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70.つながり

 ぱちゃり。と湯船の中に張られた薄緑色の湯が跳ねる。

 その湯に白い素肌を沈めていたあきらは、右手に持ったスマートフォンの画面をじっと見つめていた。

 彼女は入浴する際、いつもこうやってスマートフォンを風呂場に持ち込んでいる。湯船に浸かりながら右腕だけを外へ出し、濡れてしまわないように扱いながら調べものをしたりネットサーフィンをするのだ。

 そして今、彼女がじっと見つめているのはメールの画面。

 送り主は弟の玲治。文面はこうだ。


『明日、父さんと話したいことがあるからそっちに行くよ』


 絵文字も顔文字も無い、文章でさえ不愛想な玲治の言葉。

 しかし淡々と端的に書かれたその文面は、ある種の決意めいたものを感じる。

 現にあきらもその文面を見つめながら、玲治がどんな思いで送信してきたのかをうっすらと感じていた。


 父さん、つまり嬉野北勢と話したいこと。

 それはきっと、とても大事な話なのだろう。


「玲治……」


 上気した顔を少しほころばせながら、あきらは返信するために親指を動かし始めた。

 あまりフリック操作に慣れていないのかゆっくりとした手つきで、送られてきた文章と同じように短い文章を打っていく。


『いつでもいいぞ。待っているからな』


 数秒ほど、打ち終わったその文章を眺めて、あきらは送信ボタンをタップした。

 玲治のものと同じく絵文字も何もない、一見すると素っ気なく見えるその文章。その中に秘められた優しさは、あきらの表情が物語っている。


「ふぅ」


 負的ふてきなものを感じさせないため息を一つ吐き、手の甲で額の汗粒を拭う。

 あれから。そう、北勢が帰ってきた日から随分と日が経った。

 玲治のことや今までの生活について、なぎさも随分と衝突していたが、禍根もじわりと長引くことなく時間が流れた。


 とはいえ、ここ最近は玲治とあきら達のあいだに溝が生まれてしまっている。

 どことなく顔を合わせ辛く、学校でも部活のとき以外は会わないようになっていたのだ。

 以前までは昼食のときや休み時間のときも頻繁に会っていたのだが。


 そんな中で玲治の方から提案された、家族会議。

 お互いに心に決めたものがあるのは明らかだった。







 一方その頃。

 玲治はベッドに仰向けで寝転がりながら、案外すぐ返ってきたメールを眺めていた。


「……待ってる、か」


 身体が大の字になるように腕を落とし、見慣れたクリーム色の天井に視線を張りつかせた玲治。

 無表情に目頭を尖らせていたが、彼は内心ばくばくと鳴る心臓に気が気でなかった。


 彼は遂に、胸の奥で渦巻いていた全ての問題に決着をつけるべく行動する。

 姉と、弟と、父と母。

 血のつながりと、心のつながり。

 異常な環境と異常な感情を断ち切るために、そしてつながりを繋ぎとめるために。

 玲治は部屋の明かりを消して目を閉じた。

 心のざわめきが邪魔をして、ようやく眠りに落ちたのはそれから二時間ほど経ってからだった。

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