第1037話。へっぽこ軍団の終末世界旅行…38…ソフィア、死亡?
「閃いたのじゃ!」
突然ソフィアが言います。
「何を閃いたのでございますか?」
オラクルは多少警戒感を滲ませながら訊ねました。
過去のソフィアの閃きは時として既知の常識を打ち破るようなブレイク・スルーをもたらす事もありましたが、オラクルが判断する限り大概はロクな事にならない場合が多いのです。
「この閉塞した状況に劇的な効果を生み出す方法じゃ」
「それは、どのような事なのでしょう?」
ソフィア達【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】は、現在【終末後の世界・マップ】の【ドゥーム】において環境回復を図る為に様々な施策を実行していました。
それらはタイム・スケジュール通り確実に着手に漕ぎ着けています。
当初オラクルとヴィクトーリアが草稿した計画案に、【カラミータ】の庇護者メディア・ヘプタメロンと、【ディストゥルツィオーネ】の庇護者チェルノボーグと、【デマイズ】の庇護者ベロボーグが協力した事で、完成度が高い施策案が策定されました。
おそらく【ドゥーム】の現有リソースで行える最高の環境回復事業計画が出来あがったと胸を張れるでしょう。
しかし、その計画の成果が現れるのは、おそらく30年後当たりから……陸上において緑化が成るのは数百年後……海洋も含めて【ドゥーム】の環境が全て回復するのは概ね1千年後を予測していました。
これは、あらゆる方策が理想的に進捗した場合の試算です。
一方でソフィア達【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】が【オーバー・ワールド】に帰還する予定なのは、明後日の正午。
ソフィアは【オーバー・ワールド】に帰還する前に、何か1つでも目に見えるような劇的な成果を出してから【オーバー・ワールド】に帰還したいと考えていました。
「【ディストゥルツィオーネ】に向かう。チェルノボーグに用があるのじゃ」
ソフィアは言います。
「チェルノボーグに?畏まりました」
オラクルは、疑問は一度全て飲み込んでソフィアのやりたいようにさせる事にしました。
こういう場合あれこれ問い質したところで、短気なソフィアを怒らせるだけで要領を得ない事がままあり、更にはソフィア自身やりたい事の意図を上手く説明出来ない場合もあるのです。
なので、とりあえずソフィアのやりたいようにやらせてみて、それを見てオラクルやヴィクトーリアが分析してソフィアの真意を汲み取る方が話がスムーズでした。
ソフィアとオラクルは、チェルノボーグがいる【ディストゥルツィオーネ】に向かいます。
・・・
【ディストゥルツィオーネ】。
「チェルノボーグ。来たのじゃ」
ソフィアは片手を挙げて挨拶をしました。
「おや?ソフィア様、オラクル様、どうしたのですか?お帰りの準備でお忙しいのではありませんか?」
【ディストゥルツィオーネ】のシェルターの地上にある古代都市の廃墟で復興の陣頭指揮を執っていたチェルノボーグは訊ねます。
「ちょっと【生贄のトーテム】を借して欲しいのじゃ」
「構いませんが……何にお使いになるのですか?」
「我らは明後日に帰らねばならぬ。じゃから我らの不在に【ドゥーム】を守る強力な庇護者を【生贄のトーテム】からスポーンさせ【召喚】しようと思うのじゃ。クアトロッタが生命を対価に其方をスポーンさせ【召喚】出来たなら、我が例えば魔力の99%を対価とすれば、どうなる?」
「ソフィア様の魔力量は膨大と言う他はありませんので、ソフィア様の魔力の大半をコストとして【生贄のトーテム】からスポーンする魔物や【知性体】は相対的に強力になるでしょうね?」
「うむ。その強力な魔物や【知性体】を【調伏】や【盟約】して【ドゥーム】の庇護者をやらせるつもりじゃ。例えば【水の精霊王】の【シレノス】などであれば大量の水を生み出せるじゃろう?そして我は【アブラメイリン・アルケミー】製の【ハイ・エリクサー】を100単位分は持っておる。つまり、強力な魔物か【知性体】を最大100個体喚び出せるのじゃ。100個体の内に【シレノス】が複数混ざっておれば、【ドゥーム】の海を冠水させるなどのテラフォーミング事業が捗りそうじゃ。オラクル、このアイデアはどう思う?」
ソフィアはオラクルに訊ねました。
「なるほど。悪くない考えだと思います」
オラクルは頷きます。
「我の魔力の99%とクアトロッタの生命で比較すると、喚び出される魔物や【知性体】は、どのくらい強力になるかの?」
ソフィアは……自分の魔力の99%の方が、クアトロッタ・ヘプタメロンの生命より価値が高い……という前提で訊ねました。
「どうでしょうか?魔力量だけの比較ならば、ソフィア様は【真祖】の【ヴァンパイア】と【樹人】の混血であるクアトロッタの1億〜10億倍ですが……クアトロッタは1つしかない生命を対価にしています。生命の価値をどう見るかによって何とも言えません」
オラクルは首を傾げます。
「ソフィア様。残念ながら、【生贄のトーテム】から一度の儀式でスポーンさせられる魔物や【知性体】は1個体だけです。また【生贄のトーテム】の供物として捧げられる生命の価値は魔力量の多少に拘らず最高に設定されています。つまり魔力の全て(事実上の生命そのもの)であるならいざ知らず、魔力量の何割という事ですと、それが莫大であったとしても生命の価値には及びません。生命を供物とした場合には、その生命体が持っていた位階やレベルや魔力量などの個体差で、喚び出される魔物や【知性体】の位階が変わります。つまりソフィア様が魔力を対価に喚び出す魔物や【知性体】は、設定上クアトロッタの生命を対価としてスポーンし【召喚】された、私(【上位悪魔】)より強力になる事はありません。魔力というモノは、どんなに膨大でも生きていれば時間経過で自然回復してしまうモノですので……」
チェルノボーグが【生贄のトーテム】の仕様を説明しました。
「なぬっ!そうなのか?」
ソフィアは……見込みが外れた……とばかりに訊ねます。
「はい。そういう仕様でございます」
「仕様か……ぐぬぬぬ……。ああっ!ならば……」
ソフィアは右手の握り拳で左手の平を……ポンッ……と打ちました。
「それはいけませんっ!」
オラクルは血相を変えてソフィアの言葉の続きを制します。
「オラクル。我は、まだ何も言っておらぬぞ」
「仰らなくてもわかります。ソフィア様は、【生贄のトーテム】に自らの御命を捧げるなどと申されるつもりなのではありませんか?」
「そうじゃ」
「何を言うのですか?この世界にソフィア様の御命より価値があるモノなどありません。ソフィア様が御命を捧げなければならないようなら、【ドゥーム】など滅ぼしてしまえば良いのです」
オラクルは物騒な事を言いました。
オラクルの言葉を聞いてチェルノボーグは苦笑いします。
「オラクル、頭を冷やせ。我にはノヒトから……万が一の場合に使うように……と、【神蜜】が1本預けられておる。我の生命を対価に【生贄のトーテム】から強力な魔物か【知性体】を喚び出した結果、我に死亡判定が出たら肉体が消滅して【竜城】の【降臨の魔法陣】で【復活】する前に速やかにオラクルが【神蜜】を用いて我を蘇生させれば良いのじゃ。【神蜜】を使用すれば、一切のペナルティなく生き返れるのじゃからノー・リスクじゃ」
ソフィアは尚も言いました。
「そんな事は関係ありません。そもそもソフィア様の御命を何かの対価となさる事が誤りです。確かに【神蜜】の公式設定とミネルヴァ様の見解によれば……ペナルティなく蘇生が出来る……との事です。しかし、ノヒト様は……【神竜】様が【神蜜】で蘇生した事例がないので、実際にペナルティが全く生じないかどうかは本当の所はわからない。なので万が一の場合を考慮するなら、【神蜜】の効果を過信して敢えて死亡リスクを取るような真似は絶対にしてはならない……と仰いました。私は、ソフィア様の御命を対価とした取引など、断じて認める訳には行きません」
オラクルはキッパリと言います。
「ノヒトの奴めは少し慎重が過ぎるのじゃ。ミネルヴァが大丈夫と言ったなら問題はない。またアイテムを【鑑定】して表示される公式設定とは、即ち【創造主】が定めた自然法則としての【世界の理】じゃ。間違いはないのじゃから何も心配する必要はないのじゃ。そもそも、この世界は生きている事だけで多少のリスクはあるのじゃ。例えば動物の生命維持に必要不可欠な酸素は、強力な毒じゃ。酸素を取り入れている動物は呼吸の度に肉体にダメージを与えているに等しい。このような例から言って、ノヒトのように、ありとあらゆる物事に対して……もしも万が一……などとビクビクと恐れておったら、この世界では生きている事すら出来なくなるのじゃ。我も馬鹿ではない。これはリスクとしては相当程度低いと見て問題ないと判断出来るのじゃ」
「しかし……。私はノヒト様から、ソフィア様の事を……頼む……と厳命されております」
ソフィアは確かに死亡しても自我と記憶を引き継いで【復活】する事が可能でした。
しかし【復活】時には現状のソフィアの付属物は【初期化】されてしまうので、ウルスラとの【盟約】は【破棄】されてしまいます。
ただしソフィアとウルスラは、【盟約】を超えた親友だと考えているので、【盟約】が消えてもお互いの本拠地に遊びに行くなどして交流はなくなる訳ではありません。
なのでソフィアは死亡・復活によるリスクは……ほぼない……と高を括っていました。
ナカノヒトは心配症なのだ、と。
しかし実際、現在のソフィアの付属物は、ソフィアが見積もっているより遥かに大きいのです。
ソフィアの脳に共生する【知性体】フロネシス。
ソフィアという固有名。
これらは【初期化】された時点で永久に消滅してしまいます。
【復活】した【神竜】に再びナカノヒトがソフィアと名付けたとして、その【神竜】は元のソフィアと完全に同一なのでしょうか?
ナカノヒトは……【復活】した【神竜】に再びソフィアと名付けられた個体は、現在のソフィアのクローンのような別の何かに変わってしまう……と考えているのです。
しかしソフィアは、フロネシスの存在や、ナカノヒトの思いを知りません。
【神蜜】による蘇生であれば、設定上、フロネシスの存在やウルスラとの【盟約】など今世の【神竜】に付属するモノも含めて完全にペナルティなく、ソフィアは生き返る事が可能な筈です。
しかし、それは公式設定やミネルヴァの計算上の話でした。
ノヒトは、本当に【神蜜】がソフィアにペナルティを生じさせないのか?確信が持てないのです。
何故なら過去に死亡した【神竜】を【神蜜】で蘇生させた事例など一度もないのですから。
ノヒトは……安全マージンは取れるだけ取る……という行動原理を持ちます。
「オラクルよ。これは必要な事じゃ。良く考えてもみよ。クアトロッタの生命を対価に【上位悪魔】のチェルノボーグが喚び出せたのじゃから、我の生命を対価にすればチェルノボーグより上位の【悪魔主】をスポーンさせられるじゃろう。【悪魔主】ならば、もちろん戦力的にチェルノボーグよりは上。【神蜜】を用いて蘇生すれば、設定上リスクなく生き返る。そして最悪の場合に【神蜜】による蘇生に失敗して我が完全に死んでしまっても自我と全ての記憶を維持して【復活】する事が可能じゃ。これは我にとって、かなり分が良い賭けじゃ」
ソフィアはオラクルを説得しました。
それから1時間あまりソフィアはオラクルと話し合ったのです。
オラクルは一足早く【オーバー・ワールド】に帰還したティア・フェルメール以外の【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】のメンバー全員を呼び集めて、ソフィアを翻意させようと試みました。
もちろんオラクルとヴィクトーリアは断固反対の姿勢。
ウルスラとトライアンフは、最終的にはソフィアの意思を尊重するという立場でした。
ソフィア自身は当然ながら賛成。
多数決によりソフィアの生命を対価にして【生贄のトーテム】から魔物か【知性体】を喚び出す事が決まったのです。
・・・
ソフィアが自らの生命を対価に【生贄のトーテム】から【ドゥーム】の新たな庇護者に加わる強力な魔物か【知性体】を喚び出すという報せを聞き、【ロヴィーナ】のロデリック王とロズリン皇太王女、【カラミータ】のシドニー女王とメディア・ヘプタメロン、【ディストゥルツィオーネ】のヴァレーラ評議会代表、【デマイズ】のヴァンダービルト王とベロボーグが集まりました。
「【生贄のトーテム】に魔力を流し対価を提示すると、魔物か【知性体】が喚び出され無敵時間が発動します。無敵時間はソフィア様とスポーンした魔物か【知性体】の双方に働きます。その時間は最大で9分。その間に魔物や【知性体】の【調伏】か【盟約】を行うのです。基本的に生命を対価として喚び出された魔物や【知性体】は、【調伏】や【盟約】が成功し易く設定されていますし、ソフィア様のスペックであれば、まず失敗する事はないと思われます。【調伏】や【盟約】が成るか、あるいは無敵時間の9分が経過すると対価が【生贄のトーテム】に支払われる事になります。つまり死亡判定が出ます」
チェルノボーグは説明します。
「ふむふむ、なるほど」
ソフィアは頷きました。
チェルノボーグがソフィアに虚偽の情報を伝える可能性を考慮して、オラクルは【アンサリング・ストーン】でチェルノボーグの一言一句を確認しています。
チェルノボーグは、彼が知り得る限りの事実を正確に伝えていましたが、オラクルが……ソフィアの生命が掛かった儀式の成否に細心の注意を払いたい……と考えている気持ちを理解しているので、疑われているなどと気分を害するような事はありません。
「ソフィア様。本来なら【神蜜】の効果は死亡後最大1時間まで発動しますが、ソフィア様は死亡判定が出ると、間もなく【竜城】の【降臨の魔法陣】で【復活】してしまいます。そのタイム・ラグは30秒間。死亡判定が出たら速やかに私が【神蜜】を投与致します。一刻を争うので多少乱暴に扱う事になるかもしれませんが、その点は何卒ご容赦下さい」
既に【神蜜】の瓶を持ったオラクルが言います。
「うむ。オラクル、頼むぞ。では皆の者、準備は良いか?」
ソフィアは訊ねました。
一同は頷きます。
オラクルは【神蜜】の瓶の蓋を開けて、ソフィアの側に立ちました。
ソフィアは【生贄のトーテム】に魔力を流して起動します。
そして……。
「我の生命を対価として捧げる」
ソフィアは厳かに宣言しました。
その瞬間【生贄のトーテム】から、何かが喚び出されたのです。
「!……」
喚び出された何かは一瞬驚いたように辺りを見回した後、何かを理解したように頷きました。
「ん?チェルノボーグ、【生贄のトーテム】から喚び出されるのは、魔物か【知性体】だけなのじゃろう?」
ソフィアは驚いて訊ねます。
「はい。その筈です」
チェルノボーグは混乱しながら答えました。
【生贄のトーテム】からスポーンしたのは、光を纏った3対6枚の純白の翼を背中に生やした人種。
つまり【熾天使】だったのです。
ソフィアは激しく混乱していました。
スポーンしたのは、【熾天使】の女性です。
現在【天使】族のキャラ・メイクをしたユーザーは1人も存在しないので、彼女はNPCである筈でした。
現在存在するNPCの【熾天使】は10人しかいません。
女性の【熾天使】に限れば6人だけです。
ソフィアは、その全員の顔と名前を知っていました。
しかし目の前にいる個体は、ソフィアが初めて見る【熾天使】だったのです。
「其方は誰じゃ?」
ソフィアは訊ねました。
「ソフィア様。早く【調伏】か【盟約】を致しませんと……」
オラクルが焦って言います。
「いや、しかし……人種に対しては、魔物や【魔人】を対象とした【調伏】も、【知性体】を対象とした【盟約】も出来ぬ。どうすれば良いのじゃ?【眷属化】か?【契約】か?」
ソフィアは取り乱しました。
現在ソフィアや【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】やチェルノボーグの想定外の事態が発生してしまいます。
「と、とりあえず片端から試してみては如何でしょうか?」
オラクルは言いました。
「うむ、良し。【調伏】」
ソフィアは【神位級】の【調伏】を施行します。
喚び出された、ソフィアが見た事がない【熾天使】の女性は黙って首を振りました。
「ぬぐっ、ならば…… 【盟約】」
見た事がない【熾天使】の女性は、やはり首を振ります。
「ぬぐぐ、ならば……」
「【眷属化】も【契約】も、お断りします……ソフィアさん」
見た事がない【熾天使】の女性は言いました。
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