63.訊問
「……車が置いてある。本当に帰ってきているのだな」
「いくらなんでも急すぎるよ……なんで前もって連絡してくれないかなぁ」
自宅のガレージに停められていた四台目の車を見て、あきらとなぎさは表情を曇らせていた。
確かに帰ってきている。ずっと東京の方へ仕事に行っていた両親が、この家に。
あきらは諦めたように視線を切り、鉄柵を開けて家の敷地へと入っていった。
「一年ぶり、くらいだろうか。本当に久しぶりに会うな」
「どうするのお姉ちゃん……お兄ちゃんのこと、話した方がいいのかな?」
「出来れば話題にしない方がいいだろう……母上はともかく、父上が聞いたらどうなるかわかったものではないからな」
あきらたちの父親、嬉野北勢は玲治を捨てた張本人だ。
北勢は以前から口を酸っぱくして、玲治のことは話すな関わるなとあきらたちに言い聞かせていた。その理由は定かではないが、強く言われていたのだ。
もしも玲治が帰ってきていること、同じ学校に通い、一緒に過ごしていることを父が知れば何と言われることだろうか。あきらは想像するだけで鳥肌が立つ思いだった。
玄関を開けて中に入ると、いつもは無いハイヒールの靴と下駄が置いてあり、廊下の先から彼女らの母親、嬉野すずかが顔を覗かせて走り寄ってきた。
「あらぁ~! なーくん、あーちゃん! おかえり~!」
「お母さん!」
靴を脱いで上がった二人を抱きしめたすずか。
彼女はもうすぐ四十になる歳なのだが、高校生の二人と並んでみても違和感が無いほど若い。十代だと言われても信じてしまいそうなくらいだ。
「あぁんもう~、ちょっと見ない間に二人とも大きくなったわねぇ!」
「むぅ。お母さんってば適当言って……ボク、健康診断で身長ぜんぜん変わってなかったんだよっ」
「私も身長は変わっていませんよ、母上」
るんるん気分で幼げな母親の後をついていき、二人はリビングに入っていく。
ソファには強面で目つきの悪い男、父親である北勢が座って、久々の実家を懐かしむようにくつろいでいた。
あきらはすぐに彼の前へ出て、礼儀正しくお辞儀をする。
「父上。お久しぶりです」
「ああ。二人きりにしていて済まなかったな、あきら」
「いえ。私もなぎさも、もう高校生です。自立とまではいきませんが、日々の生活に問題はありません」
「うむ。元気そうで何よりだ」
親子の会話とは思えない、堅苦しい雰囲気。
北勢もあきらも性格が似ているためどうしても二人だとこうなってしまう。
久しぶりに見るその堅苦しさに、なぎさとすずかはくすりと笑った。
「相変わらず肩が凝りそうな会話ねぇ、二人とも固いわよ」
「そうだよお父さんっ、お姉ちゃんも」
「む……そうは言われてもな」
「なぎさ。元気があって愛想もいいのはすずかに似ておるが、お前ももう少し礼節というものを弁えんといかんぞ」
目つきが悪いままだが、北勢は柔らかく微笑む。
玲治を除いた親子間の関係は良好なようで、自然と四人のあいだに温かな空気が流れ始めていた。
そしてふと、なぎさが鼻をすんすんと鳴らす。
「あっ、お母さん何か作ってるの?」
「そうよ~。すっごく美味しいビーフシチューっ! もう出来上がるからお皿の用意してくれる?」
「わぁい! じゃあ先に手洗ってくるねっ!」
こうやって親子が揃って食事をするのも、実に一年ぶりになる。
あきらもなぎさも両親のことは好いていて、久しぶりに顔を見られたことに喜んでいた。
ただ一つだけ、胸の中で引っかかることがある。
弟の、兄の、玲治のこと。
北勢とすずかは一度帰ってくると、必ず数か月は実家で過ごす。そうしてまた仕事のためにしばらく家を空けるのだ。
その数か月、玲治のことを隠して生活するのも難しいだろう。
どうしたものか。二人とも表情には出さなかったが、同じように雨雲を飲み込んでしまったような気分を抱えていた。
「いただきまーすっ」
「はぁい、召し上がれ♪」
玲治がこの町に引っ越してきて住んでいることを知ったら、父はどう思うだろうか。
そもそも、どうして父は玲治のことを捨てたのだろう。産まれてすぐに。
あきらは箸を進めながら思った。
不思議なのが、玲治だけを捨てたということだ。
のちに産まれたなぎさはそのまま育てられているし、どうして玲治だけが捨てられなければならなかったのだろう。
「すずか、おかわりを頼む」
「はいはい。あーちゃんとあなたがいると、寸胴鍋一つがすぐ空っぽになりそうねぇ」
あきらとなぎさ、そして玲治。二人と一人で何か違う事。
すぐにあきらは気付いた。自分たちには大きな違いがあるということに。
それは、父から受け継いだ血統。
玲治だけが骸見の血統を受け継ぎ、あきらとなぎさは受け継いでいない。
もしかすると、それが何か関係あって、玲治は捨てられたのだろうか。
「――あきら、なぎさ」
布巾で口元と髭を拭い、北勢が低い声で呼びかけた。
先ほどまでとは違う声色。思わず呼ばれた二人は身体を固くする。
「な、なに? お父さん」
「――お前たち、玲治に会っただろう」
「な……!?」
北勢の目は鋭く、射殺すような威圧感があった。
あきらとなぎさは背筋に冷たいものを感じる。
どうしてそのことを、今日帰ってきた北勢が知っているのかと。
「正直に話せ。私に嘘はつくなよ」
一家団欒の空気が、一気に重苦しいものへと変貌していく。




