60.再会
~これまでのあらすじ~
生き別れたきょうだいに会いに行くため、鶴山高校へ転校した玲治。
ちょっとした勘違いはあったものの、彼は無事、姉のあきらと弟のなぎさに再会することが出来た。
友人の多気燕が部長を務めるフリーティングメモリー部(思い出づくり同好会)に入り、玲治は失われたきょうだいとの思い出を作っていく。
しかし、玲治はあきらと過ごしていくうちに段々と心惹かれていき、夏の海での一件があってから弟のなぎさのことも気になるようになってしまった。
あきらもなぎさも、玲治のことが少なからず気になっている様子。
どうして血の繋がったきょうだいのことがこんなに気になってしまうのか。
それは、彼らの持つ血統が大きく関わっていて――。
教室の窓の外では秋の空っ風が吹き、赤く染まった木々の葉を揺らしている。
何でもないそのつまらない景色をぼんやりと眺めていた玲治。
彼はため息を吐くことすら忘れるほど、悩んでいた。
近頃、頭を悩ませているのは、夏の終わりごろからテレビや雑誌でたびたび持ち上げられるようになったニュース。
『血縁関係者における血統の有無から生じる、精神異常』。
仰々しい見出しだが、簡潔にまとめるとこうだ。
家族の中に血統を受け継ぐ者と受け継がない者がいた場合、お互いを過剰に意識しすぎてしまい、果ては恋愛感情にまで発展する――。
心当たりがありすぎる。
玲治は嬉野家の血統、骸見を受け継いでおり、そして姉のあきらと弟のなぎさは受け継いでいない。そのことは夏祭りのときに打ち明けられた。
つまり玲治の悩みとは、それに他ならない。
自分が抱いている感情はニセモノで、無意識な嘘なんじゃないかということ。
「いつにもまして、ひどい目つきだね玲治」
「うるせぇ。いつもこんなのだよ」
放課のチャイムが鳴り、他の生徒たちは一人一人と教室を出ていく。
玲治はポケットからスマートフォンを取り出し発信履歴を表示させた。
ずらりと並ぶ『親父』の名前。ここ最近は一日に二回ほどかけ続けているのだが、発信相手である玄正は出ない。掛けなおしてくることもなく、完全に音信不通となっていた。
血統異常について、自分はどうするべきかを相談したいのに。
一体どこで何をしているのかと、苛立ちを覚える玲治。
「ふぅ……そんなに悩む必要、ないと思うけれどねぇ。君たちきょうだいには関係の無い話だろう?」
「……簡単に言うなよ」
当然、多気も血統異常についてのニュースは目にしている。
しかし、あきらとなぎさが血統を持っていない事実は知らない。
「君の恋心はきっと自然なものだろう。あきらさんだって血統を受け継いでいるんだし、あのニュースとは無関係だよ」
多気はわかっていない。だが、わかってもらうわけにもいかない。
あきらが打ち明けてくれたのは、玲治が家族だからだ。家族だけの秘密は、友人であろうが外に漏らすわけにもいかない。
「……それとももしかして、実はあきらさんが血統を受け継いでいない。なんてことがあるのかい?」
「……っ」
「もしそうだとしても――」
「もういいって! そんなわけねぇんだからっ!」
がたん。と音を立てて立ち上がった玲治。
多気は驚く素振りも見せず、睨みつけてくる玲治の目を、流し気味の目で見つめ返す。
どうにもこの話題を続けていると気分が悪い。そう思った玲治は鞄を持って、多気に背を向けた。
「……悪い。今日は部活休むよ」
「どうやら気分がすぐれないらしいね。いいよ、帰ってゆっくり休むといい。みんなには僕から伝えておくから」
「……すまん」
何だか後ろめたい気持ちを抱えながらも玲治は教室を後にする。
階段を下りて、下駄箱の中にやや乱暴な手つきで上履きを突っ込み、靴を履き替えて校舎を出た。
風がひどく冷たい。足元がふらつくくらい、時たま強く吹く。
肌寒さを感じて玲治は肩をすくめ、両手をポケットに突っ込んだ。
一人きりになると、胸の中のもやもやがより一層大きく成長していく。
(……俺は姉さんのことが好きだ。きょうだいで恋愛なんていけないことかもしれないけど、どうしようもないくらい好きで、最近じゃ自分の気持ちに正直にいようって思えてきてた)
頭に浮かぶ、あきらの姿。
そして、その横で微笑むなぎさの姿も浮かんできた。
(けど、夏にみんなで海に行った時から、なぎさのことも気になるようになってきた……まったく、俺もあいつも男なのに)
自分の気持ちに正直にいたい。
だけれど、正直になったところで、その気持ちは本当の気持ちなのか。
考えれば考えるほどわからなくなってきていた。
(二人のことが好きなのは……血統のせいなのかよ。まるで病気みたいに、勝手に生まれた気持ちなら……そんなの嘘じゃないのか)
玲治は生まれて初めて、自分の血統が憎くなった。
自分の気持ちの嘘を見抜けないことに、心底悔しい思いになった。
人の嘘は見抜けるくせに、自分の嘘は見抜けない。
玲治の足取りと同じく、心はふらふらと頼りなかった。
俯きながら歩く玲治。
すると彼の後方から、車のクラクションが鳴らされる。
突然鳴らされたものだから玲治は肩をびくりと跳ねさせ、反射的に振り向いた。
「な、なんだよ……!?」
なんと、振り向いた玲治に向かって一台の車が猛スピードで迫っている。
いま彼が歩いているのは歩道と車道が分かれておらず、このままでは轢かれてしまう。しかし車は急ブレーキをかけ、玲治の目の前ぎりぎりで止まった。
あと数センチでぶつかるところだ。
「あっぶね……! おい! 何なんだよ一体!?」
危うく事故を起こされるところだった、黒塗りのセダン。
スモークガラス越しの見えない運転手に向かって玲治は目頭を尖らせて怒鳴る。
助手席側のドアが開き、中から出てきたのは銀色の髪を後ろに流し、同じ色の髭をたくわえた壮年の男性だった。
その男の顔を一目見たとき、玲治は思った。
どこかで、見覚えがある顔だ、と。
「どこの誰だか知らないけど、どういう了見だよ。もうすぐでぶつかるところ――」
「――玲治か?」
低く、凄みのある声で、男は玲治の名を呼んだ。
玲治は驚いて、男の顔をじっと見つめる。
やはり見覚えがある顔だ。だが、会ったことは無い。なのに自分の名前を知っている。
「……あんた、誰だよ」
「……随分と口が悪い。私と似ているのはどうやら目つきだけのようだな」
そう言われて玲治は気が付いた。顔に見覚えがあって当然だ。
何もかもを見下しているような細く鋭い目つきに、威圧するような小さな黒目。常に不機嫌そうに怒っているような、その表情。
男は、ひどく玲治に似ていたのだ。




