06.部活への勧誘
「はい。じゃあこれでホームルームは終わりね。部活の子は頑張って、そうじゃない子はあまり寄り道せずに気を付けて帰るのよ」
教室に取り付けられたスピーカーから終業のチャイムが鳴る。
本日の授業は全て終了し、その解放感で生徒たちは思い思いに盛り上がっていた。
担任の香良洲がお決まりの挨拶を済まして、日直の号令と共に生徒たちは締めくくりの礼を行う。
とにもかくにも転校初日が終わった。
玲治は腕を天井に向けて伸ばしてごきごきと骨を鳴らし、深いため息を吐く。
一通り授業を受けてみて十分についていけるレベルだとわかったし、きょうだい達にも会う事が出来た。惜しむらくはクラスメイトとの交流が全くできなかったことくらい。
まあ何とかやっていけそうだな、と玲治は思っていた。
「今日もようやく解放されたねぇ。どうだい玲治、転校初日の感想は」
前の席に座っていた多気がくるりと後ろを振り返り、玲治に話しかける。
思えば授業のあいだも、休み時間のときも、玲治に話しかけた生徒は多気だけだった。
「授業はついていけるし大丈夫そうだな。あとはクラスの奴の名前とか、先生たちの名前とか……それとどこに何の教室があるのか覚えるくらいだよ」
「そうかい。まぁ授業で移動のときは僕が案内してあげるからさ」
「……ホントに助かるよ。友達が出来て良かった」
「気にしなくていいさ。僕は懐も深い、出来た人間だからねぇ」
眉毛の先を指で撫でながら、ふふん、と微笑む多気。
こんな調子だからか、多気も玲治以外のクラスメイトと全く喋っていなかった。
「あとは教室で待つだけ、か……」
「そう言えば弟くん、教室で待っててとか言っていたね」
「ああ。言われたからには待つしかないからな」
そうして玲治は机に突っ伏しながら弟が来るのを待つ。
他の生徒たちは帰宅したり部活に行ったりして、教室はすぐに多気と玲治だけが取り残される。
他愛のない会話を二人がしていると、廊下の方からぱたぱたと誰かが走ってくる音が響いてきた。その音に気付いた玲治は背筋を伸ばして、扉の方を見る。
がらっ、と勢いよく扉が開かれる。
ぱあっ、と眩しい笑顔を浮かべたなぎさの姿がそこにはあった。
「お兄ちゃんっ! お待たせぇー!」
「……玲治。君の弟は本当に元気だね」
「似てないとか言うなよ」
そこまで言ってないだろう、と言いたげに多気は両肩をすくめる。
確かに玲治は社交的な性格とは言えず、どちらかというとダウナー系と言った言葉がしっくりくる。玲治本人は自分の性格のことを落ち着いていると表現したがるのだが。
教室へと入ってきたなぎさは一直線に机の間を縫いながら玲治の方へと向かって行った。
身体が机の角や椅子の背もたれに当たらないようにするその仕種も、女の子のように可愛らしいものに見えるのが不思議だ。顔立ちが可愛くて身体つきも華奢だからそう見えるのだろうか。
「あれ? お兄ちゃんのお友達?」
なぎさは多気を不思議そうに見つめながら問いかける。
その質問に、多気は前髪を手の甲で払いながら答えた。
「ああ。僕の名前は多気燕だ。よろしくね、なぎさくん」
「多気、燕……。っじゃあ、タキツバさんだね!」
「ううっ……! き、君もその呼び方を思いつくのか……」
それ以外に思いつかないだろう、普通。と玲治は心の中でそっと思った。
しかし多気がその呼び方をよく思っていないのだと表情から察したなぎさは、少し考えを巡らせたあと、あまり代わり映えしない別の呼び方を口にする。
「う~ん……じゃあ、タッキーさん?」
「あんまり変わっていないね……」
「いいじゃねぇかタッキー。そうか、片方だけを取るやり方もあったか」
「そうかい……? まぁ、さっきのよりかはまだ僕の苗字から直接連想される呼び方だし、まだマシか。よし、いいだろう。なぎさくんには気軽にタッキーと呼ばせてあげるよ」
苦い表情から一転、余裕のある表情に戻る多気。
案外切り替えるのがはやいな、なんて玲治は思った。
「わかった! じゃあタッキーって呼ぶねっ」
「……しかし、本当に見れば見るほど君たち似てないね。あ、すまない、口に出してしまったよ」
「えぇーっ、そんなことないよ! ボク、お兄ちゃんを見た時にすぐわかったもん。ボクのお兄ちゃんなんだーって」
「具体的にどこを見てそう感じたんだい? 僕には君たちの類似点を見いだせないけど」
なぎさは玲治の隣に行き、顔を並べて見せる。
なるほど確かに。多気の言う通り二人の顔を見比べてみても全く似ている所が見当たらなかった。
しかしなぎさは自信満々に答えて見せる。眉をつり上げ、ふんす、と鼻を鳴らしながら。
「鼻の辺りとか!」
「……すまない。僕にはさっぱりだ」
「そんなぁ~……」
面白いくらいにころころと表情を変えるなぎさ。いまはがっかりとした顔をしている。
鼻の辺りが似ていると言ってはいるが、実のところ玲治自身もさっぱりわからなかった。
今まで自分の鼻をよく観察したことも無いし、鏡の前で並んでもみない限り確かめようも無い。
「なぁなぎさ。あの……あきら姉さんは来てないのか? 一緒じゃなかったのか?」
「あー、それなんだけどねお兄ちゃん。お姉ちゃんは生徒会のお仕事で遅くなりそうなんだって」
「生徒会?」
「うん。お姉ちゃんは生徒会の書記なんだぁ。普段はほとんどお仕事が無いって言ってたけど、たま~に今日みたいな遅くまでかかるお仕事がくるんだって」
なぎさの言う通り、あきらは生徒会書記の肩書を持っていた。
書記とは名ばかりの役職で普段は生徒会室に行くことも無く、他の生徒と同じように過ごしている。だが一か月に一度か二度、今日のように生徒会室に缶詰で仕事をする日がやってくるのだ。
玲治はあきらともゆっくり話をしたかったが、それが無理だとわかると少し残念がって表情を曇らせる。
「その代わりだけど、今日はボクといっぱいお喋りしようよ!」
「……ああ。そうだな」
姉とは話せないがそれでも弟が来てくれている。
玲治は目つきの悪いまま、薄く微笑んだ。
するとなぎさは玲治の背中から両腕を回し、また甘えるように抱きついてきた。
「えっへへ~♪ お兄ちゃんとお喋り~」
「お、おい! 子供みたいにじゃれつくなって!」
「え~。いいでしょお、ずーっと会えなかったんだもん。もし会えたら、いっぱい甘えるって決めてたんだからっ」
座っている椅子の背もたれごと抱きしめられているせいで、玲治は思ったように身動きが取れないでいた。
しかし、こんなふうに誰かに抱きつかれることなど今まで経験のなかった玲治だ。(昼休みに食堂で抱きつかれているが)
抱きついてきているのが同性で、さらに言えば自分の弟だとは言え、なんとなく気恥ずかしさを感じてしまっていた。それと同じくらい弟にじゃれつかれていることに嬉しさも感じていたのだが。
「ふふっ、微笑ましいねきょうだいのじゃれ合いは」
「お前絶対に面白がってるだろ……」
「そんなことは無いさ。……さて、僕はそろそろ部活の方に顔を出しに行くよ」
「部活……多気、お前なんの部活やってるんだ?」
「ん? 気になるのかい?」
友達が何の部活をしているのかは普通に気になるところだった。
多気はすっと立ち上がり、悩まし気な表情を浮かべながら勿体つける。
「そうか……玲治は転校してきたばかり。そしてなぎさくんも入学したばかりでまだ部活は決まっていないだろうね」
「そうなのか、なぎさ?」
「うん。色々気になる部活はあるけど……まだどこにするかは決めてないよ」
「そうかい。そうかい! なら君たちに、この僕が部長を務める部活動の紹介をしてあげようじゃあないか」
わざとらしく腕を広げて、まるで重大な秘密を明かすかのような声色で多気は続けた。
迫真の口調と態度に、思わず玲治は口を半開きにしてしまう。
「いいかい。その部活の名前はずばり――」
「ずばり?」
「ずばりずばりっ?」
「――フリーティングメモリー部さっ!!」
フリーティングメモリー部。多気は声高にそう言ったが、それは部の正式名称ではない。勝手に多気がそう呼んでいるだけだ。
またの名を、というか本来の名を説明しておこう。
多気が所属する部の名前は、『思い出づくり同好会』。
部活として認められてすらいない、メンバーも現在多気しか所属していない寂しい同好会。
そんな『思い出づくり同好会』に、名前だけ聞いて玲治となぎさは不思議と興味を惹かれていた。