第103話。剣聖は武を極めたい。
名前…ケイン・フジサカ
種族…人間/【神格者】
性別…男性
年齢…非公開
職種…ゲーム・プロデューサー/【創造主】
魔法…全知全能
特性…全知全能
レベル…不明
主人公の上司。
ある時はカリスマ・ゲーム・プロデューサー、ある時は世界の最高神、その正体はヘルニア持ちのおっさん。
異世界転移、20日目。
早朝、剣聖一行が訪ねて来ました。
こんな時間に、一体何の用でしょうか?
もしかしたら、ノーマンズ・ランドに入って連絡がつかなくなっている冒険者パーティから、救援要請でもあったのかもしれません。
つまり、緊急出動依頼ですか?
状況次第では、冒険者ギルドに協力する事も吝かでは、ありません。
「おはようございます。どうしました?」
「おはようございます、ノヒト様。こんな早朝から、すまない。大事な話があるんだ」
剣聖が言いました。
「時間を考えるように申したのですが、すみません」
クサンドラさんが詫びます。
「緊急の要件なら仕方ありませんよ。何事です?」
「チュートリアルなるものを、俺も受けたい」
剣聖は、挨拶もそこそこに、本題を告げました。
ああ、なるほど……そう来ましたか。
昨日の夕食時に、ソフィアが武勇伝の中で、ポロっと口を滑らしてしまったのですよね……。
その内容が王家の誰かから、剣聖に伝わったのでしょう。
まあ、別に秘匿情報ではありませんので、構いませんが……。
私は、とりあえず、会議室に移り、剣聖一行の話を聞く事にしました。
この世界では、NPCは自力でチュートリアルを受ける事は出来ない仕様になっています。
しかし、私……それから、ユーザーである、グレモリー・グリモワールが手伝ってやれば、NPCもチュートリアルを受けられました。
私は、身内や味方で、信頼のおける者になら、約定を交わした上で、チュートリアルを受けさせても構わない、と考えています。
剣聖、クサンドラさん、フランシスクスさん、なら信頼という意味では、問題ありません。
約定とは……。
私と、私の身内に敵対しない事。
この世界の、法律・公序良俗・倫理・公衆衛生に違反しない事。
私が命令したら従う事。
チュートリアルで力を得たら、世界の発展と平和に貢献する事。
これを【誓約】や【契約】するなら……という訳です。
命令は、原則として、するつもりはありませんが、万が一の時には、セーフティ機能として働くように、この内容は外せません。
世界の発展と平和に貢献しろ、というのは、いささか曖昧で、茫漠とした表現ですよね。
つまり、私が手伝ってチュートリアルで力を得た後、良識ある振る舞いをする、という事が担保されれば良いのです。
良識ある振る舞いとは?
それは、私が、判断します。
異論は認めません。
「チュートリアルとは、能力が大幅に強化される、という事だが……」
剣聖が訊ねました。
「熟練値に関わる能力は変わりません。つまり、武器の扱い、技術・技能、器用さ、などです。しかし、思考、素早さ、膂力などは、単純に2倍になりますよ。【人格者】が【聖格】を得るくらいには、能力が上がるはずです。また、能力が成長する速度も劇的に速くなります。それから【収納】、【鑑定】が最高性能で取得出来ます。あとは【マッピング】能力ですね。【マッピング】は、簡単に言えば、高度な地図機能ですよ」
私は、剣聖達にコーヒーを淹れてあげながら答えます。
「思考力も2倍に?」
フランシスクスさんが身を乗り出しました。
フランシスクスさんは、戦闘力の向上には、さして興味がない様子でしたが、思考が2倍になると聞いて、表情が変わりましたね。
フランシスクスさんは、【戦略家】です。
【戦略家】は、頭脳労働職ですから、思考の向上という話に目の色を変えるのも無理はありません。
「思考力は変わりません。思考速度です。つまり、2倍の速さで動けるようになったら、感覚器官の対応能力や、脳の情報処理速度も2倍にならなくては、本当の意味で、2倍の素早さを得た、とは言えないですからね。なので、無知な者が博識になったり、無能な者が優秀になる事はあり得ません」
つまり、脳の演算速度が速くなるという事です。
脳の演算速度が上がれば、それは思考力そのものが向上する事になるのでは?
それは、多少、違いますね。
単純な計算は早く出来るようになるでしょうが、解らない問題が解けるようにはならない訳です。
「なるほど。で、俺達に、チュートリアルを受けさせてくれるのか?」
剣聖が訊ねました。
「幾つかの約定を交わしてもらいます。まあ、端的に言えば、私と、私の身内に敵対しない、犯罪などを行わない、良識的な振る舞いをする、と【誓約】するのです。それを約してもらえるなら、クサンドラさんと、フランシスクスさんに、チュートリアルを受けさせるのは構いません。しかし、クイン伯にチュートリアルを受けさせる事は出来ません」
「何故だ?」
「ゲームマスターの遵守条項には、特定の国家に与してはならない、というモノがあります。【アトランティーデ海洋国】の爵位を持つ、クイン伯を強化すれば、【アトランティーデ海洋国】に与した事になってしまいますので。それは、出来ないのです」
私は、【ドラゴニーア】の【女神官】の皆さんや、軍や竜騎士団や衛士機構、などに魔法を教えています。
これは、900年前には、ユーザー達の間で普通に周知されていた魔法知識を伝えているに過ぎません。
現在は、900年前よりも、魔法の知識や技術が著しく衰退しているのです。
なので、これらの指導は、ゲームマスター的には、セーフ、だと、私は解釈していました。
一方、チュートリアルに関しては、事情が違います。
現在、私とグレモリー・グリモワールの手助けがなければ、NPCは自力でチュートリアルに挑めません。
これを、私が、国家に所属する軍人達を対象にして、大々的に行えば国家間の軍事バランスを崩しかねないのです。
私は、今、【ドラゴニーア】を本拠地として活動しているので、何も制約を設けずにNPCにチュートリアルを行わせれば、必然的に、【ドラゴニーア】と、その友好国だけが強化される事になるでしょう。
それは、特定の国家に与してはならない……という、ゲームマスターの遵守条項に反する、と私は解釈しています。
「ならば、爵位などは、捨てよう」
剣聖は断言しました。
「それならば問題ありませんね。しかし、爵位というのは、クイン伯の一存で捨てられるモノなのですか?」
「爵位返上を申し出る。もしも、ゴトフリードが爵位返上を認めない、と言うのなら、出奔するまでだ」
「不穏当ですね。私をトラブルに巻き込まないで下さい。私は、クイン伯の爵位返上については、一切責任を負いませんよ」
「武人として、武の高みを目指すのは、当然の事だ。【アトランティーデ海洋国】への義理は、もう十分に果たしている。俺は、武を極めたい」
剣聖は、一点の曇りもない表情で、キッパリと言います。
あ、そう。
「穏便に爵位が返上出来るなら、私は構いませんよ。あくまでも穏便にですからね。私は、チュートリアル云々によって、ゴトフリード王から恨まれるような事態になるなら、断固拒否しますよ」
「説得してみせる」
私は、約定の内容を紙に書いて剣聖に渡します。
「ノヒト様の命令に従う……これは、内容によるが……」
剣聖が、約定の内容に疑義を唱えました。
「基本的に、私から命令を発する事はないでしょう。法律、公序良俗、倫理、公衆衛生に反しなければ、私としては、それで問題ないからです。なので、本来なら必要のない項目なのです。しかし、仮に、クイン伯が正義だと信じて行おうとした事が、私が看過出来ない事である可能性も、あり得ます。例えば、人至上主義のような邪教に洗脳され、正義と信じて、エルフやドワーフや獣人を迫害したり、虐殺したり、するという事です。そういう場合には、私は、クイン伯に命じて、そのような行為を止めさせます。その為に必要な項目なのです」
「なるほど。筋が通った話だな。わかった、必要な項目だと受け入れよう」
剣聖は、納得してくれます。
私は、剣聖達に、約定の内容を一つ一つ丁寧に説明しました。
【誓約】や【契約】は、絶対の強制力が働きます。
従って、誓約者や契約者が、取り決めや、約定の内容をキチンと理解して納得するのは、当たり前の事。
【誓約】や【契約】は、ゲームマスターや、守護竜の能力によって破棄する事が出来ますが、それは、最終手段。
ほとんどの事例では、契約内容が、不当であるかどうかを、裁判所が判断し、契約の当事者達を裁判所に召喚して、新しい【契約】を上書きさせて、済ませます。
でないと、毎日、大挙して、竜城の礼拝堂に、契約破棄を願う者がやって来て、大変な事になりますからね。
「朝早くから、訪ねて来てしまってすまない。チュートリアルの話を聞いて、居ても立っても居られなかった」
剣聖は、ようやく、落ち着いたのか、改めて私に詫びました。
本当ですよ。
まったく、朝っぱらから、騒々しいったらない。
剣聖は、表面的な謝罪を述べた朝一の時とは違い、本当に申し訳なさそうにしています。
冷静さを取り戻した感じでしょうか。
「で、連絡がつかない冒険者パーティの情報は?」
「ああ、クサンドラ、頼む……」
剣聖は、クサンドラさんを促しました。
「現在18組108人の冒険者パーティと連絡が途絶したままです。目下、全力で、捜索にあたっています」
クサンドラさんが報告します。
「前回の報告では、26組160人が消息不明だ、という事でしたが、8組のパーティは?」
「いずれも全滅が確認されました。あるいは、今後は、生存者の帰還は、望めないかもしれません……」
クサンドラさんは、悲痛な表情で言いました。
そうですか……。
冒険者稼業は自己責任とはいえ、その管理組織である冒険者ギルドにとって、冒険者パーティ全滅の報告は、嬉しいはずがありませんよね。
「わかりました。ありがとうございます」
私はクサンドラさんに礼を言います。
剣聖一行は、慌しく帰って行きました。
私は、寝室に戻り、ソフィアを起こします。
ソフィアは、寝ぼけたまま、オラクルとディエチに手伝ってもらい、着替えを済ませました。
「ソフィア、朝ご飯を食べに行きましょう」
「なのじゃ。あわあぁ〜……」
ソフィアは、顎が外れるほどに大きなアクビをします。
私達は、朝食に向かいました。
・・・
王城の広間。
「おはようございます、ソフィア様、ノヒト様」
ゴトフリード王が挨拶しました。
王家の面々も、口々に挨拶します。
「みなさん、おはようございます。王陛下、朝早く、私の所に、クイン伯が爵位の返上をすると言って来ましたよ」
「ええ。先ほど、私のところにも参りました。【アトランティーデ海洋国】としては、失うには大き過ぎる人材ですが……。私には、クインシーを縛る事は出来ません。彼は、領地を持ちませんし、公的な役職や、公職者の部下や、直接指揮する国軍部隊も持ちません。そういう意味でも、彼が爵位を返上したい、と言うのなら、それを繋ぎ止める事は出来ないのです。惜しいですが、クインシーは、今まで【アトランティーデ海洋国】の為に、本当に良く尽くしてくれました。クインシーが1人の武人として道を極めたいと願うなら、私は、友として、笑顔で新しい門出に送り出してあげたい、と思います」
ゴトフリード王は、静かに言いました。
「クインシーが、ゴトフリードや【アトランティーデ海洋国】の敵に回るという事もあるまい。ゴトフリードや【アトランティーデ海洋国】に危機が迫れば、クインシーは、友人として駆け付けるじゃろうて」
ソフィアが、ゴトフリード王を慰めます。
「そうですね」
ゴトフリード王は、少し寂しげに笑いました。
私は、この件の当事者なので、何も言えません。
また、剣聖に、爵位を返上しろ、とも、返上するな、とも言える立場でもありませんしね。
私は、王家に、チュートリアルに関する情報は拡散させない、と【契約】してもらいました。
別に、秘匿情報ではありませんが、この件で、早朝に人が訪ねて来て叩き起こされるような騒動は、二度と御免ですからね。
まあ、私は睡眠を必要とはしませんが……。
チュートリアルの情報を知るのは、王家と剣聖達だけだ、という事。
これも【契約】で事実を述べる事を約させたので、確定情報です。
次からは、情報管理には、もっと気を配りましょう。
危機管理という意味もありますが、面倒事が舞い込まないようにです。
・・・
私とソフィアとオラクルは、武装して、【ベルベトリア】に【転移】しました。
今日は、【パラディーゾ】方面に向かいますが、今日中には、着かないでしょう。
到着予定は、明日以降になると思います。
【ファヴニール】の【神位結界】が機能していますので、これからの道筋では、おそらく魔物は多くないはずですから、2日もあれば着くでしょうね。
「さてと、ソフィア、オラクル、今日も張り切っていきますよ」
「やってやるのじゃ」
ソフィアが【クワイタス】を突き上げて言いました。
「はい、参りましょう」
オラクルが盾を構えて、言います。
私達は、【パラディーゾ】がある南に向かって進撃を開始しました。
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