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68.素羽

素羽すわは儂の妻であり……姉なんじゃ」

「な、なんだよそれ……きょうだいで、結婚したのか……?」


 今になって明かされた事実に、玲治は目を見開いて驚いていた。

 素羽と言えば、自分が産まれてすぐに亡くなった、育ての母親。

 写真でしかその顔を見たことは無かったが、まさか玄正の姉だったなんて思ってもみなかった。

 玲治は今までそんな話を一度だって聞いたことがない。


「籍は入れておらんがな。もともと、実姉との結婚は法令によって禁止されておる」

「ちょ、ちょっと待てよ! そんな話、今まで一度も……!」

「話してどうなることでもなかろう。素羽はもう逝ってしまっておるしのォ」


 遠く空の向こうを眺めながら、玄正はそう呟いた。

 彼の姉であり妻でもある嬉野素羽は、玲治が産まれたすぐ直後にこの世を去っている。

 享年六十四歳。生まれつき身体が弱かったため、まだ若くして病に倒れ亡くなったのだ。


「でも……なんで自分の姉と結婚なんて……」

「鈍い奴じゃのォ玲治。それとも、気づきたくないだけか?」

「……そういう、ことかよ」


 家族間での血統の有無。

 玄正は血統を受け継がず、そして恐らく素羽は受け継いでいたのだろう。

 そのため、二人は惹かれあってしまった。血統異常によって。


 笑い話にもなりはしない。

 玲治は伯父と全く同じ道をたどっているのだ。自分の姉を好きになってしまったという道を。

 しかも同じ道というのはそれだけではない。


「なぁ親父……親父はもしかして、弟のことも」

「ああ。北勢は今となってはいかつい顔になってしまったがのォ、昔はなかなか美形だったんじゃぞ?」


 くつくつと笑う玄正だったが、やはりその表情はどこか寂しげに見える。


「……じゃあ、俺の父さんは、俺たちがこうなることをわかってて」

「そういうことじゃ」


 北勢は何十年も前から、血統異常のことに気が付いていた。

 そして自らもそれに悩まされ苦しんだ。

 せめてその苦しみを、自分の子供たちには味合わせたくないと思って、きょうだいの仲を引き裂いたのだろう。


 ようやく解き明かされた真実を前にして、玲治は眉間に皺を寄せた。

 その胸の内にある怒りを彼の目付きに如実に表しながら。


「勝手なことばっかり、しやがってッ」

「許せ玲治。あやつも自分なりに悩んで出した答えなんじゃ」

「許すも何もねぇよ。親だからって一人で決めたことに、俺は腹が立ってんだ……捨てられたことは今まで一度も気にしたことなんかねぇよ」

「玲治……」


 玲治は短いため息を吐き、屋上の入り口へと足を向ける。

 玄正から全てを聞いて、心につかえていた異物は綺麗に消え去り、玲治にはある決心がついていた。

 何もかもの問題にケリをつけるために。ある決心を。


「ありがとう親父。わかんなかったことがわかって、何かすっきりしたよ」

「……覚悟を決めたんじゃな?」

「ああ。北勢が勝手に決めつけやがったこと、全部俺が真正面から否定してやる。産まれて初めての反抗期ってやつを叩きつけてな」

「うむ! 男子たるもの決断・素早く・潔く! その覚悟、父親にぶつけてみせィ!」


 玲治が決めた覚悟。

 彼がどんな選択をして、どんな結果を出すのか、玄正にはわかっていた。

 十六年もの間、本当の息子のように育て、接し、過ごしてきたのだ。玲治のことなんて全てお見通しである。


 あとはその行く末を、親父として見守るだけ。

 玲治が屋上を下りていったあと、玄正は再び空を見上げた。

 澄んだ青色の空と、ゆっくり流れる白い雲。


「……姉さん。空の向こうで見守ってやってくれ。玲治のことを」


 乾いた風がひゅうと吹く。

 空に浮かぶ大きな雲が一つ、千切れていくのだった。

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