62.家族
玲治が校門を出て家路へと着いていた頃、校内の思い出づくり同好会の部室では玲治以外の部員が全員そろってくつろいでいた。
いつものように、これと言って何かするわけでもない。
ゲームでもしようかと、ソファに座ってトランプをシャッフルしていた多気が口を開く。
「そう言えばあきらさん。少し訊きたいことがあるのですが」
「む、なんだ多気くん?」
ティーカップを膝の上に据えてあきらが返す。
玲治が部活を休んでいるせいか、彼女の表情はどこか寂しげだ。
隣に座って制服のネクタイを弄っているなぎさも、いつもの天真爛漫さが失われている。
「今まで玲治に直接訊くのも、少し憚っていたんですが……あなた方はどうして別々に暮らしていたんです?」
「……それは」
「彼が転校してきた時に少しだけ話してもらいまして。どうもあなた達が再会した時、まるで産まれて一度も会ったことが無いふうな反応をしていましたが」
「……多気くんの言う通りだ。私たちと玲治は、産まれてから一度も会ったことが無かった」
「はぁ? なによ、それ?」
窓際で外を眺めていた笠良城が、その話題に乗って振り向く。
彼女はもちろん多気も、玲治とあきらたちが産まれてから一度も会っていないとは今まで知らなかったため、ひどく驚いた表情を浮かべている。
「産まれてから一度も会ってないぃ? ナギ、それホントなわけ?」
「うん……お兄ちゃんとは、四月に初めて会ったんだよ」
「でもどうしてです、あきらさん。玲治だけが離れ離れでずっと暮らしていたなんて」
「……それは」
玲治だけが父親に捨てられてしまったから。なんて話は、込み入りすぎていて簡単に話すことができない。あきらは言葉に迷っている様子だった。
正直、今まで玲治本人ともこの話を深くしたことはない。したいとも思わなかったし、出来なかった。
「どうやら、複雑な事情のようですね」
「すまない。察してもらって」
「でも、ずっと会っていなかった弟……なぎさくんにとっては兄。いまこうして学園生活を共に出来ているのは、とても嬉しいんじゃないですか?」
「……ああ。毎日が、とても楽しいよ」
ティーカップの中を覗きこみながらあきらは微笑んだ。
今まで失われていた弟との生活は、思い出づくり同好会の活動のおかげもあって、急速に取り戻されつつある。
多気に言われて、なぎさもにっこりと笑った。
「えへへ……お兄ちゃんがいるってことは前から知ってたからね。ずーっと会いたいって思ってたんだ」
「ふーん。きょうだいってそんなにいいもんかしら」
「コモちゃんはいないの? 一人っ子?」
「姉が一人いたけど。もう死んじゃったわ」
宙を見つめながら、素っ気なく笠良城は言った。
不味いことを訊いてしまったと、なぎさがしょんぼりと眉尻を下げる。
「あ……ごめん」
「なんでナギが謝るのよ。別に気にしてないわ、ただでさえあたしの両親はずっと昔に離婚してて、姉とも別々になってたんだから」
「離婚……それって、お父さんかお母さんのどっちかがいなくなっちゃったってこと、だよね」
「母親が家を出てったのよ。色々あって、あたしは父親の方に残ったけど」
なぎさが思っているほど笠良城は家族の問題について思い悩んでいないようだった。
両親が健在で仲も良いなぎさには、とても込み入った話に聞こえるのだが。
「ふむ……小物くんは両親が離婚、あきらさん達はきょうだいが離れ離れで暮らしていた。どうやら僕たちは、何らか家族間の問題を抱えているようだね」
「僕たちは? 多気くんも、何かあるのか?」
「僕の両親は十年近く前に他界しているんです。ああ、気にしてもらう必要はありませんよ? 随分前の話ですから、もう思うこともありません」
「……そう、なのか」
離婚と他界。どちらも、他人からすれば複雑な問題だ。
離婚には色々と種類があるだろうが、その多くは関わり合いを持てなくなるもので、二度と会えないということもある。既に亡くなっているなら、会えるわけがない。
両親が健在で、きょうだいとも再会できた。
そんな自分たちはまだ、恵まれている方なのかもしれない、とあきらは思った。
「なによ、みんなして家庭の事情があるなんて。思い出づくり同好会なんて名前じゃなくて、複雑家庭集会とかに改名した方がいいんじゃないの?」
「小物くん! フリーティングメモリー部だと何度言えばわかるんだい!」
「その名前使ってんのアンタだけでしょ! くどいわよ!」
いつものように軽い口論を繰り広げる二人を見て、くすくすと笑うなぎさ。
それにつられてあきらも口元を押さえて笑う。
するとそのとき、なぎさの鞄の中からチープな着信メロディが鳴った。
すぐにスマートフォンを取り出したなぎさは、画面に表示された名前を見て一瞬驚いたような表情を見せ、すぐに目を輝かせながら電話に出た。
「あっ、もしもしお母さん!? どうしたの久しぶりに電話なんて――えっ。……うん。うん、わかった……そ、それじゃあね」
なぎさは短い受け答えを終えると、徐々に顔色を青ざめさせていく。
ころころと表情を変えて忙しい彼を見て、あきらが隣から話しかけた。
「どうしたなぎさ? 母上からだったのだろう?」
「そ、それがね、お姉ちゃん……」
「む?」
「……お母さんとお父さん、帰ってきたんだって」
その言葉を聞いたあきらは、珍しく冷や汗を滲ませて顔をしかめていた。




