55.二人の秘密
「で? アンタはどんな血統持ってるのよ」
笠良城に再度問われて、玲治は押し黙ってしまう。
人の嘘を見抜くことが出来るチカラのことを話せば、ほぼ間違いなく問題が発生する。
先ほどあきらとなぎさがついた嘘に気付いていると悟られてしまうし、そうなれば何か二人が抱えるものに傷をつけてしまうかもしれない。
それだけでなく他のみんなもどう思うことだろうか。隠しごとの出来ない関係だとわかれば、どこかよそよそしくなってしまったりしないだろうか。
いや、ここで嘘をついて隠していても、多分いつかはばれてしまう。
玲治は今までいくつもの嘘を見てきたが、嘘というものは必ずと言っていいほどいつかは明るみに出る。それを経験でわかっていたため、正直に告白しようと決心した。
「……俺の血統はな。人の嘘がわかるんだ」
「えっ……」
「っ……」
玲治の予想通り、あきらとなぎさは一瞬狼狽えたように視線を泳がせる。
「嘘がわかる? どういうことだい玲治」
「目を見ればわかっちまうんだよ。そいつが嘘ついてるかどうか」
「あらまぁ……何だかつらそうな血統ね」
香良洲は頬に手を当てながら、眉尻を下げる。
人の嘘がわかることで辛い思いをしてきた玲治だったが、それも小学生の頃までの話だ。
今ではすっかり人の嘘に慣れてしまった。
「ふむ……玲治、今まで隠してきたけど本当は僕も血統を持っているんだよ」
「あのなぁ。試すようなコトするなよ、嘘だって俺にはわかる」
「即答とはね。どうやって嘘だとわかるんだい?」
「相手の目を見るだけでいいんだ。汗を舐める必要も無いぞ」
ふと玲治が視線をあきらの方へ向ける。
すると、あきらはばつが悪そうな表情を浮かべながら視線を逸らした。どうやら、自分がついた嘘が玲治にばれているとわかり、いたたまれない気持ちになっているようだ。
なぎさも同様に玲治と目を合わせようとしない。
やっぱり、血統のことを正直に話したのは失敗だっただろうか。と、玲治も決まりの悪い思いをしていた。
「けど弟くんの血統も便利なもんやな。将来はメンタリストか弁護士か?」
「そうね……ダウトで絶対負けない血統なんて羨まし……ってあぁーーーーーっ!!」
突然大声を上げた笠良城に、玲治は肩をびくりと跳ねさせる。
一体何事かと思っていると、玲治の鼻先に指が突きつけられて、目尻をこれでもかとつり上げた笠良城が荒い声色で怒鳴り散らした。
「嬉野あんたねぇ!! 前に黒ひげ危機一髪で勝負した時、その血統使ってたでしょ!!」
「あー……そうだな」
「きぃぃぃっ……!! そんなイカサマ使ってただなんてっ、この卑怯者ぉ!」
「し、しょうがねぇだろ。色々負けられない理由もあったんだよ」
「あたしは認めないわよ! こうなったら今ここで、リベンジマッチを受けてもらおうじゃない!」
リベンジマッチの言葉に反応して、多気がいやらしい笑みを浮かべる。
今回は笠良城と玲治の純粋な勝負。それならば楽しむ他ないといったふうに、大きく手を広げる多気。
「面白そうじゃあないか! 丁度次の屋台選びは僕の番……ここは射的をリベンジマッチの種目としようか!」
「上等よ! 来なさい嬉野っ!!」
「うぉっ!? 引っ張るなっての!!」
玲治の浴衣の袖を強引に引っ張り、笠良城は射的屋を目指す。身長差がひどく開いていたため、下手をすれば親子のようにも見える二人を多気と香良洲が追いかけていく。どちらもいやらしく微笑んでおり、完全に玲治をおもちゃにしようとしているのが窺えた。
寺内も面白そうだとついていこうとするが、ふと動こうとせずに物憂い気な表情を浮かべるあきらとなぎさに気が付く。
「どないしたんあきら、なぎさちゃん。面白そうやからはよ行こや!」
「あ、あぁ……いま行く」
「はよ来ィやー!」
駆け出す寺内の後ろ姿についていくことなく、あきらとなぎさは深刻そうに見つめ合う。
どちらもやはり、玲治の血統を知って戸惑っていた。
「お姉ちゃん……どうしよう。ボクたちのこと、お兄ちゃんに気付かれちゃってるよ」
「ああ。だが玲治は何も言わなかった。私たちのことを気遣ってくれているのか、どうなのか……」
「ボクたちの秘密、絶対に誰にもばれちゃいけないって、お父さんとお母さんが言ってたよねっ……お兄ちゃんには話してもいいのかな」
「わからない。……父上はたしか、こう言っていた」
あきらは豊かな胸に手を当てて、父親の言葉を思い出す。
「私たちの秘密を明かしていいのは、誰かと結婚するときだけだと。その相手だけに話すことを許す……そう言っていた」
「で、でも……お父さんはお兄ちゃんのことっ……」
不安そうに眉尻を下げ、泣きそうなくらい弱々しく声を詰まらせるなぎさ。
するとあきらは弟である彼の頭に手を乗せて、髪の束を一つずつなぞるように優しく撫でた。
なぎさは頭を撫でられるのが好きで、ついつい顔をほころばせて声を出してしまう。
「んゃっ……んぅ、お姉ちゃん……?」
「大丈夫だなぎさ。玲治には後で、私が話をする」
穏やかな表情を浮かべるあきらを見て、なぎさは小さく頷いた。
そして祭囃子に混じって遠くの方から、二人を呼ぶ寺内の声が聞こえてくる。はやく行かないと文句を言われそうだ。
二人は手を繋いで、徐々に増えてきた人混みの中を縫うように歩いて行く。
その頃、射的屋で空気銃に弾を詰めていた玲治。
この後、あきらと二人きりで大変なことが起こるのを、彼はまだ知らない。




