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66.玄正

「あんですってぇ~!? 嬉野の父親ぁ!?」


 文化祭当日のため、限定的に開放された屋上。

 ここでは軽音楽部がライブをやったり、生徒たちが普段立ち入れない屋上から景色を眺めたりする。今は軽音楽部の生徒が機材の撤去作業を行っているところで、他に生徒は見当たらなく、寂しいものだ。


 一年A組の教室でゲームに興じていた玄正を連れ出して、玲治たちはこの屋上へとやってきていた。

 というものの、笠良城扮する遊戯女王の百連勝に歯止めをかけた老人ということで、玄正は多くの見物客に歓声を浴びせられてしまい、とてもその場で話などできない状況だったのだ。


「玲治の友達だったとは奇遇じゃのォ! いやはや、さっきの勝負は中々面白かった!」

「くぅぅっ……!! 息子だけに限らずその親にも負けるなんてっ……相性サイアクだわ……!」


 負けたことが余程悔しかったのだろう。笠良城は目尻に涙をためながら思い切り睨みつけている。

 彼女はどうしても、自分を打ち負かした老人が何者なのか知りたくて玲治たちについてきていた。


「ったく……どうして連絡寄越さないんだよ。来てるなら言えっての」


 あっけらかんとして快活に笑う玄正を睨む視線がもう一つ。

 屋上のフェンスに寄りかかった玲治は、予測不能な玄正に呆れてため息を吐いた。


「すまんすまん。ついこの間まで東京の方へ行っておってなァ、そのあいだ携帯電話を家に置き忘れてしまっていたんじゃよ」

「だったら帰ってきたときに連絡しろって! ったくもう……!」

「連絡なぞせんでも、お前が元気なのはわかりきっておるからのォ。ほれ、お前は小さい頃から身体が丈夫じゃったから」

「俺が! 親父を! 心配するだろ!」


 目尻をつり上げた玲治のことをなだめようと、彼の前に出た多気がわざとらしく両手を広げる。

 玲治はふい、と顔を逸らしてポケットに手を突っ込んで口を閉じた。


「まあまあ落ち着きたまえよ玲治」

「おんや? そういや君も玲治の友達かの?」

「ええ。はじめまして……ええと」

玄正げんじょうじゃ。嬉野玄正」

「はじめまして玄正さん。僕は多気燕、息子さんとはいつも仲良くさせていただいていますよ」

「ふむ。多気、燕……タキツバくんか」


 涼しい顔をしていた多気の顔が見る見るうちに青ざめていき、苦しそうに胸を押さえながら膝をつく。

 彼にとっての禁句、タブーを口にした玄正は悪くない。誰だって思いついてしまうのだから仕方がない。


「ぐぅっ……! も、申し訳ありませんが、その呼び方はどうかやめていただきたい……」

「む? ならまぁ、燕くんと呼んでおこうかの」

「助かります……」


 どうしてそのあだ名をそこまで嫌がるのか玲治はいまだに理解できていないが、まぁ面白いので別に理由も気にならない。

 さっきまで玄正に怒っていたが、お決まりの弄り(・・)を見せてもらえて失笑するくらいには落ち着いてきていた。


「ああ、そういえば玄正さん。あきらさんやなぎさくんとはもう会いましたか?」

「いいや? 見かけておらんが」

「なら是非会いに行ってあげたらどうです? 折角父親が来てくれたんだ、きっと会いたがっていますよ」

「……あきらちゃん達は儂の子供では無いぞ?」

「はい?」


 その一言に、多気と笠良城は鳩が豆鉄砲を食らったような表情を見せた。

 そう言えば今まで、複雑な自分の家庭環境の話をしたことがなかったと玲治は思い出す。

 別に隠していたわけではないが、話せば間違いなく長くなるだろうし、まさかこんなところで気づかれてしまうとは。

 面倒なことになりそうだと、玲治は苦い表情を浮かべた。


「子供じゃないって……どういうことです、玲治とあきらさん達はきょうだいなのでしょう?」

「ま、まさか腹違いのきょうだいだったとか言うんじゃないでしょうね!」

「あー二人とも、違う違う……実は――」


 玲治は出来るだけ簡単に、自分の家庭環境を二人に説明した。

 あきらやなぎさとは正真正銘のきょうだいであること。しかし自分だけが産まれた時に、父親の兄、つまり伯父である玄正のところへ預けられたということ。

 流石に実の父親に捨てられた、とストレートに言うのも憚られたので、少しだけその部分はぼやかした。


「――ってわけだ」

「……ねぇ多気。やっぱりあたしたちの部活、複雑家庭集会に改名した方がいいわよ」

「もしかすると、顧問の香良洲先生も何か抱えてたりしてね」

「なんだ? 何の話だ?」


 何の縁か、思い出づくり同好会に所属しているメンバーは全員、何らかの家庭事情を抱えている。

 玲治は実の父親に捨てられ、多気は両親が既に他界、笠良城も両親の離婚と姉の死を経験している。

 たまたま集まっただけなのか、それとも何かしら似た者同士で引かれ合った結果なのか。


「いや、こっちの話さ」

「……? まぁ、そういうわけで親父は本当の父親じゃねぇけど、俺にとっては本当の父親みたいなもんなんだ」

「アンタも大変ねぇ。けど本当のお父さんもまだ生きてるんでしょ? こっちに来たとき会ったりしてないわけ?」

「……会ったよ。ちょっと前にな」


 あの日、一方的に詰るように言われたことを思い出す。

 嫌気が差すほど似ている目つきに見下され、ひどい苛立ちを覚えた。

 あんな奴、父親だなんて思えない。


「むぅ……やはり北勢はこっちに帰ってきておったか」

「やはりって、親父知ってたのか。あいつが帰って来てたこと」

「言ったじゃろう。この間まで東京の方へ行っておったと。久しぶりに弟の顔を見に行こうとしたら、おらんかったからな」

「……そうかよ」

「その様子じゃと、やはり衝突してしまったようじゃな、玲治」


 あんなふうに高圧的な態度を取られなかったら、こっちだって怒る気なんて無かった。

 それにここ最近は血統異常のニュースもあって、嫌なもやもやがずっと胸の奥につかえている。


「ふむ……悪いが燕くんと、遊戯女王ちゃんは席を外してくれんかの。親子の会話をしたいんじゃ」

「ええ。そういう事なら言われずとも。行こうか小物(・・)くん」

「ちょ、ちょっと引っ張んじゃないわよっ! 離しなさいってば!」


 多気はその場の空気を察して、すぐに笠良城の腕を引っ張りながら屋上を去っていく。

 先ほどまで機材の撤去作業を行っていた生徒たちも作業が終了したようで、屋上には玲治と玄正の二人きりだ。

 あらたまって親子の会話がしたいとは、一体どういうつもりだろうかと、玲治は首をかしげた。


「なんだよ親父」

「北勢も帰ってきており、それに最近ではあのニュースがよく流れておるじゃろ」

「あのニュースって……血統異常の、あれ、かよ」

「ああそうじゃ。……玲治、お前に話してやろう」

「何を、だよ」

「北勢がお前を捨てた本当の理由、じゃよ」


 神妙な顔つきで玄正が言う。

 玲治は玄正のそんな真面目な表情を、今まで見たことが無かった。

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