第1002話。へっぽこ軍団の終末世界旅行…3…バイパー小隊。
【ポスト・アポカリプティック・ワールド】。
とある渓谷。
キュイイイーーン……。
砂塵を巻き上げ、甲高いタービンの回転音を響かせながら疾走する4機の金属の塊。
それは……【強化外骨格】……という、人種が乗り込み操縦する、金属とセラミックの複合材で覆われた人型機械装甲でした。
彼らが【リフリジレイター】と呼ぶ其れは高出力・重装甲で、無骨でありながら頑丈さと整備性の高さには定評があります。
大きさは3m程のズングリとした直方体のボディに、ガニ股の短い脚と長い腕を生やし、頭部は各種センサー類と通信用アンテナというシンプルな構造で、装甲は魔鋼とセラミックによる複合材。
【サンド・ワーム】1頭程度ならば複数機で対峙すれば撃破可能で、【砂漠竜】の【ブレス】も1発ならギリギリ耐えるという主力兵装でした。
ゆっくりと二足歩行をする事も可能ですが、移動は専ら【反重力装置】によって一見鈍重そうな機体を地上から数cm浮かせ、【魔導・タービン・エンジン】によって圧縮された排気を脚部から後方に噴出させて推進力を得て進みます。
また魔法の爆発反応によるアフター・バーナーを使用すれば数秒間の超加速も行えました。
もしも地球人が、この【リフリジレイター】を見たら、家庭用の大型冷蔵庫に手足が生えて頭が乗ったガラクタだと思うでしょう。
それは正しい見立てでした。
何故なら、この【強化外骨格】の通称が正に【冷蔵庫】なのですから。
実際のところ【冷蔵庫】と呼ばれる理由は、ボディの形状が、かつては、この地でも一般的に普及していた冷蔵庫という家庭用機器に酷似している事と、過酷な日中での稼働時には高温となる内部を実際に冷やしている為です。
一方で、重装甲のボディを高トルク且つ敏捷に駆動させ、更に操縦者を守る為に高出力の【防御】や【魔法障壁】を生み出す動力源でもある【魔導・タービン・エンジン】の燃費の悪さも指摘されていて、魔物との戦闘中に魔力切れを起こした【リフリジレイター】は【防御】も【魔法障壁】も消失して致命的に為す術がないので、別名【魔鋼の棺】とも呼ばれていました。
4機横列で進む【リフリジレイター】は探索・偵察を任務とする小隊です。
指揮する小隊長は歴戦の猛者オックスフォード中尉。
オックスフォード中尉の渾名が……バイパー……なので、彼らの小隊は……バイパー小隊……と呼ばれています。
「隊長。本部から……チタニウム合金を背負えるだけ持ち帰ってくれ……との事です」
副小隊長で通信兵も兼ねるパスカル伍長が、オックスフォード中尉に小隊内チャットで伝えました。
「チタンなんか、もうあるもんか。軍用糧食を3食賭けたって良い。この前の任務で採掘しきっちまったんだから、今回は壊れた小型のジェネレーターか年代物の工具辺りが見付かれば御の字だろうさ」
オックスフォード中尉は答えます。
「そうなると、そろそろ、あの町の廃墟の発掘はお終いですかね?」
「ああ。そもそもが、あそこは小さな町だったんだよ。整備工場があっただけでも幸運だったんだから、もう資源は枯渇しているのさ。おれは南東の軍港だった場所を調べてみるべきだと思うんだがね。もしかしたら、フリゲート……いや、駆逐艦クラスが埋まっているかもしれねえ」
「指導部は、東の果ての都市遺構に大きな工場や、運が良ければ軍の基地や工廠なんかがあると見ているようですよ」
「仮に基地があったって、【魔導戦車】や【砲艦】なんかは満足に動く状態ではないと思うがね。あるなら戦争で使った筈じゃねえか?そうだろ?今になって見付かるような兵器は基幹部が抜き取られているか修理不能なレベルで壊れているのがオチなんだよ。第一、東の果てだなんて【大平地】を越えなきゃならねぇ。あの【サンド・ワーム】の巣窟を突破するまでに大隊が全滅しちまうぜ。そもそも補給はどうする?」
「指導部は……東の果てに遠征するなら【リフリジレイター】のエネルギー補給用に虎の子の【タンカー】を出しても構わない……と言っているようですが……」
「足が遅い【タンカー】を【サンド・ワーム】がウヨウヨいる【大平地】を走らせるって?まったく政治家様達は現場の事を何もわかっちゃいねぇんだな?というか、馬鹿なんじゃねぇかな?そろそろ、俺も本気で除隊を考えた方が身の為かもしれねぇ」
「隊長。私は指導部批判に類する事は何も聞いておりません」
「ああ、俺も何も言っちゃいねぇさ。よ〜し、そろそろだ。わかってると思うが町中は死角が多い。慎重に行動しろ。ナオミ、先頭を行け」
「イエス、サー」
バイパー小隊の機関銃手であるナオミ上等兵が30mm【魔導機関砲】を構えて先頭に立ちました。
ナオミ上等兵はバイパー小隊唯一の女性ながら、小隊支援火器としては強力過ぎる機関砲を独りで扱う豪傑です。
彼女は【リフリジレイター】を脱着しても、筋骨隆々とした体躯をしていて素手でも小隊最強の戦士でした。
「カンタン。お前が右側衛、俺が左側衛、パスカルが後衛だ」
「「イエス、サー」」
カンタン一等兵とパスカル伍長が了解します。
バイパー小隊は周囲を警戒しながら、ゆっくり慎重に町の廃墟に入って行きました。
・・・
「隊長。俺、次の休暇にオードリーと結婚するんすよ。祝儀を下さい」
バイパー小隊の若い小銃手であるパスカル一等兵が言います。
「馬鹿野郎。そういうのはフラグって言ってだな、験が悪いから兵隊は任務中に言っちゃならねぇ禁句なんだよ」
オックスフォード中尉は言いました。
「えっ?そうなんすか?」
「ああ。まあ、仕方ねぇ。祝儀と言ってもな……ああ、ウチのカミさん手製の【インセクト・キューブ】なんてのはどうだ?」
「うげぇ……。俺、中央の生まれなんで虫は苦手っす」
「けっ、贅沢な舌しやがって。【インセクト・キューブ】は栄養価が高いんだぜ。あれのおかげで、ウチのガキ達は病気知らずだ」
「すんません。虫は勘弁願います」
「なら、無難に【サンド・ワーム】の干し肉か?」
「ええ?結婚の祝儀にいつも食っているモンは……。【砂漠竜】の干し肉とか、ないんですか?」
「そんなモン、ウチにある訳ねぇだろ。王族じゃあるまいし。お前、下級士官の配給品がどんなモンか知ってるのか?家族7人を食わすのだってギリギリなんだぜ。それこそウチのカミさんが自分で虫を獲って【インセクト・キューブ】をこしらえて食料の足しにするくらいに」
「そうなんすか?俺、オードリーと結婚する為に安定した軍隊に入ったんすけどね?こりゃ職業選択を間違えたかな」
「まあ、家族を持つなら入隊するのが確実だ。それは間違っちゃいねぇ。ただし、軍隊とその家族が食いっ逸れねぇのは月々の配給品が良いからじゃねぇ。戦死したら遺族に十分な量の弔意配給が出るからだ」
「ま、マジっすか?知りたくなかったっす、そんな現実」
「人生ってのは世知辛ぇんだよ」
「うわ〜……」
「隊長っ!」
パスカル伍長が声を上げました。
すると【サンド・ワーム】が地中から這い出して来ます。
「おいでなさったな。ナオミ9時方向だ……」
オックスフォード中尉は指示を送ります。
「イエス、サーッ!来やがれっ!このド腐れミミズがっ!」
キューーン……ガガガガガガガガガッ!
ナオミ上等兵が腰高に構える30mm【魔導機関砲】が火を吹きました。
ダダダダダ……。
ダダンッ!タダダンッ!
バババッ!バババッ!
バイパー小隊の他の面々も一斉射撃します。
・・・
数分後。
バイパー小隊は【サンド・ワーム】を倒しました。
直ぐにバイパー小隊は、手慣れた様子で【サンド・ワーム】の体内に【吸水ポリマー】剤を注入して体液を半凝固させ体外に漏れ出してしまうのを防ぎます。
水分は貴重でした。
【サンド・ワーム】のブヨブヨとした体の中には大量の水分が含まれていて今回バイパー小隊が仕留めたような10m級の個体などは、正に貯水タンクを手に入れたようなモノなのです。
【ワーム】系の魔物は、この地が大昔に砂漠化して以来、【スポーン】個体が繁殖して有利な環境で爆発的に数を増やし、人種にとっては主要な水資源となっていました。
【サンド・ワーム】は体液以外にも、厚い外皮は薄く剥いで滑せば衣類などになり、体液を絞りきった後の肉もタンパク質豊富な肉として食用になります。
そして地球人なら忌避感を示しそうなグロテスクな見た目に反して、【ワーム】系の魔物の肉は癖がなく味が良い事でも有名でした。
食感はナタデココのようで、味は鶏肉に近いと言われています。
「うひょ〜っ!結構肉付きが良い【サンド・ワーム】っすね?」
カンタン一等兵は言いました。
「ああ。回収部隊に来てもらわなくちゃな。パスカル伍長……」
オックスフォード中尉が言います。
「はい。本部に連絡しました」
パスカル伍長は頷きました。
「ご苦労」
「隊長。この腹の辺り少し掻っ払っちゃダメですかね……」
カンタン一等兵が言います。
「やめとけ。任務中に狩った獲物の着服は重罪だぞ。軍法会議モノだ」
「それじゃあ、何すか?命張って魔物を倒しても、役得は何もなしっすか?」
「命を張っているから兵隊は戦死すると遺族に弔意配給が手厚く出るんだよ」
「自分は現世利益主義なんすよ。死んだ後に報われても、ちっとも嬉しくないっす」
「なら、兵隊じゃなくて、政治家を目指すんだったな」
「そうしとけば良かったっす」
「カンタン一等兵。お前の頭では無理だろう」
パスカル伍長が言いました。
「い、いや、無理じゃないっすよ。自分だって、その気になれば……」
「その気になれば、か……。まあ、そういう事にしておいてやるよ」
「いやいやいや。マジで自分は、ガキの頃は神童って言われてたんすから」
「あ〜、はいはい」
「パスカル伍長は信じてませんね?」
「正直な〜……」
「マジで、天才少年現るって地元じゃ有名だったんすよ」
「わ〜かったよ。あははは……」
「良し。【サンド・ワーム】は、匂い消しが効いて来ただろう。後5分休憩したら潜るぞ」
オックスフォード中尉は指示します。
「「「イエス、サー」」」
バイパー小隊の面々は了解しました。
【サンド・ワーム】は共食いをします。
なので匂い消しの特殊な粉末を散布しておかないと、直ぐに死体は同族の【サンド・ワーム】に食べられて、せっかくの獲物が失われてしまいました。
・・・
サーチ・ライトに照らされるビル内は、不気味な程静謐な空間です。
粒子が細かなサラサラの砂に辺り一面が埋まっているので、音の反響が小さいからでした。
バイパー小隊は、とあるビルの屋上に空けた穴から地下に潜っています。
正確に言うと其処は地下ではなく、砂に埋まってしまっているので地面は大昔の地上より数十m高くなっていました。
なので彼らは砂の下に潜っているのですが、目指す先は、かつての地上階なのです。
ビルの中のシャフト状に空いた縦穴を降下して元の地上階に降りたバイパー小隊は、緊張感を高めて進みました。
ここは砂の下。
つまり【サンド・ワーム】が砂の壁を破って突然襲撃して来るかもしれないのです。
「左クリア……」
先行するナオミ上等兵が言いました。
「右クリア」
カンタン一等兵が言います。
「良し。前進」
オックスフォード中尉が指示しました。
バイパー小隊は、元はビルの1階エントランスだった広い空間に出ます。
エントランスの中央に空けられた穴から順番に地下に降りて行きました。
地下を通って隣の建物に移動したバイパー小隊は1階上に上がり、かつては地上階だったガレージ状の空間に出たのです。
ここが目的地。
かつては【乗り物】などの整備工場だったと思われる場所でした。
「スキャン開始……やはり、チタニウム合金は、もうありませんね。鋼鉄とアルミニウムの反応だけです」
パスカル伍長が報告します。
「ジェネレーターすらないか……」
「まだ奥の方が、砂に埋まっているんじゃありませんか?ほら、このドアとか……」
カンタン一等兵がドアノブを握りました。
「馬鹿っ!触るんじゃねぇっ!」
オックスフォード中尉は制止します。
……が、時既に遅し、開いたドアから大量の砂が流れ込んで来ました。
「うわーーっ!」
カンタン一等兵がバランスを崩します。
カンタン一等兵は転倒し、半ば砂に埋まってしまいました。
「ほう……。砂の量が少なくて命拾いしたぜ。カンタン、貴様は馬鹿か?ドアに圧力が掛かっているのがわかっているから開けなかったんだ。もしも隣の部屋が砂で完全に埋まっていたら、俺達は全員砂に埋まって身動きが取れなくてなっていたところだ。救助隊が来るまで丸3日。その間に死ぬぞ、馬鹿野郎」
オックスフォード中尉は部下を叱責します。
「す、すんません……」
カンタン一等兵は謝罪しました。
「隊長。隣室は倉庫ですよ。油圧ジャッキやら、溶接機やら、工具類やら……あっ、【乗り物】があります」
パスカル伍長が隣室の様子を確認して報告します。
「【乗り物】ったって、動くのか?」
オックスフォード中尉は訊ねました。
「見てみます」
パスカル伍長は慎重に隣室へと入って行きます。
・・・
整備工場の廃屋。
「こいつは驚いたぜ」
オックスフォード中尉は言いました。
「はい。【魔導内燃機関】などの基幹部が、そっくり載っている【乗り物】で、しかも動きますよ、コレ」
パスカル伍長が言います。
「どうやら新車状態で放置されたままだったらしい。まだ、シートにカバーがしてある。民生用の市販品だが太古の技術で造られた【乗り物】は高性能だから、換装すりゃ戦闘車両として立派に使えるぜ。こりゃ、久々の当たりだな?」
「ええ。本部に連絡しました。すぐ技術者チームを送って寄越す……との事です。あちらさん、大喜びですよ」
「だろうな。これは俺達にも臨時配給が出るだろう」
「マジっすか?」
カンタン一等兵は喜びました。
「貴様は反省しろ。今回は目を瞑ってバットを振ったら偶然当たってホームランを打ったみたいなモンだ。確率から言やぁ、砂に生き埋めの方が高かったんだからな」
オックスフォード中尉はカンタン一等兵に反省を促します。
「すんません」
バイパー小隊からの通信を受けた本部は、直ぐに技術者チームを派遣しました。
発見された【乗り物】は、そのままでは地上に運び出せないので分解されて採掘されるのです。
バイパー小隊の今回の資源探索任務は、久しぶりに大成功と言って良い結果となりました。
この時点までは……。
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・・・
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