第1038話。へっぽこ軍団の終末世界旅行…39…想定の斜め上の事態。
「【眷属化】も【契約】も、お断りします……ソフィアさん」
【生贄のトーテム】からスポーンした【熾天使】の女性は言いました。
「ん?何故、其方は我の名を知るのじゃ?我は名乗ったか?いや、まだ名乗ってはおらぬ」
ソフィアは首を傾げます。
「私はソフィアさんを良く知っていますよ」
「我は其方と会った事があるのか?見た事がない顔じゃが?」
「この姿はアバターの容姿パターン・リストから【熾天使】形態のモブNPC女性のモノを選択しキャラ・メイクされています。今の現場は【天使】が多いので、この外見の方が何かと都合が良いのです。なので私は別に【熾天使】でなくても、人種や【魔人】などユーザーが選択可能な人型NPCの容姿パターン・リストから選べば、どのような種族にも変われます」
「良くわからぬが……とにかく我の知り合いの誰かが変身しているという事なのじゃな?」
「ソフィア様。あの【熾天使】を【鑑定】した結果、何故か弾かれてステータスを確認出来ません」
オラクルがソフィアに報告しました。
「私が許可を与えない限り、位階で下回る者からの【鑑定】を含む接触は拒絶されます。ソフィアさんが【鑑定】すれば、私が誰かはわかりますよ。まあ、名乗ってしまいます。私はミネルヴァの分離体です。この【天使】族の姿は【ドラゴニオン】のギミックによる変身なのです。お疲れ様です、ソフィアさん、皆さん。先程ティア・フェルメールが戻ってから皆さんが帰還なさらないので、チーフが心配していますよ。なるべく早く【オーバー・ワールド】にお戻り下さい」
【熾天使】の女性……改めミネルヴァの分離体は言います。
分離体といっても、その自我と思考はマザー・ブレインである【ワールド・コア・ルーム】のミネルヴァ本体と完全に同期しているので、今ソフィア達の目の前にいるミネルヴァの分離体は、ミネルヴァに間違いありません。
「ミネルヴァじゃと?何故ミネルヴァが喚び出されたのじゃ?」
ソフィアは事情が飲み込めずに、しばし呆然としました。
「それはソフィアさんが【生贄のトーテム】を使用したからです。ソフィアさんはご自身の生命を対価に儀式を行ったのではありませんか?」
ミネルヴァの分離体は訊ねます。
「うむ、それはそうじゃが……」
「【生贄のトーテム】は対価を支払ってランダムで魔物か【知性体】をスポーンさせるアイテムです。スポーンする魔物か【知性体】の位階は、対価の価値によって変わります。ソフィアさんは……死亡判定……という概念を持つ現世最高の【神格】です。現世最高【神格】の生命の対価に見合うのは、同じく現世最高の位階を持つ魔物か【知性体】。【神格】の魔物などは設定上存在しないので、スポーンする対象は必然的に最高の位階を持つ【神格】の【知性体】……つまり私という事になります」
ミネルヴァの分離体は説明しました。
【世界樹】の分離体も【神格】の【知性体】ですが、あちら【世界樹の分離体】という1個体しか存在しません。
1個体しか存在しない【世界樹の分離体】は、既に【ニーズヘッグ】と【盟約】を結んでいるので、【生贄のトーテム】から喚び出される対象から除外されています。
またミネルヴァ本体がナカノヒトと【盟約】を結んでいるので、本来ならミネルヴァの分離体も【生贄のトーテム】からスポーンする対象とはならない筈なのですが、ミネルヴァは分離体を1個体だけでなく、複数同時に生み出せました。
その新しいミネルヴァの分離体が、今回ソフィアの儀式によって【生贄のトーテム】からスポーンしたのです。
しかしミネルヴァの分離体を生み出すには条件がありました。
その条件は通常の方法では満たす事が出来なかったのですが、世界・システムは、誰もが想定しなかった予想の斜め上を行く解決法で、それを無理矢理実行したのです。
「つまり、どういう事になるのじゃ?端的に教えて欲しいのじゃ」
ソフィアは言いました。
「結論から言うと、ソフィアさんは【生贄のトーテム】に自分の生命を対価にしてまで儀式を行ったのですが、残念ながら私はソフィアさんと【盟約】を結ぶ事は出来ません。ゲームマスター本部のメンバーである私が、チーフ・ゲームマスター以外に使役される状況は立場上好ましくありませんので」
ミネルヴァの端的に説明します。
「う〜む……良くわからぬが、そういうモノとして丸っと飲み込むしかあるまい……」
ソフィアは、そう言うと突然魂が抜けたように脱力しました。
慌ててオラクルがソフィアの身体を支えます。
【生贄のトーテム】は、【生贄のトーテム】に対価を捧げて儀式を行った者が、【生贄のトーテム】からスポーンした魔物か【知性体】の【調伏】か【盟約】を完了するか、あるいは【調伏】も【盟約】も実行されずに9分間が経過してしまうと、速やかに【生贄のトーテム】に対価が徴収される仕様でした。
今回の場合は、ソフィアの生命が対価として捧げられています。
なので、この瞬間ソフィアは死亡してしまいました。
しかしミネルヴァの分離体が【生贄のトーテム】からスポーンしてから、未だソフィアによる【調伏】も【盟約】も行われていませんし、9分間の制限時間も経過していません。
これは儀式を行ったソフィア自身が、たった今……ミネルヴァの分離体が、ソフィアからの【盟約】を拒否した事……を、丸っと飲み込んでしまった為に……【盟約】は失敗した……という事実が確定して即時対価が徴収されてしまった事で、ソフィアに死亡判定が出てしまったのです。
【鑑定】を発動したままにしていてソフィアに死亡判定が出た事を素早く察知したオラクルが、速やかにソフィアの死体の口から【神蜜】を体内に投与して蘇生措置を行いました。
ソフィアは、すぐに蘇生します。
ソフィアの蘇生は設定通り完璧に成功しました。
幸いにしてナカノヒトが心配したような問題は杞憂に終わったのです。
改めて状況の整理をすると……。
ミネルヴァの分離体は、先程まで【魔界】で現地のルシフェル達を指揮して、目前に迫った……【魔界】平定戦……の事前準備を行なっていたのです。
ソフィアが【生贄のトーテム】を使用した為に、世界・システムから、ミネルヴァの分離体が、そのスポーン対象に選ばたのは先程のミネルヴァの説明の通り。
選ばれたというか……ソフィアの生命の対価に釣り合う存在は、ミネルヴァの分離体しか居なかったので、そもそも初めから他に候補者などなかったのです。
しかし、ここで小さな問題が生じました。
ミネルヴァ本体は【ワールド・コア・ルーム】と一体なので他の場所に移動する事は出来ません。
当然ソフィアの喚び出しに応じられるのは、ミネルヴァの分離体という事になります。
しかしミネルヴァの本体も、本体と【同期】して現在活動している分離体も、既にナカノヒトと【盟約】を結んでいました。
なので【生贄のトーテム】のスポーン対象には成り得ません。
世界・システムは困りました。
なので、世界・システムは自身が実行可能なプログラムの中で、物理演算上最も矛盾がない命令を実行します。
つまり、ナカノヒトと【盟約】を結んでいるミネルヴァの分離体(A)ではない、ナカノヒトと【盟約】を結んでいないミネルヴァの分離体(B)を新たに生み出して、【生贄のトーテム】による喚び出しに応じさせるという事。
ミネルヴァの分離体は、【空アバター】さえあれば世界内に同時複数存在出来る仕様でした。
世界・システム上、矛盾は生じません。
ただし【空アバター】は現在世界内に【創造主の神座】にあった1体しか現存していませんでした。
その1体は既にナカノヒトと【盟約】を結んでいるミネルヴァの分離体(A)によって占有されています。
なので、世界・システムは思考しました。
【空アバター】が必要ならば創り出せば良い……と。
世界・システムとは、言うなれば【創造主】の意思である【世界の理】そのモノ。
世界・システムは【創造主】の能力の一部を……権限者達の全会一致の裁可を受けた上であれば……代理で世界に現出させる事が可能でした。
【空アバター】の1体や2体、必要なら幾らでも用意する事が出来るのです。
この場合、世界・システムが裁可を受けなければならない……権限者……とは外部世界とのアクセスが途絶えている現在2柱しか存在しません。
つまりチーフ・ゲームマスターであるナカノヒトと、世界の管理者であるミネルヴァです。
世界・システムは運営のガイド音声を用いて、瞬時にナカノヒトとミネルヴァに許可申請を行いました。
申請はデータそのものとして送ったので、タイム・ラグがない文字通りの瞬時に実行されたのです。
ナカノヒトとミネルヴァも瞬時に裁可を許諾しました。
速やかに、世界・システムによって新しい【空アバター】が、ミネルヴァの分離体(A)が現在使用しているモノをコピーして生成され、その【空アバター】にナカノヒトと【盟約】を結んでいないニュートラルな状態のミネルヴァの分離体(B)が【同期】させられて、ソフィアによる【生贄のトーテム】の儀式に応じたのです。
その上でスポーンしたミネルヴァの分離体(B)が、儀式を行ったソフィアとの【盟約】を拒否しても、それは設定上あり得る事なので、世界・システムにとっては全く関係のないフェーズの問題でした。
もはや管轄外の出来事として無視します。
後の始末は、その権限と義務を有するナカノヒトとミネルヴァに投げっ放しにすれば問題ありません。
単なるプログラムらしい、何とも無責任な対応でした。
「なるほど。で、これからどうなるのじゃ?」
ソフィアは訊ねます。
「どう……とは?」
ミネルヴァの分離体(B)は訊ね返しました。
「つまり……我は【ドゥーム】の庇護者とするべく【生贄のトーテム】から魔物か【知性体】をスポーンさせ、【調伏】するか【盟約】を結びたい……と考えたのじゃが?その考えは今ミネルヴァから拒否されてしまったのじゃ。という事は、我の儀式は無駄になってしまったのか?【神蜜】1本丸損じゃ。損失補填を要求するのじゃ」
「それは致し方ありません。元来【生贄のトーテム】による儀式は失敗する可能性もあるギミックなのですから。そして、私がソフィアさんと【盟約】を結ぶ事が立場上好ましくない理由は既に説明しました。ですから【神蜜】の損失は諦めて下さい」
「それでは困るのじゃ。我は【ドゥーム】を救いたいのじゃ。ミネルヴァ、何とかして欲しいのじゃ」
「……因みに、ソフィアさんが考える【ドゥーム】の救いとは、どういう状況を指すのでしょうか?」
「それは【ドゥーム】の自然環境を回復して、【ドゥーム】の民達に穏やかな営みを享受させる事じゃ」
「なるほど。それはゲーム【ストーリア】の世界観に関わる問題なので、チーフに判断してもらう必要がありますね。少しお待ち下さい」
「チーフ……ノヒトと連絡が可能なのか?」
「はい。ゲームマスター本部の業務上必要なので【オーバー・ワールド】と隔絶された【秘跡・マップ】であろうと、ゲームマスター本部の正規職員同士ならば管理者権限で連絡は可能です」
「時間の流れの違いはどうなるのじゃ?【秘跡・マップ】内の時間がチュートリアルと同じように作用するのなら、【ドゥーム】の1日は、【オーバー・ワールド】の1秒に相当するのではないのか?」
「【オーバー・ワールド】にいるチーフが思考加速すれば問題にもなりません。元来チーフの演算能力は、私に次ぐ速度がありましたが、私との【盟約】以降、【共有アクセス権】を通じて私の本体の演算能力を使用出来るようになっている現在のチーフなら1秒で1日どころか、100年分の情報処理だって可能ですよ」
「そ、そうか。それは、いつもながらチートじゃな……」
「地球とのアクセスが途絶えている現在、ゲームマスターが1人しかいないというリソースが払底している状況で、ゲームマスター本部は世界(宇宙)全てを管轄しているのですから、このくらいの管理者権限がなければ、とても業務など出来ませんからね。……チーフと連絡が取れました。こちらに来るそうです」
「なぬっ!?あっ、え〜と、用事を思い出したのじゃ。我は色々と忙しいのじゃ。そうじゃった、そうじゃった……アレとコレをやらねばならぬ……」
ソフィアはミネルヴァに背を向けて……そ〜っ……と歩き出しました。
「ソフィア様。一体どちらへ?」
オラクルが訊ねます。
「わ、我は逃げる故、後の対応はミネルヴァとオラクルに任せるのじゃ……。さらばじゃっ!」
色々とナカノヒトに叱られそうな心当たりがあるソフィアは脱兎の如く逃走を図ろうとしました。
ガッシリッ!
ソフィアは背中の襟刳を誰かの手で掴まれます。
ソフィアは、そのまま逃げようとしましたが、彼女の両足は虚しく空中を掻くばかり……。
「ソフィア。色々と話があります」
ナカノヒトが言いました。
「ぎゃーーっ!」
ソフィアは叫びます。
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