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07.思い出づくり同好会

 教室を出た三人は階段を上がり、東校舎の三階を目指していた。

 多気が所属しているフリーティングメモリー、正式名称思い出づくり同好会が、どんな部活か見学しに行くためだ。

 踊り場を通り過ぎた辺りで多気がまた話し始める。


「フリーティングメモリー、つまりほんの一瞬の儚い思い出。学園生活というのは長いようで短いものさ、わかるだろう?」

「まぁ……確かに中学のときも、気が付いたら卒業だったな」

「そんな一瞬で過ぎ去る学園生活の中で、少しでも記憶に残ることをしよう、それがフリーティングメモリーの活動方針さ」

「わぁっ、なんだか面白そう!」


 活動方針はともかく、その変に気取った名前はどうなんだ。と玲治は思う。

 なぎさは大きな瞳をきらきらと輝かせながら興味津々な様子だが、玲治は怪訝そうに目つきを悪くしていた。

 中学に通っていた頃も怪しげな、もとい変わり種の部活や同好会はいくつかあったなと思い出す。

 『道端に落ちてる空き缶同好会』とか『忍者研究会』とか『フジコエフを信じよう、竹とんぼで空をと部』とか『アーノルド・シュワ○ツェネッガー愛好会』とか『モテモテ部』とか。

 どうもそれらと似た臭いがして、玲治は唇をとがらせる。


「具体的にどんなことしてるんだよ、フリーティングメモリーは」

「部員同士で思い出に残るようなことをするだけだよ。思い出になるようなことなら何だっていい」

「ふーん……じゃあ、部員はいま何人いるんだ?」

「僕一人だが?」


 さらっと多気はそう言った。

 彼の表情にも言葉の節にも、決して引け目は感じられない。

 部員が自分しかいないことを多気は何とも思っていないのだ。一人きりで部活をするなんてさみしいなとか、友達が居なくて一人ぼっちなんだなとか、そんな心無い言葉を投げかけても、多気は持ち前のナルシズムで右から左へ受け流すことだろう。


 三人は階段を上りきって、部室のある三階へと差し掛かる。

 東校舎の三階は主に移動授業で使われる教室が多く、いまは廊下に生徒一人の姿も見当たらない。さっきの多気の話も相まって、なんだか物悲しい気分になった。


「さぁ着いたよ二人とも。ここがフリーティングメモリーの部室さ!」


 しかし多気は意気揚々と声高に、プラスチックのプレートが貼りつけられた扉を開けてその中へと入っていく。プレートには『思い出づくり同好会』と大きく書いてあったが、その上にまるでルビを振るようにフリーティングメモリーズと添えられてあった。

 『思い出づくり同好会フリーティングメモリーズ』こんな具合に。

 玲治もなぎさもそれに少し引っかかったが、とりあえず多気に続いて部室内へと足を踏み入れる。


 部室は思ったより広くなく、運動部が使うロッカールームのような長方形の部屋だった。

 もともと備品置き場か何かに使われていたのか、壁際や部屋の隅には書棚やら他にも雑多なものが置かれている。

 中央にはこの部屋に似つかわしくない木製の丸テーブルと、対になった赤色のソファが見える。そこだけ床にラグマットも置かれて、空間がまるごとすっぽりと入れ替わっているような印象を受けた。


「さぁ、気にせず座ってくれていいよ。僕が紅茶を淹れてあげよう」

「うわぁ、ふっかふかだよお兄ちゃん! お尻が沈んでく!」


 なぎさはソファに勢いよく腰かけて、ぴょこぴょこ跳ねてはしゃいでいる。なんだか小動物的な可愛らしさのある動作だった。

 それを微笑ましく眺めながら、多気は慣れた手つきでサイドテーブルに置かれていた洋風のポットを使って紅茶を淹れていく。

 どことなく部屋の中央はお洒落な雰囲気が漂っており、玲治が後ろ手に扉を閉めればそこは学校の中とは思えないほどにくつろぎの空間へと変わった。乱雑に積まれた雑多物すら、インテリアじみて見えてくる。


「はい、なぎさくん。ダージリンはお好きかな?」

「ありがとタッキー! 紅茶って飲んだことないけど……」

「気に入るといいんだけどね。玲治も座って飲みなよ、僕が淹れる紅茶は絶品だよ」

「俺も紅茶はあんま好きじゃねぇんだけど」

「まぁまぁいいから。とりあえず飲んでみなって」


 玲治も同じくソファに腰かけて紅茶のカップを受け取る。あまりにも柔らかいソファは姿勢を維持することが出来ず、とてもじゃないが飲み物を口にできなかった。そのため出来るだけ浅く座りなおし、玲治は湯気の立つカップにそろりと口をつける。

 飲む前から紅茶の独特の香りが鼻を刺し、顔をしかめる玲治。そのいかにも葉っぱを煮詰めました、みたいな匂いが彼は苦手だったのだ。


「――ん! すごい! 美味しいよこの紅茶っ」

「そうだろう。そうだろう? そこらの安っぽいスーパーで売っているような茶葉じゃなく、ちゃんと専門店で僕が目利きして買ってきたものだからねぇ。美味しいはずさ」

「そうかぁ……? 俺はこの匂いがどうも好きになれないんだが」

「えーっ。飲んだら美味しいよお兄ちゃん! なんかこう、口の中がすぱぁーって爽やかになるよっ」


 その例えはどうなんだ。と思いつつも、玲治は意を決し紅茶を口に含んだ。

 無駄なくらいに口から鼻へと溢れぬけていく香りと、ほとんど舌に馴染まないさらさらとした薄味。

 自信満々の多気には悪いが、やっぱり口に合わない。正直に言うと不味い。こんなものただ葉っぱを湯につけただけの飲み物じゃないのかと、心の中でつい貶してしまう。


「駄目だ。俺には合わん」

「この味がわからないとは……可哀想に」

「哀れむな。別に俺は紅茶飲めなくても、緑茶とか飲むからいいんだよ」

「ボクは好きだよっ、おかわり頂戴タッキー!」


 そこそこ熱かったはずなのだがなぎさはごくごくと一気に紅茶を飲み干したようで、空のカップを差し出しておかわりの催促をする。

 言われるがままに多気はポットをそこへ傾けるが、なぎさの飲み方に表情を曇らせていた。


「な、なぎさくん。紅茶はもっと味わって飲むもので……」

「んっ、んっ、んぅ……ぷはっ! 美味しいねホントに!」


 屈託のない笑顔を浮かべるなぎさに、多気は苦笑いしながら眉の先を指で撫でるのだった。

 三人がそうやってくつろいでいたとき。廊下の向こうから誰かが近づいてきていた。

 乾いた足音の主は迷うことなく思い出づくり同好会の部室へと向かって行き、そして扉の前で立ち止まるやいなや、細くきめ細やかな指をドアノブに絡める。

 がちゃり。と音を立てて扉が開かれた。


「あら、今日は随分賑やかなのね」

「――香良洲からす先生?」


 部室を訪れたのは玲治たちの担任でもある香良洲だった。

 黒色のワイシャツの下からでもかなり主張の激しい豊かな胸に、思わず玲治は目を奪われてしまう。

 香良洲は艶っぽく嗜めるような目つきで、三人のいる部室内を見渡した。その仕種ひとつをとってもやたら色っぽい。悩まし気、とでも言うのだろうか。


「どうして香良洲先生がここに?」

「どうしてもこうしても無いわよ。思い出づくり同好会の顧問は私なんだから」

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