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72.こたえ

「……」

「……」


 無言。


「……」

「……」


 ひたすらに無言。


「……」

「……」


 唾を飲む音すらも聞こえてこない、不気味なほどの無言の時間。

 喉の奥に蓋をされているようなひどい気分だ。

 テーブルを囲んで座っている五人のうち、北勢以外はみんな緊張に身体を強張らせている。

腕を組んで堂々としている北勢の対面に座る玲治本人はもちろんのこと、当事者であるあきらとなぎさの二人が特に緊張している様子だ。なぎさなんて借りてきた猫のように大人しい。


 この暗黙が一体いつまで続くのだろうかと、玲治は細めた視線を北勢の胸元あたりで止めていた。

 かたや北勢はこれでもかとしかめっ面を浮かべながら、視線を合わせようとしない玲治の顔を斜め上からじっと見つめたままだ。


「も、もう~。折角家族が揃ったのにどうしてみんなダンマリなのよぉ~っ」


 北勢の隣に座るすずかが、眉を八の字にしながらちゃかちゃかと身振り手振りを繰り返す。何か喋ってほしいという思いがそのまま動きに出てしまっているのだろう。

 しかしそんなことをされても、玲治は思い切って口を開くことが難しかった。


 もともと、今の状況のようながんじがらめで固まった家族関係をどうにかしようと、意を決して来た玲治だったのだが、いざとなると緊張で喉が貼りついてしまう。

 それほどまでに北勢の威圧感が凄まじいのだ。目に移るもの全てを拒否するような彼の眼差しは、玲治の一言目を発する前から叩き落すかのようで。

 この沈黙が破られたのはそれから数秒後。その数秒すらも、その場では何時間にも感じられるほど重々しいものだったが、ともかくそれは北勢によって破られた。


「玲治。何か話があるのだろう、さっさと言ったらどうだ」


 その声色は決して諭すようなものではなく、苛立ちを孕んだ上方からの物言いだった。

 それがきっかけとなり、玲治の胸の内にぼんやりと腹立たしさが芽生える。どうも腹立たしさという感情が、貼りついていた喉から言葉を押し通すには功を奏したらしい。


「その言い方が気に喰わねぇ。アンタはアンタの勝手な考えで、息子の俺を捨てやがった癖になんだよ」

「それが話か?」

「……そうだ。親父から、玄正げんじょうから全部聞いたんだよ! どうして俺を捨てたのかって、俺と姉さん、なぎさが血統異常を起こすからって……アンタらみたいにって!」


 これでもかと眉間に皺を寄せ、これでもかと目尻をつり上げた玲治の剣幕に、すずかはひどく驚いた様子を見せた。

 彼女は玲治とは対照的に、目尻も眉尻も垂れさせている。


「れ、玲くん……」

「勝手に決めつけて、何様のつもりなんだアンタは!」

「だがお前たちは現に、私の思った通りになっただろう」

「っ……!」


 激しくまくし立てていた玲治が、そこで止まった。

 言い返せるはずもない。実際に北勢の言う通りなのだから。

 玲治と、あきら、なぎさ間では血統異常が引き起こされ、お互いに奇特な好意を抱くようになってしまっている。血統を受け継いだ玲治と、受け継がなかった二人の間にだ。


「玲治。お前が奴から……玄正から聞いたというのはそれだけか」

「は? それだけって、何がだよ。全部聞いたって言ったろ。俺が捨てられた理由も、あんたらのこと、素羽さんのことも全部」

「そもそも、どうして玄正如きが私の考えを全て知っているなどと思っていたのだ」


 そのとき北勢が、呆れたようなため息を吐くのを玲治ははっきりと見た。短く、小さなため息だったがはっきりと。

 馬鹿にされていると思った玲治だったが、そのため息の真意をただ一人、すずかだけが汲み取っていた。


「玲くん……なーくんも、あーちゃんも。本当に私たちは、あなたたちにひどいことをしちゃったわ。だけど、わかってほしいの。わかってもらえる理由があるってことを」

「……母上、それはどういうことです?」


 あきらが長らく噤んでいた口を開き、すずかに問いかける。

 しかしそれ以上話そうとするすずかを北勢が視線だけで止めた。


「ぅ……ごめんなさい、あなた」

「その話はもうよい。それよりも、今ここに玲治がいるということが一番の問題だ」

「……んだよ」

「お前がこちらに来たおかげで、お前たちの血統異常が顕れたのだ。きょうだいで歪んだ好意や愛情を抱くなんて馬鹿げた異常をな」


 そう冷ややかに淡々と刺々しい言葉を続ける北勢に刺激されて、玲治の肺か胃袋の奥に沈んでいた言葉たちが次々と洪水のような勢いで喉元まで上がってきた。

 確かに血統異常は間違いなく自分たちの身体を蝕んでいるだろう。だがそれでも、抱いてしまった好意や愛情は本物のはずなのだ。

 それを全て頭ごなしに否定されて、黙っていられなかった。


「おかしくなんかないよっ!!」


 そして黙っていられなかったのは、玲治だけではなかったのだ。

 隣を見上げると、勢いよく立ち上がったなぎさの姿がそこにあった。

 少し頬を赤く染めながら、楕円の目をほんの少し尖らせた表情のなぎさが、両の手を握りしめて続ける。


「ボクはお兄ちゃんのことが好きっ! 好きでいて駄目なことなんてないでしょっお父さん!」

「……なぎさ、よく考えろ。お前のその気持ちは、そもそもお前自身の意志で生み出されたものではないのかもしれんのだぞ。それが異常だと、異物であると何故わからん」

「そんなのどうだっていいよっ! 今のボクがお兄ちゃんを好きなら、他のことなんてどーでもいいよ! 考えたって、どうしようもないんだもん……!」


 僅かに瞳を潤わせながら言うなぎさ。

 彼の言葉に便乗するように、あきらが一度ゆっくり瞬きしてから真っ直ぐに北勢の顔を見て口を開いた。


「父上。私も今まで、表には出来る限り出さずとも、心の奥で悩み続けてきました」


 ひどく素直で実直さを感じさせる声に、玲治となぎさは横目にあきらの顔を見る。


「しかし、私もなぎさも……そして玲治も。答える決心はついています」

「……何を答えるというのだ、あきら」

「自分の心と、相手の心とです」

「……」

「父上、どうか聞いていただけませんか。私たちの、私の答えを」

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