第1018話。へっぽこ軍団の終末世界旅行…19…情報の齟齬。
【ディストゥルツィオーネ】。
ソフィアはシェルター都市国家【ディストゥルツィオーネ】に足を踏み入れました。
ソフィアの【マップ】には多数の白い光点反応が表示されています。
中立を意味する光点なので、害意を向けて来る訳ではありません。
「しかし、このシェルターは、やけに暗いの……【光源】」
ソフィアは【光魔法】で明かりを灯しました。
ソフィアが立つ通路の左右の部屋から、こちらを伺う幾つもの視線があります。
ソフィアが突然周囲を明るくした為に、視線の主達は眩しそうに眼を細めて慌てて顔を部屋の中に引っ込めました。
【ディストゥルツィオーネ】の民達です。
【神竜】なら【暗視】で光量が0でも全く問題なく視覚が働きます。
また【ドゥーム】の人種住人は、全て海生人種でした。
海生人種の【人魚】族や【魚人】族であれば、太陽光が届かない深海で生活する種族もいるので、暗さを苦にしないという事も理解出来ます。
しかし海生人種にも【アザラシ人】などのように明るくなければ見えないタイプの種族もいました。
実際、先程見掛けた【ディストゥルツィオーネ】の民達の中には、そういう明るくなければ視覚が使えないタイプの種族もいたのです。
ソフィアには【ディストゥルツィオーネ】のシェルター内が真っ暗な理由がわかりません。
【ロヴィーナ】や【カラミータ】のシェルター内は、魔力が充填された【魔法石】を【光源】の魔法で発光させ十分な明るさが確保されていました。
【光源】は【低位魔法】で魔力消費が少なく、また【ロヴィーナ】や【カラミータ】で照明装置として使用されていた【魔法石】は、そこそこの大きさと質を持っていたので自ら周辺空間から魔力を集めて溜めるギミックがあり、【光源】で消費する魔力量と【魔法石】が集める魔力量が均衡していた為、半永久的に作動する無限光源として利用されていたのです。
【ディストゥルツィオーネ】のシェルター内には、【魔法石】による照明装置はありません。
つまり、それだけ【ディストゥルツィオーネ】の魔法が衰退しているのか、あるいは品質が良い【魔法石】を入手する事が出来ないのでしょう。
【ロヴィーナ】や【カラミータ】で聞いた話によると、【ロヴィーナ】や【カラミータ】は工学や化学などに注力する生存戦略を選び、【ディストゥルツィオーネ】は魔法に注力する生存戦略を選んだという事でした。
しかし魔法に注力している筈の【ディストゥルツィオーネ】は、【ロヴィーナ】や【カラミータ】より結果的に魔法技術でも遅れを取っています。
【ディストゥルツィオーネ】が【ロヴィーナ】や【カラミータ】と交流を閉ざしてから100年あまりで何があったのでしょうか?
ソフィアは首を捻りました。
【ディストゥルツィオーネ】の民達は、一見して見窄らしい姿をしていたのがわかりました。
大人らしき者達は鞣されてもいない粗末な毛皮のようなモノを被り、子供らしき者達は全員裸。
彼らの皮膚には垢が浮き汚れ、手足は枯れ木のように痩せ細り、逆に腹だけが異様に膨らみ、明らかに栄養失調の様子を呈しています。
そして目は落ち窪んで光がなく頬が痩けていました。
一言で表すなら亡者のようです。
これから【ロヴィーナ】と【カラミータ】の連合軍に戦を仕掛けようという者達には思えぬが……。
つまり戦端を開くのは【ロヴィーナ】と【カラミータ】の連合軍の方からか?
ソフィアは考えました。
少なくとも【ディストゥルツィオーネ】に、【ロヴィーナ】と【カラミータ】を攻めるだけの余力があるとは到底思えません。
【ディストゥルツィオーネ】の欠乏と飢餓が限界に来ていて、死を覚悟して【カラミータ】や【ロヴィーナ】から略奪する為に攻めた?
あり得ません。
ソフィアが見る限り、栄養失調の【ディストゥルツィオーネ】の民達には強力な魔物がいる砂漠を越えて【カラミータ】まで辿り着くだけの体力も戦闘力もないと思われます。
あるいは【ディストゥルツィオーネ】は民政を犠牲にして、リソースを全て軍事力に注力しているのか?
それもないでしょう。
軍隊とは民政の延長にある組織。
飢えた民から精強な軍隊は作れません。
ソフィアは、オラクルとヴィクトーリアがグレモリーの著作を元に纏めたレポートの内容と、ソフィア自身が今目にしている【ディストゥルツィオーネ】の印象との乖離に酷く混乱しました。
「う〜む……何やら、情報に齟齬があるようじゃ」
ソフィアは呟きます。
ソフィア達が見た【ロヴィーナ】や【カラミータ】は、滅亡の危機にあるコミュニティとしては相当に高い産業力と科学技術を保有していました。
【ドゥーム】には植物がないにも関わらず、一応衣食住は保たれ彼らなりに生活水準を維持していて、少なくとも【ディストゥルツィオーネ】のように飢餓や衛生環境の悪化を想起させるような状況ではありません。
しかし【ディストゥルツィオーネ】は衣類や食料が満足に足りていない有り様です。
医療や公衆衛生というモノすらないのでしょう。
ソフィアが考えを巡らせながら、しばらく立ち尽くしていると通路の奥から数人の海生人種がやって来ました。
「【ディストゥルツィオーネ】評議会代表ヴァレーラと申します。異界の神【神竜】様……だとか?どうぞ、こちらに……」
【イルカ人】のヴァレーラ評議会代表が手で促します。
「うむ」
ソフィアはヴァレーラ代表の後に続き歩きました。
・・・
【ディストゥルツィオーネ】評議会・議場。
ソフィアは【ディストゥルツィオーネ】の評議会だという場所に案内されたのです。
しかし、そこは単なる部屋。
評議会議場というより会議室といった趣きでした。
【ロヴィーナ】の王の居所や、【カラミータ】の女王執務室には石材や金属を加工した、それなりに立派なテーブルや椅子があったのですが、【ディストゥルツィオーネ】の評議会議場という場所は部屋に何らかの魔物の毛皮が円形に並べてあるだけ。
そこに車座になって座る海生人種達。
彼らが【ディストゥルツィオーネ】の評議会のメンバーでした。
ソフィアはヴァレーラ代表に促されて最上座に敷かれた魔物の毛皮に座ります。
「改めて名乗るが、我はソフィアじゃ。この地とは異なる世界から、【創造主】から与えられた使命を果たす為に来た。その使命とは……この地【ドゥーム】を救え……というモノじゃ。じゃから我は、どうやったら【ドゥーム】を救えるのか調べて回っておる。既に【ロヴィーナ】と【カラミータ】で話を聞いて、【ドゥーム】を苛む元凶が【微小機械】・パンデミックじゃという事まではわかった。【ディストゥルツィオーネ】にも情報を教えてもらいたいのじゃ。タダでとは言わぬ。我が必要とする情報について【ディストゥルツィオーネ】が知り得る事を教えてもらえるのであれば、我が持つ魔物を渡そうではないか。新鮮な【サンド・ワーム】10頭ではどうじゃ?」
ソフィアは言いました。
「さ、【サンド・ワーム】を10頭!?」
【ディストゥルツィオーネ】の評議員の1人が目を剥いて言います。
「足りぬか?ならば20頭じゃ。これが我の現在の【サンド・ワーム】のストックの全てじゃが、これでも足りぬのならば、しばし待て。砂漠で狩をして100頭やそこいらなら、すぐに持って来てやろう」
「ひゃ、100頭っ!」
「な、何じゃ?まだ不足か?あまり欲を掻くな。我には【創造主】から【ドゥーム】を救う為の期限が切られておる。じゃから狩ばかりに感けている訳にも行かぬのじゃ。我が其方らから情報を得て【ドゥーム】を救えれば、其方らにも恩恵があるじゃろう?じゃから100頭で納得せよ。もしかして、我の武力を疑っておるのか?其方らは【魔力探知】で我の魔力量を測っておったじゃろう?我には【サンド・ワーム】の100頭やそこいらを倒すくらい造作もない事じゃ」
「いいえ、異界の【神竜】様。私達は、あなた様の御力を疑っている訳でも、【サンド・ワーム】の数が足りないと申している訳でもありません。多過ぎるという意味で驚いているのです。10頭もの【サンド・ワーム】を頂けるとするなら、当面飢えずに済みます」
ヴァレーラ代表は説明しました。
「そうか。子供達が飢えておるなら、先に【サンド・ワーム】を渡そうではないか。腹を空かせた子供らを横目に悠長に話をしている場合ではないのじゃ」
ソフィアは提案します。
「よ、よろしいのですか?私達が、あなた様を……」
「ソフィアじゃ」
「……私達がソフィア様を満足させられる情報を持っているとは思えないのです。なので落胆なさるのでは、と……」
「な〜に。情報は何かあればありがたいが、なくても大勢に影響はない。我が【創造主】から与えられた使命は……【ドゥーム】を救え……じゃ。じゃから【ディストゥルツィオーネ】に食料を渡す事も救いの内じゃ。気にせず【サンド・ワーム】を受け取れ」
「ありがとうございます。しかし、いっぺんに10頭もの【サンド・ワーム】を頂いても、干し肉に加工するのが間に合わず腐らせてしまいますので、手に余ります」
「何じゃ、【収納】アイテムや冷蔵・冷凍設備はないのか?【ロヴィーナ】や【カラミータ】には、あったのじゃが?」
「【収納】アイテムは奪い去られました。冷蔵・冷凍設備はありましたが、壊れてしまい修理出来ません」
「奪い去られた?誰に?」
「ベロボーグ派の者達です」
「ベロボーグ派?」
「私達が信仰するのはボーグ神です。ボーグ神は双子神。私達【ディストゥルツィオーネ】の者は、白昼を象徴し建設と生を司る姉神のベロボーグと、 黒夜を象徴し破壊と死を司る弟神のチェルノボーグを信仰しております。ベロボーグ派とは、生を司る姉神ベロボーグを神聖にして善なる神として信仰し、死を司る弟神のチェルノボーグを悪神あるいは邪神として忌み嫌う一派でございます。しかし、私達は双子神に善悪や聖邪の区別はしておりません。死は生の一部で状態の違いに過ぎず、昼と夜も表裏一体。その両者は等価にして一対。決してチェルノボーグは悪神や邪神ではない……というのが、ボーグ神信仰の伝統的教義なのです」
「ふむ。つまりはボーグ教の一派が伝統的教義から逸脱して新宗派を作り分裂した訳じゃな?」
「仰る通りです」
「まあ、ともかく今は【サンド・ワーム】の事が先決じゃ。我の仲間達を呼んで【サンド・ワーム】の解体と加工・調理を行わせる。調理は我らがやる故、其方ら評議会の者達は【ディストゥルツィオーネ】の民……特に子供達に十分な食料が行き渡るように取り計らえ。乳幼児の栄養状態が特に心配じゃ。必要なら牛乳なども提供しよう。あとは診察と治療も行う。我らは優秀な【回復・治癒職】でもある故、其方ら評議会員は【ディストゥルツィオーネ】中の傷病者を集めよ。冷蔵・冷凍設備が壊れているのであったな?ならば、それら機械類の修理も請け負おうではないか。それで良いか?」
「あ、はい……」
「あ〜、それから我らに【ロヴィーナ】のロズリン皇太王女の一行も同道しておるのじゃが、あの者達も一緒で構わぬな?」
「【ロヴィーナ】の王女殿下ですか?何をしにいらしたのでしょうか?」
「我らの案内役じゃ。我らは、ここ【ドゥーム】とは異なる世界より来たので、【ドゥーム】には不案内じゃからの」
「なるほど……。もちろん来て頂いて構いませんが、何もおもてなしは出来ません。よろしいでしょうか?」
「構わぬ。では、我は仲間達を連れて来る故、しばし待て」
ソフィアは【マップ】表示の光点反応から……【ディストゥルツィオーネ】の民達に害意や敵意がない……と判断して、【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】と、ロズリン皇太王女とスチュアート卿とタルボット准将を連れて来ても問題ないと考えました。
ソフィアは【転移】します。
・・・
地上に戻ったソフィアは、皆に事情を説明して【避難小屋】を回収し、全員を連れて再度【ディストゥルツィオーネ】のシェルター内に戻りました。
「さてと、皆の者よ。手分けをして作業に当たれ」
ソフィアは指示します。
ソフィアとティアは明らかな傷病者に治療を施し、健康な者も【ディストゥルツィオーネ】の民全員を診察して必要があれば治療を行いました。
オラクルとヴィクトーリアは壊れた機械類など【ディストゥルツィオーネ】のインフラの修理と復旧を行います。
ディエチと【自動人形】・シグニチャー・エディション10体は【サンド・ワーム】の解体と加工・調理を担当しました。
ウルスラとトライアンフは【ディストゥルツィオーネ】のシェルター内の探索を行います。
ロズリン皇太王女達【ロヴィーナ】の一向は【ディストゥルツィオーネ】の評議会のメンバーとの会談を行いました。
程なくして、【ディストゥルツィオーネ】のシェルター内に照明が灯り明るくなります。
数時間経った後、ソフィア達から【ディストゥルツィオーネ】の民に食事が振る舞われました。
お読み頂き、ありがとうございます。
もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。
活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。