第1046話。エンプティ・アーティファクト。
ゲームマスター本部ノヒト・ナカ・執務室。
ソフィアは【上位妖精】のキアラをウルスラの従者としました。
ウルスラは現在ケーキ・バイキングでケーキ塗れになっています。
ソフィアは【ドゥーム・シナリオ】の【サブ・クエスト】である地下迷宮【ピラミッド】をクリアしてキアラを味方ユニットにしました。
本来のキアラは【クエスト・フェロー】として【秘跡】である【ドゥーム・シナリオ】をクリアするまでの期間限定味方ユニットなのですが、ソフィアの要望で私が【ドゥーム・シナリオ】を……お蔵入り……にしてしまった影響で、キアラは、そのままソフィアの味方ユニットとして【オーバー・ワールド】に出て来ています。
これも世界観の破壊事例ですね……。
いや、【ドゥーム・シナリオ】は私が関与するまでもなく既にリセットとループが止まってしまっているのですから、元々ユーザー消失時点で世界観は壊れていました。
つまり、この不規則事態は誰の所為でありません。
なので、もちろん私の責任でもないのです。
……という言い訳は、会社には通用しないでしょうね……。
「ソフィア様。1つお願いがございます」
キアラが言いました。
「願いとは何じゃ?」
ソフィアは訊ねます。
「私は、太古の昔に【魔神】によって【ピラミッド】に封じられておりましたのは、以前にご説明した通りでございます。実は私には双子の妹でルチアという【上位妖精】がおります。その妹も私同様に太古の昔【魔神】によって【箱庭の書】内の迷宮に封じられてしまいました。可能ならば妹のルチアもソフィア様の神力で救い出して頂けませんか?もしも御救い下されば、妹ルチアもソフィア様やウルスラ陛下の為に誠心誠意お仕え致します」
「わかった。では今から救出に向かうとしよう」
キアラの妹ルチアが封じられているのは、【ドゥーム・シナリオ】とは別の【箱庭の書】からエントリー可能な【終末後の世界】でした。
太古の昔に【魔神】に封じられて……云々というキアラの話は、もちろんゲーム会社が、そのようにして設定した香り付けの歴史です。
「「ソフィア」様」
私とアルフォンシーナさんの声がユニゾンしました。
「ノヒト様から、どうぞ」
アルフォンシーナさんが促します。
「ソフィア。これから【レジョーネ】は【魔界】平定戦で色々と忙しくなるので今はダメです。キアラも、いずれルチアは救け出しますので、しばらく待っていて下さい」
「ノヒト様の仰る通りです。【神竜神殿】でもソフィア様に御列席頂く公務がございます。ノース大陸への御旅行が終わったら、御公務を熟して下さるというお約束でしたよね?」
アルフォンシーナさんが言いました。
「わかりました」
キアラは頷きます。
「何じゃ?別に構わぬじゃろう?【箱庭の書】の【秘跡】では時間の流れがゆっくりになるのじゃから、時間的には別に問題ない筈じゃ。我は、まだ遊んでいたい……じゃなかった、キアラの双子の妹を救出してやらなければならぬのじゃ」
ソフィアは欲望を垂れ流しにして言いました。
確かに時間的には問題ないのですが、ただでさえ飽きっぽくて忍耐がないソフィアに、これ以上の遊び癖やサボリ癖を付けさせる事は容認出来ません。
私も、おそらくアルフォンシーナさんも、その事を危惧しているのです。
これは【箱庭の書】という、駄竜にとっては悪い玩具の存在を知られてしまったかもしれません。
「とにかく、明日の日中で観光旅行のスケジュールは終了です。キアラの妹のルチアは、【魔界】平定戦と【竜城】の公務が一段落してからにして下さい」
私が言うと、アルフォンシーナさんも頷きました。
「わかったのじゃ。ところでキアラよ、其方の妹ルチアは、何の【箱庭の書】に封じられたのじゃ?」
ソフィアはキアラに訊ねます。
「「ソフィア」様」
私とアルフォンシーナさんの声が、またユニゾンしました。
「わ〜かっておる。【レジョーネ】の活動予定と公務を片付けてからじゃろう?我は後学の為に一応訊いておるだけじゃ」
全く信用出来ませんね。
既にソフィアには【箱庭の書】は全種類を【ワールド・コア・ルーム】の図書室から自由に取り出せるという事を知られてしまっています。
ソフィアなら【箱庭の書】の何のシナリオにルチアが封じられているのかを知ったら、私やアルフォンシーナさんの目が離れた瞬間に【箱庭の書】を開いて無断で【秘跡】にコッソリ遊びに行くかもしれません。
本当にソフィアは油断も隙もないのですから。
「妹が何というタイトルの【箱庭の書】に封じられているのかはわかりません」
キアラは首を振りました。
キアラの妹ルチアが封じられているのは、【ドゥーム・シナリオ】とは別の【終末後の世界】の【箱庭の書】の1冊です。
【終末後の世界】の【秘跡・シナリオ】は全9巻あり、その内で最も有名な【ゾンビ】・パンデミック・シナリオ中の【サブ・クエスト】をクリアすると【クエスト・フェロー】として【上位妖精】のルチアを味方ユニットに出来ました。
「ちっ……何れかわからぬのか……」
ソフィアは悔しそうに舌打ちします。
こいつ……キアラから情報を聞き出して、私とアルフォンシーナさんの目を盗んで無断で【箱庭の書】を開いて勝手に【秘跡】にエントリーする気でしたね……。
「ソフィア。とにかく、お遊びは【魔界】平定戦と【竜城】の公務が一段落付いてからですよ」
「わかったのじゃ。ノヒトはクドいのじゃ」
ソフィアは面倒臭そうに言いました。
ミネルヴァ……ソフィアが図書室に侵入して、勝手に【箱庭の書】を開いてしまわないように見張っておいて下さいね。
私は【念話】で指示します。
わかりました……ですが、いずれチーフは【ドゥーム・シナリオ】のようにユーザー消失後に時間軸のリセットとループが止まってしまっている【箱庭の書】は、全て除外してしまうつもりなのですよね?
ミネルヴァが【念話】で訊ねました。
いいえ……全てを、お蔵入りなんかにはしません……そんな事をしたら、会社からどれだけ怒られるか……【秘跡】内の時間軸のリセットとループが止まって、プレイヤーがエントリーしている間に相応の時間経過が発生するようなギミックに変わってしまっているとしても、【秘跡・マップ】の環境が【秘跡】内のNPCにとって比較的穏当で持続的な営みが可能ならば、時間軸のリセットとループが起こらない仕様であっても【世界の理】と人道的には何ら問題ありませんからね。
私は【念話】で伝えます。
なるほど……つまり時間軸のリセットとループが停止してしまった結果、【秘跡】の内部環境がNPCにとって【世界の理】と人道上問題となり持続的な営みが困難ならば除外の対象なのですね……という事は【終末後の世界】の9冊から【ドゥーム・シナリオ】を除いた残り8冊が対象となります……【終末後の世界】は内部で暮らすNPCにとっては限界環境ですので。
ミネルヴァが【念話】で言いました。
私が亜空間バイパスで【オーバー・ワールド】と【秘跡・マップ】を繋げてしまわない限り【箱庭の書】を閉じた状態では時間が凍り付いて進行が止まります……【箱庭の書】の入手条件はユーザーでも簡単ではないので、現在あまり沢山は市井に出回っていない可能性が高いでしょう……何冊かあっても国家やコレクターが収蔵している筈です……なので慌てて、お蔵入りにする必要もありません。
私は【念話】で伝えます。
わかりました。
ミネルヴァが【念話】で了解しました。
「ノヒトよ。そう言えば、我ら【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】は【ドゥーム・シナリオ】を完全攻略した【追加贈物】として、パーティ・メンバー全員に【神の遺物】の指輪を貰ったのじゃが。【創造主】はドケチじゃ」
ソフィアが言います。
「ドケチ?何を貰ったのですか?」
「この指輪じゃ」
ソフィアは言いました。
「これは……【エンプティ・神の遺物】の1つ【エンプティ・指輪】ですよ。良いモノを貰いましたね?」
「何が良いモノなのじゃ?これは【鑑定】すると確かに【神の遺物】と表示されるが、何もギミックがない中身が空っぽの頑丈なだけの指輪じゃ。全く役に立たぬ。我は【ドゥーム】で3か月も頑張ったのに、こんな無価値なモノを、それもパーティ・メンバーに、たった1個ずつしか寄越さぬとは【創造主】はドケチじゃ」
まあ、【秘跡】の報酬を贈って来るのは【創造主】ではなく世界・システムですし、ソフィアは10日あまりで【ドゥーム・シナリオ】のクリア条件を満たしていますので残り80日あまりは蛇足だったのですけれどね。
「空っぽなのは当たり前です。それが【空っぽの神の遺物】の仕様であって最大のメリットなのです」
「ん?どういう事じゃ?」
「【エンプティ・神の遺物】にはスロット枠が1つあり、そこに好きな【付与効果】を付けられます。原則アイテムに【付与効果】をすると詠唱魔法よりギミックと魔力コストが【弱体化補正】されます。例外は【付与術士】なら【付与効果】した後の【弱体化補正】が起きません。しかし【エンプティ・神の遺物】なら、スロット1枠分だけ誰が【付与効果】しても【弱体化補正】は起きません。そして貰ったのが【エンプティ・指輪】だという点も利点があります。それが【エンプティ・盾】なら片手の装備枠が占有されてしまいますし、【エンプティ・鎧】なら身体の装備枠が埋まってしまいます。しかし【エンプティ・指輪】なら両手両足に最大20個装備出来るので、装備枠には余裕が生まれますからね。端的に言って【エンプティ・指輪】は最高の部類のアイテムです」
「なるほど……。いや、しかし、どちらにしろスロット枠が1つだけというのはケチじゃ。他の【神の遺物】には複数の強力なギミックがあるモノがザラじゃ。その上から、また幾つかの【付与効果】も可能じゃ。対して、この指輪は、たったの1つしか【付与効果】出来ぬ。これはガラクタじゃ」
「ソフィア。要らないなら、私が持つ【神の遺物】と交換しましょう。【エンプティ・神の遺物】は【無限ストッカー】からも入手出来ませんからね」
「ん?ダメじゃ。コレは我のモノじゃ。ノヒトが欲しがるという事は、何か他にも凄まじい性能の隠しギミックがあるに違いない」
「別に隠しギミックなんかありませんよ。【エンプティ・神の遺物】は、私が説明した通り……スロット枠1つに好きな【付与効果】を付けられる……というだけのアイテムです」
「ならばノヒトは何故こんなガラクタを欲しがるのじゃ?」
「ソフィア様。つまり、この【エンプティ・指輪】に、ソフィア様の【神位魔法】を【付与効果】すれば、例えば【神格者】ではない私やヴィクトーリアやウルスラ様でも【神位魔法】を使えるのではありませんか?だとすると凄まじいアイテムです」
オラクルが正解を言います。
「なぬっ!」
ソフィアは驚きました。
「それだけではありません。【エンプティ・神の遺物】はスロット枠1つに【付与術士】以外の【魔法使い】が魔法ギミックを【効果付与】しても【弱体化補正】が掛からない点で十分に良いアイテムですが、更に目的の魔法の魔力コストさえ支払う事が出来れば魔法適性がない者……例えばトライアンフでも強力な魔法を行使出来るので強力な【神の遺物】なのです」
私は補足説明します。
「なぬーーっ!トライアンフにすら【神位魔法】を使わせられるのか?」
「はい。まあ、もちろん前提として……【神位魔法】の魔力コストを支払えれば……という条件が付きますので、素の状態で【神位魔法】を行使するのは無理でしょう。ただし【神位魔法】に必要な魔力コストを強力な魔法触媒系の【神の遺物】などに貯めておいて併用すれば、ソフィア以外の【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】のメンバーでもギリギリ1発くらい【神位魔法】を使えると思います。今回ソフィア達のクリア報酬が1つだけだったのは、ソフィアが【エンプティ・指輪】に【神位魔法】を【効果付与】すれば途轍もないメリットがあるからです。なので【創造主】(運営)はケチではありません」
「なるほど。それは確かに凄まじい」
「因みに【エンプティ・指輪】は1度しか【効果付与】は出来ません。なので、各自どんな魔法を【効果付与】するか良く考えた方が良いですね。それからソフィア達に【エンプティ・指輪】が報酬として送られている時点で、ソフィア達が【エンプティ・指輪】を所持・使用する事の許可が【創造主】(運営)から与えられたと解釈出来るので、私が使用の規制をする事はありませんが、実際に【エンプティ・指輪】にソフィアが【神位魔法】を【効果付与】して運用するなら、【エンプティ・指輪】は必ず所有者登録をして絶対に他人に貸し出したり売却しないようにして下さい。ソフィアの責任で厳重に管理して下さいね」
「うむ。こんなモノが巷に流れたら大変な事になるのじゃ。まずは所有者登録をしてから、各自に何の【神位魔法】を【効果付与】するのか考えよう。また【神位魔法】の魔力コストを貯めておく強力な魔法触媒も用意しなくてはならぬ」
ソフィアは言いました。
オラクルとヴィクトーリアとティア・フェルメールは神妙な様子で頷きます。
【エンプティ・指輪】の所有者は、この場にはいないウルスラとトライアンフを含めた6名。
つまりソフィア以外は全員【神格者】ではありません。
ソフィア以外の5名は、膨大な魔力コストの捻出は大変かもしれませんが、非【神格】でありながら事実上【神位魔法】を行使可能になったのです。
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・・・
【お願い】
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心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
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