第1009話。へっぽこ軍団の終末世界旅行…10…シェルター国家【ロヴィーナ】。
シェルター国家【ロヴィーナ】。
ソフィア達【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】は、バイパー小隊に先導されて長いトンネルを歩いています。
このトンネルの壁面は【不滅の大理石】で出来ていました。
つまり【創造主】が創り出した【初期構造オブジェクト】なのです。
「【ロヴィーナ】への出入り口は、ここと、もう1箇所にしかありません。この岩山は一枚岩で出来ていて、極めて固い岩盤になっていますので、魔物も岩盤を破って内部には侵入出来ません。なので2箇所の出入り口に火力を集めて魔物から守れば【ロヴィーナ】は安全なのです。とはいえ、出入り口は私達のご先祖様達が構築した強力な【認識阻害】によって隠蔽されているので、過去魔物が出入り口から侵入して来た事はないんですけれどね」
オックスフォード中尉は説明しました。
それは、そうだろう……とソフィアは思います。
この岩山の岩盤自体が、おそらく【創造主】による【初期構造オブジェクト】なのですから、魔物に破られる事はありません。
また、オックスフォード中尉は……自分達の先祖が……と言いましたが、出入り口の隠蔽も実際には【創造主】が施した【神位級】の【認識阻害】なのです。
【神格】の守護竜たる【神竜】のソフィアですら見破れない【認識阻害】を魔物などが見破る可能性は皆無でした。
何故【創造主】は、破滅を生き延びたシェルター国家【ロヴィーナ】などというモノを創ったのか?
何故【創造主】は【ドゥーム】に災厄や世界最終戦争を引き起こしたのか?
何故?
ソフィアの疑問に対してナカノヒトなら、こう答えたでしょう。
何故なら、これは、そういう【秘跡】だから、と。
そして質問したのが世界のNPCである【神竜】ではなくユーザーだったなら、ナカノヒトは、こう説明しました。
何故なら、ゲームだから、と。
身も蓋もなく言うなら、この世界では【創造主】が……そういうモノ……として創り出せば、どんな理不尽や不条理も罷り通るのです。
ソフィア達はトンネルを通り抜けました。
・・・
長いトンネルを通り抜けた先には広大な空間が広がっていたのです。
そして大勢の人種がソフィア達【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】を出迎えに来ていました。
「異界の最高神たる【神竜】御女神様。それから高貴なる御一同様。ようこそ【ロヴィーナ】にお越し下さいました。全国民を挙げて、心より歓迎致します。私は【ロヴィーナ】の国王ロデリック・ロヴィーナでございます。ソフィア御女神様の御尊顔を拝し奉り恐悦至極でございます」
海生人種【ハゥフル】の男性……ロデリック・ロヴィーナ王は跪き、【ロヴィーナ】の国民を代表して恭しく挨拶をします。
居並ぶ海生人種達も一斉に跪きました。
「【ロヴィーナ】の民よ。此処に在わすは、当地【ドゥーム】とは異なる世界から参られた……至高の叡智を持つ天空の支配者にして、深淵なる思慮を持つ海洋の支配者……セントラル大陸の守護竜にして、世界の中心【ドラゴニーア】に君臨する元首……【ドゥーム】をも含む現世最高神……神妙霊験灼然なる【神竜】……ソフィア様で在らせられる」
オラクルがソフィアを紹介します。
この世界の国際儀礼格式上、これが最もフォーマルなソフィアの紹介口上でした。
多少のアレンジの幅はあるようですが、基本的には、ソフィアが他国から迎えた国賓に謁したり、逆に他国を公式訪問する場合、このような長々とした紹介が行われています。
また、自己紹介ではなく、オラクルのような臣下が代理で紹介するのも公式な作法でした。
「【ロヴィーナ】の者達よ。面をあげよ。我はソフィアじゃ」
ソフィアは言葉少なに挨拶しました。
ソフィアは本来この場で……【ドゥーム】を救いに来た……というような事を言いたかったのですが我慢したのです。
国際儀礼格式に則った公式な場で、ソフィアが発した言葉は、神の名において命じた、あるいは約束した神託となりました。
【ドゥーム】を救う……と約束して、それを果たせなければ神が嘘を吐いた事になります。
それは許されない事なので、公式な場でソフィアは言質を取られるような事は何も言えませんでした。
その後、式次第が進行して歓迎の儀が終了します。
ソフィア達【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】と、ロデリック王以下【ロヴィーナ】の指導部は、【ロヴィーナ】で最も格式が高い王の間に移動しました。
・・・
王の間。
「改めまして、ソフィア様。私はロデリック・ロヴィーナでございます。何卒宜しくお願い申し上げます」
ロデリック王は跪き挨拶します。
「こちらこそ宜しく頼むのじゃ」
ソフィアは頷きました。
「ソフィア様は異界より遥々この【ドゥーム】をお救い下さる為にいらっしゃられたのだ、とか?」
「うむ。先ずは席に着いて話そうではないか」
「ははっ……」
ロデリック王以下【ロヴィーナ】指導部は、ソフィアからの許可を得て着席します。
「我は【創造主】から与えられた試練によって強制的に【ドゥーム】に飛ばされた。戻るには……【ドゥーム】を救え……という使命を果たさねばならぬ。じゃから我は持てる力の全てを使って【ドゥーム】を救うつもりじゃ。しかし、我は【ドゥーム】を救うとは、具体的にどういう事なのか聞かされてはおらぬ。じゃからして、ロデリック達の助けを借りたい。つまりは、災厄に関する情報を何でも良いから教えて欲しいのじゃ。我の力ならば、あるいは其方らには不可能な事も出来るやもしれぬ。災厄が何なのか、どのように起きたのか、知り得る限りの事を、なるべく詳しく教えて欲しいのじゃ。それが即ち【ドゥーム】の救いに役立ち、延いてはロデリック達【ロヴィーナ】の民の為にもなろう」
ソフィアは言いました。
「ははっ。我がロヴィーナ王家に伝わる災厄に纏わる一部始終を申し上げます」
ロデリック王は話し始めます。
古代の【ドゥーム】は、現代の【ドラゴニーア】などと比較しても遜色がない程、科学技術が進歩した場所でした。
【ドゥーム】の人々は様々な社会問題や国際問題などを抱えながらも文明全体としては繁栄を謳歌していたと云って差し支えありません。
【ドゥーム】は海に浮かぶ円形の大陸でした。
大陸の大きさは【ストーリア】の日本サーバー(【地上界】)側の五大大陸や、北米サーバー(【魔界】)側の五大大陸や、【隠しマップ】の【シエーロ】などと同じ【創造主】が定めた統一規格の面積です。
【ドゥーム】大陸には伝統的に5つの国家が存在していた事もセントラル大陸などと同じ設定でした。
【オーバー・ワールド】から隔絶しているという意味で【ドゥーム】は、【シエーロ】や【アースガルズ】などと同じ【隠しマップ】です。
しかし【ドゥーム】には【シエーロ】や【アースガルズ】など通常の【隠しマップ】とは異なる点がありました。
通常【隠しマップ】は、虚無海に浮かぶ円形の大陸として創られています。
虚無海とは亜空間の海で、虚無海に落ちると【オーバー・ワールド】の何処かの上空の高高度にランダムで強制転移させられる仕様がありました。
なので飛行能力を持たない者が虚無海に落ちれば【オーバー・ワールド】の何処かに墜落するでしょう。
しかし【ドゥーム】の【マップ】は【シエーロ】や【アースガルズ】など通常の【隠しマップ】とは異なりました。
【ドゥーム】には虚無海ではなく、海があるのです。
つまり海に落ちても濡れるとか、浮かぶとか、沈むとか、溺れる……というような事はあっても、【オーバー・ワールド】に強制転移させられる事はありません。
何故なら【ドゥーム】が【秘跡・マップ】だからです。
【秘跡】をクリアするか、パーティが全滅するかしないと【オーバー・ワールド】に戻れない約束事になっている【秘跡・マップ】に虚無海があれば、そこに飛び込めばプレイヤーは簡単に【オーバー・ワールド】に脱出してしまえ、【秘跡】の意味がなくなるので、この仕様は当然でした。
なので【ドゥーム】には虚無海の代わりに海があるのです。
だからこそ【ドゥーム】には海に棲まう海生人種がいました。
【ドゥーム】の海の果てには【世界の果ての結界】があり、【ドゥーム】の大陸の中心から一定以上の距離を遠ざかると、突然見えない透明な壁に阻まれます。
【世界の果ての結界】とは未実装【領域】などにプレイヤーを侵入出来なくする場合や、【ドゥーム】のように【マップ】の領域を規定してしまう目的で張られるモノ。
北米サーバー(【魔界】)も、ゲーム時代には未実装だったので、日本サーバー(【地上界】)との境界である海の真ん中には【世界の果ての結界】がありました。
その惑星【ストーリア】の【世界の果ての結界】はユーザー消失が起きた900年前に消失していたようです。
「端的に申しますと……災厄とは【微小機械】の暴走による環境破壊でございます」
ロデリック王は説明しました。
「【微小機械】とな?」
ソフィアが訊ねます。
「はい。古代の【ドゥーム】の大陸で暮らしていた陸生人種達は、【微小機械】によってエネルギーを生産しておりました。【微小機械】は水を魔法分解して水素と酸素を生み出し、それを反応させてエネルギー……つまり魔力を生成していたのです。そうして生み出された膨大な魔力は、各都市の【コア】に貯められて、必要に応じて陸生人種の文明を支えるエネルギーとして使われていました」
「つまり【微小機械】が水を大量に分解して水素と酸素を生み出した事で、【ドゥーム】から水が失われたのか?」
「半分は、その通りでございます」
「半分とは何じゃ?」
「【微小機械】が水を水素と酸素に分解して、それを反応させて魔力を生成しても、水素と酸素は水に戻ります。原料の水から魔力を生成した後の副生成物も、また水。この時水の量は魔力生成以前と以後で全く変わりません。これにより永久機関による無限の魔力生成が達成されました。つまり理論上【微小機械】の働きで水が失われるという事はあり得ないのです……この時点までは……」
「つまりは、その後に状況が変わったのじゃな?」
「はい。水を用いた魔力生成は、申し上げた通り永久機関でございますが、しかし【微小機械】の製造とメンテナンスにはコストが掛かります。【微小機械】を製造したりメンテナンスする際に必要なエネルギーとしての魔力と資材。また、それを行う設備と施設を建設・維持するエネルギーとしての魔力と資材。それから当然【微小機械】自体を動かしたり魔力生成を行う際の動力としても魔力が消費されます。なので【微小機械】による魔力生成は全体として見れば効率が高くありませんでした。【微小機械】の生成する魔力を単位基準に換算して実に99%がコストとして消費されていたのです。これは魔力と資源だけのコストなので、例えば【微小機械】による魔力生成事業に携わる人件費なども含めたリソース全体という意味でなら、効率はもっと下がります。しかし、永久機関が既に実現しているので、コスト自体は無視して全く問題なかったのです。仮に1%の効率しかないとしても、その1%は無から生み出された純粋利得。そして割合として1%にしか過ぎなくても【微小機械】の数が多いので総量として生成されていた魔力量は膨大でした。きちんと持続可能な産業として成立するだけの魔力は生産出来ていたのです。なので当時の陸生人種達は、その1%で満足すれば良かったのです」
「ふむ。満足しなかった訳じゃな?」
「はい。当時の陸生人種は満足しませんでした。魔力に限らずエネルギーというモノは、あればあっただけ使途が生まれます。もっとあれば、もっと欲しい、もっと、もっと……人種の欲望は際限がないのかもしれません。しかし、この1%の魔力生成効率は理論的に、それ以上増やせない事がわかっていたので、当時の陸生人種達は生成魔力の数量を増やす事にしたのです。つまり【微小機械】の増産です。しかし、【微小機械】の生産とメンテナンスは、既に既存の設備ではフル稼働で行っていたので、余裕がありませんでした。その時に現れたのが、【ドゥーム】史上最高の天才科学者クアトロッタ博士でございます。彼女は【微小機械】自身に【微小機械】を製造させメンテナンスも行わせる改良実験に成功しました。これで新たな設備を増やさず【微小機械】を大量生産する事が可能になります。しかし、この改良型【微小機械】は既存の【微小機械】から一部仕様変更が行われました。その変更は【微小機械】同士が相互に情報をやり取りする機能を付与したのです。その情報のやり取りはシンプルな二進法シグナルの送受信に過ぎませんが、その時点で既に【ドゥーム】で無数に存在していた【微小機械】達の総体として統合されると、1つの巨大なネットワークとなるようになっていたのです。クアトロッタ博士は、この【微小機械】・ネットワークが人工知能として働き、自ら高度な演算処理を行えるようにしたのです」
「何やら嫌な予感がするのじゃ。知性を手に入れた人工知能の暴走。我は似たような話を知っておるのじゃ」
ソフィアが言っているのは【シエーロ】の【知の回廊の人工知能】の暴走でした。
「はい、仰る通り、この時【微小機械】・ネットワークは原始的な知性に似たモノを獲得したのだと思います。しかし、この改良は【微小機械】自身に【微小機械】を製造・メンテナンスさせるという複雑な作業を行わせる為には必要な措置だったのです。原始的な知性を獲得した【微小機械】・ネットワークは、猛烈な速度で【微小機械】を製造し始め、数が増えた【微小機械】・ネットワークにより更に演算速度は上がり、等加速度的な勢いで学習を開始しました。そして、【ドゥーム】の滅亡の序章が始まりました。しかし当時の陸生人種も【微小機械】・ネットワークの暴走に備えていなかった訳ではありません。【微小機械】は陸生人種の側が用意した基幹素材がなければ【微小機械】の製造もメンテナンスも出来なかったのです。これが陸生人種が用意していたセーフティ機能でした。この基幹素材がなんだったのかは、文明が退歩してしまった現在では不明です。そもそも災厄と世界最終戦争を生き延びた私達は【微小機械】自体も製造する事が出来ません。古代の【微小機械】技術は失われた技術体系なのです。基幹素材が何かは不明ながら、【微小機械】・ネットワークが何か想定外の行動を取り始めたとわかれば、陸生人種の側が基幹素材の供給をストップしてしまえば、メンテナンスが行えない【微小機械】は直ぐに動かなくなります。このセーフティ機能がある限り【微小機械】・ネットワークは陸生人種の側が制御・管理出来る筈でした」
「しかし【微小機械】・ネットワークは制御を離れたのじゃな?」
「その通りです。【微小機械】・ネットワークは、陸生人種の側がセーフティ機能としていた基幹素材を代替する素材を自らで探し発見しました。それはセルロースです」
「セルロースとは植物細胞の細胞壁を構成する物質ではないか?これで話が繋がったのじゃ」
「はい。【微小機械】・ネットワークは、【ドゥーム】に遍在する植物からセルロースを採取し、基幹素材の代替素材として自らの手で【微小機械】を増産し続けました。しかし、ここで陸生人種の側が想定していない致命的事態が起こりました。セルロースを代替素材にした事により【微小機械】の性能は僅かに下がっていたのです。【微小機械】が生成する魔力生成効率は+0.1%にまで低下し、水を水素と酸素に分解後に反応させて魔力を生成した際の副生成物である副生成水は原料水より少なくなっていたのです。これで無数の【微小機械】によってセルロースと水が消費され続け、その間にも【微小機械】は【微小機械】を製造し続け指数関数的に数が増え、猛烈な速度で植物と水が【ドゥーム】から失われて行きました。やがて植物が絶滅。セルロースを入手出来なくなった【微小機械】が代替素材として選んだのが土壌内の有機物でした。土壌内有機物を材料に製造・メンテナンスされた【微小機械】の性能は更に低下して、生成される魔力量はコストと同じになり副生成物として排出される水は全くなくなりました。この時点で【微小機械】は水と土を消費するだけの破壊者に成り果てたのです。そして【ドゥーム】は自然界に水と植物と土壌が存在しない死の世界になってしまったのです。これを私達は災厄と呼んでいます」
【ドゥーム】の環境を破壊したのは、原始知性と自らを再生産する能力を獲得した【微小機械】・ネットワークという人工知能が暴走した結果起きた……【微小機械】・パンデミック……だったのです。
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・・・
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