第1043話。初期配置NPC。
ゲームマスター本部ノヒト・ナカ・執務室。
【ドゥーム】からの移住者をソフィアが庇護して【ストーリア】に受け入れる方向性を協議し始めて、すぐに大問題が発生しました。
【ドゥーム】の海生人種は、大半が泳ぎはおろか水中呼吸すらままならなかったのです。
【ドゥーム】からの移住者の移民先や統治管理をどうするのか?などというテクニカルな話は二の次、三の次になりました。
【ドゥーム】からの移住者達は、とりあえず水中エラ呼吸と泳ぎの訓練を兼ねて、当面【竜都】に滞在して様々な事に慣れてもらう事が第一優先となりました。
その後の事については、とりあえず追々という事になりそうです。
「困ったのう……」
ソフィアは呟きました。
「きっと何とかなりますでしょう」
アルフォンシーナさんが微笑んで言います。
「じゃが、海生人種が水中呼吸すら出来ないのでは、こちらの社会に適応するのも大変そうじゃ。海生人種が陸生人種より秀でる点は水中活動に長ける事じゃ。その最大の長所が覚束ないとなると、【ドゥーム】からの移住者は苦労するじゃろう」
「私は全く問題ないと思いますよ。【ドゥーム】の住民達のステータスは、【竜城】のエリート官僚やエリート軍人、あるいは【竜都】にあるギルドや一流企業の人材などと比較しても平均して優秀な筈ですからね。【ストーリア】の法律や公序良俗や社会通念や一般常識を覚えて、ソフィアがスタート・アップのサポートさえキチンとしてあげれば、別に泳げなくたって【ドゥーム】からの移住者達は社会の中で様々な分野で活躍出来るでしょう」
「ん?どういう事じゃ」
ソフィアが訊ねました。
「ここにいる【ドゥーム】の代表者の皆さんを【鑑定】してステータスを確認してみて下さい。どう思いますか?」
「どう、とは?」
「端的に言って、優秀なステータス構成だと思いませんか?」
「ふむふむ……まあ、そうじゃな。じゃが、この者達は【ドゥーム】の代表者達じゃ。ある程度優秀なのは当たり前じゃろう?」
ソフィアは【ドゥーム】代表団を【鑑定】しながら言います。
私の執務室に集まった【ドゥーム】の代表団は、【カラミータ】の庇護者メディア・ヘプタメロンとシドニー・カラミータ女王とテス宰相、【ディストゥルツィオーネ】の庇護者チェルノボーグとヴァレーラ評議会代表とワンボイ評議会副代表、【ロヴィーナ】のロデリック・ロヴィーナ王とロズリン・ロヴィーナ皇太王女とスチュアート卿、【デマイズ】の庇護者ベロボーグとヴァンダービルト・デマイズ(旧姓ディストゥルツィオーネ)王とアップダイク皇太子、【ダウン・フォール】のウェブスター総督とシミーナ副総督とザンティ政務総監。
私やソフィアが指示した訳ではありませんが、空気を読んだのか各シェルターからの代表が同数の3個体ずつ選ばれています。
そして【ドゥーム】全体の庇護者という扱いの、【上位妖精】のキアラがいました。
運営側の立場から私がこの面子を見ると、【ドゥーム】でソフィア達【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】が、それなりに頑張っていた事が推測出来ます。
ユーザーが【秘跡】として【ドゥーム・シナリオ】に挑む場合、メディア・ヘプタメロンを中心とする【カラミータ】と【ロヴィーナ】の連合勢力と、チェルノボーグを中心とする【ディストゥルツィオーネ】は対立構図を取りました。
ベロボーグを中心とする【デマイズ】勢力は、当初は【カラミータ】と【ロヴィーナ】の連合に加わりますが、【ディストゥルツィオーネ】が壊滅すると必ず裏切ります。
このように【ドゥーム・シナリオ】ではグチャグチャの抗争が繰り広げられるように、ゲーム会社によってプログラムされていました。
【ドゥーム・シナリオ】にエントリーしたプレイヤー達は、何れかの陣営に味方して敵対勢力と戦うようにシナリオが進行するので、プレイヤー達が【ドゥーム・シナリオ】をクリアすると、その時点でシェルター・コミュニティの1つか2つを残して、他は壊滅している事が普通なのです。
しかしソフィア達は、全ての勢力を完全に維持したまま、抗争それ自体すら回避して死人を出さず平和的に【ドゥーム・シナリオ】をクリアしていました。
この辺りは……さすがソフィアは【神格者】だ……と思いましたし、称賛に値するでしょう。
この件で私はソフィアを、かなり見直しました。
あまり褒め過ぎるとソフィアは調子に乗るので……【ドゥーム】では、それなりに頑張ったみたいですね。偉かったですよ……という程度の好意的な評価に留めています。
私から是認を貰ったソフィアは喜んでいました。
なので私は、ソフィアが……【神蜜】で生き返れるからと、安易に自殺する……というような馬鹿な行動を取った件を一応許したのです。
まあ、タップリとお説教はしましたけれどね。
閑話休題。
【ドゥーム】からの移住者の大半が泳げない、あるいは水中エラ呼吸すら出来ないという、ソフィアが想定していなかった問題が生じました。
しかし私は泳ぎや水中エラ呼吸など出来なくても、【ドゥーム】の住民は【オーバー・ワールド】の暮らしに慣れるまでは多少の苦労はしても、最終的には問題なく適応出来ると考えています。
何故なら【ドゥーム】の住民は、【オーバー・ワールド】の住民より、平均して優秀ですので。
「ソフィア。【箱庭の書】が閉じられていてプレイヤーが誰もエントリーしていない状態では、【箱庭の書】の各シナリオの時間は凍り付いていて進行しません。プレイヤーが新たにエントリーする度に【箱庭の書】の各シナリオの時間軸は毎回リセットされて同じシナリオが無限にループする仕様でした。しかし、ユーザー消失を基点として、【ドゥーム・シナリオ】のように時間軸がリセットされるタイプの【秘跡】は全てループが起きなくなってしまった……という事はミネルヴァが説明した通りです。ここまでは理解していますね?」
「うむ」
「つまり【箱庭の書】のシナリオの1つである【ドゥーム】は時間軸が無限に繰り返されて来たので、【ドゥーム】の原住民である海生人種は、全員900年前のユーザー消失以前に生まれた個体です」
「ふむ」
「ユーザー消失以前と以後で魔法や産業など全般的な文明水準を比較すると、どちらが優れていますか?」
「ユーザーがいた頃の方が文明が発展しておった」
「【ドゥーム】の住民のステータスは、文明が発展していたユーザー消失以前のモノです。つまり【ドゥーム】の住民達は現代の【オーバー・ワールド】より魔法も産業も繁栄していた時代の平均的なステータスを持っています。という事は翻って考えれば、【ドゥーム】の住民のスペックの平均は、現代の人種の平均より高いのです。なので【ドゥーム】の住民は【オーバー・ワールド】の暮しに適応さえすれば、高いスペックを利して活躍して社会的に成功する可能性が高いでしょう」
「その論理は因果が逆転しておるのではないか?【英雄】大消失が起きる以前の【英雄】以外の人種の能力が高かった理由は、当時の人種が【英雄】の先進的な魔法や科学の知識や技術に直接触れて学んでおったからじゃろう?現代は、その【英雄】の優れた知識や技術の継承に失敗したから文明が衰退しておるのじゃ。つまり当時と現代で人種の生まれ付きのステータスには変わりはない」
「いいえ。ユーザーがいた時代の人種のステータスは、現代の人種のステータスより相対的に高く設定されていました。そうなるように地球から【創造主】の見えざる手が働いていたのです。つまり平均を取れば、ユーザー消失以前の人種は、間違いなく現代の人種より優秀なステータスを持ちます」
「そうなのか?それは初耳じゃぞ?」
ソフィアは驚きました。
「ノヒト様。それが事実なら、それこそが【英雄】大消失以後の文明が著しく衰退した直接の原因なのではありませんか?」
アルフォンシーナさんが訊ねました。
「全てが当てはまるとは思いませんが、おそらく一因にはなっているでしょうね」
「何故その事を教えてくれなかったのじゃ?」
ソフィアが訊ねます。
「訊かれなかったからです。それに、それを教えたところで無意味ですからね。現代の人種にとって何の慰めにもなりませんし、むしろ失望を与える可能性があるので黙っていました」
「……ああ、それ言われてみれば、確かにそうじゃな。ノヒトが言う通り、自分の努力ではどうしようもない生まれ付きのステータスの違いが原因で文明が衰退したとわかっても、だから何?という話じゃ。それは、どうしようもないのじゃから。むしろ、そんな話を知らされたら現代人種は諦観して文明を進歩させる努力を止めてしまうかもしれぬ。ならば、いっその事何も知らぬ方が良い」
「なので、【ドゥーム】の住民は、現代の人種に比べて生まれ付きのステータスに下駄を履かされた状態なので、移住に関して能力的には心配いらないと思います。これは【ドゥーム】の住民のステータスの平均という意味で、もちろん個人差はありますけれどね」
「ふむふむ、理解したのじゃ」
実は、私は意図的にミスリードを誘うような説明の仕方をしました。
ユーザー消失以前の人種(実際は人種だけでなく全NPC)が、ユーザー消失以後に繁殖やスポーンで生まれたNPCよりステータスが高く設定されていた……という内容は基本的に事実です。
しかし、ユーザー消失以前のNPCが、ユーザー消失以後に繁殖やスポーンによって生まれたNPCよりステータスが優れているのは、ユーザー消失以前のNPCが……初期配置NPC……だったからで……【創造主】の見えざる手の働き……などはありません。
初期配置NPCとは、ゲーム会社がゲーム【ストーリア】の【マップ】に配置した全てのNPC達の事です。
つまり【神竜】のソフィアや他の守護竜達、【妖精女王】のウルスラや、【エキドナ】のトリニティなどゲーム時代から存在していたようなNPC達が初期配置NPCでした。
彼女達が初期配置NPCである事は、運営やユーザーによる外部からの視点であるゲーム・メタ的にも、この世界のNPC達による内部からの視点である歴史的にも矛盾しません。
一方で【ボロ布の貴婦人】だったウィローや、ディーテ・エクセルシオールなどは、運営やユーザーによる外部からの視点であるゲーム・メタ的には間違いなく初期配置NPCでしたが、この世界のNPC達による内部からの視点である歴史的には初期配置NPCとは認識されていないのです。
この世界のNPC達にとっては、【ボロ布の貴婦人】が生前の人種だった頃のウィロー・マリー・エミール・サンクティティや、ディーテ・エクセルシオールは【創造主】が初期配置したのではなく、現代の人種NPCなどと同様に普通に両親がいて繁殖によって生まれた設定になっていました。
もちろん、その設定はゲーム・メタ的には、ゲーム会社が創作した世界観である、単なる香り付けに過ぎません。
身も蓋もなく言えば、作られた嘘の歴史なのです。
なので私は、ソフィア達に混乱を与えない為に、【創造主】の見えざる手が働いた事にして、初期配置NPCについての言及を避けました。
ソフィア達、この世界のNPC達にとって、ゲーム会社が創作した歴史と事実とを、ゲーム・メタ的な視点からは区別出来ません。
ゲーム・メタ的な事実を全て完全に理解しているのは、私と、私の元同一自我のグレモリー・グリモワール、ノート・エインヘリヤル、シピオーネ・アポカリプトの3人、それからミネルヴァだけでした。
私と【共有アクセス権】で繋がるトリニティやカリュプソやウィロー、それからソフィアの脳に共生する【知性体】のフロネシスも、ゲーム・メタ的な事実に関しては私とミネルヴァで一部情報を遮断していて、全てを共有している訳ではありません。
トリニティやカリュプソやウィローに……あなた達はゲーム会社がプログラムした単なるデータでしかないのですよ……などという事実を教えてしまうと、当然ショックを受けてしまいます。
その事実の告知に何か意味があるならばともかく、全く意味がないのなら、ワザワザ酷な事実を教える必要はありません。
話を戻すと……。
初期配置NPCである【ドゥーム】のNPCのステータスの平均は、ユーザー消失後に繁殖やスポーンで生まれたNPCの平均より優秀でした。
これは別にゲーム会社が初期配置NPCが優秀になるようにプログラムした訳ではありません。
初期配置NPCの子孫や、ユーザー消失以後にスポーンしたNPC個体の平均ステータスが、世界・システムの物理演算によって、結果的に初期配置NPCよりステータスの平均が低くなったというだけの話です。
「つまり……【ドゥーム】の民達が仮に海洋に適応出来ずに陸上生活をする事になっても、彼らは相対的に優秀であるから心配はいらぬ……という事か?」
ソフィアは訊ねました。
「そうです」
「ふむ。そして【創造主】の見えざる手は現在では働いておらぬので、【ドゥーム】の民達の優秀さが次世代に遺伝する事はない。なので、次世代の教育などのフォローは我やティアがしてやる必要はある。じゃが逆に言うなら【ドゥーム】の民達の持って生まれた優秀さが遺伝しないのじゃから、【ドゥーム】の民達の子孫が特権階級化して、おかしな事になる心配もない、と」
「そう思います」
「わかったのじゃ。ならば、我らがやれる事をしてやれば良い訳じゃ」
ソフィアはともかく、有能なソフィアの最側近オラクルとヴィクトーリアとティア・フェルメールに加えて、同じくソフィアの最側近で重鎮でもあるアルフォンシーナさんとロザリア・ロンバルディアも巻き込んで【ドゥーム】住民の処遇をどうするのかについては協議されるので悪い事にはならないでしょう。
まあ、【ドゥーム】に配置されていた住民達を【オーバー・ワールド】に連れて来る事を決めたのはソフィアなので、どうなっても私には関係ありません。
そうです……【ドゥーム・シナリオ】のお蔵入り……なんかなかった。
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