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67.北勢

「儂の弟、北勢ほくせい……お前の父親が何故お前を捨てたのか。その理由を教えてやろう。全て本当のことじゃと、わざわざ言う必要もあるまい」

「……俺を捨てた、理由」


 しんと静まり返った屋上で、玲治は息を呑んだ。

 今まで知らなかった、いや知ろうともしなかった、その理由。

 父親に対する怒りを覚えたいま、玲治にはその理由を知りたいという気持ちが芽生え始めている。


「事の発端は、あやつの持つ血統じゃよ」

「血統、って……嬉野の骸見むくろみのことか」

「ああそうじゃ。玲治、お前が受け継いだ骸見の血統は、人の嘘を見抜けるものじゃったな」

「……ああ」


 玄正げんじょうは伏し目がちになって、重々しく腕を組んだ。


「北勢は、『人の心の中を見透かす』ことが出来るのじゃ」

「心の中を見透かす……? それって、一体どういう……」

「わかりやすく言うならテレパシーじゃな。北勢は目を閉じると、周りにいる人間の心が見える力を持っておる」


 テレパシーと言われて玲治もすぐに理解できた。

 つまり、人が考えていることがわかる力。北勢はその力を持っているのだ。

 玲治の血統は人の嘘を見抜くだけのもの。それに比べて、北勢の血統は嘘と真実だけでなく何もかもが手に取るようにわかってしまう。

 人の心が読めるならいろいろと便利で、普通の人なら羨ましく思うだろう。

 しかし、玲治はすぐにピンと来ていた。


「……嫌な力だな」

「ああ。お前なら父親の苦しみも理解できるじゃろう、何せ見たくも無いものが見えてしまうんじゃからな」


 玲治も小さい頃は、周りの嘘に随分と悩まされた。

 嘘だとわかってしまうからこその苦しみというものがある。

 北勢はそれに加えて、嘘に隠された本心もわかってしまうのだ。

 自分の意思とは関係なく人の心をめくり返してしまうなんて、考えただけで玲治は嫌気が差す気分だった。


「おかげで、あやつには隠し事を出来んかったよ。嘘を吐く間もなく見抜かれてしまうんじゃからな」

「でも親父。それが一体どうして俺を捨てる理由になるんだよ」

「言ったじゃろう、あやつの血統は事の発端じゃと」


 玄正は腕を組んだまま屋上のフェンスの側に近づき、どこか寂し気に見える瞳で空を仰ぐ。

 いつも子供のようにきらきらと輝いていた瞳は見る影もない。玲治の目には玄正の姿が一気に老け込んだように映った。


「回りくどいぞ、親父」

「あァ、すまんすまん。結論から言うと、お前が捨てられた理由は、お前が血統を受け継いでしまったからじゃよ」

「は……? 何だよそれ、どうしてそんなことで俺が捨てられなきゃならなかったんだ」

「もっと言えば、お前より先に産まれたあきらちゃんが血統を受け継がず、お前は受け継いでいるとわかってしまったから……じゃな」

「だからっ、それが何で――」


 玲治は言いかけた言葉を、はっとなって呑み込んだ。

 血統を片方が受け継ぎ、他方が受け継がないという状況。

 それが何を意味するか、今の玲治にならわかってしまう。


 最近になって発表された、血統異常の報せ。

 考えられるのは、それくらいしか無かった。


「子供が産まれたら、出生届を出す際に血統検査というのも行われる決まりじゃ。中学生のとき授業で習ったじゃろう?」

「あ、ああ……ちゃんとした検査機関があって、そこで検査をするって」

「連翹血統に指定されておる『砥梢とこずえ』を持つ一族が、その検査を行うのじゃ。様々な方法で、産まれた赤ん坊がどんな血統を持っているかを唯一判定できる血統じゃからな」

「……その検査で、あきら姉さんは血統を受け継いでいないことと、俺は受け継いでることがわかったのか」


 つまり、その時点であきらと玲治の運命は決まっていたと言える。

 血統異常を引き起こす運命、さらにその後産まれてきたなぎさが血統を受け継いでいなかったため、運命は拍車を掛けて回ってしまった。

 しかし、玲治の頭で引っかかる。

 血統異常が判明したのはつい最近のはず。

 玄正が話しているのは玲治たちが産まれた、今から十年以上前の話だ。


「……親父。つまり、俺が捨てられたのは血統異常を引き起こす可能性が高かったから、ってことだよな」

「ああ。きょうだいの間に恋心が生まれてしまい、お互いに苦しんでしまうことを北勢が恐れての」

「ちょ、ちょっと待てよ! 十年以上前なのに、どうして北勢は血統異常のこと知っていたんだ!」


 血相を変えて玲治が玄正に喰いかかる。

 しかし気味が悪いほどに落ち着いた玄正は、目を伏せて思い出を語るような口調で話し始めた。


「北勢は人の心が見える。あやつは幼いころから常々疑問に思っていたようじゃ。家族愛というものに」

「お、おい……」

「どうして血の繋がりがあるだけで、人はそれを愛おしく思うのか。幼い子供が母親に甘えるなんてのは当たり前の話じゃが、成長していっても家族の愛というものは変わらない」

「何言ってんだよ、親父……?」

「ある日、北勢は気付いた。知り合いの中に、家族への愛情が深すぎる者がいることに」


 玲治が呼びかけても、玄正は話をやめようとしない。


「兄に対して深い愛情を抱く妹。父親に対して深い愛情を抱く息子。弟に対して深い愛情を抱く姉。そんな者達の心を見てきて、北勢はその関連性を見出した」

「それは、血縁者であり片方が血統を受け継がず、他方が血統を受け継いでいる者達ばかりだということじゃ」

「そしてあやつは、この世の誰よりも早く、血統異常に気が付いた……何せ、一番わかりやすい例が、ごく身近におったのじゃからな」

「ごく、身近に……?」


 玄正は瞼を開けて、フェンスに皺だらけの指を絡める。

 そして嘆くような瞳で、玲治の顔を見つめて言った。


「儂の妻……嬉野うれしの素羽すわは、儂の姉なんじゃよ」

「な……!?」


 玄正の瞳に、嘘は欠片も含まれていなかった。

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