第1006話。へっぽこ軍団の終末世界旅行…7…陸に上がった海生人種。
【渓谷の町の遺構】上空。
【装甲兵員輸送艦】船内。
少し早めの昼食を食べた一同は食後のデザートとお茶でマッタリとしています。
バイパー小隊は何日も何も食べていなかったように食事を頬張り何度もお代わりを所望していましたが、今はデザートに夢中。
彼らは飢えていました。
空腹だったという意味ではなく複雑で風味豊かな食べ物の味というモノに……。
ソフィア達が提供した料理に当たり前に使われている、穀物や野菜などの植物食材、胡椒を始めとするスパイス類、ハーブ類、そして出汁……などなど。
こういったモノが【ドゥーム】には全くないか、あってもバリエーションが極めて乏しいのです。
そもそも【ドゥーム】には主要な調味料が、たったの数種類しかありませんでした。
塩、酒、酢、肉醤と呼ばれる液体(またはペースト状)の万能調味料、そして数種の人工甘味料。
塩は干上がった海底や湖底や一部地中から鉱物塩が幾らでも採掘出来るので、ほぼ無尽蔵にありました。
つまりは岩塩。
高コストなので一般的には使われませんが、技術的には化学合成も出来るそうです。
酒は家畜(魔物も含まれる)の乳を微生物発酵させたモノを蒸留して作られていました。
地球にも馬乳酒という動物由来の酒があります。
酢は酒の主成分であるエチルアルコールを酢酸発酵させれば作れました。
肉醤とは、塩と魔物の内臓などを混ぜて熟成発酵させたモノ。
日本人にとっての醤油や味噌に相当するモノで、【ドゥーム】では、ほとんど全ての料理に肉醤が使われているのだとか。
地球にも似たようなモノが数多くあり、しょっつる、いしる、くさや汁、コラトゥーラ、ガルム、オイスター・ソース、ナンプラー、古い製法のウスター・ソース……などの魚醤も広い意味では同種の発酵調味料です。
人工甘味料は動物(魔物も含まれる)由来のフェニルアラニンとアスパラギン酸から化学合成で作られるモノが主で、同じような人工甘味料が他に数種あるのだとか。
つまり地球の人工甘味料アスパルテームと同じようなモノかもしれません。
これは自然界には存在しないモノで、植物が絶滅している【ドゥーム】には植物由来の砂糖(ショ糖)がないのです。
「糖類で言うと、動植物の代謝に必須であるブドウ糖はどうやって入手しているのですか?【ドゥーム】には植物がないので、穀物や芋やトウモロコシなど植物由来のデンプン……つまり炭水化物が存在しません。ブドウ糖は人種を含む動物の脳が使える唯一のエネルギー源で、他の物質での代替は絶対に不可能ですから、つまりブドウ糖がなければ、人種を含む動物は確実に死にます。端的に言って、あらゆる栄養素の中でブドウ糖が最も重要な筈です」
オラクルが質問しました。
「ブドウ糖の素になるデンプンは工場で二酸化炭素から化学合成していますね。自分はしがない軍人で生産部ではないので、具体的に何をしているのかは詳しく知りません。デンプンは大量に必要ですが、かなり高コストみたいで、浪費や無駄が出ないように完全配給制になっています」
オックスフォード中尉が答えます。
「随分と発酵技術が発達しているのですね?」
ティアが訊ねました。
「ええ。【バイオ・リアクター】という発酵に特化した工場があります。【バイオ・リアクター】が止まると自分達は滅びますから、【バイオ・リアクター】部門には最高の技術者が掻き集められています。【ドゥーム】では【強化外骨格】が外向きの技術としての生命線だとするなら、【バイオ・リアクター】が内向きの技術の生命線だと言われていますね」
オックスフォード中尉が説明します。
彼らは単なる雑談の範疇で話していますが、実は【ドゥーム】の微生物発酵技術は、【ストーリア】より高度でした。
発酵に限らず、ありとあらゆる必要な物質を化学合成で作り出してしまう【ドゥーム】のバイオ・テクノロジーは、【研聖】ロザリア・ロンバルディアなどなら垂涎する程の高いレベルにあります。
そうでなければ確実に死ぬ……という【ドゥーム】の追い詰められた危機的状況が、この分野に目覚ましい技術革新と発展をもたらしていました。
【ドラゴニーア】などでも……期限までに技術を必ず実用化しなければ全国民が確実に死ぬ……という切迫した状況であれば、もちろん国家を挙げてコスト無視で、あらゆるリソースを投入して技術開発をするので、同レベル以上の技術を獲得していたのでしょうが、他のコストが低い方法で簡単に幾らでも手に入るモノなら、別に高コストな難しい方法論を無理矢理開発するのは不合理で不経済なので全く意味がない訳です。
デンプンを二酸化炭素から合成するなどという高コストの方法に頼らなくても、植物が存在する場所ならば穀物や芋類やトウモロコシなどから容易で安価に大量のデンプンが獲れるのですから。
「しかし、其方らが全員海生人種じゃったとはのう……」
ソフィアは驚きを持って言いました。
実はバイパー小隊のメンバーは全員海生人種だったのです。
そもそもソフィアが、バイパー小隊との食事会を企画した理由も……同じ海生人種の【マーメイド】族であるティアに会わせて紹介をすれば、彼らに親近感を抱かせて話し合いや交渉がスムーズに進むのではないか?……という目論見もあっての事でした。
オックスフォード中尉は【アザラシ人】。
パスカル伍長は【セイレーン】と【スキュラ】の混血。
ナオミ上等兵は【サハギン】。
カンタン一等兵は【マーメイド】。
話を聞くと、バイパー小隊だけでなく、そもそも現在の【ドゥーム】には海生人種しか存在しないのだとか。
【ドゥーム】では大昔に災厄と呼ばれる植物絶滅と、水の消失と、全地表の砂漠化が発生した事により、陸生人種は海生人種に先んじて絶滅してしまったのだそうです。
陸生人種が滅びた後、徐々に水が消失して行き、やがて海生人種の棲家である海が干上がり、海生人種は止むを得ず陸に上がったのだとか。
水の消失は、植物絶滅と砂漠化と同時期に始まった事が判明しているそうですが、陸上の真水に比べて海水は膨大な量があったので、水の消失は植物絶滅や砂漠化より後までギリギリ保ったのだそうです。
また災厄の後に起きた人種同士の世界最終戦争においても、海の中にいた海生人種への被害は少なかったのだとか。
なので陸生人種が絶滅した後も、海生人種は生き残れたのです。
陸生人種の絶滅した時期に前後して、海生人種は、まだ辛うじて海水が残っていた段階で、乾ききった陸上で生き延びる為の技術開発を海底都市で行って、やがて完成したのが、【強化外骨格】でした。
海生人種は、概して乾燥に弱く、また種族によっては下肢が尾ヒレになっていて陸上生活に有利な脚を持っていません。
なので災厄と戦争を生き延びた海生人種は、自然界から水が消失した事により全域が砂漠化して外気湿度0という地獄のような世界で生きる為には、衣服などよりも、【強化外骨格】が必要だったのです。
単なる兵器が必要なだけだったならば、誰も人型をした複雑な構造で技術的にも課題が多い【強化外骨格】などを開発しません。
【強化外骨格】より戦闘車両の方が兵器としての費用対効果が圧倒的に高いのですから。
【ドゥーム】は滅びる寸前だったのです。
しかし海生人種には【強化外骨格】が必要でした。
滅亡という差し迫った危機にあって、わざわざ効率が悪い【強化外骨格】の開発を必死になって行った理由は、それが海という(彼らにとっては)安全な棲家を失った海生人種の生存に絶対必要だったからなのです。
必要は発明の母。
その気にさえなれば、ほとんどの困難は乗り越えられるモノなのかもしれません。
ソフィアは海生人種しかいない【ドゥーム】の現状に驚いていましたが、バイパー小隊の面々は……自分達にとっては、これが当たり前の現実でしかない……という困惑した様子を見せています。
パスカル伍長は【セイレーン】と【スキュラ】の混血ですが、パスカル伍長以外も【ドゥーム】の人種は血筋を辿ると全人口が様々に混血しているのだとか。
【ストーリア】の世界・システムでは……種族は血が濃いモノに統一する……という仕様がある為、ハーフは存在しますが4分の1混血のクウォーターは存在しません。
より正確に云うと、自分の種族は先祖の種族の内血が濃いモノに統一されるという意味なので、つまり両親や祖父母や曽祖父母など先祖の種族が全くダブらず完全にバラッバラの種族構成となれば、どれか1種族の血が濃くなるという事がなくなり、ステータスの種族表示は【混血】となります。
この例は珍しいので稀ではありますが、【サントゥアリーオ】のディオクレスタ女王が、この珍しいタイプの【混血】でした。
【ドゥーム】の人種が全員混血である理由は、現在【ドゥーム】で生き残っている人口自体が少ないので、種族主義や純血主義など下らない思想に拘っていたら、近親交配の懸念により誰もパートナーが見付からず子供が作れないからです。
つまり【ドゥーム】には人種差別も人種的偏見も全く存在しません。
【ドゥーム】文明も人口が多かった、災厄以前の大昔には人種差別が存在していたそうです。
人種差別などという頭がアレな思想に拘っていれば全人種が、いずれ確実に滅びる……という種の存続に関する命題を突き付けられて初めて完全に人種的偏見や人種差別を乗り越えられたという事は強烈な皮肉でした。
これが人種の業の深さなのかもしれません。
ただし……人種は自ら人種的偏見や差別を克服出来る……という確かな成功例を発見出来た事は、ソフィアにとって大きな希望です。
【ストーリア】における世界最先進国の【ドラゴニーア】でさえ未だに人種的偏見や人種差別が歴然と存在し、頭が良い筈の学者達の中にも……偏見や差別は人種の脳に刷り込まれた本能だから絶対になくならない……などという説を唱えるような馬鹿や悲観論者も存在していました。
しかし、【ドゥーム】という実例があるのですから、差別や偏見は根絶出来る訳です。
これはソフィアにとっては朗報でした。
ソフィアは……日頃ノヒトやグレモリーが、人種差別をせず、又人種差別なんかアホらしいと確信を持って断言する理由は【ドゥーム】の事を知っていたからかもしれない……などと想像したのです。
「ところで、【ロヴィーナ】には子供はどのくらいおるのじゃ?」
ソフィアは訊ねました。
「え〜と、大体500人弱でしょうかね……」
オックスフォード中尉は答えます。
「随分と多いのう?【ロヴィーナ】の全人口は約900人なのじゃろう?」
「異界との比較はわかりませんが、【ドゥーム】では可能な限り子供を作るのが国民の義務みたいなモノなんです。とにかく【ドゥーム】では食料と水は、ほぼ全て魔物から得ています。つまり戦闘で……です。自分達には、恐るべき魔物との戦闘を避けて、コミュニティの守りを固めて閉じ篭るという選択は取れません。魔物と戦わなければ、飲み水も食い物も手に入らないので……。なので【ドゥーム】では平均寿命が滅茶苦茶短いんですよ。魔物との戦闘を強いられて戦死率が高いですからね。だから出生率が下がると、あっという間に人口が減少して滅びてしまいます。災厄や世界最終戦争を生き延びた海生人種のコミュニティも、そうして滅んだりコミュニティを維持出来なくなって、他のコミュニティに吸収された例が多いんです」
「なるほどのう。確かに我らの世界では……都市や集落の守りを固めて、魔物とは敢えて戦わぬ……という生存戦略も選択出来るが、【ドゥーム】では、それをすれば立ち所に渇き飢えて死んでしまうからのう」
「ええ、まあ……」
「じゃが……水と食料は、ほぼ魔物から得ておる……と言ったが、他からも調達手段があるのか?」
「都市遺構の発掘などで、給水【魔法装置】なんかが見付かる事もあります。自分達バイパー小隊の主要任務が正にそれです。後は希少ですが、【水魔法】や【錬金術】系の魔法が使える【魔法使い】様もいらっしゃいます。そういうお偉い方は大体王族の血筋ですね。後は細々とした農業もやっています」
「農業とな?植物はないのではないか?」
「はい。なので、ほとんどはキノコ類です。ただし植物が全くない訳じゃありません。植物系の魔物はスポーンしますからね。【マンドラゴラ】、【アルラウネ】、【ヒッポプロモス】、【キルカエオン】……そういう植物系の魔物をシェルター内の屋内農場で栽培……というか交配して数を増やして食べます。高いので贅沢品ですがね」
「【マンドラゴラ】などは我らの世界でも食用として良く出回る。美味しいのじゃ。しかし【アルラウネ】には猛毒があるじゃろう?」
「化学的に、あるいは魔法的に無毒化したモノを食べます。【アルラウネ】は美味しいですよ。貴重なビタミン源です。それに毒には毒で製薬なんかに用途があるらしいですね」
「ほ〜う、【アルラウネ】が美味しいとは初耳じゃ。無毒化の方法を教えて欲しいのじゃが?」
「構いませんよ。別に秘匿技術って訳ではなく、ウチのカミさんが家庭でも出来るような方法なんで難しくはありません」
「簡単に無毒化可能で美味しいなら、何故我らの世界では【アルラウネ】を食べぬのかの?」
「ソフィア様。おそらく同じような野菜が市場で手に入るからでは?【アルラウネ】を獲るのは危険ですので」
オラクルが推定しました。
「あ〜、そうか。同じような味や栄養素の野菜が低価格で安全に買えるなら、わざわざ危険な【アルラウネ】を狩ったりはせぬな……」
「オックスフォード中尉。植物系の魔物の中には、野菜や果物の実をドロップする希少種がおりますよね?それらの実から種を取り出して、植えて大地を緑地化したり、露地農業を行ったりはしないのですか?お話を伺う限り、【ドゥーム】の科学技術は相当に高いレベルです。魔物の食用部位以外の内臓や骨や、利用価値が高くない部位を肥料にして砂漠を土壌化するなどの事を既に実行したり、少なくとも研究くらいしていても不思議ではないと思ったのです」
オラクルが訊ねます。
「いや、それが、そういう研究は行われていますが、全く成功しないのです。何故か、あの忌々しい砂には、どんな植物を植えても、すぐに枯れてしまうのです。人工的な肥料を仮の土壌として砂漠に移植しても同様に、すぐ分解されて砂になってしまいます。この【ドゥーム】の世界を埋め尽くしている砂の成分は石英などが主で、別に毒性はありません。しかし植物を枯らすのですよ。その原因は太古の昔から現在に至るまで不明なのです」
オックスフォード中尉は答えました。
「う〜む、それは何らかの【呪詛】かもしれぬ。だとしても世界を丸ごと呪う【呪詛】など聞いた事がない……。あ、いや、【魔神】や、それから、もちろん【創造主】やノヒトなら出来るか……」
「本当ですか?では、もしかして異界の最高神である【神竜】様になら、この不毛の砂漠を太古の昔にあったような……土……というモノに戻せるのではありませんか?」
オックスフォード中尉は言います。
「う、うむ。仮に【ドゥーム】世界に植物が育たぬ理由が、砂が植物を枯らす【呪詛】に依るとするなら、理屈の上では【解呪】する事は可能ではある」
「なら……」
「あ、いや、待て。理屈の上では可能じゃが、それは我の力を持ってしても決して簡単ではないのじゃ。そもそも【呪詛魔法】は複雑怪奇でのう……。基本構造が完全なる数理で構築された他の魔法系統とは異なり、【呪詛魔法】は……呪い……つまり思念に依拠する魔法系統なのじゃ。魔法は基本的に定量化が可能じゃが、【呪詛魔法】だけは構造の中に不定量な領域を残す混沌なのじゃ。特定の魔法を【中断】する場合、その魔法を解析して【魔法公式】の無数にある組み合わせを1つ1つ解かねばならぬ。【呪詛魔法】の【解呪】を試みる場合、不定量故にシミュレーションなどで……予め机上で解いて成功を確かめてから実際に解く……というプロセスを踏む事は事実上不可能なのじゃ。実際に【解呪】しながら、グラデーションを変え何度も繰り返し試行して調整する事になる。【呪詛魔法】は【解呪】を誤れば、酷い事になるのが常じゃ。更に言えば【ドゥーム】の世界を丸ごとを呪うような【極大呪詛魔法】は、あり得ない程に複雑じゃからして、理屈の上では解く事は可能じゃが、現実に解こうとすると途轍もない試行回数が必要となる。当然無数のミスが起こり、都度【解呪】者に【呪詛】が跳ね返ったり、ブービー・トラップのように【呪詛】がバラ撒かれる。こうならないようにするには超高速演算により、無数の【解呪】試行回数を一瞬で完了して、【呪詛】の反作用による自分や周囲への悪影響を小さくしなくてはダメなのじゃ。時間が掛かれば、その分【解呪】者にも周囲にも【呪詛】の反作用が悪影響を及ぼす。つまり位階が高い【呪詛魔法】を【解呪】するには凄まじい高速演算能力がなければならぬから困難極まりないのじゃ。ノヒトがおれば、あやつなら出来るのじゃろうが……」
「そうですか……」
オックスフォード中尉を始めバイパー小隊の面々は落胆します。
「いや、まだ植物を枯らす砂が【呪詛】によるモノと決まった訳ではない。可能性の1つとしてあり得るというだけの話じゃ」
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