第1001話。へっぽこ軍団の終末世界旅行…2…現状把握。
【ポスト・アポカリプティック・ワールド】の砂漠。
【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】が拠点とした【避難小屋】の程近くにウルスラと【チェシャー猫】のトライアンフはいました。
「ぶんぶんぶん、【妖精】が飛ぶ〜……お池の周りに、お花が咲いたよ。ふんふんふん、ららりりる〜」
ウルスラは【祝福】で砂漠に花を咲かせています。
暇潰しでした。
ソフィア達が誰も構ってくれないので、ウルスラは仕方なく子供が砂場で遊ぶように地面に穴を掘って(掘ったのは【チェシャー猫】のトライアンフですが……)、そこをミニチュアの池に見立てて水を溜めて、池の周りに【妖精】の【祝福】で花を咲かせて遊んでいるのです。
見渡す限り全周の地面は全てサラッサラの砂に覆われているので、魔法で僅かばかりの水を流しても一瞬で砂に染み込み消えてしまうので、ウルスラは【給水の魔法装置】を置いて、そこから水を流し放しにしていました。
水はジャバジャバと流れ続けていますが、トライアンフが掘った窪みから溢れるような事はなく、流しても流しただけ地面に吸い込まれてしまいます。
「ちぇ〜、つまんないな〜。ソフィア様も1人で行っちゃうしさ〜」
ウルスラは愚痴りました。
「にゃ〜……」
相槌を打つようにトライアンフが鳴きます。
トライアンフはウルスラを見守るように地面で香箱座りをしています。
気怠そうに半目を閉じて全くやる気なさそうに見えますが、しかしトライアンフは何か異変があれば一命を賭して主人のウルスラを守る覚悟でした。
もちろんウルスラもトライアンフも不老不死で不死身の存在であり、また現在はそれぞれソフィアとウルスラと【盟約】を結び不可分の味方ユニットとなっている為、死亡判定が出ても24時間後にはソフィアによって【再召喚】してもらう事が可能なので、何が起きてもリスクはありません。
しかし、それが理由でウルスラとトライアンフは、護衛する必要がないからと半ば放置されていました。
「アタシだって役に立てるのにさ……」
ウルスラは愚痴ります。
「にゃ〜」
トライアンフが相槌を打ちました。
ウルスラとトライアンフは不死身なのですから、当然ソフィアから先行偵察隊としての出動が命じられるモノと考えていたのですが、しかしソフィアから下された任務は……拠点の周囲に留まって、ティアを守る事……だったのです。
ティアは【避難小屋】の中にいるのですから元来安全でした。
なのでウルスラがティアの身を守る必要がありません。
ウルスラは自分がソフィアから……役に立たないと思われ、意味のない任務を与えられた……と考え、いじけているのです。
しかしソフィアの本心は違いました。
ソフィアはウルスラを頼りにしています。
おそらくウルスラ自身より、ソフィアはウルスラの能力を評価していました。
ソフィアがウルスラに期待する役割はきちんとあったのです。
死亡すると取り返しが付かない生者必滅の人種であるティアは【避難小屋】の中にいれば物理的には安全なので守る必要はありません。
しかし精神的には……99日という死亡までのカウント・ダウンが確実に進行している現状のティアは平常心ではいられない筈だ……とソフィアは推測しました。
なのでウルスラをティアの身近に人員配置したのです。
【妖精】という生命体は、守護竜や【精霊】などと同じく秩序の陣営でした。
対立極には、【悪霊】や【魔人】や魔物など混沌の陣営がいます。
この……秩序対混沌……の構図は、900年前に【英雄】達が呼称し始めたモノで、本来そのような陣営ごとの呼称はありませんでしたが、【創造主】がイメージした、この世界の概念とも矛盾しないので、この呼称は運営からも半ば公認されていました。
なのでソフィアも、秩序と混沌という呼び分けをしています。
【妖精】がいると周辺の土壌を肥沃にして農作物の実りを良くしたり、周囲の生物に対して子供を授かり易くしたり安産になるようにしたり、病気になり難くしたり病気が治り易くしたり、知性や【運】を高めたり出来ました。
これらは基本的に【妖精】と同じ秩序の陣営にいる人種を対象と想定して【創造主】から与えられた性質や【能力】です。
また【妖精】には近くにいる人種の精神に癒しを与える性質もありました。
ウルスラは【妖精】族の最上位に位置する4個体の内の1個体である【妖精女王】です。
つまりウルスラが持つ人種の精神を癒す力は強力。
ソフィアは……死の期限が切られて精神的にキツい状況にあるティアを癒す為には、ウルスラをティアの近くに置いておかなければならない……と考えていました。
そうでなければソフィアだって、不死身で飛行能力があり【魔法探知】にも長けたウルスラを偵察要員として使役したかったのは山々なのです。
ウルスラは、ソフィアにそのような思慮があるとは知らず、いじけていましたが……。
・・・
夜半。
調査の効率が下がって来た為、【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】は拠点に戻って来ました。
「何だか日が沈んで以降、急に寒くなって来たの〜」
ソフィアは言います。
「さ、寒いのでございますか?砂漠ですのに?」
ティアが驚いて訊ねました。
「ティアは、温度・湿度が常に快適に保たれる【避難小屋】の中で、ずっと通信のオペレーションと情報の集約をしておった故、気が付かなかったのじゃろう?寒いのじゃ」
「……本当でございますね。夕方、少しだけ扉を開けた際には、まだ肌が焼ける程暑かったのですが……」
ティアはドアの隙間から手を出して外気温を確認して言います。
「放射冷却現象でございますね。砂漠は昼夜の寒暖差が激しいのです。日中は日照が草木などに遮られず熱伝導が高い砂や石や岩などに直接当たるので高温になります。また砂漠は元来降水量が少ない地域でございますので乾燥していておりますが、大気に含まれる水蒸気量が少ないと夜間には放射冷却が激しく熱が奪われ低温になります。地表が土壌に覆われていれば保温性があるので、冷め難いのですが、砂や石や岩は熱伝導が高いので保温性が低く冷却が激しいのです」
オラクルが説明しました。
「では、これから日の出まで益々気温が下がるのですね?」
ティアは訊ねます。
「ええ。おそらく日の出前の頃には氷点下まで気温が下がると推定されます。岩のヒビ割れなどを観察致しますと、氷点下になっている兆候が出ておりました」
「氷点下とは……。砂漠のイメージを覆されました」
「資料によると【大砂漠】で遭難して亡くなる人種の内、魔物の被害などに遭った者を除いて、その死因の実に9割以上が日中の熱中症や脱水症状ではなく、夜間の低体温症で亡くなっておりました。つまりは凍死。夜間の砂漠は寒い場所なのです」
「ディエチ。食事を頼むのじゃ」
ソフィアが言いました。
ディエチが準備していた食事をソフィアとウルスラとティアとトライアンフに給仕します。
食事を食べながら今日の調査報告が行われました。
「現在までに人種との接触はありません。というか、どういう訳か動植物も全く見付からないのです。魔物は相当数見付かりましたが……。真東と真西に飛んでいる【キー・ホール】も魔物以外は目ぼしいモノは発見していません」
まず【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】の各メンバーと【スパイ・ドローン】の【キー・ホール】からの通信を受け取り情報ハブの役割を担っていたティアから、全体としての報告が行われます。
「うむ。恐ろしく広い砂漠じゃが、ここは【隠しマップ】じゃ。何らか特殊な環境設定があるのやもしれぬ」
ソフィアは頷きました。
「私は南方面を探索・調査致しました。この砂漠の砂は有機物を全く含みません。成分の大半は石英からなる完全な不毛の土地でございます。何処を探しても微量にでさえ有機物を含む土壌が見付かりませんでした」
オラクルが報告します。
「どういう事じゃ?」
ソフィアが訊ねました。
「つまり、この地には植物が存在しないのではないか?と」
「植物がないじゃと!?植物が全くないとするなら酸素はどうなる?我らは普通に呼吸が出来ておる。とするなら酸素がある筈じゃ。植物がなければ酸素は出来ぬではないか?」
「こんなモノを見つけました」
オラクルは小さなガラス・ケースに入った何らかのサンプルを取り出します。
ガラス・ケースは、そこら辺に幾らでもある砂の成分から生成した石英ガラスでした。
「これは何じゃ?何か緑のゴミのようなモノがあるようじゃが?」
ソフィアは訊ねます。
「正確に何なのかはわかりかねます。初めて見るモノですので。おそらく藍藻の一種かと思われます」
「藍藻?植物プランクトンか?」
「いいえ藍藻類…… シアノバクテリアは原核生物の真正細菌でございます。シアノバクテリアは植物ではありませんが光合成により酸素を生成致します」
「なるほど。つまり、この地の酸素は、この緑の細菌が供給しておる訳か……」
「おそらくは、そうかと……」
「ふむふむ。興味深い」
「ソフィア様。私は北方面を探索・調査致しました。どうやら、この地には水もありません」
今度はヴィクトーリアが報告しました。
「まあ、この辺りは砂漠気候じゃから水は貴重じゃろう」
ソフィアは頷きます。
「いいえ。水……つまりH2Oが自然界に全くないという意味でございます。岩盤まで地下深くを試掘しても地下水脈は全くございません。大気湿度は0%。つまり大気中にも全く水分が含まれません。大気というものは途轍もない希釈力がございます。なので例えば、【オーバー・ワールド】最大の砂漠地帯【大砂漠】の真ん中であっても、大気湿度が0になる事はありません。大気の成分はなるべく均質に保とうとする自然のメカニズムが働き希釈されるので、どんな乾燥地帯でも水分は何処か遠方からか運ばれて来て大気中の湿度が完全に0になる事はあり得ません。おそらく、この地だけでなく何処にも川や海はなく、雨も降らず。つまり自然界に水自体がないのだと思われます」
「全く水がない……じゃと?それで、どうやって生物が生きて行くのじゃ?水は酸素と同様に必要なモノじゃ」
「おそらく魔物です。魔物は【創造主】が定めた自然法則としての【世界の理】に基づき、何の脈絡もなく突然【スポーン】します。今日ソフィア様が大量に狩った【サンド・ワーム】のように。おそらく、この地の生物は【スポーン】する魔物を狩り、その体液を水分補給源として利用して生きているのだと推測されます」
「ふむ……何とも奇妙な話じゃのう」
「ソフィア様。私はヴィクトーリアの仮説を裏付ける調査結果を得ました」
オラクルが言いました。
「水がないという事の裏付けか?」
ソフィアは訊ねます。
「はい。私は南に向かいました。すると切り立った崖があり、崖下には広大な低地が拡がっていました。その低地の底に降りてみましたら、気圧が1400hPaもあったのです」
「何じゃと、それは高気圧などというレベルではないぞ。人為的に加圧しなければ、自然界では勝手にそんな高い気圧にはならぬ」
「仰る通りです。通常は概ね海抜0m地点の気圧1013.25hPaを標準として1気圧に定めますので、陸上の気圧は概して1013.25hPa以下の数値として計測される筈です。なので1400hPaという気圧は不自然な程異常に高いです。しかし、理屈の上では自然界でも1400hPaの気圧を計測する事は可能です」
「どういう事じゃ?」
「深い穴を掘り、その底……つまり海面より低い場所で気圧を計測すれば良いのです。大体4000m程海抜より低い場所ならば1400hPaになる計算です」
「な、なぬっ!それは、つまり?」
「はい。広大な低地の底で【マップ】を確認しましたら、環境フィールド名は……【海底】……と表示されました。つまり【ポスト・アポカリプティック・ワールド】には以前には海があったという事なのだと思います」
「オラクルの言う通りです。実は、この砂漠地帯の環境フィールド名を確認致しましたが、現在地は【大平地】で【砂漠】ではありません。また、私が調査に向かった砂漠の北方は、また別の表示になりました。【マップ】に表示された環境フィールド名は【草原】。つまり、この一帯は本来なら砂漠ではありません」
ヴィクトーリアが言いました。
「何と……。五大大陸は環境不変のギミックがあり、草地は草を刈っても一昼夜で草地に戻るし、砂漠は植樹しても一昼夜で砂漠に戻るが……惑星の裏側の【魔界】では環境は不変ではなく環境は変わるらしい。つまり、この地も環境が変わるフィールドの【マップ】という事か?」
ソフィアは推測します。
「はい。この辺りには以前は土壌があり草木が生え、私が調査に向かった低地は深さ4千m級の海だったのでしょう」
オラクルは推定しました。
「つまり環境変化が、この地の文明が滅びた原因か?」
「はい。自然な環境変化か、あるいは人種の仕業による環境破壊かもしれませんが……」
「う〜む。海が干上がり、植物が雑草1本すら生えず、自然界に水すらない……とするなら、あと3か月あまりで、この地が完全に文明が絶滅するとしても納得出来る話じゃ。そんな状態から我はどうやって、この地を救えば良いのじゃ」
「ソフィア様の【恩寵】と、私の【祝福】なら少しくらい、お花を咲かせたりは出来るかもしれないよ。今日、小さなお花畑を作ってみたんだ〜。水を止めたから、枯れちゃうと思うけど」
ウルスラが言います。
「う〜む。この地全体を救う程の効果があるじゃろうか?いや、もちろん時間があるならば、ウルスラの言う事が、おそらく正解じゃと我も思う。じゃが、根本的な解決策として効果が期待出来るとしても、デッド・ラインに間に合うかが問題なのじゃ。何しろ99……いや、もう98日と少ししか時間がないのじゃから」
ソフィアは腕組みして言いました。
終末まで、残り98日……。
お読み頂き、ありがとうございます。
もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。
活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。




