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第1040話。受け入れられる破壊か、受け入れられない破壊か。

【ドゥーム】の【ディストゥルツィオーネ】。


 ソフィアは正座をしながら、半泣きで反省文を書いています。


 私はソフィアにタップリとお説教をしました。

 そして……【神蜜(ネクタール)】は恣意的に使用して良いような(たぐい)のアイテムではない……と厳しく言い含めたのです。

 恣意的な使用とは、つまり……その場の思い付きで物事を判断した結果、短絡的な自殺を前提とした今回のような用例。


 もちろん不可抗力による避けようがない事情で死亡判定が出てしまった際には【神蜜(ネクタール)】を使用して構いませんし、むしろ理由などには関係なく死亡判定が出たら必ず【神蜜(ネクタール)】を使用して蘇生しなくてはいけません。


 私は……【神蜜(ネクタール)】を使うな……と言っている訳ではないのです。


 ソフィアや身内に死亡判定が出てしまった時には、理由の如何(いかん)に拘らず【神蜜(ネクタール)】による蘇生を行わせる目的で、私はソフィアに【神蜜(ネクタール)】を持たせていました。

 アイテムは必要な時には躊躇なく使わなければ意味がありません。


 死亡判定が出たら、その時には【神蜜(ネクタール)】を使用するのが必須だとしても、そもそも……自ら死亡しようなどと安易に考えるな……と言っている訳です。

 つまり【神蜜(ネクタール)】は死亡したら使用するアイテムであって、【神蜜(ネクタール)】があるから死亡しようと判断するのが間違いだという事。


 生死に関わる事では、絶対に目的と手段が入れ替わってはいけません。


神蜜(ネクタール)】があるから問題解決の為に自殺するという考え方は不健全で不自然であり生命の冒涜ですらあります。


 そういう道理の話を私はソフィアに対して懇々(こんこん)と言い聴かせました。


 話が長い?

 説教臭い?


 そうですが何か?


 私は必要なら何度でも繰り返し同じ事を言います。

 身内に対しては、ですが……。


 他所(よそ)様の事は知りませんよ。

 仕事でない限り、私とは無関係な人達が何をしても、私と身内に迷惑が掛からないなら所詮(しょせん)は他人事。

 仕事以外で他人事に(かま)ける程、私は善人でも暇人でもないのです。


 ただしソフィアの安全に関わる事に私は知らんぷりなど出来ません。

 ソフィアは私がプログラムを組んだ、言わば私の子供みたいな存在。

 子供が自分の生命を粗末に扱って平然としていられる親がいるとしたら、それは単に頭がおかしいだけです。


 私はソフィアの健康診断をしました。

 とはいえ、聴診器を当てて心音や呼吸音を聴いたり、CTスキャンやMRIをしている訳ではありません。


 私は【神竜(ソフィア)】のソース・コードを表示して、【箱庭(ザ・ブック・オブ・)の書(サンド・ボックス)】にエントリーする前後で何か変化がないか確認したのです。

神竜(ソフィア)】のソース・コードを書いたのは私なので、些細な変化があれば気が付きますので。


 ソフィアが死亡して【神蜜(ネクタール)】で蘇生した事によるプログラムの変化はありませんでした。

 取り敢えずは一安心ですね。


「で?」

 私はソフィアに訊ねました。


「我は【ドゥーム】の自然環境を回復して民達に希望を与えてやりたいのじゃ」

 反省文を私に提出したソフィアは正座したまま言います。


「自然環境の回復は簡単に出来ますけれどね」


「本当か?」


「はい」


「ならば、やって欲しいのじゃ」


「【ドゥーム】の自然環境を回復したいなら、ソフィア自身で出来ますよ。それこそ一瞬で」


 私の言葉は聴いてオラクルとヴィクトーリアは……ハッ……として顔を見合わせて頷き合い、そして少し落胆した様子を見せました。

 おそらく2人は私が言った言葉の意味を理解して、ソフィアなら簡単に【ドゥーム】の自然環境を回復出来る事に気付き、その簡単な方法に思い至れなかった自分達を責めているのでしょう。


 いやいや、これは誰よりもまずソフィアが真っ先に気付くべき事ですよ。


「ん?どういう事じゃ?」

 ソフィアは訊ねました。


「ソフィアは【ドゥーム】に【再配置(リ・ロケーション)】した際に【マップ】を開きましたか?」


「うむ。【マップ】は確認したのじゃ」


「何と表示されましたか?」


「え〜っと……忘れたのじゃ」


「ソフィア様。私達が【ドゥーム】に【再配置(リ・ロケーション)】された最初の地点は【湖】のフィールドでした」

 オラクルが説明します。


「そうじゃった。湖じゃった」

 ソフィアは頷きます。


「湖とフィールド表示された場所は、実際にはどんな地理的様相でしたか?」


「砂漠じゃ。【ドゥーム】は【微小機械(ナノ・マシン)】による環境破壊によって、どこもかしこも砂漠になってしまったのじゃ。じゃから我は自然環境を回復したいと言っておるのじゃ」


「はあ〜、そこまでの情報があれば、他ならぬ守護竜のソフィアなら気付きませんか?」


「何がじゃ?」


「【神格者】のソフィアなら【神位】権限で環境フィールド設定をデフォルトの状態に戻せます。実際ソフィアは【竜都】の都市城壁外の南方一帯の【森林】フィールドを環境改変して広大な【ソフィア農場】に変えていますよね?この【ドゥーム】も環境不変フィールドなのですよ。環境不変のフィールド表示が湖なのに実際は砂漠化しているとするなら、その状況はおかしいと瞬時に気付けるでしょう?」


「あ……」


「わかりましたね?」


「わかったのじゃ」


「ならば帰りますよ」


「ま、待って欲しいのじゃ。我は【ドゥーム】の環境を回復して民達を……」


「ソフィアの好きにすれば良いですが、それは意味のある行動ではありませんよ。【ドゥーム】というのは【秘跡(クエスト)】です。つまりソフィアが【ドゥーム】の自然環境を回復したところで、誰か他のプレイヤーが【ドゥーム・シナリオ】の【箱庭(ザ・ブック・オブ・)の書(サンド・ボックス)】を開けば、また【ドゥーム】の環境はリセットされて砂漠化した状態から始まります。つまり【ドゥーム】の環境は結局のところ砂漠のままです」


「それでは救いがないではないか?我は……【ドゥーム】を救え……という使命を果たす為に、ここに居るのじゃ」


 ソフィアが【ドゥーム】にいるのは、良く考えもせず無警戒に【箱庭(ザ・ブック・オブ・)の書(サンド・ボックス)】を開いてしまったからですけれどね。


 ソフィアの言いたい事は理解出来ます。

 ただし、それはゲームマスターである私の立場では受け入れられません。


 つまり、ソフィアは……自分達が【ドゥーム】の自然環境を回復して【オーバー・ワールド】に帰還した後に、【ドゥーム】が再び【秘跡(クエスト)】の初期状態にリセットされてしまい死の砂漠に戻って永遠にループが繰り返される状況を終わらせたい……と考えているのです。


 しかし、【ドゥーム】は、そういう【秘跡(クエスト)】としてプログラムされた【マップ】なのですよ。

 つまりは【ドゥーム】は砂漠化した【終末(ポスト・)後の(アポカリプティック)世界(・ワールド)】として創られた世界観なのです。


 ゲームマスターである私の職務は、【世界の(ことわり)】と、このゲーム【ストーリア】の世界観を守る事。

秘跡(クエスト)・マップ】の中に配置されたNPC達の境遇が可哀想だからといって、勝手に世界観を変えていたら、ゲームが成立しなくなります。


 もちろん私も一個人としては、全ての人々には幸福を追求する権利があると思いますので、出来るだけNPC達の境遇を良くしてあげたいという素朴な気持ちがありますが、しかしゲームマスターとしては【秘跡(クエスト)】の設定を変える事は出来ません。


「チーフ。もはや、その点に拘る必要はないと思います」

 ミネルヴァの2体目の分離体が言いました。


「何故ですか?私はゲームマスターとして世界観を守る職務上の義務があります。その義務を履行する為に、私には強力なゲームマスター権限が与えられています。私のやりたいように世界(ゲーム)(いじく)り回す為にゲームマスター権限がある訳ではありません。それは超えてはいけない一線です」


「もちろんです。チーフの言った事は完全に正しいです。今後も【ドゥーム・シナリオ】が正常に機能し続けているのであれば……ですが」


「どういう意味ですか?」


「既に【ドゥーム・シナリオ】を始め、エントリーする度に時間軸がスタート時点にリセットされて何度でもループするタイプの【秘跡(クエスト)】は、全て世界観の破壊が起きています。これは地球(神界)からのアクセスが途絶えてから発生した不可逆的な変質です。端的に言うなら、チーフやソフィアさんが介入するか(いな)かに拘らず【ドゥーム・シナリオ】は【箱庭(ザ・ブック・オブ・)の書(サンド・ボックス)】が次に開かれた際に、寿命が設定されているNPCの年齢は若返ったりはしません。プレイヤーが【オーバー・ワールド】に帰還すれば、その時点で【ドゥーム】の時間は凍り付き、再び誰かが【ドゥーム・シナリオ】に挑戦すれば再び時間は進みますが、ループはしなくなっています。同様に挑戦する度に時間軸がリセットされ、全く同じシナリオがループするタイプの【秘跡(クエスト)】は、世界観が既に壊れてしまっています」


「……」


 ミネルヴァの2体目の分離体が言った事は、ミネルヴァのサーベイランスによって事実確認されている話です。

 ルシフェルは過去に【ドゥーム・シナリオ】とは異なる【箱庭(ザ・ブック・オブ・)の書(サンド・ボックス)】を手に入れてクリアしていました。


 それだけなら何もおかしな事はないのですが、ルシフェルは偶然同じシナリオの【箱庭(ザ・ブック・オブ・)の書(サンド・ボックス)】を入手して、再度その【秘跡(クエスト)】に挑戦したのです。

 すると不思議な事に、その【秘跡(クエスト)】は前回ルシフェルがクリアして【オーバー・ワールド】に帰還した直後の状態からコンティニューされたのだとか。


 まあ、それを不思議だと思うのは、この世界がゲームだと知っている私達だけですけれどね。


 ミネルヴァのサーベイランスによると、他にも時間軸がループするタイプの【秘跡(クエスト)】では同様の事例が判明しています。

 まあ、プレイする度に【秘跡(クエスト)】の時間軸がリセットされて何度でもループするという仕様は、如何(いか)にもなゲーム的な設定で、現実世界ではあり得ません。


 その、おかしな状況を定義するならタイム・リープ。

 物理学的にタイム・リープは否定されています。


 この世界(ゲーム)は運営が外部から働き掛けずに放置しておくと、世界(ゲーム)・システムが物理演算によって、あり得る状況や環境を自動的に生成したり維持したりするようにプログラムされていました。

 つまり地球とのアクセスが途絶えて運営が外部から世界(ゲーム)に関与しなくなった後には、ゲーム・メタ的な()()()と、物理演算によるあり得る現象とが矛盾する時、世界(ゲーム)・システムは後者を選択している訳です。


 物理演算的に矛盾する事であっても、運営が外部端末からコマンド操作すれば、それはゲーム・メタ的に問題なく処理されました。

 しかし現状は外部とのアクセスは途絶えています。


 という事は、ミネルヴァが言うように、プレイの度に時間軸がリセットされループする【ドゥーム・シナリオ】のような【秘跡(クエスト)】は既に世界観は破壊されていました。

 私やソフィアが介入するまでもなくです。


「今更【ドゥーム・シナリオ】の世界観を少し改変したところで結果は全く変わりません。どうせ世界観が破壊されているなら、後はチーフが受け入れられる世界観の破壊か?チーフが受け入れられない世界観の破壊か?どちらかを選択するしかありません。チーフの判断が、どちらであるにせよ、私はチーフの決定を支持します」

 ミネルヴァの2体目の分離体は言いました。


「つまり【秘跡(クエスト)】の【ドゥーム・シナリオ】を、お蔵入りにしてしまう訳ですね?」


「はい。既にそうなっています。後はチーフの決断1つです」


「ミネルヴァ。あなたは、私に……【ドゥーム・シナリオ】の改変、あるいは終了に積極的に加担しろ……と焚き付けていますか?」


 目の前で会社の資産であるゲーム・プログラムが破壊されるのを見ているのと、自分が積極的にプログラムを破壊するのとでは責任の重さが変わって来ると思います。

 ミネルヴァは、私に積極的にプログラムを破壊するように(そそのか)しているように聞こえるのですが?


「いいえ。私は、あくまでもチーフの決断を支持しますよ。焚き付けているなんて、とんでもない。ただし、もしもソフィアさんの要望を受けて、チーフが【ドゥーム・シナリオ】を終了させるつもりでしたら、その準備は完了しています」

 ミネルヴァの2体目の分離体は微笑んで言いました。


 悪い顔ですね〜。

 私に全ての責任を押し付ける気です。


「はあ〜……わかりました。【ドゥーム】と【ドゥーム】の住民(NPC)の事は何とかしましょう」

 私は自棄(やけ)になって、自分からゲーム・プログラムを破壊する主犯になる事を決めました。


「本当か?ノヒトよ、ありがとう」

 ソフィアは立ち上がって喜びます。


「ソフィア。シット・ダウン」

 私はソフィアに正座を命じました。


 ソフィアは正座に戻ります。


 まだ、私はソフィアの自殺行為を許した訳ではありません。


 ・・・


 私はゲームマスター権限で【ドゥーム】の自然環境をデフォルト状態に戻しました。

 別にゲームマスター権限でなくても【神位】以上の位階であれば、フィールド環境設定変更は可能なのですが、【神位】権限では【マップ】画面を操作しながら領域(エリア)ごとに設定変更をし直さなければならないので、ゲームマスター権限の方が話が早いのです。

 ゲームマスター権限なら……そう()れ……と意思表示するだけで、後は世界(ゲーム)・システムが丸っと調整してくれますので。


「これで【ドゥーム】の自然環境は戻るのか?」

 正座しながらソフィアは訊ねました。


「はい。明日の朝には戻っていますよ」


「それは良い事じゃ」

 ソフィアは満足気に頷きます。


 もしも日本に帰れたら、きっと私は、この件で会社から物凄く怒られるでしょうね。

 クビにはならないと思いますが、減俸くらいは覚悟しなければいけません。

 そして当然……原状回復しろ……という業務命令は出るでしょう。


 ミネルヴァが支持したから……という言い訳は通りませんよね。


 まあ、私が自力で【ドゥーム・シナリオ】と同じ【秘跡(クエスト)】データをプログラムし直さなければならない事は確定として、【ポスト・アポカリプティック・ワールド】の雛型(フォーマット)を丸っと流用す(パク)れば簡単に出来ます。


 問題は納期ですが……。


 デス・マーチになるのは確定としても、2週間あれば行けるかな?

 というか、最長でも2週間程度で原状回復しなければ不味いですよね。

 お客様であるユーザーに迷惑を掛けられる限界期間という意味で……。


 しかし、私の尻拭いを部下や同僚に手伝わせる訳にはいきません。

 つまり作業は私1人でやらなければならない訳です。

 それも通常業務を抱えながら……。


 これ、もはや無理なんじゃね?


 いや、考えるのを止めましょう。

 そもそも……もしも日本に帰れるとして……という仮定の上に……私1人で【ドゥーム・シナリオ】を原状回復するなら……という仮定を重ねるのは何とも馬鹿馬鹿しい話ですからね。


 はい、この話はお終い。

【ドゥーム・シナリオ】の、お蔵入りなんかなかった。


 良し、SAN値の低下はギリギリのところで耐えられましたね。


 私は問題を忘却の彼方に丸っと放り投げるという華麗な現実逃避スキルを発動しました。

お読み頂き、ありがとうございます。

もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。

活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。


・・・


【お願い】

誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。

心より感謝申し上げます。

誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。

ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。

何卒よろしくお願い申し上げます。

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