第100話。出発!
雷魔法(応用編)
中位…電磁波
高位…電磁砲
超位…電子砲
……などなど。
異世界転移、19日目。
早朝。
今日、私とソフィアは、【大密林】の最深部を目指して、出発します。
【大密林】の最深部とは、即ち、サウス大陸中央国家【パラディーゾ】が存在していた場所。
【神竜】形態に現身したソフィアに乗って移動すれば、最速でなら、数時間あれば到着します。
しかし、今回は、道中、魔物を討伐しながら進撃するので、おそらく数日はかかるでしょう。
【大密林】の中は、特に魔物が濃く、魔物も強力な為に、消息不明の冒険者を巻き込む恐れは、ほとんどありません。
私とソフィアの戦術は昨日と同じです。
まず、【超位】の魔物を近接戦で狩猟。
次に、【高位】の魔物を広域残滅魔法で殲滅。
今日の目的地は、旧【パラディーゾ】の北端の街【ベルベトリア】。
今日中に、【ベルベトリア】に到着したいと考えています。
【ベルベトリア】は、【パラディーゾ】の庇護者【ファヴニール】が張る【都市結界】の内側でした。
さて、予定通りに行けば良いのですが、どうでしょうか。
とりあえず、早めの朝食を食べます。
ゴトフリード王と王家の面々から、武運長久を祈念されました。
・・・
食後。
私とソフィアは、ゲストルームで、出発の準備をします。
「ソフィア。考えたのですが、やはり、あなたは武装すべきです」
「嫌なのじゃ。必要ないのじゃ」
ソフィアは忌避感を露わにしました。
ソフィアは、鎧の類を着る事も、武器を持つ事も嫌います。
「しかし、【ラドーン】の一件もあります。私は、寿命が縮むかと思いましたよ。あのような大怪我も【神の遺物】の装備で守られていれば、防げたのですから」
「むー、鎧は動き辛いから嫌なのじゃ」
「試してみてから決めてみては?【神の遺物】の鎧は、案外、着心地は悪くないのですよ」
「むー、ならば、試してみるだけ、試してみるのじゃ」
ソフィアは不承不承といった様子で、試着してみるだけなら、と承諾しました。
私は幾つかの【神の遺物】の鎧を取り出して、ソフィアに選ばせました。
「これじゃな」
ソフィアは一揃いの鎧を選びます。
ソフィアが選んだのは、【ヴァルキリーの鎧】。
軽鎧と羽衣を合わせた物でした。
見た目上は軽装……しかし、もちろん【神の遺物】の鎧。
その性能は折り紙付きでした。
ソフィアは、オラクルとディエチに手伝ってもらい、【ヴァルキリーの鎧】を装着します。
「動き辛いが、このくらいなら我慢出来るのじゃ」
「体当たりパンチは、封印ですよ。あのように身体ごとぶつかって行く攻撃法では鎧の耐久値がすぐなくなってしまいますからね」
耐久値は、全ての装備品に設定されてているゲージ。
装備品ごとに、その数値は異なります。
この世界では、耐久値がなくなると装備品は壊れる、あるいは、目的を果たさなくなる、という仕様でした。
【神の遺物】の装備品の場合は、少し事情が異なります。
耐久値が0になっても、【神の遺物】の装備品は壊れる事はありません。
【神の遺物】は【神位】を上回る攻撃でないと破損しない仕様なのです。
耐久値が0になった【神の遺物】の装備品は、防御力などの性能ゲージも全て0になってしまい、鎧の意味がなくなり、特殊効果なども発動しなくなりました。
耐久値0になった【神の遺物】は、ダメージを受けない状態を維持すると、少しずつ耐久値が回復します。
最大値まで耐久値が回復すると、性能と特殊効果が復活。
つまり、ソフィアのような戦い方では、あっという間に耐久値がなくなり、鎧の効果が失われてしまうのです。
「だから、嫌なのじゃ」
ソフィアは、早くも鎧を脱ごうとし始めます。
「至高の叡智を持つ天空の支配者なのに……ふふっ」
「何じゃ?」
「ソフィアは、戦い方を選ぶのですね。至高の叡智って、案外、大した事ないなあ、と思って」
「ぐぬっ、出来ぬ訳ではないのじゃ。嫌いなだけじゃ」
「なら、鎧の耐久値を下げない戦い方も出来ますか?それは、力だけの脳筋馬鹿には、出来ませんよ。技術と、何より知性がなければね」
「なぬーっ、聞き捨てならんのじゃ。我は、どのような戦い方をしても、誰にも遅れを取らぬのじゃ。やってやるのじゃ。鎧の耐久値を下げぬ戦い方をやってやるのじゃ」
ソフィア、チョロいな。
「ソフィア、剣や槍は使えますか?武器の扱いは、ソフィアには無理かなあ?難しいですからね。無理なら仕方ないですね」
「無理ではないのじゃーーっ!何でもござれなのじゃ。我は、至高の叡智を持つのじゃ」
チョロ過ぎる。
実際、ソフィアは、戦闘に関わるステータスが全てカンストしていました。
本来、武器戦闘も世界最強なのです。
私は、【収納】から武器・装備品リストを取り出し、ソフィアに選ばせました。
装備品の管理の為に作ったリストで、詳細なスペックが書いてあります。
これ、この世界に異世界転して、最初に作ったんですよね。
何だか、大昔の記憶のようにも感じます。
「チュートリアルの泉の妖精が、ブロードソードを、ソフィアに見繕いましたよね。という事は、やはり、最適は両刃剣でしょうか?」
ソフィアが全ての武器への対応がカンストしていて、なおかつ、膂力が桁外れだった為に、泉の妖精からは、最も基本的で頑丈なブロードソードが渡されただけ、のような気もしますが……。
「何でも使えるのじゃ」
「とにかく、選んでみて下さい」
「これじゃ」
ソフィアは、リストを指差しました。
また……物騒な物を……。
「ソフィアの身体には長過ぎませんか?こっちの剣なら……」
「これが一番強そうなのじゃ」
「強そう、って。きちんと性能比較をしましたか?」
「これが良いのじゃ。これ以外なら、いらないのじゃ」
ソフィアは、言いました。
私は、仕方なく、ソフィアが選んだ、武器を【収納】から取り出します。
ソフィアが選んだのは、【クワイタス】。
いわゆる魔剣に類するモノで、柄が長いのが特長です。
【クワイタス】の柄の長さは1mでしたが、刀身も1mと長大でした。
【グレイブ】や【薙刀】などとは違い、刀身が長く、刃幅は細身です。
ちょうど大太刀の柄を長く伸ばしたような形状。
確か、日本では、長巻、と呼ばれていたはずです。
【クワイタス】は、ポールウエポンでしたが、分類上は、刀剣に含まれました。
幼稚園児体型のソフィアには扱いにくいと思うのですが……。
まあ、武器熟練値カンストの効果で、無理やり何とかするのでしょう。
特殊効果は、私が好んで使う【アルタ・キアラ】などと同様に、魔力を流すと、その魔力量に応じて威力が高まる、というモノ。
ただし、この【クワイタス】は【アルタ・キアラ】と違って、鞘から抜くと周囲の魔力を無差別に吸い続けるのです。
魔力無限の私や、【クワイタス】の魔力吸収力を上回る魔力回復力を誇るソフィアなら全く問題にはなりませんが、魔力量の少ない者が長時間【クワイタス】の近くいると、魔力を吸い尽くされて死んでしまうでしょう。
周囲にいる者達には、迷惑極まりない武器なのです。
「ソフィア。この【クワイタス】は、【収納】から出したり、鞘から抜くと周囲の魔力を無差別に吸収します。刀身が【吸収】の魔法を行使し続けているのと同じなのです。なので、魔力が少ない者達の近くでは抜かないようにして下さいね。特に、老人、子供、傷病者の近くで抜くのは厳禁です。もちろん、人種だけでなく、ウルフィなどの従魔、それから、騎獣や家畜にも害があります。【魔法装置】なども、故障させる可能性があります。取り扱いには十分注意して下さいね」
私は、努めて丁寧に説明しました。
「うむ、わかったのじゃ」
ソフィアも真剣に答えます。
ならば、よし。
取り扱いに注意して使用すれば、無尽蔵とも言える魔力を持つソフィアと【クワイタス】の相性は良く、恐るべき攻撃力を発揮する事は間違いありません。
つまり、ソフィアが大怪我をするリスクは下がりますし、死んで復活し自我が変質してしまう可能性も低くなるという事です。
私は、今のままのソフィアが大好きですからね。
・・・
王都【アトランティーデ】の王城中庭。
私は【ゲームマスターのチュニック】に手ぶら、というラフな格好。
ソフィアは、【ヴァルキリーの鎧】姿で、キリッとした顔で鞘に納まった【クワイタス】を持っています。
ハロウィンの子供のコスプレにしか見えませんね。
まだ、戦場ではないので、装備に時間がかかる鎧はともかく、武器を携行する必要はありません。
ソフィアは、案外、【クワイタス】が気に入ったようですね。
王家の面々から……勇壮な、お姿だ……などと盛んに褒められたせいもあるのでしょう。
今日から、オラクルも戦場に出します。
役割は、魔物の回収係。
今回の戦場は、敵が強力で数も多いので、前衛には出しません。
オラクルの武装も、もちろん、全てが【神の遺物】。
【アテーナーの鎧】と、大盾の【アイギス】。
オラクルは、頑強な【神の遺物】の【自動人形】であり、戦闘力も高く、また、最高クラスの防御力を誇る鎧と盾を持たせているので、【神位】級の攻撃でも、無防備な場所に直撃でもしない限り、数発くらいは防御出来るでしょう。
「オラクル。とにかく、全力で自分の身を守るのじゃぞ。我とノヒトは、不死身じゃから、何も心配はいらぬ。じゃが、其方は違う。それを心せよ」
ソフィアがオラクルに言い含めます。
「畏まりました、ソフィア様。お心遣い感謝致します」
オラクルは、ニッコリと笑いました。
「ソフィア様、ノヒト様、ご武運を……」
ゴトフリード王が言います。
「任せるのじゃ」
「ありがとうございます。行って来ます」
王家と剣聖達に見送られて、私達は、国境の最前線、千年要塞に【転移】しました。
・・・
千年要塞。
王都【アトランティーデ】の王城から、命令が来ていたのか、儀仗兵がスタンバイ。
とりあえず、閲兵しておきました。
時間を取られましたね。
「ソフィア、オラクル。さあ、行きましょう」
「うむ」
「畏まりました」
私達は、城壁の縁を蹴って、外に飛び出し、【飛行】を詠唱して加速。
ソフィアは、【クワイタス】の鞘を【収納】にしまいました。
昨日、あれだけ殲滅したので、千年要塞近辺には【超位】の魔物はいませんね。
【超位】未満の魔物は、殲滅です。
ソフィアは、【神竜の咆哮】を乱れ打ち。
私は、【神の怒り】を状況に応じて……。
オラクルも、【光線】や、盾の【アイギス】の特殊効果を発動して、攻撃に加わりました。
オラクルの持つ【神の遺物】の盾である【アイギス】は、強力な攻撃手段を秘めています。
【アイギス】の表面には、【超位魔人】の【ゴルゴーン】族の名持ち、【メデューサ】の頭部が埋め込まれていました。
【メデューサ】の眼が開くと、強力な石化効果を発揮するのです。
【石化】は、【高位土魔法】。
それが、ごくわずかの魔力コストで瞬時に発動しました。
【アイギス】は、強力な防御力と、凶悪な攻撃力を併せ持つ盾なのです。
・・・
私達は、空中で休憩を取っていました。
ソフィアが空腹を訴えたのです。
オラクルが空中で器用に給仕し、私達は軽食を取りました。
「早く、【クワイタス】を使いたいのじゃ」
ソフィアは、言います。
ソフィア……武器を持つのを嫌がっていた癖に……。
私は、思わず笑いそうになりました。
ソフィアが、またヘソを曲げて、武器は使わない、などと言いださないように、必死に堪えましたが……。
現在、【クワイタス】は、ソフィアの【収納】にしまわれていました。
手が塞がっていては、せっかくディエチが作ってくれたサンドイッチが食べられませんからね。
現在、ディエチは、ソフィアの【収納】の中で、お休み中です。
武器を使えば、単純に素手よりも攻撃力は上がりますし、リーチも伸びますし、相手が思いの外硬くて拳を傷める、などという心配もなくなります。
ソフィアが使うには、質の悪い武器では、むしろ邪魔になりますが、【神の遺物】ならば、使って悪いという事はありません。
そもそも、武器の使用を想定されているからこそ、ソフィアの武器熟練値はカンストしているのです。
使わなければ、ステータスの持ち腐れですよ。
・・・
「さてと、行きましょう。今日中に【ベルベトリア】まで着きたいですからね」
「ノヒトよ。途中に特定スポーン・エリアがあるのではないか?」
「ありますよ。【人食い沼】です。エリア・ボスは、【ジャバウォック】ですね。まあ、放置して通過しますけれど」
「何故じゃ?やってやれば良いのじゃ。【大密林】には集落はない。周りに被害が及ぶ危険はないのじゃ。我は戦いたいのじゃ」
「【ジャバウォック】は、厄介なんですよ。攻撃力は、【古代竜】の中では最弱クラスですが、全種族最強の精神攻撃を使います。精神攻撃は、当たり判定なし・ダメージ不透過の私には無効です。オラクルも【収納】にしまってしまえば影響はありません。でも、ソフィアには有効ですよ」
「ふん、たかが【超位】の魔物の精神攻撃など、簡単に【抵抗】してやるのじゃ」
「20頭、同時にスポーンしますよ」
「なぬっ、そんなにか?だ、大丈夫だ……と思うのじゃ」
ソフィアは、目を泳がせて言います。
「【青の淵】のスポーン・エリアで、ソフィアは、20頭の【青竜】と戦ったでしょう?あの時と同じで、【ジャバウォック】が20頭、同時にスポーンするんですよ。20頭の【ジャバウォック】が撃って来る【超位精神攻撃】を【抵抗】しきれますか?【ジャバウォック】は、しつこいですよ」
特定スポーン・エリアのスポーン・モンスターは、スポーン・エリアに進入した者の強さに応じて、数と脅威度が上昇する設定でした。
通常は、エリア・ボスの【ジャバウォック】が1頭に眷属の魔物が数頭ですが、私とソフィアがスポーン・イベント発動のキーになれば、【ジャバウォック】が最大数の20頭スポーンします。
【ジャバウォック】の精神攻撃を受けると、耐性が低い者は、即死。
耐性が、それなりに、あっても、一定時間、発狂してしまうのです。
ソフィアは、元来、精神攻撃には極めて強い耐性を持つ【神格者】ですし、ステータス上も精神耐性は最大なので、大概の精神攻撃は、苦もなく【抵抗】してしまうでしょう。
しかし、最強の精神攻撃を持つ【ジャバウォック】20頭から間断なく精神攻撃を繰り返されたら……。
まあ、私の予測では、【神竜】なら大丈夫だとは思いますが……完全に無効化出来る、という設定にはなっていないので、万が一はあり得ます。
「私は、正気を失ったソフィアをあしらいながら、片手間で【ジャバウォック】と戦うなんて面倒で嫌ですからね」
【ジャバウォック】の攻略法は、遠隔から魔法を撃ち込めば良いのです。
精神攻撃は、射程が長くありません。
【ジャバウォック】は、厄介な精神攻撃を除けば【古代竜】の中で最弱ですから、遠隔射撃でなら比較的リスクなく倒せます。
なので、遠隔攻撃手段を持つユーザーにとって、【ジャバウォック】は、弱いのに経験値が稼げる、美味しい魔物でした。
しかし、特定スポーン・エリアの【ジャバウォック】は、例外。
特定スポーン・エリアに進入すると、バトル・フィールドが形成されてしまいます。
密閉空間に閉じ込められて、20頭の【ジャバウォック】と戦うなんて、精神攻撃祭りになってしまいますからね。
私のように全攻撃無効のチート持ちでもなければ、戦いたいなんて、思わないでしょう。
「わかったのじゃ。無視して通り過ぎるのじゃ」
ソフィアは、キッパリと言いました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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