第1049話。パクリ……いいえ、リスペクトです。
【カラミータ】。
私達は【カラミータ】の市街を視察がてら歩いています。
【ドゥーム】が【秘跡】だった時には廃墟だった【カラミータ】の市街は、ミネルヴァの分離体による開発が完了していて、無数の【自動人形】・シグニチャー・エディションと様々な形状をした何処かで見た覚えがあるロボット達が忙しく往来して作業に従事していました。
「【カラミータ】では基本的に米や小麦など穀物を中心とした農作物と、【自動人形】・シグニチャー・エディションや【開拓農夫ロボット】など【ドロイド】の生産を行っています。都市内至る所の建物では【ドロイド】の各パーツを造り、中央神殿の製造ラインで組み立てを行っています。現在ほぼ【ドゥーム】には【ドロイド】が行き渡り、【シエーロ】と【魔界】など【オーバー・ワールド】への出荷用をメインに生産しています。高度なタスク処理が行える【自動人形】・シグニチャー・エディションなどの【ドロイド】が大量に投入されて【魔界】の人材不足問題は解決したと考えて差し支えありません。ルシフェルとベリアルが、チーフに感謝していました。【オーバー・ワールド】出荷用の【自動人形】・シグニチャー・エディションは既に当面の必要数は賄えたので減産体制にあります。現在は、【自動人形】・シグニチャー・エディション以外の【ドロイド】の生産を増やしています」
ミネルヴァが説明します。
【魔界】の人材不足は深刻でした。
私が世界にログインしなかった900年の間に、【魔界】では【天帝】を僭称した【知の回廊の人工知能】とルシフェル達クローン【天使】による愚民化政策が行われていた為、現在の【魔界】住民は極少数の支配階級以外、文明の出発点である識字率すら皆無な状態だったのです。
なので私から【魔界】の庇護者に任命され【魔界】の復興と再開発と文明化を命じられたルシフェルは、【魔界】の現地人に読み書き計算を教えるところから着手しなければならず相当苦労していました。
何故なら文字が読めない人達に、文字を教える人材すらいないのですから。
ミネルヴァからの報告によると、ルシフェルは休息も睡眠もロクに摂らず毎日未明から深夜まで【ハイ・エリクサー】をガブ飲みしながら魔法をブン回して働き詰めらしいです。
ふん、そのくらい、どうという事もありませんよ。
自慢じゃありませんが、私は一睡もしていませんからね。
それに【魔界】の初期配置原住民達を虐殺してクローンに置き換え知識を奪い、意図的に文明水準を下げさせ、軍事技術的に反乱などが出来ないようにして統治し易いように愚民化政策を採っていたのは【知の回廊の人工知能】とルシフェル達なのです。
つまり【魔界】に人材がいないのは、ルシフェル達クローン【天使】の完全な自業自得。
私はルシフェル以下のクローン【天使】達に刑罰として【魔界】の復興と再開発と文明化を科しました。
つまり苦役も罰の内なのです。
とはいえ【ドゥーム】から既に億単位の【自動人形】・シグニチャー・エディションが送られた【魔界】では、官僚や技官や教師や産業指導員などの人材不足は今後全て解決する……いや、もはや解決したと考えて差し支えありません。
ルシフェル達への罰が甘くなるという考えもありますが、【魔界】の復興や再開発や文明化が滞ると、結果として受益者である罪のない【魔界】の住民達に損害が出てしまいます。
ここは不本意ながらルシフェル達を助けてやるのも致し方ない事でした。
その代わり、ルシフェル達は自力で問題解決が出来ずに、私とミネルヴァに助けてもらったのですから、刑罰に服する期間は短くなりませんからね。
【創造主】や私や会社のみんなが魂を込めて創り上げた世界観をブチ壊し、十数億もの初期配置NPC達を皆殺しにしたルシフェル達には甘い顔なんかしません。
アイツらには生かしておいてもらえるだけで感謝して欲しいですよ。
いかん、いかん。
ルシフェルがやらかした暴虐邪智な悪行の数々を思い出すと、つい抑え難い怒りが湧いて来てしまいます。
あんな奴らの為には、感情を動かすのさえ勿体ない。
閑話休題。
【自動人形】・シグニチャー・エディションの存在を知る私の身内や関係者は……【自動人形】・シグニチャー・エディションとは、【高位級】の近接戦闘が行えて、【高位魔法】を1日に数回程度行使出来て、高度な演算能力で戦略や戦術などを理解して、目的などを伝えれば独自判断で適切な行動を選択出来る優れた汎用【魔法使い・ドロイド】……だと考えていると思います。
しかし、それは【自動人形】・シグニチャー・エディションのスペックの一端でしかありません。
単に強力な戦闘力を有する人型兵器なら、私は【自動人形】・シグニチャー・エディション以上のスペックの【ドロイド】を幾らでも製造出来ます。
私が想定する【自動人形】・シグニチャー・エディションの運用コンセプトは……高度なタスク処理……でした。
この世界は、当たり前に魔法が存在する世界観なので、【自動人形】・シグニチャー・エディションも魔法を使えるようにしましたが、私の設計思想は……人が自分の赤ちゃんの世話を任せられるくらい安全で、人に寄り添って人と同じ仕事を、より早く正確に熟せる万能労働者……なのです。
その【自動人形】・シグニチャー・エディションは、時間の流れが【オーバー・ワールド】の86400倍である【時間加速装置】の【ドゥーム】で大量生産され【魔界】に毎秒出荷されていました。
ミネルヴァは現在【自動人形】・シグニチャー・エディションを減産しているそうです。
「それが良いでしょうね。毎秒300体ずつ延々と出荷されていたら、世界が【自動人形】・シグニチャー・エディションで埋め尽くされてしまいます」
「ノヒトよ。我も【自動人形】・シグニチャー・エディションを追加で欲しいのじゃが?」
ソフィアが言いました。
「ソフィアなど守護竜に20体ずつ、グレモリーに500体、【竜城】への500体への納入が既に完了。それからノートとシピオーネにも500体ずつの譲渡を以って、取り敢えず【自動人形】・シグニチャー・エディションの譲渡計画は終了です。そもそも【自動人形】・シグニチャー・エディションは非売品です。購入するなら【マリオネッタ工房】から【自動人形】・オーセンティック・エディションを買って下さい」
「言い値で対価を払っても【自動人形】・シグニチャー・エディションはダメか?」
「ソフィアや他の守護竜が個人的に使用するという事であれば応相談ですね。ミネルヴァに依頼してみて下さい。ただし基本的なスタンスとしては、人種が自力で【自動人形】など高度な【ドロイド】製造技術を獲得するまでは一般販売はしません。【自動人形】・シグニチャー・エディションはユーザー基準で見てもオーバー・テクノロジーです。【自動人形】が欲しいなら900年前のユーザーが実用化していた技術を組み合わせた【自動人形】・オーセンティック・エディションを購入してもらいます」
「我が個人で使う分には売ってくれるのじゃな?ミネルヴァよ、売って欲しいのじゃ」
ソフィアは依頼します。
「わかりました。では、現在【ドラゴニーア】が管理する【ヴァルプルギスの夜】の本拠地【月面基地】の所有権を譲渡して下さい。その上で代金を支払ってくれれば、【自動人形】・シグニチャー・エディションは幾らでも販売しますよ」
ミネルヴァは条件提示をしました。
「いや、あれを譲渡するのは、おそらくロザリアが許可せぬじゃろう。【ドラゴニーア】と【シエーロ】で共同管理という事ではダメか?」
「ゲームマスター本部が【月面基地】の設備を優先的に使用して、その成果を【ドラゴニーア】と共有するという事なら……」
「う〜む。一度持ち帰らせてくれ。アルフォンシーナとロザリアと検討してみるのじゃ」
「わかりました」
こんな感じで普段ミネルヴァとソフィアは、私が関知しない政治的な交渉をしているのですね?
「ミネルヴァ。【月面基地】は私も査察した事があります。確かにユーザーの建造した施設としては現代においても最先端と断言して間違いない技術でしたが、それでも私やミネルヴァが欲しがるような技術レベルではなかったと思いますが?」
「【月面基地】の建造された場所が絶妙なのです。欲しいのは利用価値が高い月面の土地ですね」
ミネルヴァが言いました。
「なるほど」
「それから、ノートさんとシピオーネさんへの【自動人形】・シグニチャー・エディション500体譲渡も既に完了しました。今後は既存個体が壊れた際に換装・代替する目的で少数ずつを生産する事になります」
ミネルヴァの分離体は報告します。
「あ、そう。わかりました」
「ミネルヴァよ。【自動人形】・シグニチャー・エディションとは違う、あの小さな【ゴーレム】は何じゃ?」
ソフィアが指を差して質問します。
ソフィアの視線の先には、身長150cmほどのコンパクトで、スリムなフォルムをした【ゴーレム】が作業をしていました。
「汎用【ゴーレム】の【ハンディ・アンディ】・シリーズです」
ミネルヴァの分離体が説明します。
「ほう。では、あっちの履帯式のロボットは?」
ソフィアが指差す先には、上半身は人型で腰から下が履帯になった【ドロイド】が作業をしていました。
「汎用【ドロイド】の【ジャック・オブ・オール・トレーズ】・シリーズです」
「ミネルヴァ。【便利な・アンディ】と【何でも屋のジャック】は【ヴァルプルギスの夜】の製品ですか?」
私は訊ねます。
どおりで何処かで見た事があると思いました。
ユーザーが消失している現在、生産系ユーザー・サークルの【ヴァルプルギスの夜】から【ゴーレム】や【ドロイド】を購入する事は出来ないので……つまりミネルヴァが完全コピーしたのでしょうね。
確かに、力仕事や単純作業などの比較的演算リソースが少なくて済む労働ならば、機能を絞ってパワーなどに能力を振った【ゴーレム】や【ドロイド】にやらせた方が高効率でした。
人が行う育児や看護や医療やデスク・ワークなどの繊細な仕事を任せられるコンセプトで設計されている【自動人形】・シグニチャー・エディションは、その分製造コストが高いので、力仕事や単純作業だけをやらせるとコストとリソースの無駄になります。
「はい。【ヴァルプルギスの夜】による設計を基に私の本体が各部のギミックを最適化して【ドゥーム】で量産しました。チーフが設計した【自動人形】・シグニチャー・エディションは、確かに非の打ち所がない完璧で素晴らしい【ドロイド】なのですが、人種に寄り添う事を主眼に置かれている為に対人安全性やコミュニケーション能力に相当なリソースが割かれていて、やや高コストでした。【ドゥーム】には人種はいないので単純作業に従事させるだけなら、対人安全性もコミュニケーション能力も最低限で問題ありません」
ミネルヴァは説明しました。
「あ〜、そうでなくて、【ヴァルプルギスの夜】の製品をパク……コピーしてしまうのは、どうなのでしょう?」
「特許は850年前に完全に失効していますので問題ありませんが、生産を中止しますか?」
「う〜ん。まあ、確かに知的財産権は侵害していません。わかりました。有用な技術は使わせてもらいましょう」
「わかりました」
私の感性としては、幾ら特許切れとは言えデザインを変えたりなど、何らかのアレンジを加えてオリジナルには敬意を払いたいところですが……。
特に私やミネルヴァは運営側ですしね。
運営がユーザー・サークルが開発した認知度が高いゲーム時代のベスト・セラー【ドロイド】を丸々パクってしまうのは世間体が悪いと思います。
まあ、既に特許は切れ、ユーザー自体も900年前に消失してしまってるので、運営によるパクリを批判される事もありません。
合法的に使えるモノは使わせてもらいましょう。
パクリ……いいえ、これはリスペクトですよ。
「あっちの多脚式のロボットは何じゃ?」
ソフィアは訊ねました。
「彼女はロボットではなく【魔人】の【ギルタブルル】で個体名はスコルピアです。スコルピアに【カラミータ】の首長を任せています。紹介しましょう。スコルピア、こちらに来なさい」
【ギルタブルル】のスコルピアは、こちらを見て頷くと、多脚を素早く動かしてやって来ました。
【ギルタブルル】とは人の女性の上半身と蝎の下半身を持つ【魔人】です。
蝎……スコーピオンだから、個体名がスコルピアなのでしょうね?
何という安直。
まあ、わかり易さは大切です。
蝎型の【ギルタブルル】に似た【魔人】に、人の女性の上半身と蜘蛛の下半身を持つ【アラクネ】がいました。
ノート・エインヘリヤルのところの最強戦力であるルナ・ピエーナが【アラクネ】ですね。
【ギルタブルル】も【アラクネ】も上半身の女性部分は、ほぼ例外なく美形です。
そのようにゲーム会社がデザインしているので、文字通り作り物みたいに美人ですよ。
しかし下半身は蝎や蜘蛛なので、良く見ると結構グロテスクでした。
多くの女性には忌避感を想起させるリアルなビジュアルです。
男性の私も虫は苦手ですので、これは男女を問わない問題かもしれません。
しかし蝎や蜘蛛やムカデやダンゴムシなどは、昆虫ではなく節足動物なので、私は……あれは昆虫よりもエビやカニなど甲殻類に近い動物だ……と自分に言い聞かせてギリギリ大丈夫という事にしています。
【ギルタブルル】は主に歩行に用いる8本の脚と、2本の鋏型の触肢と、毒針の尻尾を持っていました。
【アラクネ】も主に歩行に用いる8本の脚と触肢を持ちますが、一般的な蜘蛛と同じように【アラクネ】の触肢は脚と同じような形状をしており、尻尾はなく腹部の先から糸を出します。
「ミネルヴァ様。何か御用命ですか?」
スコルピアは、ミネルヴァの分離体に向かって恭しく礼を執りました。
「スコルピア。この方こそ、あなた達【ドゥーム】に生きる全ての生命体の上位に君臨するノヒト・ナカ様です。私の上席者でチーフ・ゲームマスターです。こちらが【オーバー・ワールド】でセントラル大陸と全海洋に君臨する【神竜】のソフィアさん。そして彼女はゲームマスター代理のトリニティです。チーフとソフィアさんは【神格者】、トリニティは【準神格】。3名共あなたの上位者であり絶対強者です。挨拶をしなさい」
「ノヒト様、ソフィア様、トリニティ様。皆様の御威名は、ミネルヴァ様より予々伺っております。私はミネルヴァ様より【カラミータ】の首長を拝命しております、スコルピアです。以後お見知りおき下さいませ」
スコルピアは上半身を深く折り曲げて頭を下げます。
「ノヒト・ナカです。どうぞ宜しく」
「ソフィアじゃ。よろしくなのじゃ」
「ゲームマスター代理のトリニティです」
私達は挨拶を交わしました。
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