第1話。もしも、運営側のゲームマスターがゲームの世界に飛ばされたら。
ほのぼの異世界転移ものです。
ゆるゆる、と書いて参ります。
ゲームマスターとは、ゲームの中に入ってトラブルの解決をする運営スタッフの事。
20XX年に発売された典型的なファンタジー世界を舞台にしたMMORPG。
使い古された設定と揶揄する声もありましたが、蓋を開けてみれば、その自由度の高さが支持されて大ヒット。
10年以上、世界トップ・シェアを誇る傑作と評価されています。
やっぱり、何だかんだ言って、みんなベタが好きなんですよ。
私は、その開発チームの一員にしてゲームマスター……通称「なかのひと」なのです。
毎日ゲームの中を歩き回ってバグを見つけてデバッグ・チームに対応を指示したり、ユーザーの通報で駆けつけトラブル・シューティングを行うのが私のお仕事。
こういうアフター・サービスやランニング・デバッグの充実も、このゲームが評価されているポイントなんですよね。
ゲームマスターは、私の他にも大勢いますが、私はゲームマスターの中で唯一の制作スタッフであり、ゲーム内での大きな権限を持っていました。
時々デモンストレーション・プレイヤーとして見本実演をして、ゲームの内容を広報したりもします。
それからチュートリアルで動いているキャラクター……アレも私がプレイした様子を記録したものなんですよ。
さてと、今日もゲームの世界を徘徊しましょうかね……。
どうして、こうなった?
どうやら、私……ゲームの世界に飛ばされたらしいのです。
・・・
いやはや、自分の身に起きた事が理解出来ません。
何だかおかしい……と気付いたのは、出勤早々昨日の続きでゲームを再開した直後でした。
私はゲームで使用しているマイキャラの視点でモノを見ていたのです。
ゲームでは、こんな視点はあり得ません。
視点切り替えを……。
コントローラー、キーボード、マウス……そういうモノがない。
というか、私の両手はマイ・キャラの両手なのです。
ははは、どういう事でしょうか?
これは、おっかしな事になっていますね〜。
きっと、夢でも見ているのでしょう。
【地図】を確認、と。
私がいる現在地は、セントラル大陸の中央国家【ドラゴニーア】の首都【竜都ドラゴニーア】にある【竜城】の最奥地。
運営側の権限がない一般ユーザーは立ち入り禁止エリアとなっている、とある部屋です。
さてと、この夢から目が醒めるまでどうしていましょう……。
手持ち無沙汰ですね。
とりあえず、夢の中でもバグがないかと色々と試してしまうのは職業病でしょうか。
扉をノックする要領で壁を叩いてみました。
全く振動などが伝播しない恐ろしく重厚な手応えを感じます。
壁のテクスチャは大理石に見えますが……戯れに【収納】から【鋼の剣】を取り出して、ガリガリと削ったりガンガン斬り付けてみましたが、壁には傷一つつきません。
逆に【鋼の剣】はボロボロになりました。
私は、ボロボロの【鋼の剣】を【復元】の魔法で修復し【収納】にしまいます。
安価な消耗品という位置付けの【鋼の剣】に【高位魔法】の【復元】を用いるなんて、ユーザーが見たら気絶するかもしれませんが、私は魔力が無限なので、これが一番コストが掛からないメンテナンスの方法でした。
ゲームマスターの役得です。
もっと硬い武器は……と。
【収納】から【神槍】を取り出しました。
【神槍】はゲーム世界での最強武器の一つ。
耐久値無限で絶対に壊れる事はありません。
私は【神槍】を思い切り壁に突き立てました。
ガキンッ!
「あ、痛ぁっ!」
つい条件反射で……痛い……と言いましたが、全く痛くはありませんね。
手に振動は伝わりましたが、何ら問題にはならない衝撃です。
ああ、そうか……ゲームマスターである私のアバターは、当たり判定というモノがなくて、ダメージが一切透過しない設定になっていました。
見ると、壁にも【神槍】にも傷一つありません。
私は【神槍】を【収納】にしまいました。
私は、バグを発見する必要から固有の武器類に関しては、ゲーム世界に存在する、ほぼ全てを【収納】内に保管しています。
その他、防具類やアイテム類に関しては、全てとは言わないまでも膨大に保管してありました。
バグによっては、特定条件で特定の武器や防具やアイテムを使用時に起きる不具合というものがあるからですが、保管品目が余りにも膨大なので面倒臭がりな私には管理が大変です。
ふむふむ、どうやら運営側が生成した【初期構造オブジェクト】が破壊出来ない仕様は、ゲームの設定通りみたいですね。
中々良く出来た夢です。
壁に対象を指定して壁の素材を【鑑定】してみたところ。
【不滅の大理石】。
【創造主】によって造られた特殊石材。
永遠に形を留め【創造主の魔法】、又は【超越者の魔法】以外では破壊や状態変化は起こらない。
なるほど。
【創造主の魔法】とは、おそらく開発プログラム。
【超越者の魔法】とは、運営側の管理プログラム。
……でしょうか?
たぶん、そんな感じでしょうね。
もしかしたら、ゲームマスターである私なら【超越者の魔法】を使えるのではと考えて、色々試したのですが無理でした。
ゲームの外の世界で管理プログラムをいじらないと、何も出来ないのは当然です。
ならばと、普通の魔法を行使してみました。
「【炎】……」
詠唱を行うと炎が部屋中を埋め尽くします。
「熱、アチアチ……バカバカ、キャンセル、【魔法中断】!」
ふ〜、止まりました。
当たり判定なし・ダメージ不透過設定で熱さは全く感じませんでしたが、身体を炎に巻かれると脊髄反射的に……熱い……という言葉が出てしまうのが不思議です。
しかし、密閉空間で範囲魔法を選択するなんて私は馬鹿ですね〜。
いや〜、ビックリした。
私の各種ステータスは、全てが設定上の最大値に固定されています。
攻撃魔法が得意な【魔導士】の最上位職でレベルがカンストした【大魔導師】より、私の魔法は強力になります。
同じ魔法でも個体ごとの細かなステータス差で威力が変わるのですが、ゲームマスターの私が出力を絞らずに魔法を放てば、その威力は個別の魔法の最大限界値になりますからね。
少し考えれば分かりそうなモノです。
しかし、あんなに激しい炎上だったのにも拘らず、私に火傷などのダメージは全くありません。
ゲームマスターの私は、当たり判定なしでダメージ不透過の無敵キャラなのです。
衣類にも焦げ跡一つありませんね。
いつもゲームマスターの私が着ている服は、特に何の【効果付与】もされていない、ただの【ローブ】。
ただし、ゲーム内では取得出来ない一点物の私だけの固有装備でした。
一目でゲームマスターとわかるように純白のローブの前後に、このゲームのロゴがあります。
純白の【ローブ】を【鑑定】すると。
【ゲームマスターのローブ】。
【創造主の魔法】で創り出されたゲームマスター専用装備。
当たり判定を持たず、ダメージを透過しない不滅の効果があり、絶対に破損せず汚れる事もない。
なるほど。
ただのローブどころか、最強装備を凌駕するブッ壊れた性能の服でしたね。
ん?
なんとなく、息が苦しいような……?
どうやら室内の酸素が欠乏しています。
さっきの【炎】で、密閉空間の酸素を消費し尽くしてしまったのでしょう。
まあ、我慢出来ますし、意識が遠退くなどといった弊害は特にありません。
私は無敵なので……無酸素空間でも死なない……ということなのでしょうね。
しかし、何だか違和感があり不愉快な気持ちです。
「【大気】」
私が魔法を詠唱すると、部屋中が清浄な大気で満たされました。
ふう〜、魔法は良く考えてから使いましょう。
とにかく、マウスやキーボードやコントローラーを操作しなくても魔法は行使出来ました。
・・・
ひょっとすると……これは夢ではないんじゃね?
そう思い始めたのは、異変に気付いてから大体2時間程経過した頃だったでしょうか……。
私は、ステータス画面を弄ったり、【収納】内のアイテム類を整理したりと、暇潰しをしていたのですが、空腹で堪らなくなったのです。
夢の中でも、お腹が空くのでしょうか?
私は人生で過去にそのような夢を見た経験がありません。
【収納】の中にある食べ物と呼べる物は……。
各種動物や、【魔物】や、亜人の死体ですか……。
【地竜】の尾の肉などは、ゲームの中では超高級レア食材という設定になっているのですが、これを生で食べる気はしませんね。
辺りには調理器具などがないので、魔法で焼いて調味料で味付けをして……などと考えると、正直面倒臭いです。
こうしているのも飽きてきましたし、立ち入り禁止部屋を出ましょうか。
おっと、何かあった場合に、この部屋に緊急避難して来られるように【転移座標】を設定しておきましょう……。
この部屋は外界と完全に隔絶された空間。
つまり、ゲームの世界が崩壊していたとしても、その影響は受けません。
夢でない場合を考慮して慎重に立ち回らなくてはいけませんからね。
【転移座標】を【竜城】の立ち入り禁止部屋に設定……と。
よしよし、何か食べるものを買いに市場にでも向かいましょう。
食堂、宿屋、酒場……でも良いかもしれせんね。
とにかく、まずは腹ごしらえです。
・・・
立ち入り禁止部屋から出ると【竜城】の礼拝堂に出ました。
うん、設定通りです。
礼拝堂には【女神官】達がいました。
NPCの人気投票で毎回上位に食い込む【ドラゴニュート】達です。
ドラゴンと人族の間の子のような外見。
ただし、そこはゲーム。
竜の特徴は、鱗に覆われた逞しい尾と、頭に生えた角、皮膜状の翼、そして爬虫類的な眼球に現れ……他の部分は美しい人間の容姿をしています。
「あ、あわわわ……」
「【降臨の魔法陣】から人がっ!」
「あれは、【創造主の紋章】っ!まさか、あの御方は……」
「ちょ、【調停者】様だ!【創造主】様の御使様が降臨された!」
「おお、【調停者】様。どうか、我らが天空の支配者たる【神竜】様を御復活させて下さいませ」
「【神竜】様を御復活させて下さいませ」
NPC達は何だか興奮して騒ぎ出しました。
彼女達が言う【調停者】とは、ゲームマスターの事でしょうね。
おや?
彼女達の容姿は1人1人違っています。
ノー・ネームのモブNPC達のキャラクター・デザインは、種族や職業ごとに数パターンずつしかない筈なのですが……。
NPCに個性がある?
「あ、あのう……【調停者】様?」
ボ〜ッと考え事をしていたら、【ドラゴニュート】の【女神官】の1人から声を掛けられました。
「う〜む。幾つか教えて欲しいのですけれど、ここは【竜都ドラゴニーア】ですよね?」
「はい。世界の中心【ドラゴニーア】に相違ございません」
「あ、そう。【神竜】とは、この世界のヒエラルキーの頂点に君臨する中立キャラで、このロゴにも意匠が施された【ディバイン・ドラゴン】の事ですね?」
「はい。【調停者】様の神衣に刻印された紋章は、【神竜】様のお姿に相違ないかと……」
「【神竜】を亜空間から喚び出して現世に顕現させる条件があります。知らないのですか?」
「いえ、存じております。1つは大神官たる者が自らの生命を捧げ祈ると【神竜】様は一定期間現世に顕現なさいます。もう1つは、言い伝えによれば礼拝堂の八つの角にある竜の彫像を中央に向けることで【神竜】様は現世に降臨なさいます」
うん。
設定通りの仕様ですね。
「なら、動かせば良いのでは?」
「はい?」
「竜の彫像を動かせば……あ、そうか」
NPCはイベント発動のキーとなるオブジェクトには干渉出来ない設定でした。
「そうか、なるほど。ならば、私が【ディバイン・ドラゴン】を復活させてあげましょう」
私は、八角形をした礼拝堂のそれぞれの角に立つ竜の彫像を中央に向けて動かしました。
おそらく数千tはあろうかという巨大な彫像が、まるでキャスターでも付いているかのようにクルクルと動きます。
ただし、これはレベルが最大値にカンストしたプレイヤーにしか動かす事が出来ない仕様なのです。
ゴゴゴゴゴ……。
何やら空間そのものを揺さぶるような振動と共に、礼拝堂の中央に描かれた魔法陣から眩い光が放たれ始めました。
どうやら……【ディバイン・ドラゴン】の降臨イベント……が始まりましたね。
このイベントは一応ゲームのエンディングとして位置付けられています。
ただし、このゲームはMMORPGなのでエンディング以降もゲームが続きました。
このゲームのコンセプトは……一生遊べるゲーム……ですので。
【ディバイン・ドラゴン】降臨イベントをクリアすると、以後ユーザーは所謂……2周目プレイヤー……となって色々な特典が与えられるのです。
特典は……。
莫大なゲーム内通貨。
強力なアイテム。
特殊な魔法の取得。
ステータスの最大値の引き上げ。
称号の取得。
……などの中から1つを選べます。
私は、その特典に相当する物、あるいは、それ以上のモノを最初から全て持った状態ですので必要ありません。
それに、このイベント……ゲーム内では一応エンディング的な位置付けになっていてムービーが凄く長いのです。
壮麗なファンファーレとエフェクトの演出によるムービーの後にスタッフ・ロールが流れて、その全てを観ると30分以上掛かるのですよ。
今は不用なムービーを、素っ飛ばすスキップ・ボタンも押せませんしね……。
お腹空いているんですよね〜。
面倒臭いな……。
もう良いや。
知らん振りして、ばっくれちゃえ。
「じゃ、そういう事で……」
「え?【調停者】様、どちらへ?」
「ちょっと食事に……」
「はい?」
「街で、ご飯を食べて来ます」
ゴゴゴゴゴ……。
キラキラ……ビカーーッ!
パンパカパーンッ!……。
【ディバイン・ドラゴン】降臨イベントが始まった事がわかる派手なエフェクトやファンファーレを背中に感じながら、私は、そそくさと礼拝堂を後にしました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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