分離体の数が今後も増える可能性があるので、そのネーミング・パターンだと3柱目以降は選択肢がなくなります」
ミネルヴァが、やんわりと断りました。
さすがに……ミーネとルーヴァ……はミネルヴァ的に嫌だったのでしょう。
「そうか?では、ノヒトよ、其方がミネルヴァの分離体のニックネームを決めるのじゃ」
ソフィアが私に話を振ります。
「ミネルヴァのニックネームですか?別に必要ありませんよ。分離体もミネルヴァです」
「いや。我が混乱するのじゃ。ニックネームは必要なのじゃ」
ソフィアが言いました。
「え〜と……ミネルヴァのニックネームと言えば、まず思い浮かぶのはカプタですね」
「カプタ?ミネルヴァとは1文字も重ならぬではないか?」
「ミネルヴァは、地球のローマ神話で、知恵、魔法、医学、商業、製織・工芸、詩……などを司る女神の名前から由来します。そのローマ神話のミネルヴァ女神の渾名がカプタと呼ばれているのです」
「何故じゃ?」
「さあ?カプタの由来は知りませんね。ラテン語でカプタは多分……取る……とか、そんな意味ですが関係なさそうです」
「何じゃ。ノヒトは、いい加減じゃの〜。まあ、良い。ならばミネルヴァの分離体のニックネームの1つはカプタで決定じゃ。もう1つは?」
ソフィアは勝手にミネルヴァのニックネームを決めてしまいます。
「ミネルヴァ。ソフィアは、こう言っていますが如何しますか?」
「わかりました。まずは今ここにいる私のニックネームは、カプタにしましょう」
ミネルヴァ……改めカプタは簡単に了承してしまいました。
「良いのですか?」
「はい。チーフに頂いた名前ですから」
あ、そう。
「ノヒト。もう1つのニックネームを考えるのじゃ」
ソフィアが急かします。
私はネーミング・センスが死亡しているので名付けは苦手なのですよね。
「なら、ミネルヴァ。幾つか候補を挙げますので、その中から選んで下さい」
「わかりました」
カプタ(ミネルヴァ)が頷きました。
「え〜と、地球のローマ神話の女神ミネルヴァが他言語圏や他宗教で同一視されるのは、エルトリア語ではメンルヴァ、ギリシア神話ではアテーナー、ケルト神話ではスリス、メヌア、ブリギット、ブリガンティア……こんな感じですね?ミネルヴァ、何れにしますか?」
「それは【魔界】にいる分離体の個体名という事ですね?」
カプタ(ミネルヴァ)は確認します。
「そういう事になりますね」
「では、家名も含めてブリギット・ブリガンティアにします」
カプタ(ミネルヴァ)は言いました。
つまり現在【魔界】にいるミネルヴァの分離体がブリギット・ブリガンティアというニックネームになる訳です。
「ほ〜う、ブリギット・ブリガンティアか。何やら由緒ありそうな名じゃ。ではカプタの方の家名は如何する?」
「カプタ・カピトーリアでは如何でしょうか?地球のローマ神話の最高神ユーピテルと、その配偶者の女神ユーノー、それに女神ミネルヴァを加えた3神に献じられた神殿を現地ではカピトーリアと呼ぶそうです。そこから由来しました」
カプタ(ミネルヴァ)は言いました。
カプタ(ミネルヴァ)は、自分のニックネームを考える事を面白がっているようです。
「うむ。カプタ・カピトーリアか。悪くないのじゃ。良し、今後はミネルヴァ本体と、【魔界】におるブリギット・ブリガンティアと、ここにいるカプタ・カピトーリアじゃな?これで混乱は起きぬのじゃ」
ソフィアは満足気に頷きました。
「そうですね。私も色々とニックネームを名乗れて楽しいです」
カプタ(ミネルヴァ)が同意します。
いや、3個体の同一自我を纏めてミネルヴァと呼んだ方が、むしろ私は混乱しないのですが……。
ミネルヴァの分離体は姿を自由に変えられるので……こっちのミネルヴァの分離体はブリギットかな?カプタかな?……などと、いちいち考えていたら逆に紛らわしいような気がします。
まあ、カプタ(ミネルヴァ)自身が楽しいなら別に構いませんけれどね。
こうしてミネルヴァの分離体には、現在【魔界】にいるブリギット・ブリガンティアと、目の前にいるカプタ・カピトーリアというニックネームが、それぞれ名付けられました。
「それはそうと、ミネルヴァ……あ、いや、カプタ。分離体の数が今後も増える可能性がある……とは、一体如何いう意味ですか?」
私は先程カプタ(ミネルヴァ)が言った気になる言葉について問い質します。
「そ、それは言葉の綾でございます。他意はございません」
カプタ(ミネルヴァ)は少し焦ったように取り繕いました。
「カプタ。そのカプタのボディ……つまりミネルヴァが同期する2体目の空アバターは、ソフィアが【生贄のトーテム】に自らの生命を供物に捧げた事で世界・システムから与えられました。なので同じ事をすれば、またミネルヴァの分離体が【生贄のトーテム】から喚び出される可能性があると思います。【神蜜】のストックには限りがあるので、そう何度も繰り返せませんが、ソフィアがまた【生贄のトーテム】で儀式を行えば、またミネルヴァの分離体がスポーンするかもしれません。もしかして、カプタ……いいえ、カプタが考える事はミネルヴァの思考と完全に同期しているので、あえてミネルヴァと呼びます。ミネルヴァは、またソフィアに生命を対価にした儀式を行わせようと考えているのではありませんか?」
「そのようなつもりは……」
「ミネルヴァ……」
私はカプタ(ミネルヴァ)の言葉を遮りました。
ソフィアとウルスラは、自分達が名前を呼ばれた訳ではないのに……ビクッ……と首を竦めます。
カプタ(ミネルヴァ)が実際どのような意図で言ったのかは、この際大して重要ではありません。
ただし私の考えは聞いてもらいます。
そしてカプタ(ミネルヴァ)が何か考え違いをしているとするなら、私に従ってもらう必要がありました。
「ミネルヴァ。私はソフィアはもちろん身内の誰かが寿命以外の事故や事件などで亡くなった場合、【神蜜】を用いて蘇生する事については、理由の如何に拘らず躊躇なく実行すべきだと考えています。しかし、【神蜜】を持っていて蘇生可能だからと言って、ソフィアだけでなく身内の誰かが【神蜜】の使用を前提とした【生贄のトーテム】の儀式でワザと自殺するような事は絶対に是認しません。それは、ミネルヴァの判断であってもです。それだけは覚えておいて下さいね」
私は仮に蘇生が可能だとしても……ワザと自殺する……などという事は不健全で不自然で生命への冒涜だと思います。
それだけはなく、物理的に何かが起きて蘇生が失敗する可能性もありました。
【神蜜】は自分では飲めません。
誰かに飲ませて(体内に投与して)もらう必要があります。
その生命を預ける誰かが裏切ったら?
その誰かに何らかの問題が生じて【神蜜】を投与出来なかったら?
そういうリスクは厳然と存在するのです。
それが極めて低い確率だとしても、死ぬ可能性は軽視出来ません。
「了解しました。チーフの意思に従います」
カプタ(ミネルヴァ)は襟を正して言いました。
「わかってくれたなら結構です」
ソフィアとウルスラは……ほ〜っ……と息を吐きます。
「話は変わりますが、今後カプタ(ミネルヴァ)は如何しますか?」
「如何とは?」
カプタ(ミネルヴァ)は訊ね返しました。
「つまり、【ドゥーム】の生産体制が軌道に乗ったと判断して【オーバー・ワールド】に異動するのか?まだ、しばらく【ドゥーム】での職務を続けるのか?」
「私の希望は、しばらく【ドゥーム】の管理・運営を継続したいと思います。【ドゥーム】の【時間加速装置】としての存在価値は高く、ゲームマスター本部としては率直に言って【ワールド・コア・ルーム】に次ぐ陣営の重要拠点です。また【ドゥーム】は【時間加速装置】なので、何か問題を察知した際に【オーバー・ワールド】から駆け付けるとすると時間の流れの違いにより対応が間に合わないリスクもあります。少なくとも、チーフかブリギット(ミネルヴァの分離体1号)か私(ミネルヴァの分離体2号)に匹敵する能力を持った誰かを後任として役割を引き継げるまで、私は【ドゥーム】を離れるべきではないと思います。もちろんチーフに別の考えがあれば従います」
カプタ(ミネルヴァ)は言います。
「という事は、事実上カプタ(ミネルヴァ)は【ドゥーム】を離れられないのでは?私やミネルヴァの分離体に匹敵する能力を持つ者は守護竜くらいでしょう。守護竜を【ドゥーム】の庇護者にリクルートするのは不可能ですからね」
「はい。なので私は、先程チーフに考え違いを指摘されたような誤った想定をしてしまいました」
「なるほど」
私が指摘したカプタ(ミネルヴァ)の考え違いとは……ソフィアの生命を対価にして【生贄のトーテム】による儀式を行い、ミネルヴァの分離体を増やそう……という事ですね。
「ただし、そもそもの話として現在私が使用している、この空アバター自体が当初の想定では存在しなかったのですから、それを考えれば……現状ゲームマスター本部には何も損害はない……とも言えます。当面私は、この生産拠点【ドゥーム】の庇護者として任務に当たり、ゲームマスター本部陣営を後方から支えたいと思います」
「わかりました。【ドゥーム】の事はカプタ(ミネルヴァ)に頼みます」
「お任せ下さい」
「スコルピア。中央都市【カラミータ】の首長をしておる其方が、カプタ(ミネルヴァ)の次席なのか?」
ソフィアが話題を変えました。
おそらくカプタ(ミネルヴァ)が……ソフィアの生命を対価にする【生贄のトーテム】の儀式を行わせよう……と予定していた(かもしれない)事で、私がカプタ(ミネルヴァ)に対して少し……ピリッ……とした事を気にしたソフィアが場の空気を変えようと気を遣ったのかもしれません。
「私は単なる【カラミータ】の首長でしかありません。ミネルヴァ様……あ、いえ、カプタ(ミネルヴァ)様の次席という役職について、カプタ(ミネルヴァ)様からの明言はありませんが、私達【ドゥーム】各都市の5首長からは……事実上カプタ(ミネルヴァ)様の次席に相当する……と見做されている者はおります」
スコルピアが答えます。
「ほう、相当に強力な存在であるスコルピアより、更に有力な者がおるという事じゃな?カプタ(ミネルヴァ)よ、【ドゥーム】には、スコルピアを凌ぐような優れた人材がおるのか?」
ソフィアは訊ねました。
「単純な個体戦闘力という意味でなら各都市の首長達より強力なユニットがいます。ただし、その者が能力全体としてスコルピアより優れているとは思いません。スコルピア達、各都市の首長は知性と管理能力と事務処理能力を重視して任命しています。対して、あの2頭は暴力装置という位置付けですので。カテゴリーが違い、比較対象ではありません」
カプタ(ミネルヴァ)は説明します。
「ふむ。暴力装置とな?まあ、統治にはそういった睨みが利く者達の存在も必要じゃ。で、その暴力装置を紹介してもらえるか?会ってみたい」
「わかりました。彼女達は現在【ロヴィーナ】に駐屯しています。チーフ、今から【ロヴィーナ】に向かっても宜しいですか?」
カプタ(ミネルヴァ)は訊ねました。
「はい。いずれにしろ【ドゥーム】の全都市を視察するつもりでしたので、そろそろ【ロヴィーナ】に移動しましょう」
「うむ。武力において【ドゥーム】でカプタ(ミネルヴァ)に次ぐ強者か?顔を見るのが楽しみじゃ」
ソフィアが言います。
「では、スコルピア。私は皆さんを案内するので、ここの事は頼みます」
カプタ(ミネルヴァ)はスコルピアに命じました。
「畏まりました。行ってらっしゃいませ」
スコルピアは言います。
私とトリニティ、【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】、カプタ(ミネルヴァ)は、スコルピアと別れて【ロヴィーナ】に【転移】しました。
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